2021年8月28日土曜日

第83回 ワンバウンドなのに振ってしまう、フォークボールの投球軌道


一つの様式美

2ストライクに追こまれた後、ストライクゾーンからボールゾーンへ落ちるフォークボールを振って、空振り三振する。

この光景はプロ野球の試合では見ない日ないほど、よくあるプレーです。王道の配球であると同時に使い古された配球でもあります。打者も重々、分かっているはずなのに、やっぱりまた振ってしまいます。

もはやプロ野球の様式美の一つです。


難しいタスク

分かっていても振ってしまう、フォークボール。プロの一流打者でさえ時に、ベース上でワンバウンドするような球にまで、手を出しています。見ている方は、なぜそんな球を振ってしまうのか、と不思議に思ってしまいます。

なぜ振ってしまうのかといえば、それがストライクゾーンを通過する球に見えるからです。

ホームベース上まで来ればそれがワンバウンドする球だと分かりますが、その時点からバットを振りだしたのでは間に合いません。もっと早い段階、まだボールがホームベースよりも何メートルも手前の段階で、そこまでの軌道を見て判断しスイングを開始しなければなりません。

そのため、打者がストライクなら振る、ボール球ならバットを止めるというのは、言うは易し行うは難しであり、はたから見ている以上に難しいタスクなのです。


偉業達成

その難しさを端的に表す記録が、あります。

ちょうど昨日のゲームで、中日の福留選手が通算1000四球を達成しました。プロ野球史上16人目の達成者です。

この16人というのは、1000打点達成者の46人、1000得点達成者の44人よりもずっと少ない人数です。このことからも、四球を選ぶこと、つまりボール球を振らないようにすることががいかに難しいかがうかがえます。


福留選手は優れた動体視力を持っています。

中日ドラゴンズでは毎年地元の眼鏡メーカーと協力し、新人選手の動体視力のテストを行っているのですが、20年以上前に当時ルーキーだった福留選手の記録がいまだに破られていないそうです。

また、福留選手曰く、三振が減り四球を増やすことができるようになったコツは「対戦を重ねていく投手の軌道を覚えたんです。こう見えれば低目のボール、ここに見えたときはストライクだから振る...」(*1)とのことです。

同じ投手と何度も対戦するプロならではの方法です。


ストライクの球もボールになる球も途中までの軌道は同じように見えても、何度も見るとわずかに違いがあるので、それを暗記してしまうというわけです。

逆に言えば初見では見分けがつかないということでもあります。


そこで今回は、ベース上でワンバウンドするようなフォークボールと、低目いっぱいのストレートの軌道を計算し、どれくらい途中までの軌道が似ているのか比較してみます。

(*1)中日スポーツ 2021年8月28日版より。



ワンバウンドフォークと、低目いっぱいストレートの軌道計算

ホームベース上でワンバウンドするフォークボール(スプリット)と、低目いっぱいのストライクゾーンを通過するストレート(4シーム)の軌道を計算します。

一番空振りしやすいと言われている、真ん中低めから落とすコースとします。


[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。メジャーリーグレベルを想定しています。

フォークボールの回転軸は投手によりさまざまで、バックスピン型、サイドスピン型、ジャイロ回転型がありますが、今回は大谷投手や千賀投手のようなジャイロ型とします。同じジャイロ回転でも、フォークボールはカットボールとは逆回転で、右投手の場合、投手方向から見て反時計回りをしています。




[計算結果]

ホームベース上でワンバウンドするフォークボールと、低目いっぱいストライクのストレートの軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ上の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。

ワンバウンドフォークとストライクストレート



見分けにくい

上記の計算結果を見ると、途中まで両者の軌道はほぼ重なっています。これなら見分けがつかず振ってしまうのもうなずけます。

ストレートは、名前の通りの直線軌道ではなく、重力により下へお辞儀する軌道です。また、上から下に投げおろす軌道のため、ホームベース上ではリリースポイントより1メートル以上低い位置になっています。そのため打者はストレートもフォークもどちらも上から見下ろす視点となります。

x-yプロットのように真上からから見下ろす視点の場合、横への変化量に差がなければ、両者の軌道は奥行き方向の違いのみになり、差を見分けづらくなります。センターフライの前後の判断が、レフトやライトに比べ難しいのと同様です。

打者の視点は真上からではなく、斜め上からになります。その場合、投手よりで低い位置にあるボールと、ホームよりで高い位置にあるボールが、奥行きの違いのみになり見分けづらくなります。それがストレートに比べ球速が遅く下へ落ちるフォークボールの見極めを難しくしている要因ではないか、と推測されます。



