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2024年7月17日水曜日

第161回 プロ投手のストレートは小学生投手、高校生投手とどれくらい違うのか?

 


プロとアマチュアの差

プロ野球投手とアマチュア投手の差は何でしょうか?

コントロール、変化球のキレ、球種の豊富さ、ボールの出どころの見づらさ、体力、メンタル、などなど。

いろいろ要素はありますが、やはりストレートの威力の違いが一番ではないでしょうか。


ストレートに差し込まれまいとするから変化球に泳いでしまうし、ストレートに威力があるから少々甘いコースでもとらえきれなくなります。

腕の振りが速いからこそ、変化球でも強い回転をかけられます。手先の器用な小学生がプロと同じ回転軸の球を投げられたとしても、プロのように鋭い変化をさせることはできません。

大きくホップするストレートがあるから、回転数を落として少し沈ませるだけで簡単に空振りをします。山なりのストレートを投げる小学生が自由落下に近い落ち方をするフォークを投げても、お化けのように打者の視界から消えることはありません。


今回はプロ投手の投げているストレートが、小学生投手や普通の高校生投手とどれくらい違うか軌道計算して比べてみます。


計算条件

球速は小学生投手、普通の高校生投手、プロ投手でそれぞれ95km/h,120km/h145km/h,とします。

回転数は球速に応じた値とします。回転軸は下図の様で、高レベルほどシュート回転、ジャイロ回転のより少ない回転軸とします。

リリースポイントは高レベルほど体のサイズが大きいと想定し、小学生はバッテリー間距離の違いも考慮します。バッテリー間距離は一般が18.44mで、小学生は16.00mなので、2.44mm手前から投げることになります。

[計算条件]


   

[計算結果]

計算結果は以下のようです。

グラフ上の点はリリースから0.02秒おきのボールの位置を表します。

小学生、高校生、プロのストレート

お辞儀

高レベルほど上下軌道のお辞儀が少なくなり、より直線的です。

三者ともストライクゾーンの同じ高さに投げる条件で計算していますが、投げ出す角度は高レベルほどより下向きになります。

小学生は水平よりも上向きに投げ出し、途中で落ちてくる山なりの軌道です。

高校生はほぼ水平に投げ出されしばらく真っすぐ飛んでいきますが、ホーム手前で少しお辞儀します。

プロは水平よりも下に向かって投げ出され、そのまま大きく垂れることなくホームまで飛んでいきます。

レベルが上がるほどより下に向かって投げ出するため、マウンドの傾斜が必要になってきます。


到達時間

リリースからホームベース(x=18.01m)到達までにかかる時間は、小学生で0.60秒です。高校生は0.52秒で、プロは0.43秒です。

小学生は一般よりも2.44メートル手前(=18.44-16.00)から投げますが、それでも球速の速い高校生の方が短時間でホームまで到達します。

今回の条件では高校生の球は小学生より0.08秒(=0.06-0.52)早く到達します。一方、プロの球は高校生より0.09秒(=0.52-0.43)早く到達するので、プロ投手と普通の高校生投手のストレートの差は、高校生と小学生ほどの大きな差があるということになります。


3Dプロット

上記の計算結果を3Dプロットしました。

捕手側からの視点

小、高、プロストレートgif捕手視点


投手側二塁よりからの視点

小、高、プロストレートgif二塁手視点

動画にすると勢いの違いがよく分かります。

高校生の投げる120km/hのストレートでも実際に打席に立つと一般人にはとても手に負えない速さなのですが、プロの145km/hを見た後ではチェンジアップのようです。



ではまた。




2024年6月29日土曜日

第160回 中日小笠原慎之介投手のカーブ軌道

 


カーブを多投

プロ野球においてカーブは投球割合が低く、あまり投げられません。

速くて手元で小さく曲がる変化球が主流で、遅くて大きく曲がるカーブは打者が予想していないときに裏をかいて見逃しストライクを取る球として使われます。

多投して狙われてしまうと危険な球です。

そんな中でセ・リーグでもっとも高い投球割合(20.9%(*3))でカーブを投げながら、リーグ2位の被打率(.172)に抑えている中日ドランゴンズの先発左腕、小笠原慎之介投手は球種の多様性を保つうえで貴重な存在です。

彼のカーブは遠く離れた外野席からでもはっきりわかるほど大きく曲がります。

参考動画(*1)によれば、小笠原投手のカーブは59.3cm下に変化しており、これはNPBでソフトバンク・モイネロ投手に次ぐ2番目に大きい値です。

NPB平均の変化量が33.8cmなので2倍弱曲がっていることになります。


軌道計算

小笠原投手のカーブを参考動画(*1)のデータをもとに再現計算してみます。

比較用にNPB平均のカーブも計算しています。

[インプット]

軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。

参考動画(*1)のデータに基づいています。yoなどデータがないものは推定値です。



[計算結果]

グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.10m)におけるボール位置を表します。
グレー線は自由落下、回転による変化がないときの軌道です。
破線は直線、回転による変化も重力もないときの軌道です。





特徴1 大きな落差

小笠原投手のカーブの特徴その1は、大きな落差です。

重力による落下と回転による変化を合わせた直線軌道からの落差は189.3cm(=130+59.3)です。
これはNPB平均163.8cm(=130+33.8)より25cmほど、ボール3つ分ぐらい大きな落差です。

