2021年2月27日土曜日

第57回 2021年MLB球が軽くなり、4シームの威力は変わるのか?

 


MLBの対策

MLBでは年々増加傾向にある本塁打数を抑制する目的で、今年からボール重量を最大で2.8グラム軽くするそうです。

割合で言うと約2%ほどの重量減少です。


軽いと、空気によりより動かされる

ボールが軽くなったら飛距離がアップしてホームラン数はむしろ増えてしまうするのではないか、と不思議に思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

前回、前々回の繰り返しになりますが、ボールが空気から受ける抗力と揚力はどちらもボールの断面積に比例します。今回ボールの大きさは変わらないため、抗力、揚力の大きさは変わりません。

ボールが受ける加速度は力を重量で割った値になります。

式で書くと明確で分子の抗力または揚力はそのままで、分母の重量が小さくなるので、ボールの加速度は大きくなります。


加速度 = 抗力(or 揚力) / 重量 : 空気中を飛ぶボールの加速度


ボールが軽くなるということは、同じ大きさの力を受けても、慣性が小さくなった分だけ動かされやすくなるということです。その結果、ホームラン数減少が期待されるわけです。


そしてこれは、打球だけでなく投球についても同じです。

軽いボールは抗力により減速しやすくなり、同時に回転による揚力でより曲がりやすくなるのです。


前回の計算では、スライダーの曲り幅が2.2%程大きくなるという結果が得られました。

4シームについてはどうでしょうか?どのくらいホップ量が増加するでしょうか?



軽くなったボールの軌道計算(4シーム)


では、重量が2.8グラム軽くなることで、どれくらい4シームの軌道が変わるのか軌道シミュレータver3.2で計算してみます。

ボールの飛び方の違いのみを見るために、投球の初期条件は2種類のボールで同じとします。ボールが軽くなれば球速や回転数がその分上がるかもしれませんが、それらについては考慮しません。


[計算条件]

MLB投手の4シームを想定し、球速150km/h、回転数2300rpm、回転軸はバックスピンにややシュート成分が混じったものとします。







[計算結果]

同じ条件で投げられた2種類のボールの、軌道計算結果は以下のようになりました。

グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース上(x=18.44m)における、ボール位置を表しています。


21年MLB球、軽くなった軌道

差が小さいので拡大図も追加しましたが、それでもわかりにくいぐらいのわずかな差です。

ホームベース上における上下位置の差は、6mmとなりました。

この球は従来の20年球の場合で自由落下軌道に対して41cm上にホップしているため、ボールの違いによるホップ量の増加率は1.5%(=0.6/41×100)程です。

スライダーの2.2%に比べて増加率が小さいのは、減速により重力による落下も大きくなっていることが原因と考えられます。

ボール一個分(7.4cm)ぐらい変わるのであれば空振りも増えるのでしょうが、6mm程度ではそうはならないでしょう。

とはいえ、ホームランを狙って最も打球飛距離の出る30度で打ち上げたつもりが、予定よりもボールの下を打ってしまい高く上がりて外野フライに終わる、というようなことは起こりうるかもしれません。


減速はどうか


抗力による減速はどうでしょう。

今回の計算結果では、軽い21年球の方が1/1000秒ほど遅れてホームベース上に到達します。

ごくわずかな時間差ですから、前後の位置差で見ても1.9cmの遅れにしかなりません

センター返しのつもりが少しだけ引っ張り方向の打球になることはあるかもしれませんが、タイミングを外して泳がせたり、あるいは速さを感じなくなって打ちやすくなる、といった、そんな大きな影響はでません。



トラッキングデータ風プロット


最後におまけで、今回の4シームと、前回のスライダーの変化量の計算値をトラッキングデータ風にプロットしてみました。



差の小ささが分かります。
現実のプレーでは同じ投手が同じように投げても一球ごとにばらつきますから、その中に埋もれてしまいそうです。




*****

計算によって予想をしてきましたが、実際にプレーがどう変わるのかは、シーズンが始まってからの楽しみです。


最大でも2.8グラム、といっているので、投手から投げにくいとクレームがでたら結局はほとんど前と同じ重量に戻してしまうのではないか、とも予想しています。


今年も、開幕が待ち遠しいですね。





ではまた。

2021年2月20日土曜日

第56回 2021年MLB球が軽くなり、変化球の曲がり方は変わるのか?

