2021年2月6日土曜日

第54回 低速高回転と高速低回転ストレートの軌道を比べるとどうなるか

  ノビのあるストレート


球速よりも回転数?     


球速と、回転数。

どちらもストレートの威力に影響する要素です。

「球速が速くても、回転数が小さいとホップ量が小さく当てやすい」

「球速が遅くても、回転数が大きいと打者の予想する軌道とのずれが大きく打ちづらい」

などと言われ、最近では回転数が重要視される風潮があるようです。

上原投手はMLB平均よりも10km/h以上遅い「低速高回転ストレート」で95セーブを挙げ、大谷翔平投手は100マイル越えの「高速低回転ストレート」で空振りを奪えずファールで逃げられます。

とはいえ日米ともに投手の平均球速は年々上がっており、球速が速い投手ほど活躍する傾向にあるのもまた事実です。

そこで今回は、低速で高回転数のストレートと、高速で低回転数のストレートの軌道を計算して比べてみました


高回転と低回転の軌道計算    


低速高回転は141km/h、2500rpm、高速低回転は150km/h、2000rpmとして、両者のボールの飛び方がどのようであるか、軌道シミュレーターver.3.2で計算してみます。

ここで、rpmは一分間当たりの回転数を表す単位です。


[計算条件]
 4シーム(低速高回転)
 球速:v0=141[km/h]、リリース角度:θ=-0.5度(下向き)、φ=2.5度(一塁方向)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 回転数 N=2500rpm(SP=0.25) : 抗力係数 CD=0.41、揚力係数CL=0.22
 
 4シーム(高速低回転)
 球速:v0=150[km/h]、リリース角度:θ=-0.5度(下向き)、φ=2.5度(一塁方向)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 回転数 N=2000rpm(SP=0.19) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.17 

 ボール回転軸
 カーブの回転軸 

  θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
  φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)


[計算結果]

同時に同じ角度でリリースされた、球速と回転数の異なるストレートの軌道計算結果をプロットすると、以下のようになりました。

上から実際の速度のgif動画、1/10倍スローのgif動画、静止画です。

リリースからホームベース(x=18.44m)到達までの時間も表示しました。


gif動画(実際の速度)
低速高回転ストレートの軌道リアルスピード



gif動画(1/10倍スロー)

低速高回転ストレートの軌道スロー



静止画(点は0.02秒ごとのボール位置を表す。)
低速高回転ストレートの軌道


 低速高回転(141km/h,2500rpm)は、高速低回転(150km/h,2000rpm)と比べ、
 ・ホームまでの到達時間は、0.032秒(=0.456-0.424)遅れる
 ・距離にして42cm後れを取る
 ・軌道はほぼ同じ、ホームベース上での高さは2mmだけ下を通過する
 という結果になりました。



違うタイミング、同じ軌道    


低速高回転は球速が遅い分、高速低回転よりも遅れてホームベース上に到達します。

これは、当たり前です。

面白いのは上下方向の軌道です。

低速高回転では高回転により上向きマグナス力によるホップ量が大きくなりますが、一方で重力を受ける時間が長い分落下量も大きくなります。

高速低回転では反対にホップ量は小さく、重力による落下も小さくなります。

その結果、今回の2条件では低速高回転と高速低回転のストレート両者の軌道がほぼ一致するという結果になりました。

先のgif動画では、高速低回転の通った軌道をなぞるようにして低速高回転が追いかけていきます。ちょっと不思議な感じです。


浮くのか、戻るのか    


もしこの2つの球を投げわけられる投手がいたら、打者にとってどのようなボールになるでしょうか?

高速低回転の後に低速高回転を投げられた時。

打者は、さっきよりも球速が遅いのだから軌道はよりおじぎしてボールはさっきよりも下の位置を通過するだろう、と予測してスイングを開始する。しかし、実際にはおじぎしてこずボールの下を空振りしてしまう。
そんな、「予想外にホップする球」となるでしょうか。

それとも、さっきと全く同じ軌道だからまた同じ球で同じタイミングで来るだろう、と予測してスイングを開始する。しかし、実際にはボールが来る前に振ってしまい泳ぎながら空振りする。
そんな、「ブレーキがかかり後ろに戻っていくような球」と感じるでしょうか。


打席で体験したことがないので、推測になりますが、恐らく後者のように感じられるのではないでしょうか。



若様


今回の計算をしていたら、2人の投手を思い出しました。

一人は元中日の若松駿太投手です。

彼は2015年シーズンに、130キロ台後半のストレートとチェンジアップのコンビネーションで大活躍しました。
ストレートの球速は速くもなく、チェンジアップも全然沈まない。他には大したことのないスライダーをたまに投げるだけ。
それなのにチェンジアップを投げると、面白いように打者はタイミングを外され腰砕けの空振りを繰り返していました。

当時見ていてなぜ打たれないのか不思議でした。

チェンジアップが威力を持つには、ストレートが速くそれと球速差があること、もしくは回転数が少なくフォークボールのように落ちることが一般的な条件です。

しかしどうやら彼はチェンジアップに強いバックスピン回転をかけていたらしいのです。まさに低速高回転です。

ストレートと同じような軌道で飛んでくるので、ストレートのタイミングで振るとボールが全然来ていなくて、打者はタイミングを外されていたのです。
今回の計算結果をそのまま10キロぐらい遅くしたような球を投げていたのだと推測されます。


1年で消えた2人の投手


もう一人は、ONE OUTSというマンガにでてくる渡久地東亜投手です。

彼の場合はさらに遅く120キロのストレートと、110キロの低速高回転の球を同じ握りから投げ分けます。
もっとも作中では、低速高回転は「浮き上がる球」として描かれていました。

シーズン中盤までは無敵の活躍をしていましたが、低速高回転の秘密に気づかれ特訓を重ねた打者たちに次第に攻略されるようになり、日本シリーズを前に姿を消します。


中日の若松投手も2015年シーズンはものすごい活躍でしたが、2016年シーズンには打ち込まれ、その後あっという間に自由契約になってしまいました。

太り過ぎたせいだとか、140キロ出ないのに活躍してた方がおかしいとか、さらには根拠もなく人間性の問題だとか、いろいろ言われていました。
しかし、打ち込まれるようになった本当の原因は、渡久地とおなじで、投げ手が少なく珍しい低速高回転の正体に気が付かれ、プロの打者たちが慣れて対応できるようになってしまったことだと思います。









では、また。






   

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