CADソフトで3Dプロット

打者側からどのように見えるのかを表すために、上記で計算した投球軌道をCADソフトで3Dプロットしたものが以下です。0.02秒ごとのボール位置が示されています。青枠がストライクゾーンです。



①低めいっぱいのストレート

ストライクゾーンの低めいっぱいを通過するストレートは、このような軌道です。


②投げた瞬間の軌道(リリースから0.12秒後まで)

①と同じように見えます。打者はストライクゾーンの球だと思って、スイングを開始します。


③ワンバウンドするフォークボール
ところが、その後このような軌道で落ち、ホームベース上でワンバウンドします。振ってしまえばバットには当たらず、空振りします。


④投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)

2ストライクに追い込まれた打者は、フォークボールを警戒しています。このような球が来れば、ここから落ちると予想し、見逃します。

しかしこの後①の軌道で飛んできて、ストライクをコールされてしまいます。



下は①~④を順番に表示したgif動画です。投げた瞬間の軌道、②と④がとてもよく似ており見分けづらいのが伝わるでしょうか?
ワンバウンドフォークボール軌道計算








では、また。







2021年8月21日土曜日

第82回 追い風の日は、高く打ち上げた方がホームランになりやすいのか?

 


風に乗ったホームラン


追い風が吹いていると打球の飛距離が伸びて、風がない時よりもホームランになりやすくなります。

特に、「高く打ち上げた打球は、風に乗ってよく飛ぶ」と言われています。

確かに高く打ち上げた方が滞空時間が長いため、より風の影響を強く受けるはずです。

そこで今回は、追い風に高く打球を打ち上げることは、ホームランを打つための作戦として有効なのかを検証するために、軌道シミュレータver.3.3で各風速における飛距離を計算してみます。


追い風を受ける打球の軌道計算


計算条件
風のない無風時では、打球を水平から30度上向きに打つと最も飛距離が出ることが過去の計算から分かっています。

この30度をベースに、高く打ち上げた場合の40度、低い場合の20度の3パターンそれぞれについて、追い風ありとなし(無風)の2パターンで、計6パターンの軌道計算を行います。

追い風の風速は5m/sとします。風速5m/sは、「木の葉や細かい小枝がたえず動く。軽い旗が開く。砂埃が立つには至らない」程度の、やや強めの風です。

打球速度は150km/h、回転は2500rpmのバックスピン回転とします。
軌道シミュレータver3.3へのインプット値は、以下のようです。




計算結果

追い風5m/sを受ける各打球角度における打球軌道の計算結果は、以下のようになりました。
破線が無風時、実線が追い風ありでの軌道を表します。


逆転には至らず


高く打ち上げた40度では飛距離126.7mとなり、30度の126.9mとほぼ同じになりました。高く打ち上げても、飛距離は伸びませんでした。

追い風による増加量を見ると、40度が12.0mアップに対し、30度が10.3mアップです。追い風による飛距離の増加量だけを見れば、高く打ち上げた方がより大きく増加しています。

しかし無風時同士の時で見ると、40度では高く上がりすぎのため30度よりも飛距離が小さくなっています。追い風による増加量の大きさでこの差を埋めることができましたが、逆転するまでには至らなかったということです。

追い風5m/sに対しては、わざわざ高く打ち上げても飛距離は変わらない、ということが分かりました。





強い追い風を受ける打球の軌道計算


では、風速5m/sよりももっと強い追い風の場合はどうなるでしょうか?

次は、風速10m/sの場合で同じ計算をしてみます。

風速10m/sは「池や沼の水面に波頭がたつ」ほどの、かなり強い風です。これ以上強い風では、試合が中止になってしまうこともあります。

打球条件は先ほどと同じく、打球速度150km/h、回転は2500rpmのバックスピン回転で、打球角度は20度、30度、40度とします。


計算結果

追い風10m/sを受ける各打球角度における打球軌道の計算結果は、以下のようになりました。破線が無風時、実線が追い風ありでの軌道を表します。


今度は打球角度40度の飛距離が、30度を上回りました。しかし、その差はわずか90cmです。
100メートル以上の飛距離における、1メートル未満の差異は、実用上意味があるとは言えません。

そのため風速10m/sの強風に対しても、わざわざ高く打ち上げても飛距離は変わらない、というのは同じです。

今日は追い風だからとあえて打ち方を変えてまで打球角度を上げるメリットはない、ということが分かりました。




なぜそういわれるのか


今回の計算結果から、追い風に高く打ち上げても30度と飛距離は変わらないことが分かりました。

ではなぜ、「高々と打ち上げた打球は、風に乗ってよく飛ぶ」と言われているのでしょうか?

