2023年5月28日日曜日

第148回 上から投げおろすストレートの軌道

 

投げおろすストレートで100セーブ達成

中日の守護神ライデルマルティネス投手は今シーズン通算100セーブを達成し、さらにここまで防御率0.00の成績を残しています。

各球団ともクローザーはすごい投手ばかりですが、その中でもさらに飛びぬけています。

彼の一番の武器は何といっても、「角度のあるストレート」です。

常時150km/h後半、最速161km/hの球速だけでも十分な脅威ですが、さらに長身を活かした高いリリースポイントから投げおろしてくることで角度がついた球筋になっており、それが打者の打ちにくさを増加させています。


身長は関係ない

身長が高い投手はみな高い位置でボールをリリースしているかというと、そうでもないようです。

MLB投手のリリースポイントの高低は、投手の身長と相関がないそうです。(*1)


参考Webサイト
(*1)note https://note.com/student_report/n/n216be3ca7ff9


確かにそういわれてみると、ストレートに威力のある投手の中には、沈み込むような投球フォームで低いリリースポイントから浮き上がるような軌道で投げるタイプの投手もいます。


ライマルと火の玉

下はライデルマルティネス投手と、元阪神の藤川球児投手の投球フォームのスケッチです。

Rマルティネス投手の身長は193cm、藤川投手は185cmと差があり、またスケッチ図の比率も少しずれがあるかもしれませんが、それを考えてもリリースポイントの高さの違いは一目瞭然です。



MLB時代2015年のトラッキングデータによれば、藤川投手のリリースポイント高さは地上163cmです。

身長に比べずいぶん低い位置で投げています。


前がいいか、上がいいか

せっかく高身長なら人より高いところから投げた方が有利な気がしますが、必ずしもそうしていないということです。

なぜでしょうか?


考えられる理由の一つは、前で投げることを優先しているということです。

より前で、より打者寄りでリリースするためにはステップ幅を大きくするのが有効ですが、そうすると腰の位置は自然と低くなります。

前でリリースするタイプの投手の投球フォームを見ると、軸足のすねは地面に付きそうなほどで、踏み出し足の膝は90度近く曲げられています。


つけないといけない

もう一つ考えられるのは、角度をつけなければいけなくなる、ということです。

ストライクゾーンの高さは投手によらず決まっていますから、リリースポイントが高い投手ほどより下に向かって投げ出さなければなりません。

さらに球の速い投手ほど、ボールの飛行時間が短く重力による落下量が小さいため、余計に下向きに投げる必要があります。


下には投げにくい

そもそもピッチャーマウンドが設置されているのは、平地では低い位置にあるストライクゾーンに投げにくいからです。

プロレベルの投手はカーブ以外の球種は基本、全て水平よりも下に向かって投げ出さないと低めのゾーンにいきません。

ブルペンでの投球練習を見ても、はじめは捕手を中腰で立たせた「立ち投げ」から始め、体が温まってきたら座らせて試合同様の球を投げます。

元々、投手は無理をして低く投げているわけです。

リリースポイントを高くすればそれだけ余計に無理をしなければならなくなります。


高いリリースポイントから角度のついた球を投げることは、打者にとって打ちにくいというメリットと共に、投手にとって投げづらいというデメリットが発生する諸刃の剣であると考えられます。




上から投げおろすストレートの軌道計算

さて、高いリリースポイントから投げ下ろすストレートにはどのくらいの角度がついているでしょうか?

軌道計算してみます。


[計算条件]

球速160km/h、回転数2200rpmのストレートとします。

リリースポイントを地上2メートとします。(xo,yo,zo)=(1.8,-0.6,2.0)。

比較対象の低いリリースポイントは地上1.6メートルとし、20cm前であるとします。(xo,yo,zo)=(2.0,-0.6,1.6)。

低めいっぱいのゾーン(x,z)=(18.01,0.5)を狙ったコースとします。


[計算結果]
計算結果は、以下のようです。グラフ中の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。

高いリリースポイントでは下向き3.9度で投げ出しています。

低いリリースポイントは2.6度です。

同じ低めに投げ込んだ場合、上から投げ下ろす方が1.3度大きく角度がついています。



高めの軌道計算

藤川投手は低いリリースポイントから高めのゾーンに向かって、浮き上がるようなストレートを投げていました。

高めの球ではどのような軌道になるでしょうか

高めいっぱいのゾーン(x,z)=(18.01,1.1)を狙ったコースも計算してみます。他の条件は先と同じです。


[計算結果2]

