2021年10月30日土曜日

第92回 Excelで野球場を作図する



幾何学的

野球のグラウンドはルールにより各寸法が定められており、それは幾何学的に整った形をしています。
そのため、適当な座標系を指定し、簡単な寸法計算をするだけで作図することができます。

そこで今回は野球のグラウンドを、Excelを使って描いてみたいと思います。


ホームベース

まず最初は、ホームベースです。

投球のストライクゾーンおよび、得点を定める肝心かなめの存在です。

家のような形をしているため"ホーム"ベースと呼ばれますが、正五角形ではなく、一辺が43.2cmの正方形の角2つを辺の中点で結ぶラインで切り落とした形をしています。

ベース後端(捕手側)の点を原点にとり、センターラインをy軸、一塁方向を+x軸にとります。

Excelで計算した値と式、および散布図でプロットした結果は以下のようです。単位はメートルです。

ホームベースの作図



バッターボックス、ファールライン

次は左右のバッターボックスとライト、レフトのファールラインです。

打者はバッターボックスの外に完全に足が出た状態でボールを打つと、アウトになります。

ファールラインは長打のヒットとファールを分ける、あるいは絶妙なバントとファールを分け、時に勝負の行方を左右する存在です。

バッターボックスは縦1.824メートル、横1.219メートルの長方形です。前後の中心はホームベースの中点(上図の点1)で、左右のバッタボークスはホームベースを挟んで73.66メートル離れた左右対称な配置になっています。

寸法の値に小数点以下が多い数字になっているのは、野球発祥国であるアメリカで使われている長さの単位フィートでキリの良い値にされているのを、メートルに換算しているためです。

ファールラインはホームベース後端(上図の点0)からセンターラインに対しそれぞれ45度の方向に100メートル先まで伸ばされた直線(線分)です。45度のため、√2で割るだけでの伸ばした先の端点、すなわち両翼ポールの点のx,y座標を求めることができます(cos45°=sin45°=1/√2)。またファールライには通常バッターボックスの前端から線を引かれます。


Excelで計算した値と式、および散布図でプロットした結果は以下のようです。

バッターボックス、ファールラインの作図



123塁ベース、ピッチャープレート

次は1,2,3塁の各ベースと、ピッチャープレートです。

1塁ベースはライト線上、ホームベース後端から27.431メートルの位置を後端とする、一辺38.1cmの正方形です。

2塁ベースの中心点はセンターライン上、ホームベース後端から38.795メートルの位置にあります。サイズは一塁と同じです。

3塁ベースは、1塁ベースをセンターラインに対して左右反転させた位置にあります。サイズは1塁と同じです。

ピッチャープレートはホームベース後端から18.44メートルの位置ある、縦15.2cm、横60.9cmの長方形です。

Excelで計算した値と式、および散布図でプロットした結果は以下のようです。

これで、直線で描ける部分は完成です。

ベース、ピッチャープレートの作図


けん制球が難しい理由

私は子供の頃からずっと野球をしているのですが、今回作図をしていて初めて気づいたことがあります。

ピッチャープレートは1塁と3塁を結ぶライン上ではなく、少し手前の、ホームベース寄りにあります(y29=18.44 < y21=19.397) 。

けん制球というのはどうも投げづらいものだと常々思っていたのですが、このせいだということが分かりました。案外気が付かないものです。

3塁へのけん制球はセットポジションから体の真正面でなく、1メートル弱右側に向かって投げているわけです。同様に1塁けん制では180度真後ろではなく、もう少し深い角度まで回転して投げなければいけません。

また2塁けん制では、ホームに投げるよりも2メートル弱長い距離を投げる(y29=18.44 < y25-y29 =20.355)ことになります。ホームと同じつもりで投げると届かずワンバウンドを放ってしまいます。




