2022年6月25日土曜日

第122回 投げられない変化球4:A・オッタビーノ投手の"ブーメラン"スライダー




小さく横に曲がる球

スライダーは横へ曲がる球で、右投手対右打者ならアウトコースへ逃げていくように変化する球です。

打者が腰を引いて手を伸ばし、ボール球にバットが届かず空振りをするため、とても大きく変化しているような印象を受けます。

しかしトラッキングデータが導入され変化量が数値でわかるようになると、スライダーはそれほど大きく横に曲がっていないことが判明しました。

ストレート(4シーム)が上へ40cm以上ホップするのに対し、スライダーは20cm弱しか横に曲がっていないのです。

単体での曲がりは小さく、反対のシュート方向へ変化するストレートと組み合わせることで軌道差を生み出しているようです。

回転数のデータを見るとスライダーのほうがストレートよりも多いのに、変化量はストレートの半分以下です。


スライダーも勝手にジャイロ回転

スライダーの曲がりが小さい理由は回転軸にあります。

センター方向からのスロー映像でスライダーの回転を見ると、渦を巻いており、ジャイロ回転に近い回転軸をしています。

そのため回転数が多くても、揚力が弱くなり、変化量が減ってしまいます。


ジャイロ回転が混じりやすい性質を利用し、変化量を意図的に小さく抑えることで打者に手元きてから曲がり始めるような感覚を与えている投手もいます。


曲がりを大きくするためにはジャイロ回転を完全に排除し、純粋なサイドスピン回転で投げればよいのですが、そのような回転軸の球を投げることは誰にもできません。

スライド方向のサイドスピン回転を与えようとすると、望まなくても、勝手にジャイロ回転が混じってしまいます。

ダルビッシュ投手や大谷投手のように、スライダーの曲がりの大きい投手でもジャイロ回転とサイドスピンの中間、45度ぐらいに傾いた回転軸をしています。




ボールの転がり方

ジャイロ回転が勝手に混じるのは、回転がかかるときの、ボールの手の中での転がり方によるものです。

ストレートようなバックスピン回転も、スライダーのようなジャイロ回転もどちらも前腕が肘を中心に回転しているために発生する遠心力で、ボールが人差し指と中指の指先方向へ転がっていくことによりかけられます。

てのひらが前を向いていればバックスピン回転がかかり、小指が前で手のひらが内側を向いていればジャイロ回転がかかります。

スライダーではスライド方向のサイドスピン回転成分を与えるために、手のひらを内側に向ける必要があるため、ジャイロ回転が混じってしまいます。

また、縦割れのカーブでは、人差し指と中指がボールを上から抑えるため、遠心力によりジャイロ回転はかからず、トップスピン回転がかかります。



腕を下げれば

ジャイロ回転を含まないスライダーは投げられないと言いましたが、これはオーバースローの投手に限ったことです。

腕を下げてサイドスローで投げれば、オーバースローの縦割れのカーブの要領で、ジャイロ回転が少なく純粋なサイドスピン回転により近い球を投げられます。

これはよく知られた技術で、中日ジャリエル・ロドリゲス投手が時折腕を下げたモーションで投げていたのもこのためです。



腕を下げると

腕を下げればスライダーの曲がりは大きくなりますが、同時にリスクもあります。

腕を下げてストレートを投げると、球速もホップ量も落ちてしまいます。

かといってストレートは上から、スライダーは横からと、フォームをころころ変えるとバランスを崩しコントロールを乱したり、けがにつながったりします。

因果関係は分かりませんが、大谷翔平投手は今シーズン5月11日の試合で「意図的に」腕を下げたフォームで投げ、その2週間後、5月26日の試合で「腰の張りを感じ」2本のホームランを打たれ5失点し3敗目を喫しました。


一方ロドリゲス投手は今シーズン、腕を下げるのをやらなくなりました。

先発からリリーフに配置転換されパワーピッチをするようなったためだと思われますが、結果は良好です。ストレートの威力はさらに増し、6月5日の試合ではついに、160km/hを記録しました。