  




MLBのボール変更

MLBでは今年から本塁打数を抑制する目的で、ボール重量が最大2.8グラム軽くなるそうです。

割合で言うと約2%ほどの重量減少です。


軽いと、飛ばなくなり、曲がりが大きくなる

ボールが軽くなったら飛距離がアップしてホームラン数はむしろ増えてしまうするのではないか、と不思議に思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

ボールが受ける空気抵抗(抗力)は断面積に比例します。今回ボールの大きさは変わらないため、断面積も変わらず、抗力の大きさは変わりません。

ボールが受ける加速度は力を重量で割った値になります。

式で書くと明確で分子の抗力はそのままで、分母の重量が小さくなるので、ボールの加速度は大きくなります。


加速度 = 抗力 / 重量 : 空気中を飛ぶボールの減速度


つまり、ボールは大きさがそのままで軽くなると、減速が大きくなるので飛距離が減るのです。その結果、ホームラン数減少が期待されるわけです。


そしてこれは、ボールを曲げる揚力(マグナス力)についても同じです。


加速度 = 揚力 / 重量 : 空気中を飛ぶボールの揚力による加速度


ボールが軽くなると分母が小さくなり、加速度が大きくなりよく曲がるわけです。

ピンポン玉は大きさのわりに軽いのでよく曲がりますが、中身をぎっしり詰めてしまえば曲がらなくなります。 


軽くなったボールの軌道計算

では、実際重量が2.8グラム軽くなることで、どれくらい変化球の曲がり方が変わるのか軌道シミュレータver3.2で計算してみます。

ボールの飛び方の違いのみを見るために、投球の初期条件は2種類のボールで同じとします。ボールが軽くなれば球速や回転数がその分上がるかもしれませんが、それらについては考慮しません。


[計算条件]

MLB投手のスライダーを想定し、球速135km/h、回転数2500rpm、回転軸はサイドスピンとジャイロボールの中間とします。







[計算結果]

同じ条件で投げられた2種類のボールの、軌道計算結果は以下のようになりました。

差が小さいので拡大図も追加しました。



横方向の変化量の差は、わずか9mmとなりました。

この球は従来の20年球の場合で直線軌道に対して40cm横へ変化しているため、ボールの違いによる曲り幅の増加率は2.2%(=0.9/40×100)程です。

ボール一個分(7.4cm)ぐらい変わるのであれば影響もあるのでしょうが、9mm程度ではほとんど違いは感じられなさそうです。

というよりも、投球にあまり影響が出ない範囲にボールの変更をとどめた結果、最大でも2.8グラム、ということになったのでしょう。
ホームラン数抑制が目的なのに、投手が投げ方を変えなければならない程投球軌道に影響が出ては逆効果になりかねませんからね。





ではまた。





2021年2月13日土曜日

第55回 2021年MLB球が軽くなり、ホームランの数は減るのか?

 


MLBのホームラン対策

2月10日水曜日のスポーツ新聞で、気になる記事を見つけました。

MLBが今年からボールを軽くするそうです。

"米大リーグ機構が増加傾向にある本塁打数の抑制を目指し、今季から低反発球を導入することを全30球団に通達(中略)。ボールの大きさを変えず、重さを最大2.8グラム軽くすることで飛距離を抑えるという。従来のボールで375フィート(約114メートル)飛んでいた打球は、飛距離が1フィート(約30センチ)~2フィートほど落ちるとのデータが示された。(以下略)" 

(2021年2月10日、中日スポーツ7面より引用)


軽いのに、なぜ飛ばなくなるのか

ボールが軽くなるなら飛距離がむしろアップするのではないか、と思われるかもしれません。

が、物理的に見れば自然なことです。

ボールが受ける空気抵抗(抗力)は断面積に比例します。今回ボールの大きさは変わらないため、抗力の大きさは変わりません。

ボールが受ける加速度は力を重量で割った値になります。

式で書くと明確で分子の抗力はそのままで、分母の重量が小さくなるので、ボールの加速度は大きくなります。


加速度 = 抗力 / 重量 : 空気中を飛ぶボールの減速度


空気中を飛んでいくボールの減速が大きくなるので飛距離が減るのです。



軽くなったボールの軌道計算

では、実際重量が2.8グラム軽くなることで、どれくらい飛距離が落ちるのか軌道シミュレータver3.2で計算してみます。

ボールの飛び方の違いのみを見るために、打球が打ち出される条件は2種類のボールで同じとします。


[計算条件]