ピッチャーマウンド、インフィールドライン

さて次は、ピッチャーマウンドとインフィールドラインです。これは円と円弧で描かれます。

ピッチャーマウンドは土が盛られているだけで、グランド上に線は描かれません。

またインフィールドラインは、学生野球や草野球のグランウンドでは通常省略され、プロやメジャーリーグの球場でも内野が土の場合は外野の芝生との境目で代用し省略されます。

そのため無くても良いのですが、あったほうが雰囲気が出るので、作図します。

ちなみにインフィールドラインは、審判がインフィールドフライを宣告するか否かの判断をする際の目安として引かれているものです。目安でしかなく、宣告するか否かは審判の個々の判断に任されます。選手や観客には直接関係ありませんが、内野手の守備位置の深さを見る際の目安として利用できます。


マウンドの中心点はプレート上ではなく、その45.7cm手前にあります。(x,y)=(0,18.44-0.457)を中心とした、半径2.743メートルの円形です。

インフィールドラインはピッチャープレートを中心点とした、半径28.956メートルの円弧です。そのためホームベースからの距離はファールライン際では近く、センターラインよりでは遠くなっています。


点を結んで正確な円や円弧を描こうとすると、無数の点が必要となります。実用的な方法として、等角度おきに点を配置した正多角形で近似します。正多角形で近似する方法は円周率の値を求める際などにも利用されます。

今回はマウンドは15度おきにします。360/15=24なので、正24角形となります。

インフィールドラインは半径が大きいので、プロットした時線がガタガタにならないようもう少し細かくして10度おきにします。

cosとsinでxとyの座標値を計算していくのですが、Excel数式では三角関数を計算する際、角度をなじみのある度(deg)から、ラジアン(rad)に必要があることに注意です。セルへの数式入力の仕方は"RADIANS"を使って、例えば"=2.743*COS(RADIANS(0))"とします(下図のx33の場合)。

Excelで計算した値と式、および散布図でプロットした結果は以下のようです。

いい感じになってきました。

ピッチャーマウンド、インフィールドラインの作図



外野フェンス

最後は、外野フェンスです。

ホームランと2ベースヒットを仕分ける存在であり、選手がプレーするグラウンドと観客席を隔てる存在でもあります。

他の寸法と異なり、一定ではなく、球場により形状が異なるのが特徴です。


[バンテリン]

今回は、バンテリンドームナゴヤ(以下、バンテリン)の外野フェンスを作図します。

バンテリンの外野フェンスは他球場よりも右中間、左中間が深くホームランが出にくいのが特徴です。正直、ファンからも不評でホームランテラス待望論が出ていますが、私はこの形が好きです。

なぜかというと、バンテリンの外野フェンスは幾何学的に美しい同心円だからです。円形をしたドーム全体や内外野をぐるっと一周する5階席と同じ中心点で描かれた、円弧になっています。

巨大建築の美しさは古来から幾何学的美しさと切っても切れない関係です。エジプトのピラミッドが何千年も姿を姿を保ちながら多くの考古学者や観光客を魅了しているのも正四角すいの持つ幾何学的な力があるからこそです。




[円弧の中心点]

バンテリンの外野フェンスは円弧ですが、その中心点はどこにあるでしょうか?

外野フェンスは両翼100メートル、センター122メートルです。

一般的な数学の定理として、円弧上の3点の位置が分かれば、その中心点を求めることができます。下図のように3点a,b,cがあれば、aとbをつなぐ直線の垂直二等分線と、bとcをつなぐ直線の垂直二等分線が交わるところ、そこが円弧の中心点です。この方法は、紙の上に作図する際はコンパスと定規で簡単にできるのですが、座標値を計算するのは意外と面倒です。

