2023年1月28日土曜日

第133回 スローボールはホームラン阻止に有効か?

   

壁当て

壁当てで、速い球をぶつけると強い球が跳ね返ってきます。遅い球なら、弱く跳ね返ってきます。

では、強打者に対しスローボールを投げれば、たとえ芯でとらえられても、跳ね返りが弱くなり、打球を弱めてホームラン阻止をすることができるでしょうか?


打球速度計算

同じスイングスピードで剛速球とスローボールを打ち返したとき、どのくらい打球速度が変わるのか、打球速度シミュレータver2.1で計算してみます。

計算条件

投球速度は140km/hと100km/hとします。これらは打つ直前の終速ですから、初速では150km/h超の剛速球と110km/hちょいのスローボールに相当します。

スイングスピードは140km/h、反発係数は0.4134で共通とします。

計算結果

結果は以下のようになりました。


140km/hの剛速球では打球速度は173km/h、100km/hでのスローボールでは164m/hとなりました。

投球を40km/h遅くすると、打球速度は9km/h遅くなるという結果になりました。

投球を遅くした分に比べると、打球速度の低下は小さいです。


寄与度18%

なぜこれだけしか変わらないかというと、ボールがバットよりもずっと軽いからです。

ボールを145g、バットを900gとすれば、ボール重量はバットの1/6弱です。(145/900≒1/6.2)

投球速度とスイングスピードが打球速度に与える影響度は、打球速度シミュレータ内の衝突行列[A]の成分を見ると分かります。各成分はボール、バットの重量および反発係数から構成されます。(式は第130回参照)

下図のJ4セルの値a11=-0.22は、投球速度v1の打球速度u1への寄与度を表します。(マイナスがついていますが、u1<0なのでのa11×u1>0になります。)

K4セルのa12=1.22はバット速度v2の、したがってヘッドスピードv2hの打球速度u1への寄与度の大きさを表します。

投球速度の打球速度への寄与度はスイングスピードの1/5弱にすぎません。(0.22/1.22≒1/5.6)

打球速度シミュレータver.2.1






投球速度vs打球速度

投球速度を100km/hから150km/hまで変えた場合の、打球速度計算結果は以下のようです。

球速vs打球速度

投球速度が10km/h遅くなるごとに、打球速度は2.2km/hずつ遅くなっていきます。

100km/hのスローボールを投げると、150km/hの速球に比べ打球速度が11km/h遅くなります。

この11km/hの打球速度の差は、ホームラン性の当たりの場合10メートル程度の飛距離の差となります。

そのため、スローボールはホームラン阻止にある程度の効果がある、と言えるでしょう。


フルスイングをさせるな

ある程度、です。

上述のように球速の寄与度は小さいです。スイングスピードの1/5弱です。

ざっくりいうと、10km/h遅い球を投げるよりも、打者のスイングスピードを10km/h遅くする方が5倍の効果があるということです。

換言すると、打者のスイングスピードを10km/h遅くさせれば、投手が50km/h遅い球を投げるのと同じ打球速度の低下を得られるということです。

ストレートより50km/h遅いスローボールを投げるのは、なかなか大変なことです。
一方、スイングスピードを10km/h遅くさせるのはそれほどでもありません。前から飛んでくるボールを打つ時は、素振りに比べ、スイングスピードが15km/h遅くなる(*1)というデータもあります。

打者の態勢を崩しフルスイングをさせないことが、スローボールを投げるよりもホームラン阻止には効果的です。


    参考資料
     (*1)BBMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ベースランニング(図30)
           平野裕一著 ベースボール・マガジン社 2016年


スイングスピードvs打球速度

計算してみます。

以下は投球速度100km/h~150km/hに対して、スイングスピードを150km/hから100km/hまで変えて追加計算した結果です。

投球速度&スイングスピードvs打球速度

スイングスピード140km/hで球速100km/hのスローボールを打った時の打球度は164km/hです。

一方、スイングスピード130km/h、球速150km/hでは打球速度165km/hです。

両者はほぼ同じになりました。

スイングスピード10km/hの低下と、投球速度50km/hの低下はほぼ同じ効果です。




2023年1月21日土曜日

第132回 打球速度シミュレーター ver.2.1 -ヘッドスピード-




ヘッドスピード

打球速度シミュレーターをマイナーチェンジして、ver.2からver.2.1へアップデートします。

野球用語として、特に断りがなければ、スイングスピードとはヘッドスピードを指すのが一般的です。

市販のスイングスピード測定器でも通常、バットのヘッドスピードが測定されます。

そのため、バットのヘッドスピードをインプット値として入力できるよう改良します。


バット速度はどこのこと

打球速度シミュレータではここまでバットとボールを質点、つまり体積ゼロの1点に全重量が集まっているとして取り扱ってきました。




この場合、衝突計算に使用する速度は、どこの部分のものを用いるのが適切でしょうか?