重力による落下量は平均的です。球速が118.7km/hで、NPB平均117.8km/hとほぼ同じためです。

回転による変化量の差が、そのまま軌道の差となっています。

小笠原投手の回転数は2645rpmで、NPB平均2460rpmと比べて1.08倍多くなっています。

さらにボールの回転軸がほぼ水平のため、斜めを向いているNPB平均に比べ下へ大きく変化します。

4シームで回転軸の傾きが小さいほうがシュートせず上に大きくホップするのと同じ理屈です。


特徴2 シュートするカーブ

小笠原投手の横変化量は異質です。

左投手のカーブなのに左打席の方へ向かって曲がっています。

カーブなのにシュートしているわけです。

わずか3cmの横変化量なので単体でははほぼ真下に落ちる軌道ですが、NPB平均が15.1cmなのでその差は18.1cmになります。

右打者からすると、左投手のカーブは体の方に近づいて食い込んでくるものという感覚を持っているのため、外に逃げていくような感覚になると考えられます。

球種別投球割合を見るとカーブは相手打者の右左に関係なくほぼ同じ割合(対左20.5%,対右21.2%(*3))で投げています。

スライダーは左打者に多め(左14.7%,右4.8%)、チェンジアップは右打者に多め(左7.5%,右23.7%)となっているため、真下に曲がるカーブと打者から見て外に逃げていく球種でピッチングを組み立てているようです。


ノールックもシュート

カーブがシュートする投手というのは非常に珍しいのですが、過去にも一人いました。

ノールック投法でおなじみの元メジャーリーガー左腕、岡島秀樹投手です。

岡島投手のカーブ変化量は下へ8cm、左打席方向へ5cmほど(*2)です。PITCHf/xでの測定結果のため実際はもっと大きくシュートしていたと考えられます。



3Dプロット

キャッチャー方向からの動画です。

計算結果をリニアングラフ3Dでプロットし、画像をgifでパラパラアニメーションにしています。



ではまた。






参考資料 :
 (*1) ホークス・モイネロの魔球「カーブ」の秘密!半端ない落差を徹底解剖!(夢スポ 2021年10月OA)
 https://www.youtube.com/watch?v=krSXHC6V6lM



 (*2)野球×統計は最強のバッテリーである データスタジアム株式会社 中公新書ラクレ 2015年発行

 (*3)Slugger特別編集2024プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社 2024年発行


第159回 ソフトバンク モイネロ投手のカーブ軌道

 


魔球カーブ

誰もが投げる平凡な球種でも、その威力が抜きんでていれば魔球扱いされます。

ソフトバンクのキューバ人左腕、モイネロ投手の投げるカーブがまさにそうです。

高いリリースポイントから投げ出された高速の球が打者の頭の上からストライクゾーンへ、急速に曲がり落ちてきます。

その曲がりの大きさはトラッキングデータで実証されています。

参考動画(*1)によれば、モイネロ投手のカーブは60cm以上も下に変化しており、これはNPBでNo.1の値です。

NPB平均の変化量が33.8cmなので2倍弱曲がっていることになります。

この曲がりの大きさは回転数の多さによるもので、NPB平均が2460rpm(rpmは一分間当たりの回転数)なのに対し、モイネロ投手は2985rpmと1.2倍以上です。


軌道計算

モイネロ投手のカーブを参考動画(*1)のデータをもとに再現計算してみます。

比較用にNPB平均のカーブも計算しています。

[インプット]

軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。

参考動画(*1)のデータに基づいています。yoなどデータがないものは推定値です。


[計算結果]
グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.10m)におけるボール位置を表します。
グレー線は自由落下、回転による変化がないときの軌道です。
破線は直線、回転による変化も重力もないときの軌道です。




特徴1 高速カーブ

モイネロ投手のカーブの特徴その1は速い球速です。

球速は127.4km/hとカーブにしてはかなり高速で、NPB平均117.8km/hより10km/h近く上回っています。
それでいて重力による落下と回転による変化を合わせた直線軌道からの落差は170.6cm(=110+60.6)であり、NPB平均163.8cm(=130+33.8)を上回ります。

普段の経験から速い球は直線的で、遅い球は大きくお辞儀するという感覚がわれわれには身についています。
10km/h速いモイネロ投手のカーブの方が、10km/h遅いNPB平均カーブよりも大きく下へ変化するため打者は大いに感覚を狂わされます。


特徴2 高いリリースポイント

モイネロ投手のリリースポイントは188cmで、NPB平均168cmよりも20cm高くなっています。

カーブは大きく下に変化するため、ストライクゾーンに入れるには水平よりも上に投げ出さなければなりません。

これがカーブが他の球種よりも早い段階で打者に見破られてしまう原因となっています。

高いリリースポイントから投げることで、より水平に近い角度で投げ出すことが可能になります。

今回の計算ではモイネロ、NPB平均ともにホームベース上を同じ地上60cmを通過するように投げ出し角度θを調整しました。

モイネロ投手は水平から上向き1.5度、NPBは上向き2.0度となっており、0.5度ほど低い角度で投げ出しています。



3Dプロット

キャッチャー方向からの動画です。

計算結果をリニアングラフ3Dでプロットし、画像をgifでパラパラアニメーションにしています。


ではまた。






参考動画 :
 (*1) ホークス・モイネロの魔球「カーブ」の秘密!半端ない落差を徹底解剖!(夢スポ 2021年10月OA)
 https://www.youtube.com/watch?v=krSXHC6V6lM




2024年6月26日水曜日

第158回 ストライクを取るのに最適な腕角度

 


投手の腕角度

投手が投げるときの腕の角度は人により様々です。

巨人大勢投手はサイドスローに近く、中日松山投手はほぼ垂直で縦に腕を振って投げます。中間のスリークォーターでも一人一人微妙に角度が異なります。

最適な腕角度は何度でしょうか?