そこで今回は、外野フェンスが左右対称で点bとOがセンターライン上にある、つまりx座標が0であることを利用して計算します。

外野フェンスの中心点

中心点Oの座標を(x,y)=(0,yo)とおくと、点bの座標は(0,122)なので、円弧の半径rは
r=122-yo -①
となります。
また点aの座標は(100/√2,100/√2)なので、円弧の半径rは三平方の定理から
r^2 = (100/√2)^2 + (100/√2 - yo)^2 -②
となります。
①を②に代入してrを消し、yoについて整理すると
yo=(122^2-100^2)/(2×122 - 100×√2) = 47.612 [m]
を得ます。
このyoの値を①式に代入すれば、
r=122-47.612=74.388 [m]
を得ます。

というわけで、バンテリンドームナゴヤの外野フェンスは、ホームベースからセンター方向へ47.612メートルの位置に中心点を持つ、半径74.388メートルの円弧である、ということが分かりました。


[作図]
では、これを基に外野フェンスの座標を5度おきで計算していきます。Excelで計算した値と式、および散布図でプロットした結果は以下のようです。
外野フェンスの作図

完成です!

座標計算した103個の点たちを結ぶことで、野球場を描くことができました。




*****
このグランウンドを使って次回以降、打球や送球の計算をしてみたいと思います。






では、また。



2021年10月23日土曜日

第91回 強肩捕手はポップタイムを〇秒縮める

 


ポップタイム

盗塁阻止は捕手の重要なタスクの一つです。

投球を捕ってから投げた送球がベースカバーの野手へ届くまでの時間を「ポップタイム」と言います。プロやメジャーの捕手ではこのポップタイムは2秒未満で、トップクラスの選手では1.8秒台を出すこともあります。

ポップタイムは、捕ってから投げるまでの時間と、投げてから届くまでの時間の和です。捕ってからすぐ投げること、速い送球を投げることの2つによりポップタイムは縮まります。


強肩捕手の球速

メジャートップクラスの強肩捕手では送球の平均球速が140km/hに達します。

投手の150km/hと比べれば遅いですが、重たく動きを阻害するマスクやプロテクタを身に付けた状態でかつ小さな体重移動で素早く投げるという条件の悪さを考えればすごいことです。

強肩捕手の140km/h送球は、肩の弱い捕手の遅い送球に比べどのくらい早くベースカバーの野手の元へ届くでしょうか。

今回は捕手の送球球速によりポップタイムがどれくらい縮まるのか軌道計算により求めます。


ポップアップタイムの軌道計算

2盗を想定し、ホームベースから2塁ベースまでの送球を軌道シミュレータver.3.2で計算します。

[計算条件]

球速は強肩捕手を想定した140km/hと、肩の弱い捕手を想定した120km/hの2パターンです。小さな体重移動でサイドスロー気味の腕の振りから投げられる送球の回転軸はシュート回転とジャイロ回転がいくらか混じっていると考えられるため、θs=110°、Φs=-70°とします。回転数は140km/hが2000rpm、120km/hが1700rpmとします。

送球はホームベース後端から二塁ベースまでの38.8メートルの距離で、タッチしやすい高さとして地上0.5メートルに向かってノーバウンドで投げます。ホームベース後端を原点とし、二塁ベースに向かってx軸をとります。

軌道シミュレータへのインプットは以下のようです。



[計算結果]

球速140km/hと120km/hの捕手の2塁への送球の軌道計算結果は、以下のようです。
gif動画と静止画を示します。gif動画は実際のスピードにしてあります。

 gif動画捕手2盗送球140km/hvs120km/hgif



 静止画
捕手2盗送球140km/hvs120km/h


20km/h差で0.2秒差

140km/hでは投げてから2塁に届くまで1.15秒となりました。
120km/hでは1.35秒であり、140km/hとの差は0.2秒です。

捕ってから投げるまでの時間が同じなら140km/hを投げられる強肩捕手は、120km/hの捕手よりもポップタイムが0.2秒縮まるという結果になりました。

他の条件が同じならやはり肩の強い捕手の方が有利です。


0.2秒以上は補えない

他の条件がずっと悪く0.2秒以上ロスするなら、いくら肩が強く球が速くても刺せないということもできます。
ワンバウンド投球を捕球できずはじいたり、大きなバックスイングをとったり、送球が逸れてタッチに時間がかかるなどです。
また盗塁阻止は投手との共同作業ですから、投手がモーションを盗まれたり、大きなフォームで投げたりすれば、いくら捕手のポップタイムが短くてもアウトにはできません。