ボールは簡単です。
球体なので、ボールの中心点の速度、つまり球速そのままを用いるのが自然です。

バットはどうでしょう。
長い棒が回転しているため、先端のヘッドと根本のグリップ部では速度が全く異なります。


 


難しいですがあまり複雑になるのをさけるため、ボールと衝突する部分、つまり芯の部分の速度がバット速度v2であると仮定します。




ヘッドスピードとバット速度の換算式

ヘッドスピードからバット速度(=芯部の速度)に換算する計算式を考えます。

両者の速度が回転中心Oからの距離に比例することを利用すると、バット速度v2は①式で計算されます。



例えば、バットの全長Lが85cmで、グリップエンドから回転中心までの距離aが6.35cm、ヘッドから芯までの距離sが15cmなら、芯部の速度v2はヘッドスピードv2hの0.84倍(=(85+6.35-15)/(85+6.35)になります。


バットの回転中心

インパクト時の回転中心はバットを握っている手の部分と思われがちですが、実際はそうではありません。グリップ自体も投手方向へ動いています。

グリップの動きも含めた回転中心Oはおよそ、グリップエンドの下側a=6.35cm、捕手側b=3.81cmの位置にあります。(ただしスイングの仕方や個人によるばらつきが多くあります。)(*1)

このうちbは、Oからの距離比への影響が小さいため①式では省略しています。


    References :
    (*1) https://www.acs.psu.edu/drussell/bats/bat-moi.html  (ペンシルバニア州立大HP)
    (*2) https://www.cyber-baseball.jp/high/6156/   (CYBER BASEBALL)
    (*3) 科学するバッティング術(p39 図2) 柳澤修、若松健太監修 EIWAMOOK 2015年
    (*4) BBMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ベースランニング(図30) 
            平野裕一著 ベースボール・マガジン社 2016年



エクセルへ数式入力

では、ヘッドスピードからバット速度への換算式①が得られたので、これをエクセルへ入力していきます。

ver.2をベースに進めます。


バット寸法

下図のようにm2から下のセルを下へ3行ずらして、スペースを空けてやります。


ドラッグアンドドロップで移動してやると、参照先の数式が壊れずにすみます。



次に各寸法L, s, aを、空いたスペースのC10,11,12セルへそれぞれ入力します。


これらの寸法は距離比を計算するためのものなので、同じ単位でそろっていれば、cmでもmでもインチでも可です。


衝突前ヘッドスピード

C5セルの値をバット速度v2から、ヘッドスピードv2hに変更します。

プロレベルを想定し140km/hとしました。(*2)


次にL5セルを、下図のような数式に変更します。

これで衝突前速度ベクトル{v}={v1,v2}のv2に、①式が入力されました。



衝突後ヘッドスピード

最後に、C17セルを下図のような数式に変更します。


これで衝突後ヘッドスピードu2hが、衝突後速度ベクトル{u}={u1,u2}のu2から、①式の反対で計算されます。








これで、打球速度シミュレータver.2.1の、
打球速度シミュレータver.2.1

完成です。



ヘッドスピード140km/hのスイングで130km/hの投球を打ち返すと、打球速度171km/hで飛んでいくという計算結果になりました。




精度検証

精度検証をします。

各ヘッドスピードv2hにおける打球速度u1の打球速度シミュレータver.2.1での計算結果を、実測データ(*3)と比較します。

下図のようになりました。


シンプルな計算モデルですが、割とよく一致しています。




以下、補足です。

・傾きが少し乖離しているのは、反発係数が厳密には一定ではなく、ボールとバットの相対速度に依存することが一因だと考えられます。相対速度が遅いほうがボールのつぶれが小さく、エネルギーのロスが少ないため、反発係数が大きくなります。

