2022年2月26日土曜日

第108回 45度vs30度。飛距離最大はどちらか?



食い違い

野球でホームランを狙ったり、遠投で記録を測る際はできるだけボールの飛距離を大きくしようとします。そのためには球速やバックスピン回転に加えて、打ち出す、あるいは投げ出すときの上向き角度もまた重要です。

トラッキングデータによれば、上向き30度のとき最も飛距離が大きくなり、ホームランが出やすいという傾向があります。

そういうと、「あれ、45度じゃないの。そう習ったけど。」と思う人が、いるかもしれません。

確かに、高校物理の教科書を見ると、45度のとき飛距離が最大になると書かれています。

この食い違いは一体なんでしょうか。どちらが正しいのでしょうか?


どちらも

トラッキングデータは実現象を測定した結果なので、正しいです。

また教科書は確立、検証がきちんとなされた物理学の計算式に基づいており、正しいことが書かれています。

結局のところ、これはどちらも間違っておらず、どちらも正しいです。ただ、条件が異なるだけです。

高校物理の教科書を見ると、必ず「ただし、空気抵抗は無視できるものとする。」との一文が添えられています。空気抵抗がない場合、45度が飛距離最大になります。(細かいことを言うと、これは発射位置と落下位置の高さが同じ場合です。)

しかし、大気中を高速で飛んでいく野球ボールは、無視できないほどの空気抵抗を受けます。ブレーキとして働く抗力と、回転により軌道を曲げようとする揚力です。

この空気抵抗を受ける場合は、30度が飛距離最大になります。(細かいことを言うと、これは適度なバックスピン回転で上向き揚力が作用する場合です。)

空気抵抗の有無により、飛距離を大きくするための最適角度は変わってくるわけです。

(140km/h、バックスピン回転2500rpm。第30回で行った打球軌道計算結果)



45度が最大になる理由

空気抵抗が無視できる場合、なぜ45度で飛距離が最大になるのでしょうか?

詳細な説明は教科書を見れば書かれていますので、結論だけ言うとθ=45度のとき、sin(2θ)が最大値をとるからです。

球速vの垂直成分v・sinθが大きいほど、重力で地面に落ちてくるまでの時間が長くなります。

また水平成分v・cosθが大きいほど同じ時間内で前に進む距離が大きくなります。

この2つが大きいほど飛距離は大きくなるのですが、θが大きくなるほど前者のsinθが大きくなるのに反して、後者のcosθは小さくなります。一方が大きくなると、もう一方が小さくなってしまうのです。

両者がどちらもそれなりに大きく、最も飛距離が大きくなる角度を探すと、水平と垂直のちょうど中間の45度、というシンプルな答えになります。(これは四角形の周囲の長さが一定のとき面積最大となるものを探すと、縦横の長さが同じ正方形という単純な答えにいきつくのと似ています。)

飛距離Lの式を数式で書くと以下のようです。

L = 2・v^2・cosθ・sinθ / g 

   = v^2・sin(2θ) / g  -①

(v:球速、θ:上向き角度、g:重力加速度)


空気抵抗が無視できる条件

さて、この地球上どこへ行っても空気は存在します。

では、「空気抵抗は無視できる」という条件下での飛距離計算式①は、テストで点をとるためだけのものであり、現実世界の現象を計算するのには全くの役立たずでしょうか?

というと、そこまでひどいものではありません。空気があっても、その影響が、重力による影響よりもずっと小さく無視できるならば、十分な近似として有用です。

どのような場合に空気抵抗を無視できるかと言うと、大きさのわりに重たいものを、遅い速度で飛ばす場合です。


重力。慣性と力のmは打ち消し合う

ボールの重量が145gである、と聞いた時、物理学を学んだ人は2つのものを思い浮かべます。

重力質量

一つは「重力質量」です。重力により下に引っ張られる力はこれに比例します。145gのボールには1gの一円玉よりも強い重力が働き、100kgの鉄塊よりも小さい重力が働きます。重力質量が大きいためです。

重力質量は、式で言うと

P=m・g

(P:重力、m:重力質量、g:重力加速度)

のmです。

慣性質量

もう一つは「慣性質量」(あるいは「力学質量」)です。外から力を受けたときの、運動の変化のしにくさを表します。145gのボールは片手でも加速できますが、100kgの鉄塊は両手で強く押しても全然加速されません。慣性が大きいためです。