97年のオールスターゲームでは当時球界No.1捕手であったヤクルトの古田敦也選手が、ライオンズの松井稼頭央選手に一試合4盗塁を決められました。注目されていたほこxたて対決は一方的な結果になりましたが、これついて古田さんは「投手が同じヤクルトの選手でけん制やクイックをしてくれたら刺せていた」と後に語っています。


速いは、低い

速い送球はポップタイムを縮めることに加え、もう一つメリットがあります。

重力による落下が小さくなるため、2塁ベース上の同じ高さにノーバウンドで投げたとき、より低い軌道で飛んでいきます。上の静止画で見ると違いが明らかです。

今回の計算結果では、投手のいるx=18.44メートル地点を140km/hの送球は地上2.25メートルの高さを、120km/hはその60cm上の2.85メートルを通過していきます。

身長180cmの投手がマウンド上に立っていれば頭の高さは地上2メートル程です。地上2.25メートルを通過する140km/hの送球なら、投手は十分カットできます。そのためランナー1,3塁の場面でも、3塁ランナーは本塁へ突っ込むことができなくなります。

またこの高さでは少し送球が低く逸れると頭に当たるリスクもあるため、面倒でも投手は必ずしゃがみこまなければなりません。




では、また。



2021年10月16日土曜日

第90回 グリーンモンスター越えホームランの打球軌道計算

 


ボストン・レッドソックス

MLBでは今ポストシーズン真っ盛りです。ア・リーグ優勝決定シリーズに進出したボストン・レッドソックスでは、澤村投手がロースター入りに復帰し活躍が期待されます。

そのレッドソックスの本拠地、フェンウェイパークはメジャーリーグの中でも最も有名な球場の一つです。"グリーンモンスター"と呼ばれる高さ11.3メートルの左翼フェンスがあるためです。

日本のプロ野球本拠地の中では高いと言われているバンテリンドーム ナゴヤでさえ、外野フェンスの高さ4.8メートルです。フェンウェイパークは、その2倍以上です。

異常な高さです。


狭いので致し方なく

なぜそんなにフェンスが高いのかというと、敷地の都合です。

日本プロ野球の標準的な球場では、両翼フェンスまで100メートルになっていますが、フェンウェイパークでは敷地の都合で、左翼フェンスまで94.5メートルしかありません。5.5メートルも狭くなっています。

狭いとホームランが出やすくなってしまい、これでは不公平だということで、フェンスを高くしてホームランを出にくくしました。

名物になることを狙って変な形にしたわけではなく、狭いので致し方なくフェンスを高くしたのです。

そして異常なほど高くした結果、反対に、グリーンモンスターはホームランが出にくい、と言われるようになりました。

大谷選手の今シーズンの11号が、このグリーンモンスターを越えた際にも話題となりました。


狭くて高いは、出にくいのか

グリーンモンスターを越えるホームランを打つことは、どれくらい大変なことなのでしょうか。

日本プロ野球の標準的な球場よりも、狭くて、高いフェンスは、本当にホームランが出にくいのでしょうか?

