2023年2月25日土曜日

第137回 重いバットはホームランを打つのに有効か?

 


ホームランを打つためにバットを、より重いものに変えることは有効だろうか?


バット30g増の打球速度計算

バット重量を変えた場合で打球速度計算を行う。

計算条件はヘッドスピード135km/h、投球速度130km/h、反発係数0.4134とする。

900gと930gのバットでの計算結果は以下のようである。


900gのバットでの打球速度165.5km/h、930gでは166.9km/hとなった。

30gのバット重量増加に対し、打球速度の増加は1.4km/hである。


バット重量vs打球速度

バット重量30g増はスイングする打者の体感では、かなりの違いとなる。

その割に打球速度への効果は小さく、わずか1.4km/hの増加にとどまる。

バット重量の増加率3.3%に対して、打球速度の増加率は0.8%と小さい。

打球速度シミュレータver2.0の打球速度u1の計算式④みると理由が分かる。分子と分母の両方にm2があるため、打ち消しあって効果が出にくい。


800gから1000gの打球速度計算

バット重量を800gから1000gまで変えた場合の、計算結果を以下に示す。

その他の条件は先と同じである。

バット重量vs打球速度


この範囲においては、バットが100g重くなるごとに打球速度は5km/h上がる

バット重量増加につれて打球速度は際限なく上がり続けるわけではない。バット重量を無限大まで増加させても、打球速度は213km/hで頭打ちになる。



スイングスピード

バット重量増加による打球速度アップは、ある程度の効果がみられる。

注意すべきは、上記は同じスイングスピードでの計算結果だということである。

打者がバットに与える力積が一定であればバットが受け取る運動量も一定のため、バットの重量に反比例してバットの速度は遅くなる。

打者の力量を越えるバット重量増加はスイングスピード低下を招くだろう。

バット重量増加によるプラスが、スイングスピード低下のマイナスを下回れば逆効果でしかない。

下記の追加計算結果から、バットを30g重くしてもスイングスピードが1.3km/h遅くなってしまうと、効果が相殺され、打球速度は変わらないということが分かる。


そのため、バットを重いものに変える際は、前後でスイングスピードを計測し低下がないことを確認してから採用すべきである。

バット重量増加が必ずしも良い結果につながるとは限らない。スイングスピードの低下が大きければ打球速度はかえって遅くなる。

実際、金属バットの高校野球では守備側の安全性確保のため、打球速度を落とす目的で、バット重量は900g以上という規定が設けられている。またプロ野球では、西武山川選手など操作性アップのために先端をくりぬき、軽くする方が現在主流である。

バットはすでに十分重いのである。







2023年2月18日土曜日

第136回 ホームランを打つために必要なスイングスピード

 



ホームランを打つためには打球速度が大きいことが必須であり、そのために一定以上のスイングスピードが求められる。

では、どのくらい必要だろうか。


必要な打球速度

ホームランを打つために必要な打球速度は、140km/hである。

これは最低限である。140km/hでは打球角度と回転が最適条件かつ、最も距離の近いポール際へ飛んだ時に限り、フェンスを越えることができる。

フェンスまでの距離が最も遠いセンター方向へホームランを打つには、160km/h以上の打球速度が必要となる。

以下は、最適条件(打球角度上向き30度、毎分2500回転のバックスピン回転)での、打球軌道計算結果である。

打球速度の飛距離の相関
打球速度vs飛距離 (第30回)


飛距離は打球速度にほぼ比例する。


必要なスイングスピード

ホームランを打つために必要なスイングスピードは、上記の打球速度を出すために必要なスイングスピードである。

スイングスピードと打球速度の関係は以下のようである。投球速度130km/h、反発係数0.413の条件で打球速度計算を行った。



打球速度140km/hを出すためには、スイングスピード112km/hが必要である。

打球速度160km/h出すには、スイングスピード133km/hが必要である。


角度と回転をつけるために

飛距離を出すためには打球速度だけでなく、適度な打球角度とバックスピン回転も求められる。

そのためにボールの中心より少し下を打つが、そうすると上のグラフよりも打球速度は落ちる。

実測データによれば、打球角度が上向き10度で打球速度は最大となり、ホームランに最適な30度ではそれより10km/h程度遅くなる。(*1)