従来球の飛距離が記事と同じ375フィート(114.3メートル)になる打球条件として、打球速度150km/h、回転数1900rpm、バックスピン回転とします。



[計算結果]

同じ条件で打ち出された2種類のボールの、軌道計算結果は以下のようになりました。



ほとんど同じ軌道で、差はわずかです。

従来の20年球が飛距離114.3mに対し、2.8g軽い21年球の飛距離は113.7mでした。

確かに飛距離が落ちています。

というわけで、今回の計算ではボールが2.8g軽くなることにより、従来球で114.3m飛んでいた打球の飛距離は67cm低下する、という結果になりました。





記事との誤差


67cmはフィートに換算すると、2.2フィートです。

記事によれば2フィートほどとのことなので、今回の計算結果の方が少し大きくなっています。

原因とし考えられることの一つに、打球速度の違いがあります。
今回は2種類の球で同じ打球条件で計算しましたが、運動量保存則に従えばボールが軽ければ打った瞬間の打球速度は大きくなるはずです。

それが正しいとすれば、もう少し飛距離の低下は小さくなり記事と一致してくると考えられます。

ボールが軽くなることにより、打った瞬間の打球速度は上がるが、減速が大きいので飛距離としては減る、というのが21年球の正体だと考えられます。
低反発球といいながらも、反発係数自体は低下していないのではないかと推測されます。

極端な例として、軽いが空気抵抗の大きいバドミントのシャトルの飛び方を考えるとイメージしやすいかもしれません。



ホームランは減るのか

ところで、飛距離が30-60cm程度減ったからといってそんなにホームランの数が減るのでしょうか。

恐らく減らないと思います。30cmや60cm飛距離が減ったらフェンスを越せなくなるような、ぎりぎりの打球というのはそれほど多くないからです。

とはいえ大きく飛距離を減らしすぎても外野手の守備への影響や、記録への不公平が出てしまうので、あまり大きく変えて欲しくないというのは選手もファンも思うところでしょう。


いずれにしても、お偉いさんの独断で勝手にボールを変えてしまったNPBに比べ、公にするMLBのフェアーさは良いことだと思います。





ではまた。





2021年2月6日土曜日

第54回 低速高回転と高速低回転ストレートの軌道を比べるとどうなるか

  ノビのあるストレート


球速よりも回転数?     


球速と、回転数。

どちらもストレートの威力に影響する要素です。

「球速が速くても、回転数が小さいとホップ量が小さく当てやすい」

「球速が遅くても、回転数が大きいと打者の予想する軌道とのずれが大きく打ちづらい」

などと言われ、最近では回転数が重要視される風潮があるようです。

上原投手はMLB平均よりも10km/h以上遅い「低速高回転ストレート」で95セーブを挙げ、大谷翔平投手は100マイル越えの「高速低回転ストレート」で空振りを奪えずファールで逃げられます。

とはいえ日米ともに投手の平均球速は年々上がっており、球速が速い投手ほど活躍する傾向にあるのもまた事実です。

そこで今回は、低速で高回転数のストレートと、高速で低回転数のストレートの軌道を計算して比べてみました


高回転と低回転の軌道計算    


低速高回転は141km/h、2500rpm、高速低回転は150km/h、2000rpmとして、両者のボールの飛び方がどのようであるか、軌道シミュレーターver.3.2で計算してみます。

ここで、rpmは一分間当たりの回転数を表す単位です。


[計算条件]
 4シーム(低速高回転)
 球速:v0=141[km/h]、リリース角度:θ=-0.5度(下向き)、φ=2.5度(一塁方向)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 回転数 N=2500rpm(SP=0.25) : 抗力係数 CD=0.41、揚力係数CL=0.22
 
 4シーム(高速低回転)
 球速:v0=150[km/h]、リリース角度:θ=-0.5度(下向き)、φ=2.5度(一塁方向)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 回転数 N=2000rpm(SP=0.19) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.17 

 ボール回転軸
 カーブの回転軸 

  θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
  φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)


[計算結果]

同時に同じ角度でリリースされた、球速と回転数の異なるストレートの軌道計算結果をプロットすると、以下のようになりました。

上から実際の速度のgif動画、1/10倍スローのgif動画、静止画です。

リリースからホームベース(x=18.44m)到達までの時間も表示しました。


gif動画(実際の速度)
低速高回転ストレートの軌道リアルスピード



gif動画(1/10倍スロー)