プロで活躍している投手にさまざなタイプがいる以上、答えが一つに決まることはないでしょう。

それでも対象を限定することで、これに関してはこうだというのは言えるかもしれません。

今回は「ストライクを取るのに最適な腕角度」という視点で考えてみたいと思います。

ポイントは、コントロールがばらつく方向と、ストライクゾーンの縦横比です。


ばらつきは腕角度と平行

コントロールがばらつく要因としてすっぽ抜けや引っ掛かりがあります。

すっぽ抜けた時はボールが予定よりも早く手を離れ、右投手から見て右上にコントロールがずれます。

反対にひっかけたときは予定より遅く離れ、左下にずれます。

そのためコントールのばらつきは腕の角度と平行になります。


左右の上手投げ・横投げ・下手投げを含む様々な投球フォームのピッチャーを含む18名の大学生投手を対象に行った実験(*1)では、コントロールのばらつきは楕円形に分布しその長軸方向、つまりより大きくコントロールがばらつく方向は、投球腕の角度とほぼ完全に一致するという結果が出ています。


暴投王も頭は右だけ

右投げは右上か左下にばらつき、左上や右下に大きく投げそこなうことは稀です。

これは皆さんの経験とも一致することでしょう。

コントロールが悪いことで有名なメジャーリーガー藤浪投手も、頭に当てるのは右打者だけです。左打者の頭には当てません。

阪神時代のオープン戦では、対戦相手の中日が選手を守るため左打者のみで打線を組んだこともあります。理にかなった対処法です。

右対右よりも右対左の方が打者にとって有利と言われますが、これも頭に向かって飛んでくるリスクが低いため思い切って踏み込んで打ちに行けることも一因かもしれません。


ストライクゾーンを広く使う

コントロールのばらつき具合が同じならば、ゾーン幅が広い方向にばらついた方がストライクゾーンに入りやすくなります。

ストライクゾーンは縦長です。

そのため横にばらつくサイドスローよりも、縦にばらつくオーバースローの方がゾーンに入りやすくなります。

ゾーンの縦横比はどのくらいでしょうか?

MLB中継で画面に表示される四角い枠から推定すると、縦はおよそ57.2cmです。

(ちなみにゾーン上限は肩とベルトの中間までというルールですが、実際にはベルト上ボール2個分ぐらいまでというのが日米とも慣例になっているようです。高身長の打者が多いためルール通りだとゾーンが広くなりすぎるためかもしれません。草野球の審判はルール通りとるので案外プロ打者と近いゾーンで試合をしています。)

横幅はホームベースの幅で43.2cm(17インチ)です。

縦の方が1.33倍広くなっています。差は14cmほどでこれはボール約2個分の差になります。

つまりサイドスローよりもオーバースローの方がボール2個分ストライクになりやすい、ということになります。

サイドスローが少数派である一因と考えられます。


勘のいい方はすでにお気づきかもしれませんが、ゾーン斜めの対角線ではもっとも幅が広くなります。
対角線の幅は約71.6cm(=√(43.2^2+57.2^2)です。
これはおよそボール10個分の幅で、縦幅よりさらに2個分増えます。


この対角線の角度は53.1度(=tan^-1(57.2/43.2))です。

つまりコントロールのばらつき具合が同じならば、腕の角度を水平から53.1度にして投げると最もストライクが入りやすい、ということになります。


あまりレベルの高くない草野球の投手においては、コーナーを突いて打者を抑えることよりも、とにかくストライクを投げることが求められます。
せっかく日曜日に集まってみんなで楽しんでいるのだから、四球連発でしらけさせるのは避けたいものです。
もちろんコントロールのばらつきを抑えるのが本筋ですが、どうしてもばらついてしまう人は腕の角度をストライクゾーンの対角線に合わせて、あとはど真ん中めがけて投げることをお勧めします。


四角なゾーンを丸くとる?

ところで、この対角線投法に待ったをかけるような調査結果もあります。

参考文献(*2)によれば審判がストライクとコールするゾーンは四角でなく丸いという調査結果が出ているそうです。

四隅の角はあまりとってもらえないようです。

そういえば昔の解説者はよく「フォークボールは外角低めより、真ん中低めから落とした方がバッターが振りやすい」と言っていました。

それもこの丸いゾーンが故かも知れません。

もし本当に四隅をとらないなら、対角線と平行な53.1度投法のメリットはなくなってしまいます。真上から投げたほうがむしろゾーンは広いかもしれません。

これもまたロボ審判導入によりルール通りの四角いゾーンになれば、状況が違ってくるかもしれません。


ではまた。



 参考文献
  (*1) 野球における投球誤差分布 進矢正宏 日本神経回路学会誌 Vol.24, No.3(2017) 116-123
  (*2) 統計学が見つけた野球の真理  鳥越規央著 講談社 2022年発行 第9章

2023年10月8日日曜日

第156回 カーブはなぜ打者に気づかれやすいのか

 

大きく曲がる変化球は×?〇?

カーブは他の変化球に比べて奪三振率や被打率などの指標が劣ります。

曲がりが大きく、早く曲がり始めるため、打者に気づかれやすいのが理由だと言われています。

確かにプロレベルでは速くて小さい変化球が主流です。カーブは打たれやすいため、投球割合が減っています。

では大きく曲がる変化球はダメなのかというと、これに逆張りするかのように、近年横に大きく曲がるスイーパーと呼ばれるスライダーの一種がMLBで注目されています。

同じ大きく曲がる変化球でも、スイーパーは良くてカーブがダメなのはなぜでしょう?


カーブだけ上に、他は下に

それは投げ出すときの上向き角度の問題ではないかと、考えられます。

プロやMLBレベルの投手は球速が速く、また高身長ゆえにリリースポイントが高いため、ストレートでも変化球でも水平より下向きに向かって投げ出されます。

トップスピン回転で他のどの球種よりも大きく下に変化するカーブのみが、唯一、水平よりも上向きに投げ出されます。

スライダーやフォークなど、自由落下に近い落ち方をする球でも低めのゾーンに投げるときは水平よりも下向きに投げ出されます。高めならば水平よりも上向きで投げ出してもストライクになりますが、高めの変化球が危険な球であることはご存じの通りで、狙って投げることはありません。

ストレートは高めであっても水平よりも下向きに投げ出さないとゾーンに入りません。水平よりも上向きに投げ出された場合、頭の高さのくそボールとなります。

従って、投げた瞬間に水平より上向きにボールが飛び出したならば、打者は、カーブor高めに浮いた投げそこないの変化球or高めの完全なボール球のストレート、の三択に絞ることができます。

後ろ二つは恐れるに足らない球です。カーブにのみ気を付け集中することができます。


今回はカーブと他の球種で、投げ出すときの上向き角度がどのくらい違うのか軌道計算してみます。


カーブの投げだし角度の軌道計算

カーブ、ストレート、スイーパーの3球種を低めに投げた時の軌道を計算します。

計算条件は、以下のようです。

[計算条件]

