2023年6月17日土曜日

第149回 抗力と重力がなく揚力のみ作用する場合、スライダーはどのような軌道になるか

 


横へ曲がる

スライダーはボールに回転がかかっているため、揚力Lが作用し横へ曲がります。

このとき抗力Dと重力がないとどのような軌道になるでしょうか?


CD=g=0、揚力のみのスライダー軌道計算

計算してみます。

[計算条件]

球速v=130km/h、回転数2500rpmの完全なサイドスピン回転で揚力係数をCL=0.24とします。

抗力はなしでCD=0、重力もなしでg=0とします。

その他条件は、リリースポイントがxo=2.0m,yo=-0.7m,zo=1.7m、投げ出し角度は水平に真っすぐx軸に平行(θ=0、Φ=0)とします。




[計算結果]

計算結果は以下のような軌道になりました。

重力がないとしているので投げ出された球は下にお辞儀せず、そのまま水平に飛んでいきます。
抗力Dをないとしているため減速もしません。
揚力Lのみ作用して横へ曲がっていきます。

これだけだと、だから何だ、という結果です。


引いてみると

ホームベースを通り過ぎた後もずっと軌道計算を続けます。

それをもっと大きなスケールでx-yプロットすると下のようになっています。上空の高いところから見た視点です。

軌道は、まん丸です。
一塁ベースよりももっとずっとむこうをぐるっと一周して、ピッチャーのところへボールが戻ってきます。

揚力=向心力

揚力は常にボールの進行方向と垂直方向に働くため、円運動の向心力となります。揚力の大きさが一定でかつ抗力と重力が作用しない場合、軌道は完全な円形になります。

上の条件では半径288メートルの円軌道で、投げてから46秒後に元の位置に戻ってきます。


揚力と抗力は元々ひとつ

しかしながら揚力のみ作用して、抗力が作用しないという状況は実際にはありえません。

今回の計算は空想科学です。

空気中を飛ぶボールは必ず抵抗を受けます。空気がなければ抗力はゼロですが、同時に揚力も消失します。

揚力も抗力もどちらも空気力で、もともとは一つの力です。

それを便宜上、2成分にベクトル分解して考えているにすぎません。
ボールの進行方向に垂直な成分を揚力、平行な方向を抗力としています。
揚力が進行方向と垂直に働くというよりも、分解した結果の垂直成分を揚力と呼んでいるというのが正確です。

互いに垂直な方向に分解することで独立して扱うことができます。
ボールの進行方向に平行な抗力は、減速させる効果があります。速度をベクトルで表せば矢印の長さを短くする効果です。
垂直な揚力は矢印の長さは変えずに向きだけを変える効果です。






CL=CD=0、重力のみの軌道

さて今度は、揚力と抗力がなく、重力のみが働く場合はどうでしょうか?

この場合もうまく投げると、円軌道になります。

普通に投げると重力に負けてそのうち地面に落ちます。
とても速い速度で投げると重力による向心力と遠心力が釣り合い、地球をぐるっと回って元の位置に戻ってきます。


この速度は割と簡単に求められます。

重力がFg=G*M*m/r^2、遠心力がFc=m*v^2/rなので両者が釣り合うときFg=Fcで、
球速はv=√(G*M/r)となります。

(ここで、G:重力定数、M:地球の質量、m:ボールの質量、r:地球の半径、v:球速。)

地球を一周4万km、半径r=4万×1000/(2π)メートルとして、GとMの値を代入してやると、v=28,487km/hを得ます。

地球をぐるっと一周させるためには、プロ投手(~140km/h)の200倍もの球速が必要になります。

人力ではとても無理ですね。

ニュートンの時代にはすでに理論的に予測されていましたが、当時では28万km/hを出すことができずただの絵空事でした。人に話せば馬鹿にされさらに、ぐるっと一周させてなんかの役に立つの?元のところに戻ってくるなら最初からそこに置いとけばいいじゃん、と言われてしまったことでしょう。

それが現代では、科学技術の発達により人工衛星として人々の暮らしに役立っています。

ちなみにこの速度には「第一宇宙速度」という素敵な名前がついています。






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