2023年8月19日土曜日

第153回 打球がツーシーム回転だと飛距離はどのくらい落ちるのか?


2シームは落ちる変化球

2年ほど前、東京工業大学が「2シームは4シームに比べ落ちる変化球になる」ということを数値計算により証明しました。

バックスピン回転であっても、ボールが一回転する間に下向きの揚力が発生する瞬間があることが発見されました。
一回転を平均した上向き揚力は2シームの方が弱く、落下量が大きくなります。

同じ150km/h,回転数1100rpmのバックスピン回転の場合、2シームは4シームに比べホームベース上で19cm下を通過するそうです。(*1)

2シームでバックスピン回転で落ちる変化球といえば、DeNA山崎康晃投手などが得意としているいわゆる亜大ツーシームが有名ですが、その威力が証明されたことになります。


参考資料
(*1)東工大HP
https://www.titech.ac.jp/news/2021/049312

(*2)野球投手が投じる様々な球種の運動学的特徴
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/advpub/0/advpub_16021/_pdf (図6)

(*3)Slugger特別編集 2023プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社 

(*4)新・なんJ用語集
https://wikiwiki.jp/livejupiter/%E4%BA%9C%E7%B4%B0%E4%BA%9C%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB



打球は2シーム、4シームどちらか?

では、打球はどうでしょうか?

ホームランを狙う場合、ボールの中心から少しだけ下を打ちます。

これにより上向き角度をつけると同時に、バックスピン回転を与えて飛距離をアップさせています。

このとき打球の回転は2シームでしょうか、4シームでしょうか?

東工大の結果を打球にも当てはめれば、2シーム回転の打球は4シーム回転より上向き揚力が弱く飛距離が落ちる、ということになります。


推測

回転軸を単純化して傾きがないとして考えると、以下のようになるのではないかと推測されます。

投球が2シームでバックスピン回転の場合に、ボールの下側を打撃して、一塁側から見て左回りのバックスピン回転をかけて打ち返すと考えると、このとき打球は2シーム回転で飛んでいきます。

同様に考えると、投球が4シームの場合、打球のバックスピン回転は4シームになります。


他の球種では、カットボールは4シームの握りからジャイロ回転に近い回転軸(*2)で投げられますので、打ち返した打球のバックスピン回転は2シームになります。

縦カーブはトップスピン回転で、4シームで投げられるため、打ち返した打球は4シーム回転になります。


この推測が正しいとすれば、2シームとカットボールを投げた時、打たれた打球は2シーム回転で飛んでいくので上向き揚力が弱く、飛距離が減ることになります。

2シームとカットボールはホームランを打たれにくいことになります。

4シームと縦カーブはホームランを打たれやすいことになります。



亜大ツーシームの実績

実際のところはどうでしょう。

DeNA山崎投手は22年シーズン4本の本塁打を打たれて、そのうちストレート(4シーム、投球割合51.7%)が2本、スプリット(亜大ツーシーム、投球割合44.2%)が2本です。(*3)
本塁打の打たれやすさは同程度でした。

ソフトバンクの東浜巨投手は同年、ストレート(4シーム、投球割合41.4%)で5本、シンカー(亜大ツーシーム、投球割合27.6%)で2本、カットボール(投球割合22.5%)で6本の本塁打を打たれています(*3)
ツーシームの方がやや打たれにくい一方で、カットボールは打たれやすくなっています。


ホームランの打たれやすさは回転の縫い目だけでなく、ボールの上っ面を叩きやすいなど他の要因もかかわっています。
ボールの回転軸も、バットの当たり方も3次元的でもっと複雑です。
投球の球種により打球のバックスピン回転が2シームになるか4シームなるか決まるという推測を断定するのは現状難しいようです。


ちなみに亜大ツーシームは東浜投手が開発して九里亜蓮投手(現広島)に教え、それを九里投手が山崎投手に教えたそうです。
東浜投手はシンカーと呼んでいたのですが、わずか2回の伝言ゲームでツーシームに変わってしまいました。
呼び名の変遷については参考web(*4)に詳しく書かれており面白いです。





2シーム回転の打球軌道計算

さて、今回は打球がバックスピン回転で飛んでいくとき、2シーム回転と4シーム回転でどのくらい飛距離が変わるのか、軌道シミュレータで計算してみます。

[計算条件]

打球角度は上向き30度とします。その他条件は前回の投球時と同様とします。

打球速度は150km/h,回転軸は完全なバックスピン回転で共通とし、以下の3条件で計算します。2シームの値は東工大の計算結果そのものではなく、前回こちらで再現したものです。

・4シーム、回転数2230rpm。
 揚力係数CL=0.189,抗力係数CD=0.402(スピンパラメータSP=0.21)
・4シーム、回転数1100rpm。CL=0.098,CD=0.383(SP=0.10)
・2シーム、回転数1100rpm。CL=0.015,CD=0.383



[計算結果]

計算された150km/h、バックスピン回転の各打球の軌道は、以下のようです。

参考に、東京ドームの外野フェンスも追記しました。


4シーム,1100rpmの打球飛距離は110メートルになりました。
2シーム,1100rpmでは103メートルです。

2シーム回転の打球は飛距離が7メートル減る、という結果になりました。

4シームの打球は、ポール際なら両翼100メートルのフェンスを越えてホームランになります。右・左中間ならフェンスの足元まで飛び、それよりも外側の近いフェンスなら直撃します。