なお、リリースポイントはカーブの方がストレートに比べて高く後ろ側になる傾向があることがトラッキングデータにより知られていますが、ここでは比較しやすさのため同一点としています。


[計算結果]

計算結果は以下のようです。

グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとのボールの位置を表します。

同じ低めのゾーンに投げた場合、カーブは上向き1度で投げ出されます。対してストレートは下向き3度、スイーパーも下向きで1度となっています。


拡大すると以下のようです。

結構、違いますね。



3Dプロット

打者から見て、投げ出した瞬間の上向き角度の違いがどのように感じられるか、3Dプロットしてみました。

上の計算結果がストレート、カーブ、スイーパーの順で再生されます。

上からそれぞれ右打席からの視点、左打席視点、捕手視点を想定したものです。


右打席視点


左打席視点


捕手視点


では、また。

第155回 わたるがぴゅん!の「スコールボール」を再現するとどうなるか?

 


スコールボール

わたるがぴゅん!という野球漫画に「スコールボール」という魔球が登場します。

アンダースローから強烈なトップスピン回転与え天高く投げ上げることにより、上空から急降下してストライクゾーンにほぼ垂直に落ちてくるという球です。


誕生経緯

かなり昔に読んだのでうろ覚えで間違っているとこもあるかもしれませんが、以下のような話です。

沖縄出身の子で、小柄なやんちゃ少年の主人公わたるは投手で「ハブボール」という大きくホップするストレートを武器にしていました。これがいわば魔球1号です。

人差し指と中指の第一関節を曲げてボールに突き立てた、ハブの牙に見えるような握り(元中日のソンドンヨルのような握り)で、強力なバックスピン回転を与える球です。

(ハブは沖縄に生息する毒蛇です。)

しかしトーナメントを勝ち上がっていくうち、その球が通用しなくなり、とうとうホームランを打たれてしまいます。

マウンド上でしゃがみこんでうつむいているわたるをみて捕手で常識人の子が、ショックで落ち込んでいると思って、元気づけようとマウンドにかけ寄ります。

するとわたるは、足元の蟻が餌の奪い合いをしているのをみて、笑っています。

片方の蟻が、餌をくわえて離さないもう一方の蟻を餌ごと持上げてひっくり返していました。

これをみてひらめいたわたるは、心配してきてくれた捕手を追い返して試合を再開し、次の一球、突然アンダースローから天高くボールを投げ上げます。

唖然とするチームメイトと相手打者。

次の瞬間、上空のボールは突然急降下し、ストライクゾーンを縦に通過していきます。

蟻からヒントをえて、ハブボールを上下逆さまにひっくり返し、トップスピン回転で大きく落下させる球「スコールボール」にアレンジしたのです。魔球2号の誕生です。

(スコールは沖縄に降る集中豪雨です。)

スコールボールで三振を奪い、その試合も何とか勝つことができました。

ピンチをその場のひらめきで乗り越える90年代の古き良き野球漫画です。



凄さその1

もし、スコールボールに近い球を実際に投げられたどうでしょう?

全く打たれないのではないかと考えられます。

スコールボールの真のすごさはトップスピ回転による軌道変化ではありません。

ボールが垂直に近い軌道で落ちてくることです。

バットは水平に近い角度でスイングされるため、軌道が重ならず、点でとらえなければならないためまず当たりません。


垂直は当たらない球

近い体験があります。

いすの上に立ったチームメートに、頭上からゴムボールを落としてもらって打つティー打撃をやってみたことがあるのですが、まあ、当たりません。

雨の日に、軒先から落ちてくる水滴を打ってみたこともありますが、これもやはり空振りばかりです。

一度やってみると面白いです。

線でなく点でとらえなければならないのは本当に難しいです。野球経験者ほどミートポイントの前後位置でタイミング調整をする癖がついています。


作中でも、振っても振っても当たらない球として描かれていました。




凄さその2

また運よくバットに当たったとしても、強い打球を打つことができません。

本来のミートポイントで打つことができないからです。

作中では落下してきたスコールボールは、五角柱の立体ストライクゾーンの後端をかすめていきます。

一方、打者が強い打球を打つためのミートポイントはホームベースの前端かそれより前です。

ボールが通過する位置と、打者にとって望ましいミートポイントは、前後に40センチ以上ずれています。


後ろで打つと

ホームベース後端の位置でバットに当てると、バットの角度的に、カットするときのようにベンチに飛び込むファールになってしまいます。

上体を後ろに下げて無理やり打てばフェアゾーンに飛ばせるかもしれませんが、強いスイングでないため力のない打球になります。

また軸足が完全にバッターボックスの外に出た状態で打つと反則でアウトになるため、立ち位置を後ろに変えることもできません。


前で打つと

では、高めのボールゾーンでもいいから、ホームベース前端の位置で打てばいいかというとこれも難しいです。

なぜなら垂直に近い軌道で落ちてくるため、その位置ではストライクゾーン上端よりもずっと上の位置にボールがあるためです。

どのくらい上を通過するでしょうか。



今回はスコールボールを現実に投げるとどのような軌道になるのか、計算してみます。


スコールボールの軌道計算

作中では細かい数値の記載はないため仮定の値で計算します。

球速は小柄な中学生がアンダースローから投げるため速くはない、回転数はハブボールのホップ具合から球速のわりに多いとして、以下の条件としました。

球速80km/h、回転数2000rpm、揚力係数CL=0.43, 抗力係数CD=0.30 (スピンパラメータSP=0.35)

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。

参考にプロレベルの150km/hのストレートも併せて計算します。

[計算条件]




[計算結果]

計算結果は以下のようです。グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとのボールの位置を表します。