狭ければ出やすくなり、高ければ出にくくなります。

そこで今回は、グリーンモンスターを越えてホームランになる打球軌道を計算し、どのくらいホームランが出にくいのか検証してみます。



グリーンモンスター越えホームランの打球軌道計算

[計算条件]

レフト線へ打った、ホームラン性の打球を想定します。

打球速度150km/h, 打球角度上向き30°、回転数2000rpmのバックスピン回転の打球をベースとします。そこから条件を変えたパターンを加えて、下記の計4パターンの打球を計算します。

ベース   : 150km/h, 30°, 2000rpm
高速/低角度: 160km/h, 18°, 2000rpm
低速/高角度: 140km/h, 40°, 2000rpm
無回転   : 150km/h, 30°, 0rpm


軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は、以下のようです。
軌道シミュレータver.3.2インプット値





[計算結果]

レフト線へのホームラン性の打球、4パターンの打球軌道計算結果は、以下のようです。

越えるか直撃するのか分かるよう、グリーンモンスターもプロットしています。また比較のためバンテリンドームナゴヤの外野フェンスも示しました。

グリーンモンスター越えホームラン打球軌道


高速/低角度のみ

上記の結果を見ると、ベースの150km/h,30°は、どちらのフェンスも悠々越えてホームランになります。

低速/高角度の140km/h,40°も、両方のフェンスを超えます。狭くて高いグリーンモンスターに対して、高く打ち上げることは有効です。大谷選手の11号ホームランもふらふらっと上がった打球でした。

今回の条件では唯一、高速/低角度の160km/h,18°のみグリーンモンスターとバンテリンで結果が分かれます。グリーンモンスターではフェンスを直撃しホームランになりませんが、バンテリンではホームランになります。速くて低い打球は、グリーンモンスターとの相性が良くありません。

とはいえ、結果が分かれるのはごく限られた打球角度範囲のみです。18°よりももう少し高ければ、例えば20度で計算してみるとグリーンモンスターでも超えますし、もう少し低ければ、例えば15度で計算してみるとバンテリンのフェンスも越えられなくなります。

無回転の打球では、揚力を失い飛距離が落ちた結果、どちらのフェンスでも直撃し越えなくなります。


公平な審判

以上のように、フェンウェイパークのグリーンモンスターとバンテリンドームナゴヤの外野フェンスを比べると、ごく限られた範囲の高速/低角度の打球のみグリーンモンスターではホームランが出にくいが、全体的に見ればホームランの出やすさは同程度、という結果になりました。

上手く設計されているものです。11.3メートルという高さも適当ではなく、検討を重ねた上で決められたものだと思われます。

グリーンモンスターは、飛んできた打球を何も考えず無差別に叩き落してまうような知性無き怪物ではなく、他球場でもホームランになると判断される打球のみその上を通過させます。さながら、公平な審判を下す閻魔のような存在です。




では、また。



2021年10月9日土曜日

第89回 左打者へのバックフットスライダー投球軌道

  



当たっても死球でない

投球が打者の体に当たれば死球となり出塁が与えられますが、例外がいくつかあります。

投球が地面にワンバウンドしてから当たったとき、避けようとしなかったとき、わざと当たりに行ったとき、ストライクゾーンを通過する球に当たったとき、そして、「空振りをしたとき」です。

NPB歴代最多死球記録保持者は、清原和博さんですが、これは当時の審判員が上記の2つ目と5つ目を適用しなかったことと、本人がそれに味を占めていたことによるところが大です。


バックフットスライダー

一般的に、左打者と右投手の対戦では、ボールが見やすいため、打者が有利だと言われています。

しかし、インコース低目のひざ元から曲がり落ちるスライダーだけは、多くの左打者が苦手とし高い頻度で空振りをします。

時には空振りした球が、軸足を直撃することもある程です。痛い思いをした上にストライクもとられるので打者にとっては踏んだり蹴ったりです。後ろ側の脚や足に当たるため、そのような軌道で投げられる球は、MLBにおいてバックフットスライダーとも呼ばれています。


黄金ルーキーの不調

21年シーズン鳴り物入りで阪神に入団した佐藤輝明選手は、その前評判をさらに上回る活躍でホームランを量産していましたが、後半戦では絶不調に陥り8月後半から59打席ノーヒットと極度の不振に苦しみました。