8回の攻撃で逆転を狙う相手打線を、ことごとく返り討ちにしています。


スライダーを曲げるために腕を下げるのは、速いストレートを投げられる力のある投手にはあまりやってほしくない方法です。

変化球投手がやることです。



アダム・オッタビーノ

腕を下げた投球フォームからジャイロ回転の少ない、曲がりの大きなスライダーを投げて成功している投手の代表例がニューヨークメッツの背番号0、アダム・オッタビーノ投手です。

曲がりが大きいと言われているダルビッシュ投手や大谷投手のスライダーよりも、さらにボール1個分以上大きく変化する"ブーメラン"スライダーを武器にメジャーリーグで通算500試合以上の登板を積み重ねています。

昨シーズン、大谷選手のバースデーゲームで暴言を吐き悪役のイメージがついてしまった彼ですが、投げている球は本物です。

驚くほどに大きく曲がるスライダーは右打者のアウトコース逃げていく球としても、左打者のバックドアとしても有効で、大谷選手からも三振を奪っています。


今回はオッタビーノ投手のブーメランスライダー軌道を、トラッキングデータから再現計算し、メジャーリーグの平均的なスライダーとの軌道の違いを見てみます。



A・オッタビーノ投手のブーメランスライダー軌道計算

トラッキングデータ(21年シーズン、baseball savant)の球速、回転数、変化量に基づき、回転軸を調整し再現を行います。

オッタビーノ投手のスライダーは回転軸がよいことに加え、回転数もMLB平均を大きく上回っています。


[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。比較のためにMLBの平均的な軌道も併せて計算します。






[計算結果]

軌道計算結果をプロットすると以下のようです。

グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.01m)におけるボールの位置を表します。

灰色線が自由落下軌道で、これとの差がトラッキングデータの変化量になります。

横の変化量は48cmです。

これはホームベースの横幅よりも大きな値です。

そのまま真っすぐ飛んでいけば右打者にはインコースのボール球になるところから、ぐぐっと曲がってアウトコースいっぱいに決まります。

打者からすると腰が引けてしまい、バットを伸ばして追いかけても追いかけても届かないような軌道です。

上下方向の軌道はほぼ自由落下です。これはバックスピン回転を含まないためです。



平均的なスライダーとの比較

平均的なスライダー軌道と合わせてプロットしたものです。

オッタビーノ投手vs平均的スライダー


上空から見たx-yプロットを見ると両者の軌道の違いが良く分かります。

平均的なスライダーよりも大きく曲がり、ホームベースの手前でクロスしホームベース上ではより左打席に近い位置を通過していきます。サイドスロー気味で3塁側よりのリリースポイントにより角度がついていることもまた、スライダーの威力をアップさせます。

平均的なスライダーの横変化量が15cm程度ですので、横変化量が48cmのオッタビーノ投手のスライダーは平均の3倍以上も変化していることになります。

通常のスライダーは反対のシュート方向に曲がるストレートと組み合わせることで左右の軌道差が生み出されますが、オッタビーノ投手のスライダーはそれ単体で激しく横へ曲がっています。


完全ならば

ジャイロ回転成分の少ないオッタビーノ投手のスライダーでも、完全なサイドスピンではなく、34度ほどのジャイロ回転が混じっています。

この34度のジャイロ回転により、変化量は17%減少しています。(1-cos34°=1-0.83=0.17)

そのため彼がもし回転数や球速はそのままで、回転軸だけを完全なサイドスピン回転にできたとしたら、計算上、横変化量は58cm(=48/cos34°)までアップし、さらに10cm大きく曲がげることができます。




3Dプロット

今回の計算結果をCADソフトで3Dプロットしたものが以下です。

曲がりの大きさが伝わればと思います。


平均的なスライダー
平均的なスライダー



オッタビーノ投手のBスライダー
オッタビーノ投手のスライダー



リアルスピードのgif動画です。インコースへのフロントドアも追加しました。
オッタビーノ投手スライダーgif動画





では、また。



2022年6月18日土曜日

第121回 投げられない変化球3:K・ジャンセン投手の“ライジング”カッター

 


