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2024年8月3日土曜日

第164回 ホームランを打ちたいならセンターに打つな、引っ張れ

 


引張り8割、センター返し1割5分

プロ野球のホームランはほとんどが、引っ張った打球です。右打者ならレフトへ、左打者ならライトへの打球です。

センター返しでのホームランはめったに見られません。

NPB全体では443本のホームランの内、引張りが354本で80%を占めます。センターへのホームランはわずか65本で15%にすぎません(*1)

センター返しをするよりも引っ張った方が5倍以上ホームランになりやすいということです。


個人でみても

個人でみても同じです。

去年41HRで本塁打王を獲得した巨人岡本和真選手はレフトおよび左中間へのホームランが36本で、センターと右中間は2本ずつだけです(*2)。引っ張りが88%を占めています。

中日の田中幹也選手が身長166cm体重68kgというプロ野球選手とは思えない小柄な体格でありながら、今シーズンすでに2本の本塁打を放っていることは称賛に値します。その2本はいずれもレフトポール際へ、高く打ち上げた打球でした。

アベレージヒッターのレジェンドであるイチロー選手は現役時代、試合前のフリーバッティングでスタンドにぽんぽんと打球を放り込むこんでいたことはよく知られています。打球速度がしっかり出ていることを確認するのが目的で、試合用の打ち方とは変えて、いつもライト方向へ引っ張っていました。


遠くのセンターより近くのレフト

引張った方がホームランになりやすい理由は明白です。

両翼はフェンスまでの距離が近く、センターは遠いからです。

プロ野球の標準的な球場では両翼100メートルで、センター122メートルです。

センターにホームランを打とうとすれば22メートルも余計に、遠くまで飛ばさなければなりません。

そのためにはより大きな打球速度が必要です。

計算上センター方向にホームランを打つためには、レフト・ライト方向に比べて打球速度が20km/h余分に必要です。

下図は打球角度と回転が最適条件の場合(上向き30度、2500rpmのバックスピン)で、ホームランを打つために、最低限必要な打球速度の計算結果です。



いつも不思議に思うのですが、センターへの大飛球がウォーニングゾーンでキャッチされたとき、解説者は「少しつまった分、もうひと伸びたりませんでしたね」とか、「泳がされた分だけ、最後に失速しましたね」とか、「迷いがあったから、打球にも力がありませんでしたね」とか、あるいは風や雨のせいだと言います。
「センターに飛んでしまいましたからね。もう少し横に打っていればホームランでしたね。」とは、なぜか言いません。

当たり前すぎることは、かえって言及されないのかもしれません。

大谷翔平選手はセンター方向にもホームランを量産しますが、それはたびたび報じられるように打球速度が桁外れだからです。170km/h台は当たり前で、180km/h台も頻繁に記録します。例外中の例外なので普通の一流のパワーヒッターが参考にしてはいけません。
それに彼にしても最初からセンターを狙っているわけではなく、右中間を中心に打ち返していく中で、狙いからずれてセンター方向に飛んでしまっても入ってしまうというだけです。

当たり前すぎるがゆえに忘れられがちなので、あえて言います。
「ホームランを打ちたいならセンターに打つな。引っ張れ」
ポール際に高く打ち上げろ。
それでファールになったり、外野フライに終わったなら致し方なしです。
トータルではそれが最も確率の良い方法です。
通算で何百本も打ったレジェンドたちはみんなそうしていました。


逆方向は満足感だけ

ホームランの打球方向は引張りが80%、センター返しが15%で、逆方向は残りの5%です。

逆方向への打球は、センター返し以上にホームランになりません。打球速度が遅いためです。

それでも逆方向へのバッティングを好む選手がいます。
逆方向へ打つにはテクニックが必要とされるため、うまく打てると高い満足感が得られます。玄人からも称賛されます。
それが落とし穴になっている気がします。

どんなにうまく打ってもしょせんシングルヒットです。得点期待値は高くありません。弱い打球を打っても長打は期待できないし、相手投手も怖がらないため四球も増えません。中軸を打つ選手はそれではだめです。

石川昴弥選手は今シーズンのオープン戦でホームランを打ちました。変化球に泳いだ決してよくないスイングで、打球も上がりすぎのように見えました。それでもレフトポール際へ飛んだ打球はバンテリンドームの高いフェンスを越えてしまいました。
まじめすぎて大成しない選手の場合には、こんなのでもいいんだという、気づきと開き直りが必要なのかもしれません。





なぜセンターは広いのか

さて、ではなぜ野球場のセンターは両翼より広くなっているのでしょうか?

ソフトボールのように一律の距離ではいかんのでしょうか。


これについてはもはや、誰も理由を知りません。野球創成期にそう決まって今日まで続けられています。

ネット検索しても図書館で調べてもお年寄りに聞いても分かりません。これという理由がないのでうんちくとして語られることもなく、クイズにもならず、また理由が分からないので反論を受けて改善されることもありません。

なぜそうなっているか誰も知らないからとりあえずそのままにしておこうは、仕事中にもよく出会いますね。


説1 飛距離が出るから

それでも有力な説はあります。

最有力候補は「センター方向は打球の飛距離がでやすいから」です。

(a)打球速度

センター返しの方が打球速度が出る、その分飛距離が出る。公平を期すためにセンターを広く調整した、といわれています。

実際どうでしょうか。

大学生の調査(*3)ではシンの速い球を打った時にはセンター返しの方が打球速度が速い(引張り113.4km/h、センター返し119.2km/h)という結果が出ています。センター返しで打球速度5.7%アップです(119.2/113.4=1.057)。

ただし反対の結果もあります。

(*3)において手投げの緩い球を思い切り打った時には、引張りの方がむしろ速かったそうです。

また別の資料を当たると、参考文献(*4)では反発係数と摩擦係数の小ささから、引張りの方が打球速度が速いと考えられています。

Baseall savantのillustlaterで大谷翔平選手や鈴木誠也選手の打球にEV100mph以上のフィルターをかけてみるとセンターにも引張り方向にもまんべんなく分布しています(*5)。右中間、左中間を中心に分布しているので、引張りと言えるかもしれません。

道具の性質と選手の動作の両方がかかわる問題で複雑なため、どちらが速いのかはっきりとした決着はまだつけられないようですが、とりあえずここでは説1を裏付ける根拠として(*3)のマシンの結果を使ってセンター返しの方が速いとして先に進めます。


(b)ボールの回転軸

また別の研究では打球方向により、ボールの回転軸が異なりそれが飛距離に影響しているという結果が報告されています。(*6)(*7)

センター返しの方がきれいなバックスピン回転に近いため真っすぐよく飛びます。引張りはバットが斜めに当たりサイドスピンがかかるため、打球が曲がってしまい飛距離が落ちます。

引張りの打球は、ゴルフでいうフックがかかりがちです。

ポールに向かって一直線に飛んでいった打球が、最後の最後で曲がって切れてがっかり、はプロ野球観戦につきものです。7/19の中日×巨人戦の7回、岡本和真選手が高橋宏斗投手から打った打球がまさにそれでした。あっぶねとつぶやいた高橋投手の笑顔と、その直後に裏をかいて続けたカーブが印象的でした(*9)

参考文献(*7)によれば、打球速度100mph(≒160.9km/h)、上向き25-30度、バックスピン成分2000-3000rpmの打球では、サイドスピン成分のないきれいな縦回転の場合では飛距離が400ft(≒121.9m)です。それに対し、サイドスピンが1500rpm加わってしまうと385ft(≒117.3m)まで落ちてしまいます。回転の違いが打球方向の違いによるものとすれば、センター返しで飛距離3.9%アップです(121.9/117.3=1.039)。

ちなみにセンター返しでも打球は完全に真っすぐ飛んでいくわけではありません。シュートする方向、ゴルフで言うところのスライスをしています。右打者であればセンター返しした打球はライト方向へ曲がっていきます(*8)。参考動画(*10)は、ソフトボールでティー打撃ですが、センター方向へ打ち上げた打球がスライスしているのがよく見て取れます。バットは水平ではなく、ヘッドがグリップよりも下がった状態で打つため、完全なバックスピンにならず少しシュート回転がかかると考えられます。回転軸だけを考えれば引張り方向の左中間、右中間がもっとも横回転が少なく真っすぐ飛んで飛距離が出やすい可能性があります。