すごい山なりになりました。



地上2.6メートルのボール球

ミートポイントをホームベース前端(x=18.10m)とすれば、その地点でボールは地上2.64メートルの高さにあります。

ストライクゾーン上端はよほど長身の打者でも地上1.2メートル程度であり、このボールはそのゾーン上端のさらに1.44メートル上を通過します。

普通のスイングではバットは届きません。

剣道の面のようにすれば届くかもしれませんが、体の横回転を使わずに振ったバットでは強い打球は打てません。

スコールボールを本来のミートポイントであるホームベース前端側で打つことはできない、ということが確認できました。

84度で落下する球

スコールボールがストライクゾーンを通過するときの落下角度は84度になりました。

ほぼ垂直です。

打者のスイング角度を水平から10度とすれば、投球とは74度も軌道がずれていることになります。

スコールボールが点でしかとらえられない、バットに当てるのが難しい球であることも確認できました。

ノックでキャッチャーフライを打つ時のように無理やりバットの軌道を変えれば、線でとらえられるかもしれませんが、その時は芯でとらえても上がりすぎの内野フライにしかならないでしょう。



トップスピン回転=下への変化ではない

上のスコールボールの軌道計算結果をみると、ずいぶん丸っこい軌道です。

マンガのように真っすぐ上昇し、かくっと鋭角に方向を変えて落下し始めるような軌道ではありません。

これは回転による揚力(マグナス力)の働く向きによるものです。

トップスピン回転=下への変化、というイメージがあるかと思いますが、それはボールが水平に近い角度で飛んでいるときに限られます。

回転による揚力はボールの進行方向と垂直に作用します。

そのため上昇時は前方に、頂点付近でのみ下向きに、落下時は後ろ向きに作用します。

その結果、丸っこい軌道になります。

落下時に後ろ向き揚力が働くことで、より垂直に近い角度で落ちてきます。





コントロールできない球

さて、もし、今回計算したような軌道の球を実際に投げられたら、打者はどうにもできません。

見逃せばストライクで、振っても当たりません。

しかしながら、現実世界の打者はこのスコールボールの脅威に直面することはありません。

なぜなら、この球をストライクゾーン後端にピンポイントでコントロールすることは不可能だからです。

それどころかストライクゾーンを通すことすら至難の業です。


わずかにずれた場合の軌道計算

以前イーファスピッチとして計算したことがあるのですが、極端に山なりの球というのは、投げだす角度に加え、球速もぴったりと制御して初めて狙ったところへ投げられます。

どちらかが少しでもずれると、コントロールが大きく狂ってしまいます。

試しに、先の条件から投げ出し角度θが0.5度高くなった場合と、球速voが1km/h速くなった場合を計算すると、以下のようになります。

スコールボールのコントロール

+0.5度、+1km/hというわずかな差でも落下位置は大きく前後にずれ、ストライクゾーンを通過しなくなります。

試合で常用することはとてもできません。

もしやるならランナーなしで、0ボール2ストライクでダメ元で投げるのがいいと思います。打者も見なれない軌道なので、ストライクかどうかの判別がつかず、見逃し三振を嫌がってボール球でも振ってくれるかもしれません。




では、また。


2023年8月15日火曜日

第152回 東工大の亜大2シームを再現計算

 

2シームが落ちることを証明

2年ほど前、東京工業大学が「同じバックスピン回転の球であっても、2シームは4シームに比べ落ちる」ということを数値計算により証明しました。

2シームでバックスピン回転で落ちる球といえば、亜細亜大学出身のDeNA山崎康晃投手が得意としている、いわゆる亜大2シームが有名です。

亜大2シームの威力を、東工大の頭脳が証明したわけです。

研究成果は下記のwebサイト(*1)で一般公開されています。(Newtonに掲載されているのを見たのですが何月号か忘れてしまいました。)



参考資料
(*1)東工大HP
https://www.titech.ac.jp/news/2021/049312

(*2)魔球をつくる 姫野龍太郎著 岩波書店

(*3)魔球の正体 手塚一志、姫野龍太郎共著 ベースボールマガジン社

(*4)ars TECHNICA
https://arstechnica.com/science/2018/11/physics-can-explain-the-fastballs-unexpected-twist-new-study-finds/


落ちる理由の概要

バックスピン回転の球に働く上向き揚力は、時間に対し一定ではありません。
(*1)の結果に見るように一回転する間に増減し、山谷が現れます。

そしてなんと、2シームの球ではバックスピン回転なのに、その谷のところで下向きの揚力が発生しているのです。

2シームの球は、重力以上に強い下向きの力を受ける瞬間があるのです。

その結果一回転を平均した上向き揚力は4シームよりも小さくなり、4シームに比べ落ちる球になります。



変化球論争

変化球が変化する理由については、2シームに限らず、昔から多くの論争が起こっています。

凄さを証明したいロマン派と、それを否定してそうでもないことを証明したい冷静派が対立してきました。

最古のものはカーブは曲がっている(ロマン派)、いや目の錯覚だ(冷静派)、というもので、これは実際にマグナス力で曲がっていることが証明されロマン派が勝利しました。(*2)

その後ストレートは直線軌道より上にホップしている(ロマン派)、いや重力に負けてお辞儀している(冷静派)で議論になり、これはお辞儀していることが証明されました。

さらに90年代、野茂英雄投手や大魔神佐々木投手が活躍したころ、フォークボールには下向きの特殊な力が働いている(ロマン派)、いや重力で自由落下してるだけ(冷静派)で議論となり、これは自由落下という結論になりました。

2000年代に松坂大輔投手がメジャーリーグへ挑戦したころ、ジャイロボールは空気抵抗が小さくバックスピン回転よりも威力のある速球になる(ロマン派)、いや抗力は大して変わらず揚力がない分落ちる変化球球になる(冷静派)でわいわいと騒動になりました。

これについては姫野龍太郎博士の当初の計算結果、ジャイロボールはバックスピン回転の球に比べ80センチの前後差がつく(*3)、というのは誤りであることがのちに分かりました。

しかし完全な間違いというわけでもなく、近年のトラッキングデータによればジャイロ回転のスライダーはバックスピン回転の4シームに比べリリースからホームベース上までの減速が数キロ小さいことも明らかになっています。


