2022年5月28日土曜日

第118回 投げられない変化球:ドロップシンカー

  


投げられない変化球

野球の投球には様々な球種がありますが、この世には誰も投げることのできない変化球が存在します。

なぜなら投球フォームによって投げることのできないボールの回転軸があるからです。

その一つが「ドロップシンカー」です。


5つの回転の組み合わせ

ボールの回転軸によりボールに、作用する揚力の方向、つまりボールが曲がっていく方向は決まります。

右投手が自分から見た場合で大別すれば、①バックスピン回転=上向き、②トップスピン回転=下向き、③スライド方向のサイドスピン回転=左、④シュート方向のサイドスピン回転=右、⑤ジャイロ回転=変化なし、となります。
(ジャイロ回転には右回り左回りがありますが、簡単さのために一緒くたにしています。数学的には、3次元空間の3つ軸に対してそれぞれ+方向の右回り、マイナス方向の左回りの2つずつで、計6つの回転というのが正確です。)

全ての球種はこれら5つの回転を組み合わせた回転軸で構成され、おおよそ下図のようになっています。

投げられる回転軸の領域を青色で、投げられない回転軸を赤色でそれぞれ示しています。

変化球の回転軸
投手方向から見た回転軸(右投手)


青色の投げられる回転軸の領域は、投手の腕の振りの角度に沿って、右上から左下に分布する傾向があります。
トラッキングデータの変化量のチャートも同様に斜めに分布する傾向があります。國學院大學の神事努氏が提唱する「球種の軸」です。(*1)

そして単純に斜めに分布するだけでなく、右下の部分、全体の1/4がまるっと欠けています。

シュート回転とトップスピン回転を組み合わせた回転軸の変化球は、誰も投げられません

ただし、誰も、というのはオーバースロー投手に限ったことです。
腕の振りの角度が異なるサイドスローやアンダースローなら投げることができます。

サイドスローでシンカー使い手であった元西武の潮崎投手は球辞苑で、「薬指が障害物になるので」そこを抜けていくか、行かないかでよいシンカーが投げられるか決まってくると語っていました。オーバースローでトップスピン回転の加わったシンカーを投げることができないのも薬指が邪魔になるせいだと考えられます。


トップスピン回転の加わったシンカーを、通常のそうでないものと区別するため、ここでは仮に「ドロップシンカー」と呼びます。
シンカーは沈む(sink)という意味で、ドロップは落ちる(drop)という意味でかぶりますが、普通のシンカー以上に下へ変化する球とイメージしてもらえたらと思います。

    (*1) 「野球×統計は最強のバッテリーである」 データスタジアム株式会社著 中公新書ラクレ 2015年


シンカーは自由落下まで

シュート方向に変化する球種は4シーム、2シーム、シンカーとありますが、いずれもバックスピン回転とシュート方向のサイドスピン回転の組み合わせです。

例えばロッテの益田投手、石川投手は落差の大きいシンカーを投げますが、スローVTRで見るとわずかなバックスピン回転のみを含むサイドスピン回転に近い回転軸です。また、ヤクルト石川投手のシンカー(スクリュー)はサイドスピンとジャイロ回転の組み合わせです。

シンカーを得意とする投手でも、バックスピンをなくすところがまでが限界で、シュート方向の回転にトップスピン回転を混ぜることはしていません

ゆえに自由落下以上に下へ変化することはありません




ドロップシンカーの軌道計算

オーバースロー投手は誰も投げられない回転軸のドロップシンカーを、もし投げられたら。

オーバースローの高いリリースポイントから、サイドスローの潮崎投手やアンダースローの山田久投手のような曲がり落ちるシンカーを投げられたら、どんな投球軌道になるでしょうか?