そんな彼ですが、6月末からもしばらく調子を崩した時期があります。

個人的な見解ですが、そのきっかけとなったのが、このひざ元のバックフットスライダーだったのではないかと思っています。

6月23日の中日戦のことです。

山本投手のインハイへのボール気味のストレートでハーフスイングをとられた次の一球は、再びインコースの真ん中の高さへのストレートでした。打球は一塁側ファールゾーンへのライナーでしたが、詰まった当たりでした。

そしてその次の球。三度インコースに向かってきた球に対し、ムキになったのか、あるいは振り遅れるのを恐れたのか、明らかに早いタイミングで右肩を開き、力強いスイングでもって迎え撃とうとしました。またインコースにストレートが来た、と思ったのでしょう。

しかし運悪く、その球はスライダーで、空振り三振した挙句、投球が左脚を直撃しました。完全なる「バックフットスライダー」です。佐藤選手はとても苦しそうにしていました。

その後彼は調子を崩し、スタメンを外されたり、カープ戦で1試合5三振したりしました。ヤクルト戦で2塁ランナーの近本選手が引き起こした「サイン盗み疑惑」も、打席の佐藤選手へキャッチャーミットがインコースに構えられていることを伝えるものでした。

低目だろうが、アウトコースだろうが構わずすくい上げセンター方向にホームランにしてしまう佐藤選手に対しては、もうインコースを攻めるしかないと言われていましたが、この時の中日バッテリーは実にうまく攻めたと思います。


インコースのミートポイントは前

インコースのストレートは速い上に、ミートポイントが前よりであるため、他の球よりも早いタイミングで振り始めなければ間に合いません。そのため、見極めがアバウトになりがちです。

そこへ投げた瞬間の軌道が似た球がこれば、見誤る確率は高くなります。


そこで今回は、左打者のインコース、ストライクゾーンのストレートと、ストライクゾーンに来るように見えて曲がって脚に当たるようなバックフットスライダー、両者の投げた瞬間の軌道がどれくらい似ているのかを、軌道シミュレータver.3.2で軌道計算し比較してみます。


バックフットスライダーと、インコースストレートの軌道計算

左打者の軸足に当たるスライダーと、それと同じリリース角度で投げられたストレートの軌道を計算します。

右投手対左打者とします。


[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。プロ投手の平均的な球速と回転を想定しています。





[計算結果]

軸足に当たるバックフットスライダーと、それと同じリリース角度で投げられたストレートの軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ上の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。


バックフットスライダー投球軌道計算


1/3までほぼ同じ

上記の計算結果を見ると、ピッチャープレートから6メートル過ぎの位置まで、両者の軌道はほぼ重なっています。これはプレートとホームベース間距離の1/3に相当します。

時間でいうとリリースから0.1秒後まで、両者の軌道差はとても小さく、ほぼ重なっています。

どれくらいの時間までを打者が「投げた瞬間」と感じるかは不明です。

ストレートがリリースから打者のところへ届くまでの時間はわずか0.43秒ほどのため、0.1秒までボールを見て判断してから行動すると仮定すると、残りの0.33秒で体を回転しバットを体の前まで持ってくる必要があります。決して猶予のある時間ではありません。

ミートポイントが前であるインコースの球に、振り遅れず、詰まらされず、強く打ち返そうとすれば、0.1秒未満までの軌道を見て急いで振り始めてしまうことは十分考えられます。



CADソフトで3Dプロット

打者側からどのように見えるのかを表すために、上記で計算した投球軌道をCADソフトで3Dプロットしたものが以下です。

投手と打者を模した人体モデルおよび、マウンド、ホームベース、ストライクゾーンを表す青枠も追加してあります。投球軌道中の黒いものがホームベース前端上(x=18.010m)におけるボールの通過点です。打者は投球軌道が隠れないよう、半透明にしてあります。


①インコース、ストライクゾーンのストレート

このような球でインコースに突っ込まれて、詰まらされ、その次の球が、

②投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)