結果は以下のようです。x-yプロットは先とほぼ同じのため省略します。

高いリリースポイントでは下向き2度で投げ出しています。

低いリリースポイントは0.7度です。

低めと同様に、1.3度差がついています。

高めに投げるときは低いリリースポイントの方が、打者の目線に近い高さから水平に近い角度で投げ出されるため、よりお辞儀量の少なさが強調されます。



3Dプロット

打者目線からはどのように見えるでしょうか?

右打席からの視点をイメージして3Dプロットしてみました。


低めいっぱい


高めいっぱい







2023年5月20日土曜日

第147回 サッカーボールの軌道計算③ ゴールキック vs 野球のホームラン

 

ゴールキックと野球のホームラン

サッカーのゴールキックは途中で相手選手に触られないよう、できる限り遠くまでノーバウンドで飛ばすように蹴ります。

Jリーグのプロ選手の場合、ハーフウェイラインを余裕で飛び越し相手陣地まで達します。

しかし、それでも野球のホームランほどの飛距離はでません。

日本代表選手がキックベースをとんねるずの番組で横浜スタジアムで行った際は、フルパワーで蹴ってようやく茶色のエリアの後ろぐらいまでの飛距離でした。



空気抵抗の違い

サッカーボールのほうが飛距離が出ないのは、野球ボールよりも空気抵抗による減速が大きいことが主な要因です。Jリーグ選手の身体能力がプロ野球選手よりも劣るわけではありません。

空気抵抗による減速が大きいのはサッカーボールの方が野球ボールに比べ、大きさのわりに軽いためです。

ボールが空気から受ける抗力Dは下式で表されます。

        (A:断面積、ρ:空気密度、v:球速、CD:抗力係数)

概算してみます。

サッカーボールの直径は野球ボールの3倍ほどなので、断面積Aはその2乗で9倍ほどになります。
サッカーボールの抗力係数CDは野球の1/2倍ほどです。(*1)
従って同じ球速の場合、サッカーボールのほうが4.5倍(=9/2)強い抗力を受けます。

抗力を重量で割った値が、加速度になります。
サッカーボールの重量は野球の3倍ほどです。
従って同じ球速の場合、サッカーボールのほうが野球ボールよりも1.5倍(=4.5/3)大きく減速します。


    参考webサイト
    (*1) https://gigazine.net/news/20140619-magnus-effect-world-cup-ball/
    (*2) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvs1990/24/93/24_93_104/_pdf


ゴールキックの軌道計算

サッカーのゴールキックと、野球のホームランでどのくらい飛距離が違うのか軌道計算してみます。

ゴールキックの球速は120km/hとします。
抗力係数はCD=0.2,揚力係数は毎秒4回転のバックスピンでCL=0.07(*2)とします。
ゴールラインの5.5メートル前にあるゴールエリア端から、上向き30度で蹴り出されるとします。

野球のホームランは150km/h、毎分2500回転のバックスピンでCD=0.41、CL=0.21、上向き30度で打ち出されるとします。

計算結果は以下のようになりました。

ゴールキックの軌道計算

サッカーのゴールキックは77メートル地点までノーバウンドで飛ぶ、という結果になりました。
50メートル地点のハーフウェイラインを軽々超え、ワンバウンドで100メートル地点の相手ゴール目前までいって、フォワードがうまくやればその球を直接シュートして決めることもできそうです。

それでも野球のホームランに比べると全然です。

Jリーグのゴールキーパーが野球場にやってきて、ホームベースにサッカーボールを置いて、思い切り蹴っても外野フェンスを越えることはできません。普通の外野フライ程度です。

NPBのパワーヒッターがサッカー場のゴール前でフリーバッティングをしたら、打球は相手ゴールの遥か上を飛び越していきます。

ボールの飛距離に関しては野球に軍配が上がります。






2023年5月13日土曜日

第146回 ファールで逃げるとき両足が空中に浮いているのはなぜか

 


ジャンプしてファールで逃げる

2000安打に向け順調にヒットを積み重ねている大島洋平選手は時折、曲芸のような打ち方をします。

スローVTRで見てびっくりしたのですが、打つ瞬間両足が地面から浮いています。

一度だけでなく何度もやっているので、たまたまではなく、意図的にジャンプして打っているようです。

他の選手も、ごく少数ですが、左のアベレージヒッターで同じことをしている人がいます。

多くは2ストライクに追い込まれた状態から、アウトコースの球をファールで逃げるときにこの打ち方をします。

ジャンプしながら打つとアウトコースの球をファールで逃げやすくなるとしたら、それはなぜでしょうか?