(c)トータル

飛距離が打球速度に比例するとしてざっくり概算してみます。

(a)と(b)の増加率を掛け合わせると、センター返しの打球は引張りに対して約10%飛距離がアップすることになります(1.057×1.039=1.099)。

引張りで100mの飛距離が、センター返しなら110mの飛距離になるというわけです。

両翼フェンスが100mで、センターフェンスが122mですから、全然届かないですね。



厳しすぎるハンデ

センター返しの方が打球が飛ぶというのが真実だとして、その調整のためにセンターが両翼より深くなっているのだとしても、10mの飛距離アップに対して22mフェンスを下げるのはやりすぎです。

割に合いません。

体重超過したボクサーを、ペナルティーとして両腕を縄で縛った状態でリングに上げるようなものです。

過度なハンデを課されたセンターへの大飛球はホームランになることを許されず、外野手のグラブにおさまることを運命づけられました。


公平性or多様性

ホームランに公平性を求めるならば、今からでもセンターフェンスを前に出すようにルール変更するのもありだと思います。ベースの大きさをあっさり変えてしまえるMLBのフットワークの軽さなら不可能ではないと思います。ホームランテラスを左中間、右中間につけたような感じで、センターにつけてみてもいいかもしれません。

また反対にソフトボールでは両翼とセンターが同距離のために、センター方向ばかりにホームランが出るようならば、センターフェンスを少し下げるべきです。


とはいったものの、両翼とセンターの距離の違いにより外野手の守備範囲に差が生まれ、それが起用される選手タイプの多様性につながっているのもまた事実です。

広いセンターには岡林選手のような俊足強肩の選手が配置され、狭いレフトには細川選手のような鈍重なパワーヒッターが配置されます。フェンス距離が同じソフトでもセンターは俊足、ライトは強肩、レフトは打力も重視というセオリーは同じようですが、野球ではより強調され、それがまた魅力の一つになっています。

もし外野手3人がみな同じようなタイプの選手になってしまったら、ちょっと寂しいかもしれません。



説2 土地の有効活用

さて、長くなってきて蛇足かもしれませんが、もう一つの説です。簡潔に。

土地を有効活用するためです。

正方形に内接する円が面積に占める割合は、約78.5%(π/4≒0.785)です。この割合は1/4にカットした、90度分の扇形でも同じです。

ソフトボール場のようにセンターと両翼の距離を同じにすると正方形の土地の21.5%、1/5以上を使わず無駄にしてしまいます。

もっと広い面積をグランドとして使えるようにセンターを深くしようぜ、だけど角があるとプレーしづらいから両翼となめらかにつないどこうぜ、というわけです。

この観点では、狭い東京に建設された東京ドームが四角い形をしているのは合理的です。


*****

センターが広い理由については他にもいろいろ説があると思います。そういうのをあれこれと考えるのもまた、つきることのない野球の楽しさの一つです。


ではまた。




参考文献:

 (*1) 中日スポーツ 2024年7月9日 2面

 (*2) Sluuger特別編集 2024プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社

 (*3) 異なる投球速度が大学野球選手の打球速度に及ぼす影響 鈴木智晴(鹿屋体育大学)他

 (*4) BMMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ランニング 平野裕一著

 (*5) Baseball Savant 大谷選手鈴木誠也選手

 (*6) 野球日誌

 (*7) Why Does a Fly Ball Carry Better to Centerfield? Alan Nathan

   (*8) 野球の打球の初速度・方向とその飛距離との関係について 及川研

 (*9) 中日スポーツ 巨人・岡本和の大ファウルを逆利用…中日・高橋宏を支える『度胸』ナックルカーブ連投で追い込み空振り三振に

 (*10) qooninTV 【弾道オバケ】日本代表4番のソフトボールを飛ばすコツ|飛距離60mアップでホームラン連発


第163回 ソフトボールのホームラン打球速度は何キロか、野球と比較

 

近いフェンス

ソフトボールと野球のルールの違いの一つに、外野フェンスまでの距離があります。

ソフトボールは女子一般が67.06メートル、男子一般が76.20メートルです。野球はプロ野球の標準的な球場で両翼100メートル、センター122メートルです。

これはそのホームランに必要な打球飛距離の違いであり、打者の能力としては打球速度の違いとして求められます。

ソフトボールの方がフェンスまでの距離が近いため、野球ほどの打球速度は必要ないことが予想されます。試合で飛び交う打球を目視しても野球より遅いのは明らかです。

ではソフトボールでホームランを打つためにはどのくらいの打球速度があれば十分でしょうか?

今回はソフトボールでホームランを打つために必要な打球速度を軌道計算で求めてみます。


ソフトボールホームランの軌道計算

[計算条件]

ソフト・野球の各フェンスを越える飛距離となるときの打球速度を求めます。

球速以外の条件は飛距離を出すのに適した上向き30度と完全なバックスピン回転の組み合わせで、回転数はソフトが1000rpm、野球1500rpmとします。

飛距離アップのためには高く打ち上げることと、バックスピン回転を与えることが重要である(*1)のは野球と同じです。

シミュレータへのインプット値は以下のようです。

ボールの違いも考慮しました。抗力係数CDおよび揚力係数CLの値は参考文献(*2)の計算式に基づいています。

ソフトホームラン入力値

[計算結果]

計算結果は以下のようです。

参考に各外野フェンスも表してあります。距離は上述の通りで高さはソフトが1.2メートル、野球は4.8メートルとしています。

ソフトボールホームラン打球速度

ソフトボールでホームランを打つために必要な打球速度は女子一般で120km/h、男子一般で130km/hとなりました。


野球より遅い

ソフトボールのホームラン打球速度は野球よりも20~30km/h遅い、という結果になりました。

順番的にはソフトボールの方が野球よりも打球速度がでないため、それに合わせ外野フェンスが近く設定されています。

打球速度が遅いのはソフト選手の能力が劣るせいではなく、道具の、バットとボールの問題です。

大谷翔平選手の特大ホームランよりも、そこらへんのプロゴルファーのティーショットの方が遠くまで飛ぶのと同じです。


大学生で95km/h、トップでも110km/h弱

女子ソフトボール選手が120km/hの打球速度を出すのは、どれくらい大変でしょうか?

プロ野球の感覚になれていると大したことないと思いがちですが、そんなことはありません。

打球速度の実測データによると、大学女子ソフトボール部員で90km/h強が最大です(*3)(*4)

JDリーグの選手でも110km/h弱(*5)です。(JDリーグは"Japan Diamond Softball League"の略で、参加しているのは社会人チームです。女子大生ではないです。)

120km/h以上出すのはソフトボール強国日本の、国内トップリーグ選手でも容易ではないレベルだということです。


同じ速度帯

ホームランを打つのに必要な打球速度は、トップレベル投手の投球速度とちょうど同じ速度帯になっています。

野球でもホームランを打つために必要な打球速度と、トップレベル投手の球速が近い値になっています。

高速で飛んできた球が、同じぐらいの高速で打ち返され遠くまで飛んでいく。

それがソフト・野球をプレーおよび観戦する人間が無意識下で、楽しさや心地よさを感じる要因の一つになっているのかもしれません。


ではまた。



参考資料

 (*1) qooninTV 【弾道オバケ】日本代表4番のソフトボールを飛ばすコツ|飛距離60mアップでホームラン連発

 (*2) ソフトボールの打球解析と防球ネット解析 長島慎二 NLABO.BIZ

 (*3)  大学女子ソフトボール選手における後方トス・バッティング練習が打撃パフォーマンスに与える即時的影響 嘉屋 千紘,熊野 陽人

 (*4) 大学ソフトボールにおけるホワイトボールとイエローボールの違いについて 河邉 まな美

 (*5) 女子ソフトボールチームに対するスポーツ科学サポート 澤井 拓実  公益財団法人岐阜県スポーツ協会岐阜県スポーツ科学センター 表1


2024年6月23日日曜日

第157回 OPSに盗塁を加味するとどうなるか

 