それを考慮し+10km/hのスイングスピードが必要と仮定すると、両翼100メートルのフェンスを越えるにはスイングスピード122km/h以上が、センター122メートルを超えるには143km/h以上が必要になってくると考えられる。





参考文献 :
 (*1) 科学するバッティング術 柳澤修・若松健太監修 英和出版社 (p39 図3) 
 (*2) BBMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ベースランニング平野裕一著
    ベースボール・マガジン社(図30)


素振りで測定する場合

自身のスイングスピードを素振りで測定する場合は、注意が必要である。

試合のように前から飛んでくる球を打つ時にはタイミングとコースを調整し、当てに行く動作が入る分だけ、スイングが鈍る。フルスイングしているつもりでも素振りに比べ、15km/hほどスイングスピードが遅くなる傾向がある。(*2) 

それを考慮してさらに+15km/hのスイングスピードが必要と仮定すると、素振りで測定したスイングスピードの場合、両翼100メートルのフェンスを越えるにはスイングスピード137km/h以上が、センター122メートルを超えるには158km/h以上が必要になる。

これはかなり高いハードルである。




 

2023年2月11日土曜日

第135回 2011年飛ばない統一球と、13年飛びすぎる球はどのくらい飛距離が違っていたか



飛ぶ飛ばない

ボールの飛ぶ飛ばないは、たびたび議論になります。

特にNPBでは、2011年の飛ばない統一球、およびそ13年前半の飛びすぎるボールが問題となりました。


統一球

統一球は、国際大会のボールに近づける目的で導入されました。

それまでの複数メーカーから納入されていた試合球は、ミズノ社一社に統一されました。

2011年シーズンから導入され、まず最初の問題が発生します。

急に、打球が飛ばなくなりました。

ホームランが激減し打率は急降下、極度の投高打低となったシーズンは、広いナゴヤドームと中継ぎ初のMVP浅尾投手を擁する中日ドラゴンズのセリーグ2連覇という結果に象徴されます。



シーズン60HR

次の問題が2013年、シーズン前半に発生します。

今度は、やたらと打球が飛ぶようになったのです。飛びすぎるようになったのです。

おかしい、と訴える選手会に対しNPB側は、ボールは変えていない、と回答しますが、のちに嘘がばれて叩かれます。統一球は野球ファンから加藤球と呼ばれ揶揄されました。

この年はヤクルトのバレンティン選手が、不可侵とされていた王さんの記録を塗り替えるシーズン60HRを放ちました。


反発係数

このときの飛ぶ飛ばないは、ボールの「反発係数」の違いが原因だと言われています。

そのためNPBは一連の騒動後の2015年、ボールの反発係数について「0.4134を反発係数の目標値とする」と定めています。(*1)


では、2011年の飛ばないボールと13年の飛びすぎるボール、これらの反発係数はどれくらいだったのでしょうか。

NPBのホームページでは、検査の結果「2011年ナゴドで反発係数0.411、13年神宮球場が0.416」であったと記載されています。(*2)

これは信用できるでしょうか。


Wikipediaの記事からは「2011年は0.408、13年は0.426」だったと読み取ることもできます。(*3)