そして2020年代、2シームは縫い目の違いで落ちている(ロマン派)、いや横に曲げようとして回転軸を傾けてるし回転数も少ないし(冷静派)です。


こういう野球の変化球論争に科学のメスが入り、真実が明らかになるという話が私は大好きです。

2シームは東工大が計算で落ちていることを証明した一方で、風洞試験で4シームと差がないという実験結果を得た(*4)という情報もあります。

これから先も楽しみです。




軌道シミュレータで再現の前置き

さて、今回は軌道シミュレータでも2シームの軌道を計算してみたいと思います。

といっても東工大と同じレベルのことはできないので、再現計算になります。

まず大前提として、東工大が行ったのは数値流体解析(CFD)です。
ナビエストークスの式という流体力学の式に基づき、ボール周りの空気の流れを計算して揚力を求めています。
正確な計算を行うためには高度な知識と、スーパーコンピューターが必要です。

一方、軌道シミュレータは揚力係数、抗力係数を定数として扱い、力学の問題としてボールの軌道を計算しています。

ここでは、2シームの4シームに対する落差が東工大の計算結果と同じになるよう、2シームの揚力係数を調整して軌道を計算します。



東工大の2シームの軌道再現計算

では軌道計算を始めます。

[計算条件]

球速は150km/h,回転軸は完全なバックスピン回転で共通とし、以下の3条件で計算します。

①4シーム、回転数2230rpm。
 この球速、回転数はメジャーリーグ投手の平均的な4シームの値です。
   揚力係数CL=0.189,抗力係数CD=0.402(スピンパラメータSP=0.21)

②4シーム、回転数1100rpm。①から回転数を半減。
 CL=0.098,CD=0.383(SP=0.10)

③2シーム、回転数1100rpm。②との落差が(*1)の計算結果と一致するようCLを調整。
 CL=0.015,CD=0.383


[計算結果]

計算結果は以下のようです。
グラフ中の点はリリース後0.02秒おきの、右端のみホームベース後端(x=18.44m)での、ボールの位置を表します。


150km/h,2230rpmの4シームに対して、1100rpmの2シームはホームベース上で41cmも下を通過します。

内訳をみると、回転数半減により22cm落差が発生し、4シーム2シームの縫い目の違いによりさらに19cm落下しています。

縫い目の違いだけで、回転数半減と同程度の効果があるということになります。

両方合わせることで落差は2倍近くに増加する、という見方もできます。

いずれにしても縫い目の違いの影響は大きいです。


渦が見えたらスライダー

同じ球速でこれだけ上下差がつくのであれば、バッターからすると見分けるすべはなく、空振りするしかないように思われます。

しかも、同じ回転軸で、です。

打者の中には動体視力に優れ、渦巻きが見えたらジャイロ回転でスライダー系の球、見えなかったら真っすぐかシュートと判断している人もいると言われています。このタイプの選手を困惑させることができます。


打球は?

東工大の研究結果により、2シームの落ちる変化球としての威力が証明されましたが、それにより気になることがあります。

打球はどうなるでしょうか?

ホームランを打つには飛距離が重要で、そのためボール中心よりわずかに下を打って、適度なバックスピン回転を与えます。

このとき打球の回転が2シームか4シームかで、打球の飛距離、のびが大きく変わってしまうことになります。


これについては、また別の回で計算する予定です。



では、また。





2023年6月17日土曜日

第149回 抗力と重力がなく揚力のみ作用する場合、スライダーはどのような軌道になるか

 


横へ曲がる

スライダーはボールに回転がかかっているため、揚力Lが作用し横へ曲がります。

このとき抗力Dと重力がないとどのような軌道になるでしょうか?


CD=g=0、揚力のみのスライダー軌道計算

計算してみます。

[計算条件]

球速v=130km/h、回転数2500rpmの完全なサイドスピン回転で揚力係数をCL=0.24とします。

抗力はなしでCD=0、重力もなしでg=0とします。

その他条件は、リリースポイントがxo=2.0m,yo=-0.7m,zo=1.7m、投げ出し角度は水平に真っすぐx軸に平行(θ=0、Φ=0)とします。




[計算結果]

計算結果は以下のような軌道になりました。

重力がないとしているので投げ出された球は下にお辞儀せず、そのまま水平に飛んでいきます。
抗力Dをないとしているため減速もしません。
揚力Lのみ作用して横へ曲がっていきます。

これだけだと、だから何だ、という結果です。


引いてみると

ホームベースを通り過ぎた後もずっと軌道計算を続けます。

それをもっと大きなスケールでx-yプロットすると下のようになっています。上空の高いところから見た視点です。

軌道は、まん丸です。
一塁ベースよりももっとずっとむこうをぐるっと一周して、ピッチャーのところへボールが戻ってきます。

揚力=向心力

揚力は常にボールの進行方向と垂直方向に働くため、円運動の向心力となります。揚力の大きさが一定でかつ抗力と重力が作用しない場合、軌道は完全な円形になります。

上の条件では半径288メートルの円軌道で、投げてから46秒後に元の位置に戻ってきます。


揚力と抗力は元々ひとつ

しかしながら揚力のみ作用して、抗力が作用しないという状況は実際にはありえません。

今回の計算は空想科学です。

空気中を飛ぶボールは必ず抵抗を受けます。空気がなければ抗力はゼロですが、同時に揚力も消失します。

揚力も抗力もどちらも空気力で、もともとは一つの力です。

それを便宜上、2成分にベクトル分解して考えているにすぎません。
ボールの進行方向に垂直な成分を揚力、平行な方向を抗力としています。
揚力が進行方向と垂直に働くというよりも、分解した結果の垂直成分を揚力と呼んでいるというのが正確です。

互いに垂直な方向に分解することで独立して扱うことができます。
ボールの進行方向に平行な抗力は、減速させる効果があります。速度をベクトルで表せば矢印の長さを短くする効果です。
垂直な揚力は矢印の長さは変えずに向きだけを変える効果です。






CL=CD=0、重力のみの軌道

さて今度は、揚力と抗力がなく、重力のみが働く場合はどうでしょうか?