OPSの低いアベレージヒッター

打者の能力は長打率と出塁率を足し合わせた、OPSで評価されるのが一般的になりました。

この指標は長打率が高い長距離打者に有利な指標です。シングルヒットの多いアベレージヒッターは、打率が悪くなくても長打率が低いためOPSが小さくなります。

OPSが広まるほどアベレージヒッターは低く評価されるようになり、プレースタイルを悪く言われているのを聞くと少し悲しい気持ちになります。

アベレージヒッターを擁護するよい方法はないものでしょうか。

その一案として盗塁が挙げられます。

「シングルヒットでも盗塁をすれば二塁打と同じ」というわけです。


これを考慮してOPSを計算しなおしたらどうなるか、というのが今回のテーマです。


OPSに盗塁を加味する式

以下のような計算式を考えてみました。

 長打率=塁打数/打数 → 長打率a=(塁打数+盗塁-盗塁死)/打数

 出塁率=出塁/(打数+四死球+犠飛) → 出塁率a=(出塁-盗塁死)/(打数+四死球+犠飛)

 OPS=長打率+出塁率 → OPSa =長打率a+出塁率a 

盗塁成功したら塁打数が一つ増え、盗塁失敗したら塁打数と出塁数が一つずつ減るとしました。

盗塁成功したらシングルヒットが二塁打になり、盗塁失敗したらシングルヒットが凡打になるとして扱います。


4/5盗塁王

では実際の選手の成績を使って計算してみましょう。

誰が良いでしょうか?

盗塁と言えば、あの選手ですね。

2018年にドラフト1で指名されると、ルーキーイヤーの19年から昨23年までの直近5年間で4度も盗塁王を獲得した阪神タイガース近本選手です。

彼の23年の成績は長打率.429、出塁率.379、OPS.809ともともと十分立派な数字です。

これに盗塁成功28、失敗3を考慮して上記の式で計算しなおしてみます。

結果は、長打率a.479、出塁率a.374、足してOPSaは.853となりさらにアップします。

非常に良いとされるランクBのOPS.833以上に入ってきます。


レッドスター

かつて阪神には近本選手以上のスピードスターがいました。

2001年から05年まで5年連続盗塁王、NPB歴代9位の通算381盗塁を記録した赤星憲広選手です。

星野監督のもと18年ぶりにリーグ優勝した2003年のデータを使って計算します。

元のOPSは.752です。

これは良いとされるランクCのOPS.767以上に少し届かず、並とされるランクDの評価になります。

これに盗塁61、失敗10を加えて計算すると、OPSa.828となります。

大きくアップしてランクBのOPS.833以上に近い値まで上昇します。


レジェンド2人

近本選手を令和の盗塁王とするなら、平成と昭和は誰でしょうか?

平成はMLB通算509盗塁のイチロー選手、昭和はNPB歴代1位の通算盗塁数1065を誇る福本豊選手ですね。(異論はあると思います。)

この2人はどうでしょうか。

イチロー選手をMLB史上最多のシーズン262安打を放った2004年のデータで計算します。

元の値はOPS.869で、ランクBです。

これに盗塁36、失敗11を加えると、OPSa.890となります。

もともとがランクBと高いことと失敗が11と多いのでそれほど上昇しませんでした。


福本豊選手をNPB史上最多のシーズン106盗塁を記録した1972年のデータで計算します。

元の値はOPS.852で、こちらもランクBです。

これに盗塁106、失敗25を加えると、OPSa.977となります。

素晴らしいとされるランクAのOPS.900以上を軽く超えました。



パワーヒッターが得点能力で輝く一方で、アベレージヒッターの俊足もまた、野球の多様性と魅力を形作ります。

MLBのルール改正(ベース拡大&牽制回数制限)により盗塁が増えることで、この魅力はさらに増すことでしょう。

俊足功打の選手たちがダイヤモンドを駆け巡る姿を、これからも楽しみましょう。


***********
野球の魅力は数字に表れることが多いですよね。
走塁能力を数値化する試みはすでに行われており、例えばRC (Runs Created) や wSB (Weighted Stolen Bases) などがあります。ブルーバックス(*1)でも詳しく解説されています。
でも、私たち一般ファンにとっては、それらの式はまるで古代の遺跡に刻まれた謎の符号のように難解です。
専門家たちは、得点や勝率との関連性を解き明かすために、より高度な指標を追求します。しかし、その結果、式は複雑怪奇なものになりがち。
そこで、私は思いました。「もっとシンプルに、もっと楽しく!」と。
今回の式なら、誰でもエクセルで簡単に計算できます。あなたのお気に入りの選手がどれだけチームに笑顔をもたらしているか、今すぐチェックしてみませんか?

 参考文献(*1) 統計学が見つけた野球の真理  鳥越規央著 講談社 2022年発行

2023年9月16日土曜日

第154回 東京ドーム天井直撃弾の打球速度はどのくらいか?

 

天井直撃弾

東京ドームで、天井に打球を直撃させたことのある選手は誰でしょうか?

大谷翔平選手、ゴジラ松井秀喜さん、55発アレックス・カブレラなど。

いずれも超がつくパワーヒッターばかりです。

天井の高さは計算上、打球が絶対当たらないように設計されました。

彼らは設計者の予想を上回る打球を打ってしまいました。


天井の高さ

東京ドームの天井の高さは、最高部で地上56.2メートルです。

グランド面は地面から下へ5.5メートル掘り下げられています。

そのため、グラウンド面から天井までの高さはこれらを足して61.7メートルとなります。(*1)

天井高さは一様ではなく大きな玉子のように湾曲しながら、ホームからセンター方向に向かって下がっていきます。

下図は、TOKYO DOME CITYホームページ記載の雨水貯留システム図(*1)を参考に推定した天井のラインをプロットしたものです。

センターフェンスの上では35メートルほどまで下がっています。


なお上図はセンターラインの断面でありレフト、ライト方向へ行くほどもう少し低くなっています。

また、旧スピーカー位置はネット画像からの推定です。


参考Web
 (*1)東京ドームシティHP
 https://www.tokyo-dome.co.jp/dome/about/


ラルフ・ブライアント

さて、天井直撃した選手と言われたら、近鉄バッファローズのラルフ・ブライアントを思い浮かべた人もいるのではないでしょうか。

彼が当てたのは天井ではなく、天井からつるされたスピーカーです。

(ひっかけ問題みたいですみません。)

そのスピーカー直撃弾は史上初の、認定ホームランになりました。

今はもうブライアント選手は引退し、近鉄はオリックスに吸収合併され、スピーカーは2016年の巨人創立80周年記念事業でより音質のよいものに替えられた際撤去されてしまいました。

さみしい気がしますが、ブライアント伝説はいつまでも残ります。



どこが当てやすいか

天井やスピーカーに当てるには相当高く、打球を打ち上げなければなりません。

そのためには大きな打球速度が必要です。

ホーム付近は天井高さが最も高いため当たりにくくなっています。

高さだけ考えればセンター方向に打った方が有利です。

しかしセンター方向へ行くほど、水平方向にも遠くまで飛ばさなければなりません。

一長一短です。

どこへ打っても大きな打球速度が必要になります。

今回は軌道計算で東京ドームの天井に当てるにはどのくらいの打球速度が必要であるか求めてみます。



東京D天井直撃弾の打球軌道計算

打ち出すときの打球上向き角度を80,60,45,40,30度と5パターンで変えて、それぞれで天井に当たるときの打球速度を求めます。

センター方向への打球で、毎分1500回転のバックスピン回転とします。


[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。




[計算結果]