慣性質量は式で言うと、

F=m・a(F:外力、m:慣性質量、a:加速度)

のmです。



重力を受ける運動において、ボールにかかる重力は重量質量mに比例して大きくなり、一方力を受けたボールの加速度は慣性質量mに反比例して小さくなります。幸いなことに、物理学の先人たち、エートベッシュやディッケなど、により両者の質量mは全く同じであることが確かめられているため、分子と分母のmは打ち消しあい、その結果重力を受けるボールの動きはその重量に関係なく同じになります。重量が大きいものは強い重力を受けますが、それと同じ分だけ慣性が大きく力を受けた時に加速されにくいため、依存しなくなるわけです。

上記の飛距離の計算式(①式)に、ボール重量(質量)mが出てこないのはこのためです。



空気力。∝1/m

空気抵抗によって受ける力、空気力はどうでしょうか?

ボールが受ける空気力の大きさはボール重量には無関係です。球速、断面積(直径)、回転などが影響します。

慣性(外から力を受けた時の運動の変化のしにくさ)は、先述のようにボール重量mに反比例します。

そのため、球速vが遅く、ボール重量mが大きいほど空気力による加速度は小さくなります。これが重力による加速度よりも2桁、3桁と小さければ「空気抵抗を無視」することができます。


遅くて、重いもの

野球のボールは100km/hを越える高速であり、重量がそれほど大きくないため、空気の影響をしっかりと受けます。

低速かつ重量が大きく、空気抵抗が無視できるようなものは何があるでしょうか?

真っ先に思い浮かぶものは、砲丸投げの砲丸です。しかも砲丸投げは飛距離そのものを競う競技です。今回のテーマにうってつけです。

バスケットボールも低速かつ重量大ですが、試合で飛距離を重視するスポーツではありません。

というわけで、今回は砲丸投げでは45度で飛距離最大になるのか、軌道計算を行います。





砲丸投げ、45度と30度の軌道計算

同じ条件で、リリース時の投てき上向き角度を45度と30度にした場合の軌道計算をし、その飛距離を比較します。

[計算条件]

球速はトップクラス選手を想定した45km/hとします。抗力係数CDは球体の一般値0.40を、揚力係数CLは砲丸投げでは押し出すようにして投げ回転がほとんどかかっていないことから0とします。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は、以下のようです。ボール特性の重量と直径は、砲丸のものを入力しました。



[計算結果]
上向き45度と30度で投てきした場合の、砲丸の軌道計算結果は以下のようになりました。
0.05秒ごとの砲丸の位置をプロットしています。

砲丸投げ45度vs30度

45度の飛距離は17.8メートル、30度は16.7メートルです。
45度の方が1.1メートル(=17.8-16.7 )大きくなりました。

重たくて遅い砲丸投げでは、空気抵抗を無視することができ、物理の教科書どおり45度の方が飛距離が大きいという結果が得られました。





陸上選手は40度弱

以下、長い余談です。

今回はこれで終わりにしようと思ったのですが、実際の砲丸投げの選手がどれくらいの角度で投げているのか、気になって調べてみたところ、40度弱の角度で投てきしているそうです。

45度でも、30度でもなく、40度弱です。

なぜ、飛距離最大となる45度でないのでしょうか?

これも、条件の違いによるものです。

45度が飛距離最大というのは、球速vが同じ場合という条件下でのものです。


角度と速度

①式に見るように、飛距離は球速vの2乗に比例して大きくなります。

野球で水平に投げるなら150km/h出せる投手でも、真上に向かっては投げづらく150km/hを出すことができません。

砲丸投げもこれと同じと推測されます。

45度から40度に、5度投てき角度を下げることにより球速vが上がり、それが角度のメリットを上回るためだと予想されます。

角度を5度下げることによる飛距離の低下率は、それほど大きくありません。
45度のsin(2θ)=sin(90度)=1.000に対し、40度ではsin(2θ)=sin(80度)=0.985であり、1.5%の減少です。
上記の飛距離17.8メートルなら、27cm(=17.8×0.015×100)の減少です。球速の増加による飛距離増加がこれを上回ればよいわけです。