人間には投げられない球でも、計算するだけならいくらでもできます。

今回は、もし上からドロップシンカーを投げられたなら、どのような軌道になるのか軌道計算をしてみます。






[計算条件]

球速は135キロ、回転数は1800rpmで共通とし、回転軸のみ上図のように異なるドロップシンカーと普通のシンカーを計算します。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。





[計算結果]

シュート回転とトップスピン回転を併せ持つ、ドロップシンカーの軌道計算結果は以下のようです。
グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.01m)におけるボールの位置を表します。

ドロップシンカー軌道計算結果


ドロップシンカーは通常のシンカーにくらべ、47cmより下へ変化します。

打者は経験にない球が来ると、対応できなくなります。「シュート方向に変化する球は、自由落下以上にした変化しない」ということを無意識で学習し体に染みついているので、このような軌道の球が突然飛んできたら合わずに空振りすると考えらえます。

もし上から投げているのにシュート&ドロップ回転の球を投げれてしまう人がいれば、ぜひ投手に挑戦することをお勧めします。




3D ドロップシンカー

今回の計算結果をCADソフトで3Dプロットすると、以下のようです。

普通のシンカー

ドロップシンカー



リアルスピードのgif動画です。


かなり、不自然な軌道になりました。




では、また。



2022年5月21日土曜日

第117回 ロボ審判はワンバウンドをストライクとコールする




ロボ審判、導入迫る

人間のアンパイアに代わり投球のストライク/ボールを判定する「自動ボールストライクシステム(ABS)」、通称「ロボ審判」の導入が間近に迫っています。

賛否ありますがトラックマンとリプレー検証が導入済みの今、ロボ審判導入は必然的な流れでしょう。

アメリカではすでに、メジャーリーグへの導入に向け、2019年から独立リーグで21年から3Aで、試験的に導入されています。


ワンバウンドなのにストライク?

体験した選手の反応は投手からは好評、打者からはいまいちと多少のとまどいはあるようです。

なかでも面白いのが、ロボ審判は地面にワンバウンドした球でも、ときにストライクの判定をすることがある、ということです。


人間もストライクだと思っているが

これはロボ審判の測定精度が悪い、という話ではありません。

人間の審判もストライクだとわかっていて、あえて"機微"としてボールのコールをしているそうです。

以下、新聞記事(*1)の引用です。

マイナーリーグで審判員を務め、年間140試合に出場する(中略)小石沢さんは「人間にはストライクとコールしづらい投球も、機械は宣告する」と違いを指摘する。

例えば、縦に大きく落ちるカーブ。ストライクゾーンをかすめても、ワンバウンドをすれば大抵の審判はボールと判断する。ルール上はストライクでも、地面に付く球まで右手を上げればトラブルになりかねない。「そういう判定を続けると、正しかったとしても選手の信頼を失う」


(*1)中日新聞 2022年5月2日版 16面


選手やファンはワンバウンドしたような球は当然ボール球だと思いこんでいますが、必ずしもそうではないと、プロの審判員もロボ審判の弾道測定装置も認めているわけです。

にわかには信じがたいことです。

実際、ワンバウンドした球がストライクゾーンを通過しているということがあり得るのでしょうか?

そこで今回は低めいっぱいストライクゾーンを通過した縦カーブが、キャッチャーの捕球する前にワンバウンドすることがありえるのか軌道計算して、確かめてみます。


ワンバウンドするカーブの軌道計算

最も手前でワンバウンドするように、最も下向きの軌道となる条件として、球速が100キロと遅いトップスピン回転をしたスローカーブの軌道を計算します。

比較対象に通常の125キロで斜め回転のカーブも併せて計算します。

ストライクゾーンの低めいっぱいを地上0.5メートルと想定し、ホームベース前端を通過時にこの高さ(x=18.01m,z=0.5m)をボールが通過するようリリース角度を調整します。


[インプット値]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。






[計算結果]

低めいっぱいのストライクゾーンを通過する、トップスピン回転のスローカーブの軌道計算結果は以下のようです。

グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右端のみ地面にバウンドしたとき(z=0)の、ボール位置を表します。

ロボ審判、ワンバウンドカーブの軌道計算


スローカーブはx=19.8mで、普通のカーブはx=20.5mで地面にバウンドしました。


バッターボックス後方60センチ

スローカーブはバッターボックス後側ラインから、後方60センチあたりでバウンドします。

通常、キャッチャーはバッタボックス後側ラインのあたりで捕球をしています。そのためこの投球は、キャッチャーが通常の位置にいれば十分ノーバウンドで捕球可能です。

したがって、ワンバウンド補球した投球がストライクゾーンを通過していたということは、100キロの遅さの、トップスピン回転のスローカーブで、ストライクゾーンの低めいっぱいで、捕手が通常よりも後ろに下がっていてなおかつ腕を伸ばして捕りに行かなかったという、限られた条件がよほど重なったときだけ起こりえます。