計算結果は以下のようになりました。

東D天井直撃弾

上向き80度、垂直に近いとても高い角度、で打ち出した場合、155km/h以上で天井に当たります。これは天井に当たらなければ浅い内野フライなるような打球です。

上向き60度、これもかなり高い角度、で打ち出した場合は160km/h以上です。これは当たらなければ大きな外野フライになります。

上向き45度の場合175km/h以上で天井に当たります。これは天井に当たらなければ、飛距離133メートルで特大のホームランとなります。

40度では182km/h以上が必要で、飛距離は143メートルです。これも当たらなければ特大ホームランです。

今回の結果によれば、ブライアントのスピーカー直撃弾はこのレベルかそれ以上の打球だったことになります。

認定ホームランになったのは正当な評価です。



遠くへ打つほど大きな打球速度が必要

低い角度で遠くに打つほど必要な打球速度は大きくなっていきます。

上向き30度では200km/h以上となりますが、この打球速度を出した選手は存在しません。実質的に当てるのは不可能です。

真上に打った方がより小さい打球速度で当てられます。

しかしこれも難しいです。

投球もスイング軌道も水平に近い中で、垂直に近い角度で打ち上げるためにはボールの中心から外れた位置を打つ必要があり、打球速度が出にくくなります。

プロの選手なら打球速度155km/hは珍しくありませんが、これをほぼ真上に向かって打てる選手はいません。

(そもそもそんな打球を打とうとしませんが)

つまりは、打球がどの角度で飛んでも当たりにくいようになっています。

センター方向に向かって天井が低くなっている形状は、打球が当たるのを回避するうえで実に理にかなっています。

もちろんこれはたまたまそうなっているわけではなく、計算ずくでそのように設計した建築家の匠の技によるものです。



では、また。



2023年8月19日土曜日

第153回 打球がツーシーム回転だと飛距離はどのくらい落ちるのか?


2シームは落ちる変化球

2年ほど前、東京工業大学が「2シームは4シームに比べ落ちる変化球になる」ということを数値計算により証明しました。

バックスピン回転であっても、ボールが一回転する間に下向きの揚力が発生する瞬間があることが発見されました。
一回転を平均した上向き揚力は2シームの方が弱く、落下量が大きくなります。

同じ150km/h,回転数1100rpmのバックスピン回転の場合、2シームは4シームに比べホームベース上で19cm下を通過するそうです。(*1)

2シームでバックスピン回転で落ちる変化球といえば、DeNA山崎康晃投手などが得意としているいわゆる亜大ツーシームが有名ですが、その威力が証明されたことになります。


参考資料
(*1)東工大HP
https://www.titech.ac.jp/news/2021/049312

(*2)野球投手が投じる様々な球種の運動学的特徴
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/advpub/0/advpub_16021/_pdf (図6)

(*3)Slugger特別編集 2023プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社 

(*4)新・なんJ用語集
https://wikiwiki.jp/livejupiter/%E4%BA%9C%E7%B4%B0%E4%BA%9C%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB



打球は2シーム、4シームどちらか?

では、打球はどうでしょうか?

ホームランを狙う場合、ボールの中心から少しだけ下を打ちます。

これにより上向き角度をつけると同時に、バックスピン回転を与えて飛距離をアップさせています。

このとき打球の回転は2シームでしょうか、4シームでしょうか?

東工大の結果を打球にも当てはめれば、2シーム回転の打球は4シーム回転より上向き揚力が弱く飛距離が落ちる、ということになります。


推測

回転軸を単純化して傾きがないとして考えると、以下のようになるのではないかと推測されます。

投球が2シームでバックスピン回転の場合に、ボールの下側を打撃して、一塁側から見て左回りのバックスピン回転をかけて打ち返すと考えると、このとき打球は2シーム回転で飛んでいきます。

同様に考えると、投球が4シームの場合、打球のバックスピン回転は4シームになります。


他の球種では、カットボールは4シームの握りからジャイロ回転に近い回転軸(*2)で投げられますので、打ち返した打球のバックスピン回転は2シームになります。

縦カーブはトップスピン回転で、4シームで投げられるため、打ち返した打球は4シーム回転になります。


この推測が正しいとすれば、2シームとカットボールを投げた時、打たれた打球は2シーム回転で飛んでいくので上向き揚力が弱く、飛距離が減ることになります。

2シームとカットボールはホームランを打たれにくいことになります。

4シームと縦カーブはホームランを打たれやすいことになります。



亜大ツーシームの実績

実際のところはどうでしょう。

DeNA山崎投手は22年シーズン4本の本塁打を打たれて、そのうちストレート(4シーム、投球割合51.7%)が2本、スプリット(亜大ツーシーム、投球割合44.2%)が2本です。(*3)
本塁打の打たれやすさは同程度でした。

ソフトバンクの東浜巨投手は同年、ストレート(4シーム、投球割合41.4%)で5本、シンカー(亜大ツーシーム、投球割合27.6%)で2本、カットボール(投球割合22.5%)で6本の本塁打を打たれています(*3)
ツーシームの方がやや打たれにくい一方で、カットボールは打たれやすくなっています。


ホームランの打たれやすさは回転の縫い目だけでなく、ボールの上っ面を叩きやすいなど他の要因もかかわっています。
ボールの回転軸も、バットの当たり方も3次元的でもっと複雑です。
投球の球種により打球のバックスピン回転が2シームになるか4シームなるか決まるという推測を断定するのは現状難しいようです。


ちなみに亜大ツーシームは東浜投手が開発して九里亜蓮投手(現広島)に教え、それを九里投手が山崎投手に教えたそうです。
東浜投手はシンカーと呼んでいたのですが、わずか2回の伝言ゲームでツーシームに変わってしまいました。
呼び名の変遷については参考web(*4)に詳しく書かれており面白いです。





2シーム回転の打球軌道計算

さて、今回は打球がバックスピン回転で飛んでいくとき、2シーム回転と4シーム回転でどのくらい飛距離が変わるのか、軌道シミュレータで計算してみます。

[計算条件]

打球角度は上向き30度とします。その他条件は前回の投球時と同様とします。

打球速度は150km/h,回転軸は完全なバックスピン回転で共通とし、以下の3条件で計算します。2シームの値は東工大の計算結果そのものではなく、前回こちらで再現したものです。

・4シーム、回転数2230rpm。
 揚力係数CL=0.189,抗力係数CD=0.402(スピンパラメータSP=0.21)
・4シーム、回転数1100rpm。CL=0.098,CD=0.383(SP=0.10)
・2シーム、回転数1100rpm。CL=0.015,CD=0.383



[計算結果]

計算された150km/h、バックスピン回転の各打球の軌道は、以下のようです。

参考に、東京ドームの外野フェンスも追記しました。


4シーム,1100rpmの打球飛距離は110メートルになりました。
2シーム,1100rpmでは103メートルです。

2シーム回転の打球は飛距離が7メートル減る、という結果になりました。

4シームの打球は、ポール際なら両翼100メートルのフェンスを越えてホームランになります。右・左中間ならフェンスの足元まで飛び、それよりも外側の近いフェンスなら直撃します。

これが2シームだと、フェアゾーンのどこへ打ってもホームランになりません。ポール際以外ではフェンスまで届きもしません。


上下位置で比較

100メートル位置で比較すると4シームは地上9.6メートルを通過し、2シームはフェンス高さより低い2.8メートルです。

投球ならホームベース上で19センチの上下差になる両者は、打球なら両翼フェンス上で6.8メートルの上下差になります。


回転数倍増より影響大

また、4シーム同士の場合、回転数が2230rpmだと飛距離115メートルになり右・左中間でもホームランになります。

1100rpmが110メートルなので、回転数倍増により飛距離は5.7メートルアップします。

回転数をある程度まで増やすことは、打球の飛距離をアップさせるに有効です。

しかしそれでも今回の結果によれば、回転数を倍増するよりも、回転が2シームか4シームかの方が打球飛距離への影響が大きい、ということになります。



つまりや風にまぎれて潜む

打球の回転が2シームか4シームかは、選手にも見ている人にも、ほとんど意識されていないように思います。

芯でとらえたか、タイミングが合っており泳がず強いスイングができたか、打球速度、打球角度、センター方向かポール際か、風が向かい風か追い風か、など打球飛距離を伸ばしホームランになる可能性を高めることに影響する要因はいくつかあります。
それらは認識され、選手がコントロールできるものはできる限りし、結果が顧みられています。

一方で打球にかかったバックスピン回転が、2シームか4シームかは打者が狙ってコントロールしようとすることもなく、結果がどうだったか確認されることもなく、意識にも話題にも上がることはありません。


完璧なスイングで打った瞬間いったと思った打球が、フェンス手前で失速して外野フライに終わる。
こんな時解説者は「少しだけつまりましたね」などの理由を言います。

あるいは、打った瞬間は外野フライと思われた打球が、意外や意外にぐんぐん伸びてフェンスを越えてしまった。
こんな時解説者は「うまく追い風に乗りましたね」などの理由を言います。

実際言われる通りなのでしょうが、その失速や伸びの内の何割かは、打者のコントロール外の2シーム4シーム回転の影響が混じっているのではないかと考えられます。





では、また。






2023年7月15日土曜日

第151回 東京ドーム、神宮球場、バンテリンドーム。左中間・右中間のホームランの出やすさはどのくらい違うか?