小さく沈む球

カットボール(カッター)はストレートに近い球速で、打者の手元で小さく変化する球です。

日本では2000年ごろにカットボールチャンネルの川上憲伸投手や、DeNA監督の三浦大輔投手が投げ始めて以降、急速に広まりました。

当時は、ストレートと同じ軌道から手元でボール一個分だけ「真横にスライドする球」と紹介されていました。

しかしトラッキングデータが導入され、変化量が数値で測定されるようになると、「小さく沈む球」でもあることが判明しました。


カッターはジャイロ回転

沈む理由は回転軸にあります。

センター方向からのスロー映像でカットボールの回転を見ると、渦を巻いており、ジャイロ回転に近い回転軸をしています。

そのため回転数が多くても揚力が弱くなり、ストレートほどホップせず、相対的に沈む球になります。


ちなみに松坂大輔さんが投げているとして渡米時に盛り上がったジャイロボール騒動も、本人が、あれはカットボールが抜けたやつと証言したことで鎮静化しました。


勝手に混じるジャイロ回転

カットボールがジャイロ回転に近い回転軸なっているのは、勝手にそうなるからです。

シュート方向のサイドスピン回転をなくし少しのスライド方向のサイドスピン回転を与えようとすると、ジャイロ回転は与えようとしなくても混じります。

また、与えたくない、与えないようにしようと考えながら投げても、混じってしまいます。

ジャイロ回転を含まずに、バックスピン回転と少しのスライド方向のサイドスピン回転だけを含む回転軸の球は、誰も投げることができません。

ゆえに、ストレートの軌道から真横に曲がる、あるいはストレートよりもホップするカットボールは、投げることができないのです。


ボールの転がり方

これは回転がかかるときの、ボールの手の中での転がり方によるものです。

バックスピン回転も、ジャイロ回転もどちらも前腕が肘を中心に回転しているために発生する遠心力で、ボールが人差し指と中指の指先方向へ転がっていくことによりかけられます。

てのひらが前を向いていればバックスピン回転がかかり、小指が前で手のひらが内側を向いていればジャイロ回転がかかります。

カットボールではスライド方向のサイドスピン回転成分を与えるために、いくらか手のひらを内側に向ける必要があるため、ジャイロ回転が混じってしまいます。

遠心力自体をなくすことはできないため、斜めの腕の振りでシュート回転をなくすには、ジャイロ回転を受け入れるしかありません。



ケイリー・ジャンセン

誰も投げることのできないジャイロ回転を含まずストレートのようにホップするカットボールですが、それに近い球を投げている投手がいます。

ドジャースで長年クローザーを務め、350セーブを積み上げたのち、今シーズンからアトランタブレーブスでプレーしているケイリー・ジャンセン投手です。

彼のカッターはほかの投手と明らかに違う軌道で、浮き上がりながらスライドしてくるため、”ライジングカッター”と呼ばれ恐れられています。

投球の6割を占め、来るのが分かっていても打てない球です。ほかの投手が投げてこない軌道のため、打者は不慣れで対応ができません。

特に右打者のアウトハイに投げたときは威力抜群で、高確率で空振りを奪います。

打者のバットはグリップよりもヘッドのほう下がった斜めの状態でスイングされますが、その傾きに合わせるかのように、投手から見て左上の空間をすり抜けバットをかわしていきます。

バットに当たった時も、ボールの下を打ちファールや力のないフライにしかなりません。





K・ジャンセン投手のライジングカッター軌道計算

今回は実在する魔球とまで言われている、ジャンセン投手のライジングカッターの軌道を再現計算します。

トラッキングデータ(21年シーズン、baseball savant)の球速、回転数、変化量に基づき、回転軸を調整し再現を行います。

ジャンセン投手のライジングカッターは回転軸が珍しいだけでなく、回転数と球速もMLB平均を大きく上回っています。平均的なカットボールが140km/h, 2350rpmであるのに対し、ジャンセン投手は149km/h,2677rpmです。全盛期にはこれよりもさらに速かったようです。


[インプット]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。

比較用に平均的な普通のカッターも併せて計算します。



[計算結果]
K・ジャンセン投手のラインジングカッターの軌道再現計算結果は、以下のようです。
グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.01)におけるボールの位置を表します。
灰色線は回転による揚力がない場合の自由落下軌道で、これとの差がトラッキングデータの変化量となります。