というわけで、次は投てき角度を40度に下げ、球速を上げた場合の飛距離を軌道計算し、45度の場合と比較しててみます。


砲丸投げ、40度、球速アップの軌道計算

砲丸投げにおいて45度から40度に、5度投てき角度を下げることによりどれくらい球速が上がるのかはデータがなく不明です。そのため今回はそれほど大きくなく、キリが良い値として、仮に1km/hアップするとします。

[計算結果2]
この条件で先と同じように軌道シミュレータver.3.2で計算した結果は、以下のようです。

 砲丸投げ最適角度

40度、46km/hでの飛距離は18.6メートルとなりました。

45度、45km/hの場合を78cm(=(18.6-17.8)×100)上回りました。

わずか1km/hの違いのわりには大きな飛距離の差です。

また40度の方が飛距離が大きくなったのは、リリース位置よりも地面の方が低い位置にあることも影響しています。リリース位置と同じ高さまで落ちてきた後から地面に落ちるまでの間に関しては水平方向の速度成分が大きい方ほど飛距離が増えるため、投てき角度が低い方が有利になります。


というわけで、砲丸投げにおいて飛距離最大にするためには、空気抵抗を無視できかつ球速一定の場合の最適角度45度をベースにし、そこから少しずつ角度を下げていき実際に飛距離最大となる最適角度を探していく、と言うのがベストな解になります。




*****

村田兆治さんと落合博満さん。

ロッテで活躍した二人のレジェンドは、少年期に砲丸投げをやっており、それが軸足に体重を乗せて運ぶ独特のフォームとなって活かされました。

3キロのウエイトボールを砲丸投げのように投げることを繰り返すと、下半身の力を手に伝える感覚が養われます。さらに全身の筋力アップにもなるので、お勧めのトレーニングです。



では、また。



2022年2月19日土曜日

第107回 【問題】狙い球を変えるべきか、変えざるべきか


 

問題編

打席に立っているA選手は、高卒4年目で通算打率1割5分のぱっとしない成績です。今期はずっと2軍暮らしが続き、優勝もCSも決まった最終戦で、ようやく1軍初打席が回ってきました。

他の選手にはどうでもいい試合でも、A選手は必死です。ヒットを打てなければシーズン終了後の自由契約が確実で、この1打席が今後の選手生命をかけたラストチャンスだったからです。

ところが、あっさり2ストライクに追い込まれてしまいました。

相手投手はストレート、スライダー、フォークの3球種を同じ投球割合でバランスよく投げ込んできます。どの球も威力十分で、全ての球をマークしていてはとても打てません。そこでA選手は腹をくくり、山を張ることに決めました。

「よし、一番得意な真っ直ぐに絞って思い切り振ろう」そう決心しました。

緊張と強く振ろうという力みで、構えはがちがちです。それを見かねた相手捕手のB選手が小声で話しかけてきました。彼はA選手とは高校時代のチームメイトでともに甲子園に出場し、プロ入り後も毎年自主トレをともにしている間柄です。

「お前なに狙っとるんや?」

「真っすぐだ。それでだめなら俺は終わりだ。」

「...フォークは投げない。情けはこれだけだ、八百長はできん。」

投手は振りかぶり、投球動作に入りました。


さて、問題です。

A選手はどの球種を狙うべきでしょうか?最初のままストレートでしょうか、それともスライダー狙いに変えるべきでしょうか?

これは確率論の問題です。

B捕手は嘘をついていないので、フォークは来ません。また八百長はしないので、A選手が狙っていたストレートが来るか来ないかは教えませんでした。サインは会話の前に出されており、以降変更されていません。



解答編

B捕手が話しかけてくる前なら、話は簡単です。3球種なので、どの球を狙い球にしても同じ1/3の確率で当たります。どの球も"同様に確からしい確率"です。

B捕手が「フォークはない」と言ったことで、状況は変わります。選択肢が3つから、2つに減りました。

ここで「選択肢が2つならどちらを選んでも同じ1/2ではないか。ストレートでもスライダーでも同じ1/2の確率ではないか」と思いがちですが、これがそうではないのです。

ほとんどの人がここで騙されてしまいます。


この問題のポイントは「"答えを知っている"B捕手が、"A選手の選択した球種を知った後で”、はずれの選択肢を一つ消した」という所です。A選手の選択が当たりか外れかは教えず、またサインを出した球が来ないという嘘もつきません。この"意図的な操作"が入ることにより、完全に運任せの純粋な確率論と違ってくるのです。