この場合もうまく投げると、円軌道になります。

普通に投げると重力に負けてそのうち地面に落ちます。
とても速い速度で投げると重力による向心力と遠心力が釣り合い、地球をぐるっと回って元の位置に戻ってきます。


この速度は割と簡単に求められます。

重力がFg=G*M*m/r^2、遠心力がFc=m*v^2/rなので両者が釣り合うときFg=Fcで、
球速はv=√(G*M/r)となります。

(ここで、G:重力定数、M:地球の質量、m:ボールの質量、r:地球の半径、v:球速。)

地球を一周4万km、半径r=4万×1000/(2π)メートルとして、GとMの値を代入してやると、v=28,487km/hを得ます。

地球をぐるっと一周させるためには、プロ投手(~140km/h)の200倍もの球速が必要になります。

人力ではとても無理ですね。

ニュートンの時代にはすでに理論的に予測されていましたが、当時では28万km/hを出すことができずただの絵空事でした。人に話せば馬鹿にされさらに、ぐるっと一周させてなんかの役に立つの?元のところに戻ってくるなら最初からそこに置いとけばいいじゃん、と言われてしまったことでしょう。

それが現代では、科学技術の発達により人工衛星として人々の暮らしに役立っています。

ちなみにこの速度には「第一宇宙速度」という素敵な名前がついています。






2023年5月28日日曜日

第148回 上から投げおろすストレートの軌道

 

投げおろすストレートで100セーブ達成

中日の守護神ライデルマルティネス投手は今シーズン通算100セーブを達成し、さらにここまで防御率0.00の成績を残しています。

各球団ともクローザーはすごい投手ばかりですが、その中でもさらに飛びぬけています。

彼の一番の武器は何といっても、「角度のあるストレート」です。

常時150km/h後半、最速161km/hの球速だけでも十分な脅威ですが、さらに長身を活かした高いリリースポイントから投げおろしてくることで角度がついた球筋になっており、それが打者の打ちにくさを増加させています。


身長は関係ない

身長が高い投手はみな高い位置でボールをリリースしているかというと、そうでもないようです。

MLB投手のリリースポイントの高低は、投手の身長と相関がないそうです。(*1)


参考Webサイト
(*1)note https://note.com/student_report/n/n216be3ca7ff9


確かにそういわれてみると、ストレートに威力のある投手の中には、沈み込むような投球フォームで低いリリースポイントから浮き上がるような軌道で投げるタイプの投手もいます。


ライマルと火の玉

下はライデルマルティネス投手と、元阪神の藤川球児投手の投球フォームのスケッチです。

Rマルティネス投手の身長は193cm、藤川投手は185cmと差があり、またスケッチ図の比率も少しずれがあるかもしれませんが、それを考えてもリリースポイントの高さの違いは一目瞭然です。



MLB時代2015年のトラッキングデータによれば、藤川投手のリリースポイント高さは地上163cmです。

身長に比べずいぶん低い位置で投げています。


前がいいか、上がいいか

せっかく高身長なら人より高いところから投げた方が有利な気がしますが、必ずしもそうしていないということです。

なぜでしょうか?


考えられる理由の一つは、前で投げることを優先しているということです。

より前で、より打者寄りでリリースするためにはステップ幅を大きくするのが有効ですが、そうすると腰の位置は自然と低くなります。

前でリリースするタイプの投手の投球フォームを見ると、軸足のすねは地面に付きそうなほどで、踏み出し足の膝は90度近く曲げられています。


つけないといけない

もう一つ考えられるのは、角度をつけなければいけなくなる、ということです。

ストライクゾーンの高さは投手によらず決まっていますから、リリースポイントが高い投手ほどより下に向かって投げ出さなければなりません。

さらに球の速い投手ほど、ボールの飛行時間が短く重力による落下量が小さいため、余計に下向きに投げる必要があります。


下には投げにくい

そもそもピッチャーマウンドが設置されているのは、平地では低い位置にあるストライクゾーンに投げにくいからです。

プロレベルの投手はカーブ以外の球種は基本、全て水平よりも下に向かって投げ出さないと低めのゾーンにいきません。

ブルペンでの投球練習を見ても、はじめは捕手を中腰で立たせた「立ち投げ」から始め、体が温まってきたら座らせて試合同様の球を投げます。

元々、投手は無理をして低く投げているわけです。

リリースポイントを高くすればそれだけ余計に無理をしなければならなくなります。


高いリリースポイントから角度のついた球を投げることは、打者にとって打ちにくいというメリットと共に、投手にとって投げづらいというデメリットが発生する諸刃の剣であると考えられます。




上から投げおろすストレートの軌道計算

さて、高いリリースポイントから投げ下ろすストレートにはどのくらいの角度がついているでしょうか?

軌道計算してみます。


[計算条件]

球速160km/h、回転数2200rpmのストレートとします。

リリースポイントを地上2メートとします。(xo,yo,zo)=(1.8,-0.6,2.0)。

比較対象の低いリリースポイントは地上1.6メートルとし、20cm前であるとします。(xo,yo,zo)=(2.0,-0.6,1.6)。

低めいっぱいのゾーン(x,z)=(18.01,0.5)を狙ったコースとします。


[計算結果]
計算結果は、以下のようです。グラフ中の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。

高いリリースポイントでは下向き3.9度で投げ出しています。

低いリリースポイントは2.6度です。

同じ低めに投げ込んだ場合、上から投げ下ろす方が1.3度大きく角度がついています。



高めの軌道計算

藤川投手は低いリリースポイントから高めのゾーンに向かって、浮き上がるようなストレートを投げていました。

高めの球ではどのような軌道になるでしょうか

高めいっぱいのゾーン(x,z)=(18.01,1.1)を狙ったコースも計算してみます。他の条件は先と同じです。


[計算結果2]

結果は以下のようです。x-yプロットは先とほぼ同じのため省略します。

高いリリースポイントでは下向き2度で投げ出しています。

低いリリースポイントは0.7度です。

低めと同様に、1.3度差がついています。

高めに投げるときは低いリリースポイントの方が、打者の目線に近い高さから水平に近い角度で投げ出されるため、よりお辞儀量の少なさが強調されます。



3Dプロット

打者目線からはどのように見えるでしょうか?