空中の扇風機

これはおそらく、扇風機の首振り機能と同じではないかと考えられます。

扇風機の首振りスイッチをオンにすると、頭が左右に回転します。(下図左)

当たり前のことだと思われるかもしれませんが、これは下の土台が床の上にあり、固定されているからこそなのです。

回転運動でも、直線運動と同じく作用反作用が働きます。

頭を回そうとするのと同じ大きさで反対方向のトルクが土台にも作用しています。

床上においてあるとき、土台は摩擦力による反力で動かないように固定され、頭のみが回転します。


その証拠に、取っ手をつかんで持上げると頭は固定されて動かなくなり、自由になった土台部分だけが反対方向に回ります。(図中)

では、手を離し、空中に浮いているときはどうなるでしょうか?

頭も土台も固定されていなければ、両方が回転します。ただし、頭の回転の勢いは床上のときよりも弱くなります。

(壊れるといけないので実際にはやらないでください。)



浮いて回転を弱める

打者のスイングもこれと同じです。

扇風機の頭が上半身、土台が下半身に対応します。トルクを生み出すのは腹筋背筋など体幹の筋肉です。

通常は強いスイングをするため、床上の扇風機のように下半身をしっかり使いトルクに負けないようにすることで、上半身を勢いよく回転させます。

打者がバッターボックスの土をならすのも、スパイクに歯がついているのも地面からの反力をしっかり得るためです。


アウトコースの厳しい球がきて、最初に予定していた通りの強いスイングをそのまま続けると合わないとき、上半身の回転を弱めて調整する必要があります。

そのために、ジャンプして両足を空中に浮かせいるのだと推測されます。


左のアベレージヒッター限定

両足を浮かせる打ち方は普通の人はまねしない方がよい打ち方です。難易度が高い動きでこれをやろうと意識しすぎると、打ち方がおかしくなる恐れがあります。

また自分が見た限り、この打ち方をするのは左のアベレージヒッターに限られているようです。

長距離砲では打つ瞬間、踏み出し足から頭までが一直線で捕手方向に傾いた姿勢になる傾向にあり軸足に体重がかかっているため、両足ジャンプは難しくなります。しかもジャンプは強いスイングをあきらめる打ち方です。

また右打者の場合は、右打ちするとき右足を背中の方に引くことで体の回転を弱める選手が多いようです。





2023年5月5日金曜日

第145回 ピッチャープレート踏み位置でシュート軌道はどうかわるか

 


ピッチャープレートを踏む位置

投手によりピッチャープレートの3塁側を踏んで投げる人もいれば、1塁側の人もいます。

踏み位置の違いによる主な効果は、リリースポイントの左右位置が変わることです。

右投手であれば三塁側を踏む方が角度がついてよいとされていますが、最近では一塁側を踏む投手も増えています。


ホームベース一個分

踏む位置によりリリースポイントはどのくらい変わるでしょうか?

ピッチャープレートの横幅は60.96cmです。投手の足の大きさを切りよく30cmとすれば、ルール上ボークにならない範囲で最大90cmも変えることができます。(下図左)

しかしプロやメージャーの投手の実態をみると、そこまではしていません。

ピッチャープレート踏み位置によるリリースポイントの変化

三塁側を踏む涌井投手、一塁側を踏むバウアー、大谷翔平投手など大半の投手は足が全部プレートに収まるように置きます。西勇輝投手は変則的で、一塁側で半分はみ出させています。

いずれにしても、つま先はプレートにかけて投げています。その方が軸足をプレートに引っ掛けて蹴る感覚で、地面からの反力を得やすいためと考えられます。

そのため、実際の踏み位置によるリリースポイントの変化は最大で45cmほどになります。(図右)

これはホームベースの横幅(43.2cm)とほぼ同じです。



踏み位置を変えた場合のシュート軌道計算

ピッチャープレートの踏み位置の違いにより、投球軌道はどのように変わるでしょうか?