縦の変化量は44cmです。

4シーム並みのホップ量です。少しだけ混じったジャイロ回転が減らしてしまう揚力を、回転数の多さが補っています。

4シーム並みのホップ量でありながら、少しシュートする4シームとは左右反対に19cm、ボール2個半ぐらい左打席のほうへ曲がっていきます。

4シームと同じような球速、ホップ量で、左右の曲がる方向が反対です。

つまりこれは、誤って3塁側に1メートルずれた位置に設置されたマウンド上から、左投手が4シームを投げてくるような軌道です。


平均的なカッターとの比較

平均的なカッターのホップ量は20cm程度ですので、ジャンセン投手のカッターはそれよりも24cm、ボール3個分ぐらい大きくホップします。まさにライジングです。

平均的なカッターの軌道と重ねると、以下のようです。

Kジャンセンのライジングカッター軌道再現計算

上記の回転によるホップ量の差に加え、球速差による重力を受ける時間の差が加わわっています。

そのため上下の軌道がまるで違います。

ボールの下を空振りしたり、フライを打ち上げるのも無理のないことです。


3D プロット

上記の計算結果をCADソフトで3Dプロットすると、以下のようになります。

浮き上がってくるというか、反りあがってくるというか、バットに当たる気がしない軌道です。

平均的なカッター
平均的なカッター

ジャンセンのライジングカッター
ジャンセン投手のライジングカッター


リアルスピードのgif動画です。










では、また。













ポールシフトカーブ

上記のライジングカッターとドロップシンカーは投球フォームの問題で投げるのが難しい球でした。それとは別に、物理的に投げることができない変化球もあります。例えば途中で回転軸が変わる球です。

バックスピン回転で飛んできた球が、何もない空中で急にトップスピン回転に変わったら一体どんな軌道になるでしょうか? はじめは上向きの揚力が働きストレートのように飛んできて、トップスピン回転になったら下向き揚力でドロップカーブのように下へ曲がりだす。普通のドロップカーブよりも何倍も打ちづらい球になるはずです。

実在しない球で名前がないので、ここでは便宜上以下、地球の自転軸の角度が変化することを意味する天体用語から「ポールシフトカーブ」と呼びます。

実際には投手が一度投げたボールが空中で回転軸の向きを変えることはありえません。手を離れ空中を飛んでいる間、ボールは空気力と重力のみを受けますが、それらに回転軸の向きを変える作用はありません。またもし何らかの回転軸の向きを変えようとする力が働いたとしても高速で回転してるボールには回転軸の向きを維持しようとするジャイロ効果働くため回転の向きを変えるのは容易ではありません。ジャイロ効果という言葉はなじみがないかもしれませんが、コマや自転車のタイヤが高速回転している時には安定して倒れにくくなることは経験があると思います。

投球フォームをどう変えても、ピッチングマシンを使っても、絶対に投げられない架空の変化球ですが、興味本位でどんな軌道になるのか計算してみます。軌道シミュレータver3.2のインプット値と計算結果は、以下のようです。


ドロップカーブ

ポールシフトカーブ






リアルスピードのgif動画です。



これは、打てないですね(笑)。




ではまた。







ちなみにスライド方向のサイドスピン回転はボールを前方に加速するときに現れる後方への慣性力により、ボールが引っ張られる力を利用してかけるため、手に対して少し後ろに転がっていきます。


完全なバックスピンから少しスライド成分を与え、ジャイロ成分は与えないようにする。これだけのことなですが、実際に投げようとするととても難しいのです。どうしてもジャイロ成分がまじってしまい、ジャイロ成分をなくそうとするとシュート成分が入ってしまいます。投球フォームだけでなく、指の骨格の曲がり方など天性のものも必要かもしれません。普通に真っすぐを投げているつもりなのにジャンセン投手のような回転になってしまう人は投手挑戦してみたら、まっすらの使い手として活躍するかもしれません。





2022年6月11日土曜日

第120回 投げられない変化球2:ストレートと同球速の高速カーブ

 