答えを知っているB捕手がフォークはないと言っていたので、フォークが来る確率はゼロになりました。当たりは、残りのストレートかスライダーのどちらかになります。

つまり、「ストレートの確率+スライダーの確率 = 1」です。

これを書き換えると、「スライダーの確率 = 1 - ストレートの確率」です。答えに近づいてきました。

A選手は最初選択肢が3つありどれも等しい確率のときに真っすぐを選んだので、真っすぐがくる確率は1/3です。これはB捕手と話した後でも変わりません。なぜなら、B捕手はA選手が最初に選んだものを知っていて、それが当たりであっても、はずれであっても、いずれの場合も選択肢に残すからです。

従って、スライダーの確率は、1 - 1/3 = 2/3 となります。

最初のストレート狙いが当たる確率が1/3で、スライダー狙いに変えたら当たる確率は2/3です。スライダー狙いに変えた方が当たる確率が2倍高いのです。


というわけで、正解は「スライダー狙いに変えるべき」でした。






場合の数を正しく数える

上記の説明が分かりにくいという人のために。確率は場合の数を正しく数えるのがコツです。以下順を追って数え上げていきます。


①A選手ははじめストレートを選択(A)

このときサイン(S)はどの球種も等しい確率で出されているため、3回やれば以下3パターンが等しい確率で発生します。

    ストレート   スライダー フォーク   
 A ,S  
2 A S 
3 A  S


6回やれば同じものが2回ずつで、以下6パターンが等しい確率で発生します。

 ストレート    スライダー     フォーク       
     A, S  
2        A, S  
3 
4 
5 
6 



②B捕手が外す球種を選択(B)

B捕手はA選手の選択がはずれかどうかは教えず、またサインを出したものが来ないという嘘はつきません。従って、A選手が選択したものと、サインを出したもの、どちらも避けて外します。

パターン1,2では外すことができるものが2つあるので、スライダーを外すのと、フォークを外すのとが同じ確率で発生し1回ずつになります。パターン3,4では外せるものがフォークしかないのでどちらもフォークを外します。パターン5,6も同様でどちらもスライダーを外します。

結果、以下の6パターンが等しい確率で発生します。

 ストレート   スライダー    フォーク      
1        A, S  
2A, S B
3S
B
5
6B

③B捕手がフォークが来ないことを教える

最後にフォークが来ないことをA選手に教えます。これで、B選手がフォークを外すものとして選択したパターン2,3,4だけが残ります。スライダーを外したパターン1,5,6は起こらない未来となり、除外されます。

残った以下の3パターンが、等しい確率で発生します。これが問題編の状況です。

 ストレート    スライダー    フォーク      
2     A, S  
A


A選手が最初に選んだストレートが来るのはパターン2のみで、3回中1回です。最初に選ばなかったスライダーが来る確率はパターン3,4の2つで、3回中2回です。
ストレートがくる確率は1/3で、スライダーは2/3です。



モンティホール問題

もしかしたら、上記の説明を読んでも納得できないかもしれません。嘘だと思われるかもしれません。

この問題は「モンティホール問題」という有名なもので、当初は大学の数学教授でも間違う人がいたほどですから、無理もありません。

逆さに伏せた三つの紙コップのどれかにコインを隠し、誰かに当ててもらうゲームを数十回と繰り返せば、変えた方が2倍多い回数当てられることが確認できます。自分が当てる方を担当すれば、手品のように驚かせることもできます。


*****

野球は打率や勝率など、さまざまな確率計算と親和性の高いスポーツです。野球好きな人は数学嫌いが多いので少し残念です。両方好きな人がもっと増えればよいなと思います。



ではまた。





2022年2月12日土曜日

第106回 トップスピン回転カーブの軌道計算

 

セパNo.1先発投手のカーブ

オリックス山本投手と、中日柳投手。21年セ・パ両リーグのベストナインに選ばれた二人には共通点があります。カーブも決め球として使えることです。

2人のカーブをスローで見るとよく似た回転軸をしています。ほぼ垂直なトップスピン回転です。


トップスピン回転を投げる投手

カーブを得意としている投手の多くは垂直なトップスピン回転の球を投げています。中日小笠原投手、レイズのグラスノー投手、元レッドソックス岡島投手などです。カーブで三振をとれるタイプです。