横方向の変化球としてシュートで軌道計算をしてみます。


[計算条件]

三塁側を踏んだ場合のリリースポイントをセンターラインから60cm三塁より(yo=-0.60m)とし、一塁側はそれより45cm内側(yo=-0.15m)とします。

シュートは球速140km/h、回転数2200rpmで抗力係数CD=0.40、揚力係数CL=0.20、回転軸はバックスピンからサイドスピン側へ55度傾いているとします。

参考のストレートは球速145km/h、回転数2200rpm、CD=0.40,CL=0.19、回転軸はバックスピンから20度傾いているとします。




[計算結果]

計算結果は以下のようです。

まず、オーソドックスな3塁側を踏んで投げた場合です。

ストレートは斜めに真っすぐ飛んできて、ストライクゾーンの真ん中を通過する軌道です。
シュートは始めこれと同じような軌道で飛んできて、途中から曲がり右打者インコースのボールゾーンを通過する軌道です。


次に、近年増えてきた1塁側を踏んで投げた場合です。

上下の軌道は3塁側の時と同じのため、x-zプロットは省略しました。

ストレートはx軸(センターライン)に平行に近い角度で真っすぐ飛んできて、ストライクゾーンの真ん中を通過する軌道です。
シュートは始めこれと同じような軌道で飛んできて、途中から曲がり右打者インコースのボールゾーンを通過する軌道です。


どちらの場合もストレートなら真ん中に来る軌道から、右打者インコースのボールゾーンへ曲がってきます。曲がり幅の違いはありません。



シュート同士で比較

両者のシュートのみを重ねてプロットすると以下のようです。

x-yプロット上の黒破線は、ホームベース右端のライン(y=-0.216m)です。

また、リリースポイントの違いが分かりやすいようy-zプロットも追加しました。

3塁側を踏んで投げたシュートは、斜めに投げ出され、ストライクゾーンに入ってくるかと思いきや曲がって入ってこない軌道です。黒破線(y=-0.216m)の外(y=-0.60m)からリリースされ、曲がってずっと破線の外側を通ります。

1塁側を踏んだ場合は、真っすぐ投げ出され、そのままストライクゾーンの中をくるのかなと思きや曲がって外へ出ていく軌道です。黒破線(y=-0.216m)の内側(y=-0.15m)からリリースされ、破線の外へ曲がっていきます。

3塁側を踏んで投げたシュートはずっとボールゾーンを通る軌道であり、1塁側を踏んで投げたシュートはストライクゾーンからボールゾーンへ逃げていく軌道です。


三塁側「ボールからボール」→一塁側「ストライクに見える」

柳裕也投手は、ホークアイの映像を参考に踏み位置を一塁側へ変え、はみ出していたリリースポイントをホームプレートの中に入れることで「ボールからボール」だったシュート軌道を「ストライクに見える」ように改良したそうです。その結果、今期2戦目以降は好投が続いています。(*1)

私は渋谷真さんの記事が好きでいつも目を通すのですが、この話は特に面白くて興味が沸き今回の計算をしてみました。確かにそのような軌道になるという結果を得られてとても満足してます。



一塁側を踏んで負担減

また、同じコースに投げても三塁側を踏むと角度がつく分、深くねじられた体は窮屈で負担がかかります。

今回の計算では三塁側を踏んで投げた場合、x軸に平行から左打席側に向かってΦ=2.3度の角度をつけて投げ出されます。これが一塁側を踏んだ場合はΦ=0.8度ですみます。

一塁側を踏んだ方が1.5度、体が楽な状態で投げることができます。

ソフトバンク和田投手(左投げ)は、クロスファイヤーでは負担がかかるため三塁側を踏むように変えたそうです。(*2) これが全てではないでしょうが、松坂世代最後の生き残りとして42歳の今シーズンも元気に一軍で投げ続けています。







参考文献

(*1)中日スポーツ 2023年4月28日版

(*2)週刊ベースボールonline

https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=002-20160620-03