誰が投げても遅い

ストレートの球速は速く、カーブは遅い。

当たり前のことですが、なぜ当たり前かというと誰が投げてもそうなるからです。

130キロ以上の速いカーブを投げる投手もいますが、その投手のストレートは150キロ以上出ます。

カーブの球速は、自分自身の全力ストレートよりも必ず遅くなります

ドラム式のピッチングマシンならば、上下2つのドラムの回転数を入れ替えてやれば球速はそのままで回転軸だけ180度反転し、ストレートと同じ球速でカーブが投げられます。

しかし、人間がボールを手でも持って投げると、カーブ回転の球は誰がどう頑張っても、ストレートと同じ腕の振りの速さで投げても、どうしても遅くなります。


前へ転がると速く、後ろへ転がると遅い

なぜ同じ腕の振りの速さでも、ストレート(4シーム)は速く、カーブは遅くなるのかというと、それは回転がかかるときにボールが転がっていく方向の違いです。

ストレートは遠心力で指先のほうへ転がっていくとき、人差し指と中指で形成されたフックに沿って前方へも転がっていきます。手に対して前に進んでいくので、手の速度より相対的に速くなります。

カーブは加速に伴う後方への慣性力で後ろ側、センター方向へボールが転がっていきます。手に対して後ろへ進んでいくので、手より相対的に遅くなります。



前回行った概算では、それぞれ手に対して±10km/h相対速度がつくという結果になりました。つまり、カーブはストレートよりも20km/h遅くなる、ということです。

例えば、145km/hのストレートと同じ腕の振りの速さでカーブを投げても、125km/hしかでないのです。



 

145km/h、高速カーブの軌道計算

さて、人間には投げることのできないストレートと同球速のカーブですが、計算するだけならいくらでもできます。

ストレートと同球速の超高速カーブのコンビネーションを投げられたら、どのようであるか軌道計算してみます。


[計算条件]

カーブ、ストレートとも球速、回転数は同じ145km/h, 2200rpmとし、回転軸だけを変えます。

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は、以下のようです。



[計算結果]
145km/hのカーブと145km/hのストレートの軌道計算結果は、以下のようです。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端(x=18.01m)におけるボールの位置を表します。


ホームベース前端上におけるが上下位置の差は58cmです。

通常のカーブのように球速差がないため、重力の落下による上下の軌道差はありませんが、それでも回転軸の違いだけでこれだけの差ができます。

横位置の差は37cmあり、これは通常球速のカーブと同じです。同じリリース角度で投げだされた球が右打者のインハイと、アウトローのストライクゾーンぎりぎりへと分岐していきます。




3Dプロット

上記の計算結果を3D CADソフトでプロットし、リアルスピードのgif動画にしました。
今回は投手側からの視点です。


145km/hのカーブと、145km/hのストレートのコンビネーションです。

145km/h超高速カーブ & 145km/h4シーム




比較用に125km/hの通常球速のカーブを同じ回転数、同じ回転軸で計算したものも作成しました。
こちらを見てから再び上の145km/hカーブを見るととても速く感じられます。

125km/h通常カーブ & 145km/h4シーム




 



ではまた。




2022年6月4日土曜日

第119回 カーブがストレートより遅い理由

  



どんな投手でも

カーブの球速は、全力で投げたストレートよりも必ず遅くなります。

これは絶対です。

どんな投手でもストレートと同じ球速のカーブを投げることはできません。


相対的に遅い

ストレートが140km/h台の投手なら、カーブは120km/h台になります。

意図的に抜こうとせず、ストレートを同じ腕の振りで全力で投げても、カーブは勝手に遅くなります。

プロ野球やメジャーリーグの中には130km/h台後半のとても速いパワーカーブを投げる投手もいますが、そういう投手はストレートが150km/h以上出ます。

ストレートの球速が速ければ、その分ほかの投手よりも速いカーブを投げられますが、自身のストレートと比べれば相対的に遅くなるのは結局どの投手でも同じです。


カーブは、ストレートにとどまらずシュート、カッター、スライダーにスプリットなどあらゆるほかの球種よりも球速が遅くなります。

通な人は、ナックルボールやイーファスピッチを反例として挙げるかもしれませんが、これらは腕の振り自体が緩んでいます。

ストレートと同じ腕の振りの速さであるのに、カーブはストレートよりも遅くなるのです。

ここがポイントです。


なぜ、カーブの球速は遅くなるのでしょうか?