・ここでの計算結果は「可能な最大の打球速度」です。
芯を外す、またボールの中心からずれた位置を打つことにより打球速度はこれよりも遅くなります。

・スイングスピードは素振りで測定した場合に比べ、前から飛んでくる球を打つ時には15km/hほど遅くなる傾向があります。(*4) 投球に合わせ、当てに行く動作が入る分だけスイングが鈍ります。
素振りでの測定値をそのまま使うと過大評価になるため、15km/h差し引いた値をv2hとして入力することをお勧めします。





それでは、また。




2023年1月14日土曜日

第131回 素振りトレーニングはやめるべき

 



トレーニングとして大量にバットを振り込むのなら、素振りは避けるべきである。

素振りは全力で空振りを繰り返すことであり、これが体にダメージを与える。



空振りは1.7倍

以下は前回の打球速度計算結果である。


打つ前に120km/hだったバットの速度は、打った後71km/hに減速している。

もしボール当たらず、空振りをすればバット速度は120km/hのままである。

空振りした場合、打った場合と比べてバット速度は1.7倍(=120/71)大きく、バットが持っている運動量も同じ割合で大きい。バットを止めるために選手の体がバットに与えなければならない力積もまた同じ割合である。

空振りはバットを止めるために体が受ける負担も1.7倍大きい。

1スイングなら大したことがなくても、毎日毎日数百回の全力空振りを繰り返せば蓄積するダメージの差は相当なものになる。


腰にぶつける後藤投手

女子ソフトの後藤投手は、リリースのタイミングで腰に小指をわずかにぶつけて投げる。そうしないと「腕がどこかに飛んでいく」(*1)そうである。

レベルが高く出力が大きいほど、「安全な減速」はケガ予防のために重要となる。



    参考Webサイト
    (*1)吉見一起 コントロールチャンネル


ブレーキ筋

ボクシング選手は試合中に数百発のパンチを打つが、半分以上は避けられ空振りする。

空振りし勢いを保ったままの拳に引っ張られ、肩を痛めてしまわないためには、自分でブレーキをかける必要がある。

またすぐ次のパンチを打つためにも、顎をガードするためにも素早く拳を引き戻す必要がある。

結果、パンチ力の強い選手ほどブレーキとして働く背中の筋肉が発達する。

この筋肉はかつて勘違いからヒッティングマッスルと呼ばれていたが、たとえ鬼の顔に見えるほどに発達していても、パンチを加速する役には立たない。



リミッター

素振りを毎日300回など、回数を目標にして頑張っている選手もいるだろう。

しかしダメージの大きい素振りを繰り返していると、無意識で防衛本能が働き、本人も自覚のないままにスイングを弱めてしまうことがある。

結果、やってもやっても、スイングスピードは上がらないということが起きる。

試合でもリミッターがかかったままで、フルスイングができない選手になってしまう恐れもある。

再びボクシングを例に挙げると、グローブとサンドバックで練習をしているボクシング選手のほうが、素手で巻き藁を突いている空手の選手よりもパンチ力が強い傾向がある。


イチローの子供時代

イチローは子供時代、父と共に毎日ティー打撃を行い、バッティングセンターに頻繁に通っていた。素振りではなく、ボールをたくさん打っていた。

日本の学生野球の古き悪しき習慣である大量の素振りは、そもそも「とりあえずなんかやらせとけ」から始まったように思う。

練習環境が整わず、部員の多かった昭和時代。ボールを使った練習は2,3年生だけ。1年は声出し、ランニング、そして素振り。

とりあえず何かをやらせておけ。とりあえず苦しくてつらいことを大量に長時間やらせておけ。

苦行として素振りトレーニングは広がった。

野球がうまくなるのが目的なのだから、ボールを打つ方がよい。


当たるまで手首を返さないこと

素振りにはもう一つ、弊害がある。ケガよりもこちらの方が致命的かもしれない。

ボールを打たずに素振りばかりしていると、ミートポイントの意識があいまになりやすい。結果、ボールに当たる前に手首を返してしまう癖がつきやすい。いわゆる「こねる」である。