ホームランの出やすい球場

日本で一番ホームランの出やすい球場はどこでしょうか?

神宮球場はフェンスまでの距離が近くホームランが出やすいと言われています。

東京ドームは左中間・右中間フェンスのふくらみが小さく、やはり出やすいと言われています。

反対にバンテリンドームナゴヤでは、それらのふくらみが大きくフェンスも高いので日本一ホームランが出にくい球場だと言われています。


今回はこれら球場の左中間・右中間でどのくらいホームランの出やすさが違うのか軌道計算で比較してみます。


パークファクター

実績をもとにホームランの出やすさ、出にくさを表した「パークファクター」という指標があります。
1が普通で、1より大きいほどホームランが出やすくく、1より小さいほど出にくいことを表します。

22年シーズンの実績では、東京ドームが1.27、神宮球場は1.47(*1)と他の球場より多くホームランがでています。

一方バンテリンドームは0.74で、イメージ通りホームランが出ていません。
同レベルの低さを誇っていた札幌ドームから日本ハムが去ってしまい、お友達がいなくなってしまいました。


参考資料
(*1)Slugger特別編集2023プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社


バンテリンドーム ナゴヤ


バンテリンドームの左中間・右中間は本当に深くてホームランが出ません。

打った瞬間入ったと思った打球がフェンスに当たり、のけぞって苦悶する立浪監督の顔を、今シーズンもう何度も見ています。

名古屋城を木造にする金があるなら、バンテリンドームにホームランテラスをつけてくれ、と中日ファンは願っています。

同心円できれいな形をしたあのフェンス、
個人的には結構好きなのですがね。



東京ドーム


私が最後に東京ドームに行ったのはGWか夏休みか、日にちは忘れましたが、入り口でオレンジ色のユニフォームをもらいました。

巨人ファンじゃないので着るのをためらっていたら変に目立ってしまって、恥ずかしい思いをしたのを覚えています。

5回が終わった時に谷繁が通算3000試合出場で花束をもらって、その時巨人が3-0で勝っていたので機嫌のよい巨人ファンからも温かい拍手が送られました。

そのあと、平田が3ランを打って同点に追いつきました。右中間への当たりで三塁側内野席から打球の軌道が良く見えました。

最後は高橋周平がエラーして負けましたが、よい一日でした。ユニフォームは叔父にあげました。また行きたいです。


神宮球場


シーズン最多本塁打、日本人シーズン最多本塁打、唯一の複数回トリプルスリー。いずれも神宮球場を本拠地とした近年のヤクルト在籍選手が記録しています。

長距離砲を育てる球場です。




スペック


東京ドーム、神宮球場、バンテリンドームナゴヤのスペックを見てみましょう。

以下のようです。(wikipedia調べ)

  両翼 左・右中間 中堅フェンス高さ
 東京ドーム 100 m 110 m 122 m 4.24 m
 神宮球場 97.5 m 112.3 m 120 m 3.3 m
 バンテリンドームナゴヤ 100 m 116 m 122 m 4.8 m
 
神宮球場は狭い上にフェンスも低くなっています。ホームランが出やすいのももっともです。

しかし、よく見ると左中間・右中間フェンスについては東京ドームの方が神宮球場よりも近くにあります。

プロットすると以下のようです。



バンテリンのフェンス、ブルーモンスターは遥か後ろに仁王立ちです。



左中間・右中間へのホームラン軌道計算


では東京ドーム、神宮球場、バンテリンドームナゴヤで左中間・右中間方向へのホームラン軌道を計算します。

各球場のフェンスに対し、超えてホームランなるために必要な打球速度を同条件で計算し、ホームランの出やすさを比べます。

[計算条件]

打球角度は上向き30度、回転数2000rpmのバックスピン回転とします。
x軸をホームから左中間・右中間方向にとっています。

それぞれのフェンスをぎりぎり超える軌道を求めます。


[計算結果]

計算結果は以下のようです。


東京ドームの左中間でぎりぎりホームランになる打球速度は150km/hです。
神宮球場ではこれよりわずかに大きく151km/hです。

なんと左中間・右中間については東京ドームの方が神宮球場よりもホームランになりやすい、ということが分かりました。びっくりです。


バンテリンで必要な打球速度は156km/hです。神宮球場よりも5km/h余分に速い打球でないとホームランになりません。軌道のスケールも他二つより一回り大きくなっています。

神宮球場、東京ドームでぎりぎりホームランになる打球をバンテリンで打った場合、フェンスの手前でバウンドします。

フェンス直撃すらしません。

ブルーモンスターの足元にも及ばないというわけです。




レフト戦・ライト線へのホームラン軌道計算

レフト線・ライト線ではどうでしょう。
同じ条件で計算してみました。

[計算結果2]


こちらはイメージ通り、神宮球場が最も入りやすくなっています。




2023年7月1日土曜日

第150回 野球の例え言葉はどのくらい盛っているか?

 


ムーンショット

"Fly to the moon !!! "(月まで飛んでけ!!!) 

メジャーリーグの実況では特大ホームランを月まで届くような大飛球という意味で、「ムーンショット」と表現することがあります。

「ムーンショット」の他にも強い打球の比喩として「弾丸ライナー」、「火の出るような当たり」、「ピンポン玉のように飛んでいく」といった表現があります。

どれも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?


もちろん打球は外野席かせいぜい場外駐車場に落ちて、月までは飛んでいかず、ピストルの弾より遅く空中で燃え始めることもありません。

すごさを表現するために、ちょっと大げさに例えることはしばしばあることです。いわゆる"盛る"というやつです。

今回はこれらの例え言葉が実際の打球に比べどのくらい盛られているのか計算してみます。


ムーンショットの盛り率

大谷翔平選手が今日ついに150メートルを超える飛距離を記録しました。

100回の時の計算で超えられるはずだとは思っていたのですが、実際の映像を見るとやはりとんでもない軌道です。

150メートル超えは特大中の特大でメジャーでも数本しか記録されていません。

通常の特大ホームラン、ムーンショットと言われるような打球の飛距離は140メートルほどです。センター方向ならバックスクリーンかさらにはスコアボードを直撃するような大きな当たりです。

