2021年1月23日土曜日

第52回 キャッチャーフライはどんな軌道を描くのか?



下を打ちすぎればキャッチャーフライ


バットがボールの中心とらえた時、打球速度は最も速くなります。

中心から少しだけ下を打つと打球速度はわずかに下がりますが、引き換えに打球角度が上がり、さらに適度なバックスピン回転がかかるため飛距離が最大になります。パワーのある打者ならホームランになります。

しかし下過ぎてしまえば打球は真上に上がり、強烈な回転がかかっていても前には飛んでくれません。

キャッチャーフライです。


回転数と打球速度の関係


ピッチングの4シームでは球速と回転数は比例関係にあり、一般に球が速いほど回転数も大きくなる傾向があります。

バッティングではどうかというと、同一の打者の場合で比べたとき、打球速度と回転数は一方が大きくなると、もう一方が小さくなる、トレードオフの関係にあります。

打つ位置がボール中心に近いほど打球速度は上がり回転数は減り、中心から外れるほど打球速度は下がり回転数は上がります。
衝突によりバットからボールに伝えられる力が、中心に近ければボールの重心の運動量変化に多く使われ、中心から遠ければボールの重心周りの角運動量の変化に多く使われるからです。


キャッチャーフライは中心からかなり外れた位置を打つため、プロの打者ではその回転数は4000rpmにも達するそうです。
プロ投手4シームの回転数が2200rpm程度ですので、その二倍近くもの回転がかかっているわけです。

回転数が大きければそれだけ回転による揚力(マグヌス力)の影響で軌道が大きく曲げられます。


曲がる方向が変わる


また、真上に打った打球はやがて重力より下に向かって落下してきます。ボールの速度の方向が途中で上向きから下向きに変わります。

それにより何が起こるかというと、打球が上がっていくときと落ちてくる時とでは速度の方向が反対になるため、マグヌス力の向きが反対になる、のです
打球が上がって行くときと落ちてくる時では軌道が曲げられる方向が逆になるわけです。


そこで今回は、高回転で、途中で曲げられる方向が逆になるキャッチャーフライの打球はどんな軌道を描くのか軌道シミュレータver.3.2で計算してみます。


キャッチャーフライの軌道計算 


打球速度は80km/hとします。
実際のプロの打者のキャッチャーフライが打ってから落ちてくるまでに約4秒かかるので、そこから逆算した値です。

真上に打ち上げた場合と、5度だけ前方(センター方向)に打ち上げた場合の2パターン計算します。

[計算条件]

 キャッチャーフライ
 球速 v0=80[km/h]、リリース角度 θ=90、95度(上向き)、Φ=0度(一塁方向)
 ミートポイント x0=18.0m(ホーム方向)、y0=0m(一塁方向)、z0=1.0m(高さ)
 ボール回転軸角度 θs=90度、Φs=90度
 回転数N=4000rpm(SP=0.70)、 抗力係数 CD=0.55、揚力係数CL=0.49

 回転軸は完全なバックスピンとします。


[計算結果]

キャッチャーフライで打ち上げられた打球の軌道計算結果は、以下のようになりました。
(投手と投球軌道は距離感のために示してあり、今回の計算とは無関係です。)

キャッチャーフライ軌道


真上に打ってもかなり後に落ちる


真上に打ち上げたθ=90°(上図、緑線)では、打球が上がっていくとき上向きの速度とバックスピン回転の組み合わせによりマグナス力がバックネット方向(+x方向)へ働きます。
そのため打球はまっすぐ上がらず後ろへとぐんぐん曲がっていき、頂点に達するときにはミートポイントよりも4メートル弱後ろの位置まで変化しています。

その後落下し始めると、最初はそのままの勢いで後ろへ進んで行きますが、やがて重力により下向き速度が大きくなってくるにつれ今度はセンター方向(-x方向)へマグナス力が働くようになります。
その結果ミートポイントから7.7m後方の地面に落下するとき、打球のx方向成分はほぼゼロになり、真っ直ぐ垂直に落ちてきます。

真上に打ち上げても、回転により打球が曲がることで、落ちてくる位置はかなり後ろになります。
それでもホームベースからバックネットまでの距離は18mほどファールゾーンが確保されていますので、十分捕ってアウトにすることができます。

というわけで、打球速度80km/h、回転数4000rpmの場合、真上に打ち上げたキャッチャーフライは7.7m後方に、垂直に落ちてくるという結果になりました。



5度前方へ打つとループする 


次に5度だけ前方、センター方向に打ち上げたθ=95°(上図、青線)の場合ですが、こちらも同様に上昇時にはバックネット方向へと打球が曲げられていきます。
打ち上げた瞬間こそ前方へ飛んでいきますが、高さ12メートルあたりでは前方への速度成分がなくなり軌道はほぼ垂直となり、その後はバックネット方向へと曲がっていきます。

頂点ではほぼミートポイントと同じx位置まで戻っています。

その後落下し始めると、最初はそのままの勢いで後ろへ進んで行きますが、やがて重力により下向き速度が大きくなってくるにつれ今度はセンター方向(-x方向)へマグナス力が働くようになります。

その結果、打球軌道は縦長の輪となり、ループ軌道を描いてミートポイントとほぼ同じ位置に戻ってきます。

地面に落下するときの打球軌道は垂直ではなく、センター方向(-x方向)への速度成分を持って斜めに落ちてきます。
捕手がセンター方向を向いていると背中の方から打球が飛んでくるため、ボールが見づらく捕りにくくなります。
バックネット方向を向けば自分に対して前から飛んでくるため捕りやすくなります。

「キャッチャーフライはバックネット方向を向いて捕るのが基本」といわれるのはこのためです。

というわけで、打球速度80km/h、回転数4000rpmの場合、真上からセンター方向へ5度の向きへ打ち上げたキャッチャーフライは、ループ軌道を描き、ミートポイントと同じ位置に、センター方向への速度を持ちながら斜めに落ちてくるという結果になりました。


ビル7階分


今回の計算条件では、打球は頂点で高さ21mまで上昇しました。
これはバッテリー間よりも長い距離で、ビルの7階に相当する高さです。

実際、プロの試合ではファールボールがナゴヤドームの5階席に飛び込むことさえあります。

打ちそこないの打球であっても、これだけの高さまで打球を飛ばすプロ打者のパワーはすごいものです。






では、また。




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