低速高回転ストレートの軌道スロー



静止画(点は0.02秒ごとのボール位置を表す。)
低速高回転ストレートの軌道


 低速高回転(141km/h,2500rpm)は、高速低回転(150km/h,2000rpm)と比べ、
 ・ホームまでの到達時間は、0.032秒(=0.456-0.424)遅れる
 ・距離にして42cm後れを取る
 ・軌道はほぼ同じ、ホームベース上での高さは2mmだけ下を通過する
 という結果になりました。



違うタイミング、同じ軌道    


低速高回転は球速が遅い分、高速低回転よりも遅れてホームベース上に到達します。

これは、当たり前です。

面白いのは上下方向の軌道です。

低速高回転では高回転により上向きマグナス力によるホップ量が大きくなりますが、一方で重力を受ける時間が長い分落下量も大きくなります。

高速低回転では反対にホップ量は小さく、重力による落下も小さくなります。

その結果、今回の2条件では低速高回転と高速低回転のストレート両者の軌道がほぼ一致するという結果になりました。

先のgif動画では、高速低回転の通った軌道をなぞるようにして低速高回転が追いかけていきます。ちょっと不思議な感じです。


浮くのか、戻るのか    


もしこの2つの球を投げわけられる投手がいたら、打者にとってどのようなボールになるでしょうか?

高速低回転の後に低速高回転を投げられた時。

打者は、さっきよりも球速が遅いのだから軌道はよりおじぎしてボールはさっきよりも下の位置を通過するだろう、と予測してスイングを開始する。しかし、実際にはおじぎしてこずボールの下を空振りしてしまう。
そんな、「予想外にホップする球」となるでしょうか。

それとも、さっきと全く同じ軌道だからまた同じ球で同じタイミングで来るだろう、と予測してスイングを開始する。しかし、実際にはボールが来る前に振ってしまい泳ぎながら空振りする。
そんな、「ブレーキがかかり後ろに戻っていくような球」と感じるでしょうか。


打席で体験したことがないので、推測になりますが、恐らく後者のように感じられるのではないでしょうか。



若様


今回の計算をしていたら、2人の投手を思い出しました。

一人は元中日の若松駿太投手です。

彼は2015年シーズンに、130キロ台後半のストレートとチェンジアップのコンビネーションで大活躍しました。
ストレートの球速は速くもなく、チェンジアップも全然沈まない。他には大したことのないスライダーをたまに投げるだけ。
それなのにチェンジアップを投げると、面白いように打者はタイミングを外され腰砕けの空振りを繰り返していました。

当時見ていてなぜ打たれないのか不思議でした。

チェンジアップが威力を持つには、ストレートが速くそれと球速差があること、もしくは回転数が少なくフォークボールのように落ちることが一般的な条件です。

しかしどうやら彼はチェンジアップに強いバックスピン回転をかけていたらしいのです。まさに低速高回転です。

ストレートと同じような軌道で飛んでくるので、ストレートのタイミングで振るとボールが全然来ていなくて、打者はタイミングを外されていたのです。
今回の計算結果をそのまま10キロぐらい遅くしたような球を投げていたのだと推測されます。


1年で消えた2人の投手


もう一人は、ONE OUTSというマンガにでてくる渡久地東亜投手です。

彼の場合はさらに遅く120キロのストレートと、110キロの低速高回転の球を同じ握りから投げ分けます。
もっとも作中では、低速高回転は「浮き上がる球」として描かれていました。

シーズン中盤までは無敵の活躍をしていましたが、低速高回転の秘密に気づかれ特訓を重ねた打者たちに次第に攻略されるようになり、日本シリーズを前に姿を消します。


中日の若松投手も2015年シーズンはものすごい活躍でしたが、2016年シーズンには打ち込まれ、その後あっという間に自由契約になってしまいました。

太り過ぎたせいだとか、140キロ出ないのに活躍してた方がおかしいとか、さらには根拠もなく人間性の問題だとか、いろいろ言われていました。
しかし、打ち込まれるようになった本当の原因は、渡久地とおなじで、投げ手が少なく珍しい低速高回転の正体に気が付かれ、プロの打者たちが慣れて対応できるようになってしまったことだと思います。









では、また。