この悪癖がついてしまうともう、どうしようもない。しょぼい内野ゴロを連発する最低の打者になる。

この癖を取り除くには一苦労がともなう。ボールが当たったところでバットを止めさせたり、ひたすら流し打ちばかりさせたりと、根気よく時間をかけた治療が必要となる。

ボールに当たるまで手首を返すのを我慢できるようになるとゴロが減り、ライナーが増える。さらに厳しい球でも自然とファールで逃げられる。



以上のことから、素振りは準備運動やフォーム確認にとどめ、大量にバットを振り込むならばティー打撃を行うことを推奨する。

2023年1月7日土曜日

第130回 打球速度シミュレーター ver2 -非弾性衝突-

 


 

非弾性衝突

打球速度シミュレーターを弾性衝突モデルのver.1から、非弾性衝突モデルのver.2へ改良し、バージョンアップします。

非弾性衝突とは、弾性衝突でないという意味で、運動エネルギーが散逸し保存されない衝突です。

バットとボールが衝突するとき、運動エネルギーは振動や熱など他の形態のエネルギーに変化して逃げて行きます。


反発係数

エネルギーの散逸を考慮する非弾性衝突ですが、計算においては、衝突前後の運動エネルギーの比は用いません。

相対速度の比である「反発係数e」を用いて計算をするが慣例です。

そちらの方が、計算や実験における扱いが簡潔だからだと思われます。


計算式

では、数式化していきます。

下図のように物体1がボール、物体2がバットで、重量をm、衝突前速度をv、衝突後速度をuとします。




運動量保存則、反発係数

衝突後の打球速度u1は、2つの式から導かれます。

運動量保存則と、反発係数です。



運動量保存則は作用反作用の法則に起因し、弾性/非弾性にかかわらず衝突現象においては常に成り立ちます。

反発係数は②式のように、-衝突後の相対速度/衝突前の相対速度で定義されます。マイナスがついているのはeがプラスの値になるようにしているためです。

エネルギーの損失が大きいほどeの値は小さくなり、1から0へ近づいていきます。



衝突後球速u1

②式をu2について整理し、①に代入し、u1について整理すると、下式を得ます。




衝突後バット速度u2

①、②式は物体1,2に対して対称な形をしています。
そのため、③式の添え字1,2をそっくり入れ替えてやるだけで、u2の計算式を得ることができます。




これで計算式は完成です。



行列形式

行列形式で、上記③、④式を一つにまとめて表します。

衝突前の速度{v}={v1,v2}を、衝突後の速度{u}={u1,u2}に変換する行列[A]を導入すると、{u}=[A]{v}の形式で下記のように1つの式で記述することができます。

   

{}はベクトルを、[]は行列を表す数学記号です。ここでの速度ベクトル{v},{u}は空間の各座標軸、あるいは自由度、の成分を表すものではなく、複数あるものをひとまとめにして扱うためのものです。

青字のところがver.1の弾性散乱から変わったところです。e=1を代入すると弾性散乱の式になります。



これで準備が整いました。



エクセルへ数式入力

では、衝突後のボールとバットの速度を求める数式が得られましたので、これをエクセルへ入力していきます。

ver.1をベースに進めます。

インプット値

反発係数eの値を、下図のように、C10セルに入力します。



値はNPBのホームページ(*1)を参考にしました。

    参考webサイト






衝突行列[A]
次に、衝突前の速度{v}を、衝突後の速度{u}に変換する衝突行列[A]の各成分を、⑤式のように編集していきます。

[A]の左上成分a11の計算式を、J4セルに、下図のように入力します。
赤四角で囲ったところが、⑤式の青字部分に対応する、変更箇所です。


[A]の右上成分a12の計算式を、K4セルに、下図のように入力します。
同じく、赤四角のところが、⑤式の青字部分に対応する、変更箇所です。


[A]の左下成分a21の計算式を、J5セルに、下図のように入力します。


[A]の右下成分a22の計算式を、K5セルに、下図のように入力します。


L列の衝突前速度{v}、H列の衝突後速度{u}はそのままです。




これで打球速度シミュレータver.2へのアップデート、

完了です。




打球速度u1の計算結果は、174km/hになりました。

ver.1の打球速度301km/hに比べるとずいぶん現実的な値になりました。



このシミュレータは、あと少しマイナーな改良を加えます。



それでは、また。