ストレートは前へ、カーブは後ろへ

それは、転がる方向が異なるからです。

ボールに回転がかかるとき、ボールは手の中で転がりますが、ストレート(4シーム)は手に対して前へ、カーブは手に対して後ろへ転がっていきます。



そのため、ストレートの球速は手の速度よりも相対的に速くなり、カーブは手よりも遅くなるのです。
ストレート>手、手>カーブなので、ストレート>カーブは必然です。


利用する力の違い

前に転がるストレートと後ろに転がるカーブ、転がる方向の違いは、利用する力の違いです。

リリースの瞬間ボールには2種類の力が作用します。


転がり方①:遠心力で指先へ

一つは遠心力です。

リリースのシーンにおいて、上腕は肘を中心に回転しています。そのため、手に持ったボールには回転中心から遠ざかる方向、指先に向かって遠心力が働きます。

このボールの重心に作用する遠心力と、ボール表面の表面に作用する指との摩擦力が、ボール半径分だけ離れた偶力となり、トルクを与えられたボールは転がります。もし指との摩擦力がなく、遠心力のみだとボールは転がらず、すっぽ抜けていきます。

手のひらがホーム方向を向いていれば、バックスピン回転、もしくはシュート回転がかかります。この時、人差し指と中指が曲げられフック形状になっていると、ボールは前にも転がり、手よりも速い速度になります。

また、小指が前で手のひらが内側を向いていれば、ジャイロ回転がかかります。この時はボールは手と同じ速度のままです。



転がり方②:慣性力でセンター方向へ

もう一つは後方、センター方向への慣性力です。

ボールをホーム方向へ加速するとき、ボールは慣性の法則によりその場にとどまろうとします。そのため、手を基準に見ると、ボールがセンター方向へ引っ張られていく力、慣性力が作用します。

(遠心力も慣性力の一種ですが、ここではわかりやすさのためこう呼びます。)

この慣性力も、ボール表面に作用する指先の摩擦力とセットで偶力となり、トルクを受けたボールは手の中を転がっていきます。

人差し指と親指の間からボールをはみ出させた握りで小指側を前にして投げると、カーブ回転がかかります。人差し指と中指をボールの上側を通すと、トップスピン回転もかかります。

このときボールはセンター方向へ転がっていき、手よりも遅い速度になります。


ストレートやシュートでは、人差し指と中指が後ろから押し返すため、慣性力によってボールは後ろへ転がっていきません。



球種による球速差の計算

さて、ボールの転がる方向の違いが手に対する相対速度の差となり、ストレート(4シーム)とカーブの球速差になっているわけですが、それは何キロぐらいの差になるでしょうか?

球速差を、下図のような計算モデルで概算してみます。


[計算上の仮定]

ストレートもカーブも指先と点で接し、摩擦力により滑ることなく90度、1/4回転する。

この間にボール重心はボール半径分だけ手に対し相対的に前、または後ろに移動する。(Δx)

この間にボール回転数は0から一定の割合でNまで増加する。90度転がるのにかかる時間は一定の回転数Nの場合の2倍となるとする。


[計算]

Δx = d/2 = 0.037[m] : ボールの手に対する相対移動量

Δt=1/(N/60) / 4 ×2 = 0.014 [s] : ボールが90°転がるのにかかる時間

Δv=Δx/Δt = 0.037/0.014 = 2.7 [m/s]

Δv= 2.7×3.6 = 10 [km/h] : ボールと手の相対速度

 ここで、
  d=0.074[m]:ボール直径、N=2200[rpm]:ボール回転数


ストレートは手の速度より+10km/h速くなり、カーブは-10km/h遅くなるという結果になりました。


各球種の球速例

手の速度を135kmとすれば、各球種の球速は、

ストレート(バックスピン回転): 145km/h (=135+10)

縦スライダー(ジャイロ回転): 135km/h (=135±0)

カーブ(トップスピン回転): 125km/h (=135-10)

となります。

かなりラフな概算でしたが、割と現実的な値になりました。






では、また。