一方で、地球から月までの実際の平均距離は38万4400キロメートル(*1)です。

何倍違うか計算すると、

38,440,000/140=2,745,714倍

となります。

6桁も違います。100万倍以上です。

ずいぶんと盛られていますね。メジャーは盛り方もビックです。



アルバトロス

さて。ちょっと寄り道して、ゴルフの話を。

パー5のロングコースを2打でカップインすることを「アルバトロス」と言いますが、これも結構盛っています。

2打で入れるためにはティーショットの飛距離が不可欠ですが、ゴルフのドラコン記録は400ヤード(*2)、メートルで言うと366メートルぐらいです。

アルバトロスは、日本でアホウドリと呼ばれている海鳥のことです。

体に比べて異常に長い翼は翼面積と揚抗比に優れ、普通の海鳥は100kmも飛べば疲れて着陸して休むところ、1000kmをノンストップで渡り切ってしまいます。

盛り率を比べてみると、

1,000,000/366=2,734倍

です。

ゴルフは3桁盛っています。

流体力学的の観点から言えば、球形状が翼型にかなうはずがありません。




弾丸ライナーの盛り率

野球に戻ります。

日本では速い打球をよく「弾丸ライナー」と表現します。打球と実際のピストルの弾とではどれくらい速さが違うでしょうか。

メジャーリーグで記録された打球速度で最も速いものは190km/h台です。

一方ピストルの弾は、日本警察で採用されているP2000という拳銃で砲口初速は秒速350メートル(*3)です。

ほぼ音速と同じで、時速に直すと1260km/hになります。

比べてみると、

1,260/190=6.6 倍

となります。

ムーンショットに比べると控え目な表現です。日本人はつつましいですね。

銃身の長いライフル銃では力積になる加速距離が長いためもっと砲口初速は大きくなりますが、せいぜい1桁しか違いません。





火の出るような当たりの盛り率

速い打球に対しては「火の出るような当たり」という表現もします。投手なら「火の玉ストレート」です。

超高速で飛ぶ物体は空中で発火します。

マンガでよく使われる表現なので、聞いた人もイメージしやすいのではないでしょうか。

私はずっと勘違いしていたのですが、これは空気との摩擦熱が原因ではなく、物体前方で圧縮された空気の温度が上昇するために起こるそうです(*4)

エアコンの暖房と同じ仕組みです。

空気中で発火する速度というのは明確ではないため実際に発火現象を起こしている、隕石の速度を使用します。隕石の速度は秒速18キロメートル(*5)で、これは64,800km/hです。

打球の速度は先と同じく190km/hとして比べてみると、

64800/190=341 倍

となります。

2桁盛っています。





盛り比べ

上記三つの例え言葉の盛り率を比べると、以下のようです。

ムーンショットの盛りすぎが目に余ります。


第二宇宙速度

少し擁護(?)するために、ムーンショットも同じ速度の土俵で比べてみます。

実際にロケットで月まで飛んでいくためには、地球の重力を振り切る必要があります。

これに必要な速度には「第二宇宙速度」というおしゃれな名前がついており、40300km/h(*6)です。

これと190km/hの打球を比べると、ムーンショットの盛り率は

40,300/190=212倍となります。

火の出るような当たりと同レベルに収まりました。(だからなんだという話ですが。)




ピンポン玉のように飛んでいく

さて、最後は「ピンポン玉のように飛んでいく」です。

この表現は多くの野球ファンから突っ込まれたせいか、最近の若いアナウンサーはほとんど言わなくなりました。

ピンポン玉で野球をやって遊んだことのある人は経験あると思いますが、減速が大きくて全然飛びません。

ピンポン玉は軽いので少しの空気抵抗でも大きく減速されてしまいます。

D=m×a 

(ここで、D:抗力(空気抵抗)、m:ピンポン玉重量(慣性質量)、a:ピンポン玉の加速度(減速度))

野球ボールに比べ直径が小さいため抗力Dは小さいのですが、それ以上に重量mが小さく慣性が小さいので、加速度aが大きくなりすぐ減速にしてしまいます。


ピンポン玉のように飛んでいくの軌道計算

ピンポン玉を野球のホームランと同じ条件で飛ばしたら、どれくらい飛ぶでしょうか?

軌道計算で求めてみます。


[計算条件]

球速150km/h、バックスピン回転で回転数2700rpm、上向き30度で飛び出すとします。

ピンポン玉は抗力係数CD=0.50,揚力係数CL=0.25(スピンパラメータSP=0.5)(*7)とします。

参考資料(*7)はRe=3.0×10^4のデータで、今回の条件ではRe=1.1×10^5ですがRe=10^3~10^5の範囲ではCD,CLはReの値に依らずほほ横ばいになることが知られているため本計算では同じ値を使用しました。

野球はCD=0.41,CL=0.21(SP=0.23)とします。



[計算結果]

計算結果は以下のようです。

ピンポン玉軌道


野球の飛距離117メートルに対して、ピンポン玉は18メートルしか飛びません。ピッチャーフライです。

軽くて慣性も重力も小さいので、前半の軌道はバックスピン回転によるマグナス力によって大きく上へ曲がり浮き上がります。後半落ちてくるときは+x方向にもマグナス力が働くため、野球のように上凸ではなく、わずかに下凸の軌道となります。野球では見られない変な軌道です。


というわけで「ピンポン玉のように飛んでいく」は盛っておらず、むしろ控え目な表現です。

マイク・トラウトを捕まえて「アメリカの稲村亜美」と表現するようなものでしょうか。


ちなみに子供のころやったことがあるのですが、ピンポン玉を野球のバットで思い切り打つと、割れます。


ではまた。



参考Webサイト
(*1) Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E8%BB%8C%E9%81%93

(*2)ゴルフダイジェスト社
https://www.golfdigest.co.jp/digest/event/longdrive/past/

(*3) Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/H%26K_P2000

(*4)JAXA
https://iss.jaxa.jp/kids/faq/kidsfaq10.html

(*5)千葉工業大学
http://www.perc.it-chiba.ac.jp/kiji/20130220-RussiaMeteor-wada/Russian_meteorite_FAQ_20130220.htm

(*6)wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E9%80%9F%E5%BA%A6

(*7)並列計算技術の数値流体力学への応用
https://i.riken.jp/download/Q18260.pdf#:~:text=%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%84%E5%8D%93%E7%90%83%E3%81%A8,%E3%81%95%E3%82%8C%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%EF%BC%8E



2023年5月20日土曜日

第147回 サッカーボールの軌道計算③ ゴールキック vs 野球のホームラン

 

ゴールキックと野球のホームラン

サッカーのゴールキックは途中で相手選手に触られないよう、できる限り遠くまでノーバウンドで飛ばすように蹴ります。

Jリーグのプロ選手の場合、ハーフウェイラインを余裕で飛び越し相手陣地まで達します。

しかし、それでも野球のホームランほどの飛距離はでません。

日本代表選手がキックベースをとんねるずの番組で横浜スタジアムで行った際は、フルパワーで蹴ってようやく茶色のエリアの後ろぐらいまでの飛距離でした。



空気抵抗の違い

サッカーボールのほうが飛距離が出ないのは、野球ボールよりも空気抵抗による減速が大きいことが主な要因です。Jリーグ選手の身体能力がプロ野球選手よりも劣るわけではありません。

空気抵抗による減速が大きいのはサッカーボールの方が野球ボールに比べ、大きさのわりに軽いためです。

ボールが空気から受ける抗力Dは下式で表されます。

        (A:断面積、ρ:空気密度、v:球速、CD:抗力係数)

概算してみます。

サッカーボールの直径は野球ボールの3倍ほどなので、断面積Aはその2乗で9倍ほどになります。
サッカーボールの抗力係数CDは野球の1/2倍ほどです。(*1)
従って同じ球速の場合、サッカーボールのほうが4.5倍(=9/2)強い抗力を受けます。

抗力を重量で割った値が、加速度になります。
サッカーボールの重量は野球の3倍ほどです。
従って同じ球速の場合、サッカーボールのほうが野球ボールよりも1.5倍(=4.5/3)大きく減速します。


    参考webサイト
    (*1) https://gigazine.net/news/20140619-magnus-effect-world-cup-ball/
    (*2) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvs1990/24/93/24_93_104/_pdf


ゴールキックの軌道計算

サッカーのゴールキックと、野球のホームランでどのくらい飛距離が違うのか軌道計算してみます。

ゴールキックの球速は120km/hとします。
抗力係数はCD=0.2,揚力係数は毎秒4回転のバックスピンでCL=0.07(*2)とします。
ゴールラインの5.5メートル前にあるゴールエリア端から、上向き30度で蹴り出されるとします。

野球のホームランは150km/h、毎分2500回転のバックスピンでCD=0.41、CL=0.21、上向き30度で打ち出されるとします。

計算結果は以下のようになりました。

ゴールキックの軌道計算

サッカーのゴールキックは77メートル地点までノーバウンドで飛ぶ、という結果になりました。
50メートル地点のハーフウェイラインを軽々超え、ワンバウンドで100メートル地点の相手ゴール目前までいって、フォワードがうまくやればその球を直接シュートして決めることもできそうです。