このような球であれば、「今度は、振り遅れないように」と思って早めに体を回転し、前でさばこうとしますが、

③バックフットスライダー

このような軌道で曲がってきて、ボール球を空振りしてしまった上に、脚に当たってしまいます。
脚に痛みが残る中、その次の球で、

④投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)
またこんな球が来れば、「もう、ボール球には手を出さない」と警戒してバットを止めてしまいますが、①の軌道で飛んできて、見逃し三振になってしまいます。



下は①~④を順番に表示したgif動画です。
投げた瞬間の軌道、②と④は似ています。それでもよく見れば、少し違いがありますね。

バックフットスライダー投球軌道






では、また。







2021年10月2日土曜日

第88回 ピッチトンネル選球眼クイズ3 (前田健太投手編)

  




ピッチトンネル

ピッチトンネルとは最近注目されている、ホームベースの手間7.2mほどの空中に仮想される、投球軌道が通過する円です。


ピッチトンネルを通過する時点までの軌道がストレート(4シーム)に近いほど、打者は変化球を見分けづらくなり、その結果、被打率が下がり空振り率が上がることが統計データから明らかになっています。

なぜかというと、打者はピッチトンネルを通過するあたりでスイングを開始するためです。それよりも後ろのタイミングでスイングを開始すると、間に合わず振り遅れの空振りになります。

ピッチトンネル通過時点は、すなわち打者がボールを見極めるデッドラインなのです。

ピッチトンネル通過前に変化球だと気づかないと、ストレートだと思ってバットを振り始めてしまってから変化球だと気づいて泳いだようなスイングになったり、あるいはボール球だと思って振るのをやめてから曲がって来てストライクになったりします。

「選球眼が良い」というのは、単に視力が良いだけでなく、このピッチトンネルを通過するまでの投球軌道でコースや球種を見抜き、その後の軌道やタイミングを正確に予測できるということです。




選球眼クイズ 第3弾

今回は、リリースからピッチトンネルまでの軌道を見て、ホームベース上でストライクかボールなのかをを当てる「選球眼クイズ」の第3弾を作成しました

トラッキングデータを基に、軌道シミュレータver.3.2で再現計算した前田健太投手の投球軌道を使います。

リリースからピッチトンネルまでは、時間にして0.2秒ちょとのほんの一瞬です。

距離で言うとバッテリー間の半分以上ですが、打者側からみると遠近法によりほんの少ししか飛んできていないように見えるため当てるのは意外と難しいです。



例題

まずは簡単な例題を。

青枠がストライクゾーンです。下にあるのがホームベースです。

距離感のため、拾ってきたフリーの人物データを右打席と、ピッチャープレートに立たせてあります。


では、ストライクかボールか予想してみてください。


















例題の答え

正解はど真ん中のストライク。4シームです。



第1問

では、ここから本番スタートです。

第1問。













第1問の答え


正解はアウトコースに外れるボール。スライダーです。


前田投手のスライダーは、曲りが小さめに抑えられているのが特徴です。それにより早期にストレートと見分けにくくなっています。



第2問

では、次にいきましょう。

第2問です。














第2問の答え





正解はアウトコース低目のストライク。4シームがストライクゾーンの角をかすめます。


前田投手のストレートは、平均球速が150km/hを超えるメジャーリーグにおいては、特別に速い方ではありません。しかし、それでも、この速さです。




第3問

では、最後の一球です。

第3問。














第3問の答え



正解は、アウトコース低目のストライクです。ボールゾーンからストライクゾーンへ入ってくる、バックドア気味のチェンジアップです。

前田投手はチェンジアップを、フォークの握りに薬指を添えるような持ち方で投げます。フォークボールのように落ちながら2シームのようにシュートする軌道で、今では一番の武器になっています。





******

今回はアウトロー攻めでした。

長打を避けたい時やピンチの時、バッテリーは必ずアウトコース低目ついてきます。
そこを見極められるか否かで、良い打者かそうでないか決まってきます。




では、また。