       参考Webサイト

(*1) 統一試合球に関する規則改正について | NPBからのお知らせ | NPB.jp 日本野球機構

(*2) プロ野球統一試合球 平均反発係数検査結果(2011年) | NPBからのお知らせ | NPB.jp 日本野球機構

(*3) ボール(野球)-Wikipedia


今回は、反発係数の違いにより、打球の飛距離がどのくらい変わるのか計算してみます。

2段階で、まずそれぞれの反発係数で打球速度を算出し、次に打球速度から飛距離を求めます。


打球速度計算

反発係数の値を2011年シーズンは0.408、13年は0.426、15年以降は0.4134と仮定します。

その他条件は、投球速度130km/h、スイングスピード140km/h(芯部速度119km/h)で共通とします。


計算結果は以下のようです。

反発係数vs打球速度 打球速度シミュレータver2.1


反発係数vs打球速度計算結果

2011年の低反発球(e=0.408)の打球速度は167km/hです。

2013年の高反発球(e=0.426)は171km/hです。

2015年以降の現行球(e=0.4134)は169km/hです。

同じように打っても11年と13年ではボールの違いにより打球速度が4km/h違っていたことになります。


打球軌道計算

上記の打球速度をインプットとして、軌道計算で飛距離を求めます。

その他条件は共通で、打球角度上向き25度、1500rpmのバックスピン回転とします。


計算結果は以下のようです。

反発係数vs飛距離 軌道シミュレータver3.2

2011年の低反発球は飛距離124メートルです。

13年の高反発球は128メートルで、15年以降の現行球は125メートルです。

11年の飛ばないボールと13年の飛ぶボールでは、同じように打っても飛距離が4メートル違っていたことになります。

11年の球なら122メートル先のセンターフェンス直撃していた打球が、13年ではフェンスの3メートル上を通過しゆうゆうホームランになります。

15年以降の現行球ではフェンスを越えるか超えないかぎりぎりのところです。


4メートル

120メートル飛ぶ内の4メートルは3%程度の差ですが、ホームランになるかならないかでは結構影響してくるのかもしれません。

というのも、広いと言われるバンテリンドーム(ナゴヤドーム)の左中間が116メートルで、狭いと言われる東京ドームが111メートルで、その差5メートルです。

知らぬ間に変えられていたボール一つで、それに近い違いが生じていた可能性があるわけです。





2023年2月4日土曜日

第134回 ロングティーでフェンスを越えたら




ホームランを打つための練習として「ロングティー」がある。冬場のオフシーズンによく行われる。

トスされた球を、広いグランドに向かって、思い切りフルスイングで角度をつけて飛ばす。

ネットに向かって打つ通常のティー打撃と違い、打球の軌道や飛距離を確認しながら打つことができる。


飛ばない打球

やってみると分かることだが、ロングティーはフリーバッティングに比べ打球が飛ばない。

打ちやすい球でフルスイングで真芯でとらえているのに、手ごたえとは裏腹に飛距離が伸びない。

これは、投球の反発力がないからである。

壁当てで速い球をぶつければ、跳ね返ってくる球も速くなる。バッティングも同様である。前から高速で飛んでくる球を打つほうが、緩いトスを打つよりも強い打球が打てる。


打球速度計算

同じスイングスピードで打った時、フリーバッティングのように前から飛んでくる球を打った時と、ロングティーのようにトスされた球を打った時で、打球速度がどれくらい違うのか計算をしてみる。

計算条件はフリーバッティングの投球速度を130km/hとし、ロングティーは簡潔に0km/hとする。
スイングスピード(ヘッドスピード)を135km/h、反発係数を0.4134で共通とする。

計算結果は以下のようになった。

ロングティー打球速度

フリーバッティングの打球速度は166km/hとなった。対して、ロングティーは137km/hである。

同じスイングスピードでも、ロングティーでは打球速度が30km/h弱遅くなる。


飛距離の軌道計算

この30km/hの打球速度の差は、飛距離ではどのくらいの違いになるだろうか。
打球を軌道計算してみる。

計算条件は、打球速度は上記の打球速度シミュレータver.2.1の値とし、打球角度は上向き30度、毎分1500回転のバックスピン回転とする。

軌道計算結果は以下のようになった。

ロングティー、フリーバッティング飛距離比較

フリーバッティングの飛距離は127メートルで、ロングティーは99メートルとなった。
フリーではセンターフェンスを越えるのに対し、ロングティーではポール際フェンスの手前にバウンドする。

同じスイングスピードで打っても、ロングティーでは28メートルも飛距離が落ちる。

大違いである。


試合ではHRになる

ロングティーでどう頑張ってもフェンス越えできないからといって、もうアベレージヒッターでいいやと考えるのは早計である。
フェンスの手前まで飛んでいれば、試合では投球の反発力が加わって飛距離がアップしホームランとなる可能性がある。

またもしロングティーで100メートル先のフェンスを越えられるようになったら、その時、試合ではバックスクリーン直撃弾が打てるほどのとんでもないパワーが身についているということになる。

ロングティーでフェンスを越すのは、フリーバッティングで場外弾を打つのと同じくらい難しい。越えられるのは本物のパワーヒッターのみである。