それでも野球のホームランに比べると全然です。

Jリーグのゴールキーパーが野球場にやってきて、ホームベースにサッカーボールを置いて、思い切り蹴っても外野フェンスを越えることはできません。普通の外野フライ程度です。

NPBのパワーヒッターがサッカー場のゴール前でフリーバッティングをしたら、打球は相手ゴールの遥か上を飛び越していきます。

ボールの飛距離に関しては野球に軍配が上がります。






2023年5月13日土曜日

第146回 ファールで逃げるとき両足が空中に浮いているのはなぜか

 


ジャンプしてファールで逃げる

2000安打に向け順調にヒットを積み重ねている大島洋平選手は時折、曲芸のような打ち方をします。

スローVTRで見てびっくりしたのですが、打つ瞬間両足が地面から浮いています。

一度だけでなく何度もやっているので、たまたまではなく、意図的にジャンプして打っているようです。

他の選手も、ごく少数ですが、左のアベレージヒッターで同じことをしている人がいます。

多くは2ストライクに追い込まれた状態から、アウトコースの球をファールで逃げるときにこの打ち方をします。

ジャンプしながら打つとアウトコースの球をファールで逃げやすくなるとしたら、それはなぜでしょうか?


空中の扇風機

これはおそらく、扇風機の首振り機能と同じではないかと考えられます。

扇風機の首振りスイッチをオンにすると、頭が左右に回転します。(下図左)

当たり前のことだと思われるかもしれませんが、これは下の土台が床の上にあり、固定されているからこそなのです。

回転運動でも、直線運動と同じく作用反作用が働きます。

頭を回そうとするのと同じ大きさで反対方向のトルクが土台にも作用しています。

床上においてあるとき、土台は摩擦力による反力で動かないように固定され、頭のみが回転します。


その証拠に、取っ手をつかんで持上げると頭は固定されて動かなくなり、自由になった土台部分だけが反対方向に回ります。(図中)

では、手を離し、空中に浮いているときはどうなるでしょうか?

頭も土台も固定されていなければ、両方が回転します。ただし、頭の回転の勢いは床上のときよりも弱くなります。

(壊れるといけないので実際にはやらないでください。)



浮いて回転を弱める

打者のスイングもこれと同じです。

扇風機の頭が上半身、土台が下半身に対応します。トルクを生み出すのは腹筋背筋など体幹の筋肉です。

通常は強いスイングをするため、床上の扇風機のように下半身をしっかり使いトルクに負けないようにすることで、上半身を勢いよく回転させます。

打者がバッターボックスの土をならすのも、スパイクに歯がついているのも地面からの反力をしっかり得るためです。


アウトコースの厳しい球がきて、最初に予定していた通りの強いスイングをそのまま続けると合わないとき、上半身の回転を弱めて調整する必要があります。

そのために、ジャンプして両足を空中に浮かせいるのだと推測されます。


左のアベレージヒッター限定

両足を浮かせる打ち方は普通の人はまねしない方がよい打ち方です。難易度が高い動きでこれをやろうと意識しすぎると、打ち方がおかしくなる恐れがあります。

また自分が見た限り、この打ち方をするのは左のアベレージヒッターに限られているようです。

長距離砲では打つ瞬間、踏み出し足から頭までが一直線で捕手方向に傾いた姿勢になる傾向にあり軸足に体重がかかっているため、両足ジャンプは難しくなります。しかもジャンプは強いスイングをあきらめる打ち方です。

また右打者の場合は、右打ちするとき右足を背中の方に引くことで体の回転を弱める選手が多いようです。





2023年2月25日土曜日

第137回 重いバットはホームランを打つのに有効か?

 


ホームランを打つためにバットを、より重いものに変えることは有効だろうか?


バット30g増の打球速度計算

バット重量を変えた場合で打球速度計算を行う。

計算条件はヘッドスピード135km/h、投球速度130km/h、反発係数0.4134とする。

900gと930gのバットでの計算結果は以下のようである。


900gのバットでの打球速度165.5km/h、930gでは166.9km/hとなった。

30gのバット重量増加に対し、打球速度の増加は1.4km/hである。


バット重量vs打球速度

バット重量30g増はスイングする打者の体感では、かなりの違いとなる。

その割に打球速度への効果は小さく、わずか1.4km/hの増加にとどまる。

バット重量の増加率3.3%に対して、打球速度の増加率は0.8%と小さい。

打球速度シミュレータver2.0の打球速度u1の計算式④みると理由が分かる。分子と分母の両方にm2があるため、打ち消しあって効果が出にくい。


800gから1000gの打球速度計算

バット重量を800gから1000gまで変えた場合の、計算結果を以下に示す。

その他の条件は先と同じである。

バット重量vs打球速度


この範囲においては、バットが100g重くなるごとに打球速度は5km/h上がる

バット重量増加につれて打球速度は際限なく上がり続けるわけではない。バット重量を無限大まで増加させても、打球速度は213km/hで頭打ちになる。



スイングスピード

バット重量増加による打球速度アップは、ある程度の効果がみられる。

注意すべきは、上記は同じスイングスピードでの計算結果だということである。

打者がバットに与える力積が一定であればバットが受け取る運動量も一定のため、バットの重量に反比例してバットの速度は遅くなる。

打者の力量を越えるバット重量増加はスイングスピード低下を招くだろう。

バット重量増加によるプラスが、スイングスピード低下のマイナスを下回れば逆効果でしかない。

下記の追加計算結果から、バットを30g重くしてもスイングスピードが1.3km/h遅くなってしまうと、効果が相殺され、打球速度は変わらないということが分かる。


そのため、バットを重いものに変える際は、前後でスイングスピードを計測し低下がないことを確認してから採用すべきである。

バット重量増加が必ずしも良い結果につながるとは限らない。スイングスピードの低下が大きければ打球速度はかえって遅くなる。

実際、金属バットの高校野球では守備側の安全性確保のため、打球速度を落とす目的で、バット重量は900g以上という規定が設けられている。またプロ野球では、西武山川選手など操作性アップのために先端をくりぬき、軽くする方が現在主流である。

バットはすでに十分重いのである。







2023年2月18日土曜日

第136回 ホームランを打つために必要なスイングスピード

 



ホームランを打つためには打球速度が大きいことが必須であり、そのために一定以上のスイングスピードが求められる。

では、どのくらい必要だろうか。


必要な打球速度

ホームランを打つために必要な打球速度は、140km/hである。

これは最低限である。140km/hでは打球角度と回転が最適条件かつ、最も距離の近いポール際へ飛んだ時に限り、フェンスを越えることができる。

フェンスまでの距離が最も遠いセンター方向へホームランを打つには、160km/h以上の打球速度が必要となる。

以下は、最適条件(打球角度上向き30度、毎分2500回転のバックスピン回転)での、打球軌道計算結果である。

打球速度の飛距離の相関
打球速度vs飛距離 (第30回)


飛距離は打球速度にほぼ比例する。


必要なスイングスピード

ホームランを打つために必要なスイングスピードは、上記の打球速度を出すために必要なスイングスピードである。

スイングスピードと打球速度の関係は以下のようである。投球速度130km/h、反発係数0.413の条件で打球速度計算を行った。



打球速度140km/hを出すためには、スイングスピード112km/hが必要である。

打球速度160km/h出すには、スイングスピード133km/hが必要である。


角度と回転をつけるために

飛距離を出すためには打球速度だけでなく、適度な打球角度とバックスピン回転も求められる。

そのためにボールの中心より少し下を打つが、そうすると上のグラフよりも打球速度は落ちる。

実測データによれば、打球角度が上向き10度で打球速度は最大となり、ホームランに最適な30度ではそれより10km/h程度遅くなる。(*1)

それを考慮し+10km/hのスイングスピードが必要と仮定すると、両翼100メートルのフェンスを越えるにはスイングスピード122km/h以上が、センター122メートルを超えるには143km/h以上が必要になってくると考えられる。