右打席からの視点をイメージして3Dプロットしてみました。


低めいっぱい


高めいっぱい







2023年5月5日金曜日

第145回 ピッチャープレート踏み位置でシュート軌道はどうかわるか

 


ピッチャープレートを踏む位置

投手によりピッチャープレートの3塁側を踏んで投げる人もいれば、1塁側の人もいます。

踏み位置の違いによる主な効果は、リリースポイントの左右位置が変わることです。

右投手であれば三塁側を踏む方が角度がついてよいとされていますが、最近では一塁側を踏む投手も増えています。


ホームベース一個分

踏む位置によりリリースポイントはどのくらい変わるでしょうか?

ピッチャープレートの横幅は60.96cmです。投手の足の大きさを切りよく30cmとすれば、ルール上ボークにならない範囲で最大90cmも変えることができます。(下図左)

しかしプロやメージャーの投手の実態をみると、そこまではしていません。

ピッチャープレート踏み位置によるリリースポイントの変化

三塁側を踏む涌井投手、一塁側を踏むバウアー、大谷翔平投手など大半の投手は足が全部プレートに収まるように置きます。西勇輝投手は変則的で、一塁側で半分はみ出させています。

いずれにしても、つま先はプレートにかけて投げています。その方が軸足をプレートに引っ掛けて蹴る感覚で、地面からの反力を得やすいためと考えられます。

そのため、実際の踏み位置によるリリースポイントの変化は最大で45cmほどになります。(図右)

これはホームベースの横幅(43.2cm)とほぼ同じです。



踏み位置を変えた場合のシュート軌道計算

ピッチャープレートの踏み位置の違いにより、投球軌道はどのように変わるでしょうか?

横方向の変化球としてシュートで軌道計算をしてみます。


[計算条件]

三塁側を踏んだ場合のリリースポイントをセンターラインから60cm三塁より(yo=-0.60m)とし、一塁側はそれより45cm内側(yo=-0.15m)とします。

シュートは球速140km/h、回転数2200rpmで抗力係数CD=0.40、揚力係数CL=0.20、回転軸はバックスピンからサイドスピン側へ55度傾いているとします。

参考のストレートは球速145km/h、回転数2200rpm、CD=0.40,CL=0.19、回転軸はバックスピンから20度傾いているとします。




[計算結果]

計算結果は以下のようです。

まず、オーソドックスな3塁側を踏んで投げた場合です。

ストレートは斜めに真っすぐ飛んできて、ストライクゾーンの真ん中を通過する軌道です。
シュートは始めこれと同じような軌道で飛んできて、途中から曲がり右打者インコースのボールゾーンを通過する軌道です。


次に、近年増えてきた1塁側を踏んで投げた場合です。

上下の軌道は3塁側の時と同じのため、x-zプロットは省略しました。

ストレートはx軸(センターライン)に平行に近い角度で真っすぐ飛んできて、ストライクゾーンの真ん中を通過する軌道です。
シュートは始めこれと同じような軌道で飛んできて、途中から曲がり右打者インコースのボールゾーンを通過する軌道です。


どちらの場合もストレートなら真ん中に来る軌道から、右打者インコースのボールゾーンへ曲がってきます。曲がり幅の違いはありません。



シュート同士で比較

両者のシュートのみを重ねてプロットすると以下のようです。

x-yプロット上の黒破線は、ホームベース右端のライン(y=-0.216m)です。

また、リリースポイントの違いが分かりやすいようy-zプロットも追加しました。

3塁側を踏んで投げたシュートは、斜めに投げ出され、ストライクゾーンに入ってくるかと思いきや曲がって入ってこない軌道です。黒破線(y=-0.216m)の外(y=-0.60m)からリリースされ、曲がってずっと破線の外側を通ります。

1塁側を踏んだ場合は、真っすぐ投げ出され、そのままストライクゾーンの中をくるのかなと思きや曲がって外へ出ていく軌道です。黒破線(y=-0.216m)の内側(y=-0.15m)からリリースされ、破線の外へ曲がっていきます。

3塁側を踏んで投げたシュートはずっとボールゾーンを通る軌道であり、1塁側を踏んで投げたシュートはストライクゾーンからボールゾーンへ逃げていく軌道です。


三塁側「ボールからボール」→一塁側「ストライクに見える」

柳裕也投手は、ホークアイの映像を参考に踏み位置を一塁側へ変え、はみ出していたリリースポイントをホームプレートの中に入れることで「ボールからボール」だったシュート軌道を「ストライクに見える」ように改良したそうです。その結果、今期2戦目以降は好投が続いています。(*1)

私は渋谷真さんの記事が好きでいつも目を通すのですが、この話は特に面白くて興味が沸き今回の計算をしてみました。確かにそのような軌道になるという結果を得られてとても満足してます。



一塁側を踏んで負担減

また、同じコースに投げても三塁側を踏むと角度がつく分、深くねじられた体は窮屈で負担がかかります。

今回の計算では三塁側を踏んで投げた場合、x軸に平行から左打席側に向かってΦ=2.3度の角度をつけて投げ出されます。これが一塁側を踏んだ場合はΦ=0.8度ですみます。

一塁側を踏んだ方が1.5度、体が楽な状態で投げることができます。

ソフトバンク和田投手(左投げ)は、クロスファイヤーでは負担がかかるため三塁側を踏むように変えたそうです。(*2) これが全てではないでしょうが、松坂世代最後の生き残りとして42歳の今シーズンも元気に一軍で投げ続けています。







参考文献

(*1)中日スポーツ 2023年4月28日版

(*2)週刊ベースボールonline

https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=002-20160620-03