回転が垂直であれば変化も垂直で横へはあまりスライドせず、縦に大きく割れるような軌道となります。昭和の頃にドロップと呼ばれていた球です。

一般的に変化球は横の変化よりも縦の変化の方が威力があると言われています。これはカーブにも当てはまるようです。

普通の投手が投げる普通のカーブの回転軸はスライド方向のサイドスピン成分が入っており、斜め下へ曲がっていきます。横へ曲がるようサイドスピン回転を入れると同時にジャイロスピン成分も多く混じってしまいます。結果、回転数のわりに揚力が弱く曲がりが小さくなります。カーブの投球割合が少なくカウント球にしか使われないタイプです。

今回はトップスピン回転のカーブと、スライド成分およびジャイロ成分の混じった斜めの回転軸をした普通のカーブの軌道を計算し、比較してみます。


トップスピンカーブの軌道計算

球速、回転数は同じで回転軸のみ変えた2つのカーブ軌道を計算します。普通のカーブはサイドスピン成分とジャイロスピン成分がそれぞれ45度混じっているとします。

軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。値はプロ野球の平均的な右投手を想定したものです。

[計算条件]

球速 v0=125[km/h], 回転数2600[rpm] , 抗力係数 CD=0.42, 揚力係数 CL=0.25
リリースポイント {x0,y0,z0}={1.9, -0.7, 1.8} [m]
リリース角度: 上向き θ=1.5度, 横向き Φ=1.7度

回転軸
トップスピン回転のカーブ :θs=90度 (z軸→x軸), Φs=90度 (x軸→y軸)
普通のカーブ:θs=45度 (z軸→x軸), Φs=45度 (x軸→y軸) 
 
投手方向から見た回転軸

 


[計算結果]

トップスピンカーブと普通の回転軸のカーブの軌道計算結果は、以下のようになりました。両者は同じリリース角度で投げられています。グラフ中の点は0.02秒ごとの、右端のみホームベース上(x=18.01m)におけるボール位置を表します。

トップスピンカーブ軌道計算結果



縦の落下量はトップスピン回転のカーブの方が29cm大きくなっています。ボール4個分ほどより大きく下へ変化しています。

横の変化量は普通の回転のカーブが41cmです。トップスピンカーブは横へは曲がらないためこれがそのまま両者の差になります。ホームベースの横幅と同じぐらいの違いです。同じリリース角度で投げられた球がそれぞれインコース、アウトコースの厳しいところへと分岐していきます。





3Dプロット動画

今回計算した2つのカーブをCADソフトで3Dプロットし、gif動画にしました。参考に145km/hのストレートを真ん中に投じたものも追加しました。

スピードは実際と同じにしてあります。

トップスピンカーブ3Dプロット


こうしてみてもやはりトップスピン回転の縦のカーブの方が不自然な軌道で打ちにくそうですね。




ではまた。







2022年2月5日土曜日

第105回 高めのカーブは通用しないのか?



屋根にドアはない

縦に大きく曲がるカーブは基本、低めに投げます。ストライクゾーンの外側へ向かって曲がり、逃げていく軌道は打者にとって打ちづらいためです。
反対に、高めのボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるような軌道では、あまり投げられません。

横の変化球、スライダーやカットボールやツーシームなどの場合では、ゾーンの外から曲げて入れてくる使い方は普通にされます。バックドアやフロントドアという呼び名もついているくらいです。

カーブに限らず、フォークや縦スラなどの落ちる球、縦の変化球はいずれも、高めのコースにはあまり投げられません。
なぜ、横の変化球のようにゾーンの外から入れてくる軌道では投げられないのでしょうか?