以下の2つのことが推測されます。

・狙って高く打ち上げたのではなく、意図せず高く打ち上げてしまった場合に、無風ならば最適な30度よりも飛距離が落ちてしまう(グラフ破線)のに、追い風により飛距離の低下がなくなる(グラフ実線)ので、そう感じる。

・同じ角度同士で無風と追い風有りの飛距離を比べた場合(グラフの同色線)、高く打ち上げた時の方が飛距離の増加量が大きいので、そう感じる。






では、また。



2021年8月15日日曜日

第81回 追い風・向い風により、ホームランの飛距離はどれくらい変わるのか?

 


風に乗ったホームラン

野球は一部のドーム球場を除いて屋外で行われ、打球の飛び方は風の影響を受けます。

特に影響が大きいのが、ホームラン性の大きな当たりです。飛行時間が長い分だけより、風の影響を強く受けます。

打った瞬間いい角度で上がり、「行った!」と思った打球が強い向い風に押し戻され、フェンス手間で失速して外野フライに終わることがあります。

また反対に、ふらふらっと上がった打球が追い風に上手く乗って、フェンスを越えてしまうこともあります。

プロ野球やメジャーリーグでは、年間を通して、何十本もの大飛球が、向い風により天国から地獄へ叩き落され、追い風により地獄から天国へ救い上げられています。

今回は、軌道シミュレータver3.3で各風速における打球飛距離を計算し、追い風・向い風によりどれくらい打球の飛距離が変わるのか検証してみます。



風を受けた大飛球の軌道計算

[計算条件]
ホームラン性の同じ条件の打球を、異なる風速5パターンに対して軌道計算します。

打球速度、回転
打球速度は150km/h、打球角度は上向き30度、回転軸は完全なバックスピンで、回転数は2500rpmとします。

これは無風のときの飛距離が110メートル程で、フェンスまでの距離が近いポール際ならば余裕でホームランになり、距離の遠いセンター方向だとフェンスまでは届かないような打球条件です。


風条件

風は、無風、向い風(2m/s, 5m/s)、追い風(2m/s, 5m/s)の5条件で計算します。風は水平方向、x軸に平行で、一様であるとします。

風速2m/sは、「顔に風を感じる、木の葉が動く」程度の、それほど強くない風です。
それでも、陸上の100m走や走り幅跳びでは、追い風2m/sを超えると新記録を出しても公式に認められず、参考記録にされてしまうぐらいの、影響力はあります。

風速5m/sは、「木の葉や細かい小枝がたえず動く。軽い旗が開く。砂埃が立つには至らない」程度の、やや強めの風です。

インプット値
軌道シミュレータver.3.3へのインプット値は、以下のようです。





[計算結果]

各風条件における、打球の軌道計算結果は、以下のようになりました。


全体として追い風では飛距離アップ、向い風では飛距離ダウンしています。これはボールと空気の相対速度の増加により抗力(空気抵抗)が増加するからで、実際の経験の通りです。

また、同じ角度で打ち出された各打球は、追い風では弾道が低くなり、向かい風では高くなっています。これは、追い風では、ボールと空気の相対速度の減少によりバックスピン回転による揚力(マグヌス力)が低下し、向い風ではその逆となるためです。

風の影響は揚力の増減よりも、抗力の増減の方がより大きく飛距離に対して支配的ということが分かりました。



風速5メートルで、飛距離は10メートル以上変わる


追い風5m/sでは、無風の場合と比べ10.3m飛距離がアップ
しています。
割合で言うと8.8%アップです。
上のグラフを見ると、センター方向の打球ならば、外野フライからホームランに変わることが分かります。

向い風5m/sでは、12.9m飛距離がダウンしています。割合で言うと11.1%のダウンです。
上のグラフを見ると、両翼のホームから最も近い100m地点にあるフェンスをぎりぎり超えていく打球となっています。
そのため、これが少しでもセンター方向へよった打球であれば、フェンスを越えなくなってしまうことが分かります。

風速5m/sの風は、ホームランと外野フライを逆転させてしまうのに、十分な影響力を持っていることが分かりました。


風速2メートルで、飛距離は4メートル以上変わる


追い風2m/sでは、飛距離が4.4mアップしています。
向い風2m/sでは、-4.9mのダウンです。

それほど強くない、風速2m/sでも、思った以上に飛距離に影響がでます。

また、同じ風速でも、追い風よりも、向い風の方が、より飛距離を大きく変える、ということが分かりました。



*****
風の影響は、計算前に予想していたよりも、ずっと大きいという結果になりました。

屋外球場のホームランは、かなり風の運、不運に左右されているということです。

バッティングの良し悪しや、選手の実力を判断するときは、風の影響を差し引いて考えないと、見誤ってしまうかもしれません。



では、また。



2021年8月7日土曜日

第80回 インコースのカーブを、なぜ避けてしまうのか?