参考文献 :
 (*1) 科学するバッティング術 柳澤修・若松健太監修 英和出版社 (p39 図3) 
 (*2) BBMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ベースランニング平野裕一著
    ベースボール・マガジン社(図30)


素振りで測定する場合

自身のスイングスピードを素振りで測定する場合は、注意が必要である。

試合のように前から飛んでくる球を打つ時にはタイミングとコースを調整し、当てに行く動作が入る分だけ、スイングが鈍る。フルスイングしているつもりでも素振りに比べ、15km/hほどスイングスピードが遅くなる傾向がある。(*2) 

それを考慮してさらに+15km/hのスイングスピードが必要と仮定すると、素振りで測定したスイングスピードの場合、両翼100メートルのフェンスを越えるにはスイングスピード137km/h以上が、センター122メートルを超えるには158km/h以上が必要になる。

これはかなり高いハードルである。




 

2023年2月11日土曜日

第135回 2011年飛ばない統一球と、13年飛びすぎる球はどのくらい飛距離が違っていたか



飛ぶ飛ばない

ボールの飛ぶ飛ばないは、たびたび議論になります。

特にNPBでは、2011年の飛ばない統一球、およびそ13年前半の飛びすぎるボールが問題となりました。


統一球

統一球は、国際大会のボールに近づける目的で導入されました。

それまでの複数メーカーから納入されていた試合球は、ミズノ社一社に統一されました。

2011年シーズンから導入され、まず最初の問題が発生します。

急に、打球が飛ばなくなりました。

ホームランが激減し打率は急降下、極度の投高打低となったシーズンは、広いナゴヤドームと中継ぎ初のMVP浅尾投手を擁する中日ドラゴンズのセリーグ2連覇という結果に象徴されます。



シーズン60HR

次の問題が2013年、シーズン前半に発生します。

今度は、やたらと打球が飛ぶようになったのです。飛びすぎるようになったのです。

おかしい、と訴える選手会に対しNPB側は、ボールは変えていない、と回答しますが、のちに嘘がばれて叩かれます。統一球は野球ファンから加藤球と呼ばれ揶揄されました。

この年はヤクルトのバレンティン選手が、不可侵とされていた王さんの記録を塗り替えるシーズン60HRを放ちました。


反発係数

このときの飛ぶ飛ばないは、ボールの「反発係数」の違いが原因だと言われています。

そのためNPBは一連の騒動後の2015年、ボールの反発係数について「0.4134を反発係数の目標値とする」と定めています。(*1)


では、2011年の飛ばないボールと13年の飛びすぎるボール、これらの反発係数はどれくらいだったのでしょうか。

NPBのホームページでは、検査の結果「2011年ナゴドで反発係数0.411、13年神宮球場が0.416」であったと記載されています。(*2)

これは信用できるでしょうか。


Wikipediaの記事からは「2011年は0.408、13年は0.426」だったと読み取ることもできます。(*3)


       参考Webサイト

(*1) 統一試合球に関する規則改正について | NPBからのお知らせ | NPB.jp 日本野球機構

(*2) プロ野球統一試合球 平均反発係数検査結果(2011年) | NPBからのお知らせ | NPB.jp 日本野球機構

(*3) ボール(野球)-Wikipedia


今回は、反発係数の違いにより、打球の飛距離がどのくらい変わるのか計算してみます。

2段階で、まずそれぞれの反発係数で打球速度を算出し、次に打球速度から飛距離を求めます。


打球速度計算

反発係数の値を2011年シーズンは0.408、13年は0.426、15年以降は0.4134と仮定します。

その他条件は、投球速度130km/h、スイングスピード140km/h(芯部速度119km/h)で共通とします。


計算結果は以下のようです。

反発係数vs打球速度 打球速度シミュレータver2.1


反発係数vs打球速度計算結果

2011年の低反発球(e=0.408)の打球速度は167km/hです。

2013年の高反発球(e=0.426)は171km/hです。

2015年以降の現行球(e=0.4134)は169km/hです。

同じように打っても11年と13年ではボールの違いにより打球速度が4km/h違っていたことになります。


打球軌道計算

上記の打球速度をインプットとして、軌道計算で飛距離を求めます。

その他条件は共通で、打球角度上向き25度、1500rpmのバックスピン回転とします。


計算結果は以下のようです。

反発係数vs飛距離 軌道シミュレータver3.2

2011年の低反発球は飛距離124メートルです。

13年の高反発球は128メートルで、15年以降の現行球は125メートルです。

11年の飛ばないボールと13年の飛ぶボールでは、同じように打っても飛距離が4メートル違っていたことになります。

11年の球なら122メートル先のセンターフェンス直撃していた打球が、13年ではフェンスの3メートル上を通過しゆうゆうホームランになります。

15年以降の現行球ではフェンスを越えるか超えないかぎりぎりのところです。


4メートル

120メートル飛ぶ内の4メートルは3%程度の差ですが、ホームランになるかならないかでは結構影響してくるのかもしれません。

というのも、広いと言われるバンテリンドーム(ナゴヤドーム)の左中間が116メートルで、狭いと言われる東京ドームが111メートルで、その差5メートルです。

知らぬ間に変えられていたボール一つで、それに近い違いが生じていた可能性があるわけです。





2023年2月4日土曜日

第134回 ロングティーでフェンスを越えたら




ホームランを打つための練習として「ロングティー」がある。冬場のオフシーズンによく行われる。

トスされた球を、広いグランドに向かって、思い切りフルスイングで角度をつけて飛ばす。

ネットに向かって打つ通常のティー打撃と違い、打球の軌道や飛距離を確認しながら打つことができる。


飛ばない打球

やってみると分かることだが、ロングティーはフリーバッティングに比べ打球が飛ばない。

打ちやすい球でフルスイングで真芯でとらえているのに、手ごたえとは裏腹に飛距離が伸びない。

これは、投球の反発力がないからである。

壁当てで速い球をぶつければ、跳ね返ってくる球も速くなる。バッティングも同様である。前から高速で飛んでくる球を打つほうが、緩いトスを打つよりも強い打球が打てる。


打球速度計算

同じスイングスピードで打った時、フリーバッティングのように前から飛んでくる球を打った時と、ロングティーのようにトスされた球を打った時で、打球速度がどれくらい違うのか計算をしてみる。

計算条件はフリーバッティングの投球速度を130km/hとし、ロングティーは簡潔に0km/hとする。
スイングスピード(ヘッドスピード)を135km/h、反発係数を0.4134で共通とする。

計算結果は以下のようになった。

ロングティー打球速度

フリーバッティングの打球速度は166km/hとなった。対して、ロングティーは137km/hである。

同じスイングスピードでも、ロングティーでは打球速度が30km/h弱遅くなる。


飛距離の軌道計算

この30km/hの打球速度の差は、飛距離ではどのくらいの違いになるだろうか。
打球を軌道計算してみる。

計算条件は、打球速度は上記の打球速度シミュレータver.2.1の値とし、打球角度は上向き30度、毎分1500回転のバックスピン回転とする。

軌道計算結果は以下のようになった。

ロングティー、フリーバッティング飛距離比較

フリーバッティングの飛距離は127メートルで、ロングティーは99メートルとなった。
フリーではセンターフェンスを越えるのに対し、ロングティーではポール際フェンスの手前にバウンドする。

同じスイングスピードで打っても、ロングティーでは28メートルも飛距離が落ちる。

大違いである。


試合ではHRになる

ロングティーでどう頑張ってもフェンス越えできないからといって、もうアベレージヒッターでいいやと考えるのは早計である。
フェンスの手前まで飛んでいれば、試合では投球の反発力が加わって飛距離がアップしホームランとなる可能性がある。

またもしロングティーで100メートル先のフェンスを越えられるようになったら、その時、試合ではバックスクリーン直撃弾が打てるほどのとんでもないパワーが身についているということになる。

ロングティーでフェンスを越すのは、フリーバッティングで場外弾を打つのと同じくらい難しい。越えられるのは本物のパワーヒッターのみである。