バックドア(裏口)やフロントドア(表玄関)はあっても、屋根にはドアがなく、上からホーム(家)の中に入ることはできないのでしょうか。


すっぽ抜け

プロやメジャーの試合では、高めに投じられたカーブはよく打たれます。
被打率が高いだけでなく、ホームランなのどの長打になりやすい傾向があります。

しかしこれを持って高めのカーブは威力がないと結論付けるのは、少し早計です。
なぜなら、それらは意図的に投げられたものでなく、低めに投げようとしたものの投げ損ないだからです。
高めにすっぽ抜けたカーブは、意図したタイミングよりも早くボールが手から離れてしまった球です。そのため、コントロールミスに加え、回転もしっかりかけられていない可能性が高いのです。
高めに抜けたカーブは回転数が少ないため、曲りが弱く、そのため打たれている、という説も考えられます。

そこで、今回は同じ回転のカーブを高めと低めに投げた場合の軌道を計算し、両者を比較してみます。


高めカーブの軌道計算

プロの平均的なカーブを想定し、球速125km/h,回転数2600rpmとします。高めと低めそれぞれストライクゾーンに入るように上向きリリース角度を調整し、横向きのリリース角度は同じとします。

[計算条件]
軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は、以下のようです。

 



[計算結果]
高め、低めそれぞれへ投じられたカーブの投球軌道、計算結果は以下のようです。グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右側はホームベース前端(x=18.01m)における、ボールの位置を表します。

高めカーブ投球軌道


曲がり方は同じ

x-zプロットにおける上下の軌道は、一見、低めの球の方がよく曲がっているように見えます。
しかし、実際には同じ曲がり方をしています。
低めの方の投球軌道をリリースポイントを中心点として、リリース角度の差1.7度だけ左回り回転させれば、高めの投球軌道と重なります。どちらの投球軌道も重力の方向に対する角度が大きく違わないためです。

同じ球速同じ回転で投げられたカーブは、高めでも低目でも同じように曲がります。

x-yプロットにおける横の軌道は、両者でほぼ一致しています。そのため上の図では重なってグラフが一本しか表示されていないように見えます。





なぜ高めはNGか

球の曲がり方の違い、軌道そのもの優劣は、高めと低めでありません。
では、なぜ高めのカーブは打たれやすいのでしょうか?

1.ミートポイントが前にある
カーブは、イーファスピッチやナックルボールといったレアな特殊球を除けば、最も球速の遅い球種です。そのため打者はタイミングが早すぎる、泳がされた状態になりがちです。
そのときミートポイントが前にある高めのコースではタイミングを合わせやすく、後ろにある低めのコースでは合わせにくくなります。

2.打球が上がりやすい
高めの球はボールの下側を打ち、フライが上がりやすい傾向があります。
カーブは下へ向かって曲がり落ちるように変化するため、ボールの上側を打ってゴロになりやすい軌道です。
高めのカーブは両者の効果が打ち消し合って、ちょうどよい角度で打球が飛びやすくなると予想されます。

3.ゾーンが狭い
高めストライクゾーンの上限は、公認野球規則において「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のライン」と定められています。しかしプロやメジャーリーグの審判はもっと低い位置までしかストライクをとりません。
だいたい打者のベルトの上ボール1,2個ぐらいまでです。
そのため高めを狙って投げても、ボール判定されてしまい、フロントドアやバックドアに比べ見逃しストライクを高確率でとることが難しくなっています。

20年ほど前、日本のプロ野球ではこの規則通りに高めのゾーンをとる試みがなされました。本来のルール通りのはずなのになぜか、"新ストライクゾーン"と呼ばれていました。
これは失敗に終わりました。1年ももたずに、シーズン途中から審判たちは元通りの狭いゾーンに戻し始めたのです。戻した理由について審判団やコミッショナーからファンやマスコミに向けての正式なアナウンスはなく、もやもやしたものです。他国のリーグは狭いゾーンなのに日本だけルールブック通りにすればガラパゴス化し、国際大会で勝てなくなるという意見が強かった、というのが最も有力な説です。

今後もし、トラッキングシステムが発達し、機械による自動判定が導入されたとき、ルールブック通りにストライク判定されるように設定するのか、今の狭いゾーンをそのまま導入するのか、興味深いところです。それによって見逃しストライクを奪うのに有効な投球軌道もまた、変わってくるはずです。



3Dプロット

今回計算した高めと低めのカーブの投球軌道をCADソフトで3Dプロットし、それをgif動画にしたものが以下です。
参考に145km/hのストレートも追加しました。


高めカーブ投球軌道gif動画

やはり、低めのほうが打ちにくそうな感じがします。ひっかけてショートゴロになりそうです。
高めのカーブは、ストレートの後に見ると投げた瞬間にはとんでもないボール球に見えるので注意していないと見逃してしまうかもしれませんが、しっかり振っていければレフトへ強く引っ張った打球が打てそうです。






では、また。