 

反射的に避ける

野球の硬式球は石のように硬く、当たると大変危険です。

全力で投げたストレートが頭に当たれば、ヘルメットの上からでも脳震盪を起こし、立ち上がれなくなる程の強いダメージを受けます。

それゆえ一度でも経験のある打者は、頭に向かってボールが飛んで来ると、瞬間的に恐怖を感じ、防衛本能が働き、無意識で避けようとします。


安全にストライク

狡猾なバッテリーは打者のこの性質を利用し、安全にストライクを奪おうとします。

通常はアウトコースへ逃げていく軌道で投げるカーブを、あえて打者の体に近いインコースに投げ込みます。

投げた瞬間、頭に向かって飛んで来れば、打者は避けようとし、バットを振るのを止めます。そこから曲がってストライクゾーンを通過させれば、打たれることなく、見逃しストライクをとることができます。

この目論見が上手くいくかどうかは、ストライクゾーンを通過するカーブの投げた瞬間の投球軌道が、頭部を襲うストレートと同じ見えるかどうかによります。


そこで今回は、打者の頭に当たる死球となるストレートと、頭に当たるように見えて曲がってストライクなるカーブ、両者の投げた瞬間の軌道がどれくらい似ているのかを、軌道シミュレータver.3.2で軌道計算し比較してみます。


頭部死球ストレートと、インコースカーブの軌道計算

頭部に当たるストレートと、それと同じリリース角度で投げられたカーブの軌道を計算します。

右投手対右打者とします。


[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。プロ投手の平均的な球速、回転数、回転数を想定しています。




[計算結果]

頭部死球のストレートと、それと同じリリース角度で投げられたカーブの軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ上の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。



0.1秒後までほぼ同じ

上記の計算結果を見ると、ピッチャープレートから6メートルの位置まで、両者の軌道はほぼ重なっています。これはプレートとホームベース間距離の1/3に相当します。

リリースから、このx=6mを通過するまでの時間は、約0.1秒です。

そのため時間でいうと、リリースから0.1秒後まで、両者の軌道差はとても小さく、ほぼ重なっているということです。

どれくらいの時間までを打者が、投げた瞬間、と感じるのかは不明です。

ストレートがリリースから打者のところへ届くまでの時間はわずか0.43秒ほどのため、0.1秒までボールを見て判断してから行動すると仮定すると、残りの0.33秒でスイングを中断しボールを避ける動作をする必要があります。決して猶予のある時間ではありません。

頭部に当たるリスクと、見逃しでワンストライクとられるリスクを天秤にかければ、0.1秒未満までの軌道を見てとっさに避けることは十分考えられます。



CADソフトで3Dプロット

打者側からどのように見えるのかを表すために、上記で計算した投球軌道をCADソフトで3Dプロットしたものが以下です。

0.02秒ごとのボール位置が示されており、黒色のものはホームベース前端上(x=18.010m)におけるボールの通過点です。

また、投手と打者を模した人体モデル、マウンド、ホームベース、およびストライクゾーンを示す青枠も追加してあります。人体モデルはフリー素材を拾ってきたものですが、なぜか頭の上半分がありませんでした。死球が当たってもげたわけでは、ございませ。


①頭部直撃のストレート

このような軌道で頭に向かって飛んで来れば、慌てて避けます。避けないと死にます。


②投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)

その次にこのような球が来たら、「またか!」と思って反射的に避けてしまいます。


③インコースへのカーブ
しかし、その後このような軌道で曲がってきて、見逃しストライクになります。


④投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)
その次に、またこのような球であれば、「もう、だまされねぇ」と打ちにいきますが、
①の軌道で飛んできて、悲劇が起こります。


下は①~④を順番に表示したgif動画です。投げた瞬間の軌道、②と④がとてもよく似ており見分けづらいのが伝わるでしょうか?
頭部直撃死球とインコースのカーブ







では、また。