普通のカーブはそれよりもさらに70センチほど後ろ、ホームベース後端から2メートル後ろでバウンドするため、ワンバウンド補球した球がストライクゾーンを通過している可能性はありません。

また、今回の計算条件以外にも、強い向かい風の時には曲がりが大きくなるため発生しやすくなります。

また、極端な山なり軌道であるイーファスピッチはキャッチャーが通常の位置でもストライクの球がワンバウンド補球となります。逆に捕手がノーバウンドでとれるような球は、全て高めのボール球です。



一回転したバット

さて、ロボ審判の導入に私は賛成派です。まずなによりも、判定が正確で公正になります。

さらに上記のことから、捕手の安全のためにもメリットがあることが分かります。


低めの緩いカーブを強振して空振りしたバッター、とりわけ外国人のパワーヒッター、はよく後側の手を離し大きなフォロースルーをとります。

その結果、一回転したバットがキャッチャーに当たってしまうことがあります。

元中日の杉山捕手は当時ヤクルトのバレンティン選手に後頭部を強打され、大けがをしました。バッティングも良い選手で、あれさえなければ谷繁の後継者として正捕手にもなれていただろうだけに、ほんとうに残念です。

そのような悲劇を避けるため、低めの緩い球の時にはキャッチャーは打者にばれない程度に少し後ろに下がるべきですが、そうするとワンバウンド捕球になり人間の審判からボール判定を受けてしまうリスクがあります。

そのためノーバウンドで取れる位置までは前に出て、襲い掛かるバットを命がけで避けながら補球をしなければなりません。

今後ロボ審判が導入されれば、安全な位置まで後ろに下がって捕球できるようになります。





では、また。





2022年5月7日土曜日

第116回 バットに当てるための最適なスイング角度





全ての投球は下向きに飛んで来る

打者のバットはボールと当たるインパクトの瞬間、水平よりも上向きに動いています。

投手のレベルや球種によらず全ての投球は、ホームベース手前、打者の手元では水平よりも下向きに飛んでいます。そのため、バットを少し上向きにスイングしたほうが両者の軌道が重なりバットに当たりやすくなります。

では、どのくらいの上向き角度でスイングをするのが最もバットに当たりやすいのでしょうか?

今回は軌道シミュレータで打者の手元における投球軌道を計算し、最適なスイング角度を求めました。

高めの真っすぐは打てるのに、低めのカーブが全然当たらないと悩んでいる人はぜひ参考にして欲しいと思います。


水平に近い球、下向きの球

投球により水平で近い角度のものもあれば、より下向き角度で飛んでいるものもあります。そのため最も水平に近い投球と、最も下向きにの投球の、両極端の軌道を計算します。


水平に近くなる条件としては、①球速が速い、②バックスピン回転がかかっている、③リリースポイントが低い、④高めのコース、が挙げられます。

球速が速いと重力を受ける時間が短くなり、バックスピン回転がかかっていると上向き揚力が作用するので、軌道のお辞儀が抑えられます。またより低い位置からより高い位置に向かって投げるほど、投げ出すときの角度が水平に近くなります。

高めの速いストレートは、打者の手元を最も水平に近い角度で飛んでいきます。


反対に球速が遅く、トップスピン回転で、高いリリースポイントから、低めのコースに投げられた球は、下向きの角度になります。

低めの緩いカーブは、打者の手元を最も下向きの角度で飛んでいきます。


ストレート、打者の手元の軌道計算

では、まず最も水平に近いストレート(4シーム)の軌道を計算します。上記①~④の条件を、プロ野球の中であり得る範囲で、水平に近くなる場合として以下を想定します。

①球速 155km/h、②回転数2300rpm, ③リリースポイント 地上1.7メートル、④高めいっぱいのゾーン 地上1.2メートル


[インプット値]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。参考に低めの球(地上0.5メートル)も併せて計算します。




[計算結果]

最も水平に近い、高めのストレートの投球軌道計算結果は以下のようになりました。

グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右側のみホームベース前端(x=18.01)における、ボールの位置を表します。


高めのストレートは打者の手元で、水平から下向き3.5°の角度で飛んでいます。

角度はx=18.01におけるx,z方向の速度から、tan-1(vz/vx)=tan-1((dz/dt)/(dx/dt))で計算しています。


高めと低めの違い

一方で、同じ球を低めに投げた場合は、下向き6.0°で飛んでいます。高め、低めのコースの違いにより2.5度の差があります。

そのため、高めの球は水平に近いスイング角度のほうが当たりやすく、低めの球は少しアッパースイングのほう当たりやすいということになります。



カーブ、打者の手元の軌道計算

次は、最も下向き角度になるカーブの軌道を計算します。

上記①~④の条件を、プロ野球の中であり得る範囲でより下向き角度になる場合、ただし100キロ台のスローカーブやイーファスピッチは投球割合が少ないため除外、として以下を想定します。

①球速 120km/h、②回転数2600rpm, ③リリースポイント 地上1.9メートル、④低めいっぱいのゾーン 地上0.5メートル


[インプット値]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。参考に高めの球(地上1.2メートル)も併せて計算します。


[計算結果]

最も下向き角度の、低めカーブの投球軌道計算結果は以下のようになりました。

グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右側のみホームベース前端(x=18.01)における、ボールの位置を表しています。

低めのカーブは打者の手元で、水平から下向き11.2°の角度で飛んでいます。

高めのストレート(下向き3.5°)と比べると、7.7°も違いがあります。

そのため、レベルスイングの打者は高めのストレートに合いやすく、アッパースイングの打者は低めの変化球に強いという傾向が生まれます。


アレックス・ゲレーロ

アレックス・ゲレーロ(2017年 中日、18-19年 巨人)は、典型的なアッパースイング打者です。

低めの変化球なら、ボール気味の球でも芸術的なアッパースイングですくい上げてことごとくホームランにしてしまいます。17年には悪名高きナゴヤドームを本拠地にしながら35HRを打ち、本塁打王を獲得しました。

ナゴドで35本なら、東京ドームでは60本ぐらい打つだろうと考えた巨人軍の背広組はドラゴンズブルーの血が流れる彼のほほを8億円の札束でひっぱたき、東京へ連れて行きました。

中日球団はマネーゲームには応じずあっさり彼を手放し、中日ファンはそれを悔しがりませんでした。シーズン前半には6試合連続本塁打を含む量産ペースも、シーズン後半は高めの速球で攻められるとペースが落ち、来シーズン以降活躍しないだろうと予想していたためです。


メジャーでもフライボール革命によりアッパースイングの打者が増えたことで、2シームなどの動く速球ばかり投げていた投手たちは、高めのホップする4シームを見直すようになりました。



プロ野球が女子ソフトに勝てない理由

高めのストレートは速さで振り遅れさせるだけでなく、水平に近い投球角度によりアッパースイングで上向きに動くバットと軌道をずらす効果があります。

その効果がさらに増長されたのがソフトボールです。

野球よりもバッテリー間が狭く下から投げるソフトボールでは、高めのライズボールは打者の手元でも水平よりも上向きに飛んでいます。そのため、水平よりも下向きに飛んでくる球しか想定していない野球選手のバットは軌道が合わず空を切ります。

近距離から体感速度160キロといわれるスピードに加え、この軌道のずれが加わるため、プロ野球のトップ選手でさえ空振りを繰り返してしまうのです。



高めの変化球が打たれる理由

さて、今回計算された打者の手元における投球角度は以下のようです。

  高め 低め
ストレート  3.5°   6.0°
カーブ 8.6° 11.2° 

これと同じスイング角度であればボールと軌道が重なり、当たる確率が高くなります。

高めのストレート(3.5°)と低めのカーブ(11.2°)では7.7°の差があり、これがアッパースイングの打者にとって合う合わないを生み出していることは上述の通りです。

反対に低めのストレート(6.0°)と高めのカーブ(8.6°)では、2.5°しか差がないため、カーブが高めに浮くとスイング軌道があって打たれやすくなってしまいます。



では、また。


(2022/5/20 計算エラー修正)