これが2シームだと、フェアゾーンのどこへ打ってもホームランになりません。ポール際以外ではフェンスまで届きもしません。


上下位置で比較

100メートル位置で比較すると4シームは地上9.6メートルを通過し、2シームはフェンス高さより低い2.8メートルです。

投球ならホームベース上で19センチの上下差になる両者は、打球なら両翼フェンス上で6.8メートルの上下差になります。


回転数倍増より影響大

また、4シーム同士の場合、回転数が2230rpmだと飛距離115メートルになり右・左中間でもホームランになります。

1100rpmが110メートルなので、回転数倍増により飛距離は5.7メートルアップします。

回転数をある程度まで増やすことは、打球の飛距離をアップさせるに有効です。

しかしそれでも今回の結果によれば、回転数を倍増するよりも、回転が2シームか4シームかの方が打球飛距離への影響が大きい、ということになります。



つまりや風にまぎれて潜む

打球の回転が2シームか4シームかは、選手にも見ている人にも、ほとんど意識されていないように思います。

芯でとらえたか、タイミングが合っており泳がず強いスイングができたか、打球速度、打球角度、センター方向かポール際か、風が向かい風か追い風か、など打球飛距離を伸ばしホームランになる可能性を高めることに影響する要因はいくつかあります。
それらは認識され、選手がコントロールできるものはできる限りし、結果が顧みられています。

一方で打球にかかったバックスピン回転が、2シームか4シームかは打者が狙ってコントロールしようとすることもなく、結果がどうだったか確認されることもなく、意識にも話題にも上がることはありません。


完璧なスイングで打った瞬間いったと思った打球が、フェンス手前で失速して外野フライに終わる。
こんな時解説者は「少しだけつまりましたね」などの理由を言います。

あるいは、打った瞬間は外野フライと思われた打球が、意外や意外にぐんぐん伸びてフェンスを越えてしまった。
こんな時解説者は「うまく追い風に乗りましたね」などの理由を言います。

実際言われる通りなのでしょうが、その失速や伸びの内の何割かは、打者のコントロール外の2シーム4シーム回転の影響が混じっているのではないかと考えられます。





では、また。






2023年8月15日火曜日

第152回 東工大の亜大2シームを再現計算

 

2シームが落ちることを証明

2年ほど前、東京工業大学が「同じバックスピン回転の球であっても、2シームは4シームに比べ落ちる」ということを数値計算により証明しました。

2シームでバックスピン回転で落ちる球といえば、亜細亜大学出身のDeNA山崎康晃投手が得意としている、いわゆる亜大2シームが有名です。

亜大2シームの威力を、東工大の頭脳が証明したわけです。

研究成果は下記のwebサイト(*1)で一般公開されています。(Newtonに掲載されているのを見たのですが何月号か忘れてしまいました。)



参考資料
(*1)東工大HP
https://www.titech.ac.jp/news/2021/049312

(*2)魔球をつくる 姫野龍太郎著 岩波書店

(*3)魔球の正体 手塚一志、姫野龍太郎共著 ベースボールマガジン社

(*4)ars TECHNICA
https://arstechnica.com/science/2018/11/physics-can-explain-the-fastballs-unexpected-twist-new-study-finds/


落ちる理由の概要

バックスピン回転の球に働く上向き揚力は、時間に対し一定ではありません。
(*1)の結果に見るように一回転する間に増減し、山谷が現れます。

そしてなんと、2シームの球ではバックスピン回転なのに、その谷のところで下向きの揚力が発生しているのです。

2シームの球は、重力以上に強い下向きの力を受ける瞬間があるのです。

その結果一回転を平均した上向き揚力は4シームよりも小さくなり、4シームに比べ落ちる球になります。



変化球論争

変化球が変化する理由については、2シームに限らず、昔から多くの論争が起こっています。

凄さを証明したいロマン派と、それを否定してそうでもないことを証明したい冷静派が対立してきました。

最古のものはカーブは曲がっている(ロマン派)、いや目の錯覚だ(冷静派)、というもので、これは実際にマグナス力で曲がっていることが証明されロマン派が勝利しました。(*2)

その後ストレートは直線軌道より上にホップしている(ロマン派)、いや重力に負けてお辞儀している(冷静派)で議論になり、これはお辞儀していることが証明されました。

さらに90年代、野茂英雄投手や大魔神佐々木投手が活躍したころ、フォークボールには下向きの特殊な力が働いている(ロマン派)、いや重力で自由落下してるだけ(冷静派)で議論となり、これは自由落下という結論になりました。

2000年代に松坂大輔投手がメジャーリーグへ挑戦したころ、ジャイロボールは空気抵抗が小さくバックスピン回転よりも威力のある速球になる(ロマン派)、いや抗力は大して変わらず揚力がない分落ちる変化球球になる(冷静派)でわいわいと騒動になりました。

これについては姫野龍太郎博士の当初の計算結果、ジャイロボールはバックスピン回転の球に比べ80センチの前後差がつく(*3)、というのは誤りであることがのちに分かりました。

しかし完全な間違いというわけでもなく、近年のトラッキングデータによればジャイロ回転のスライダーはバックスピン回転の4シームに比べリリースからホームベース上までの減速が数キロ小さいことも明らかになっています。


そして2020年代、2シームは縫い目の違いで落ちている(ロマン派)、いや横に曲げようとして回転軸を傾けてるし回転数も少ないし(冷静派)です。


こういう野球の変化球論争に科学のメスが入り、真実が明らかになるという話が私は大好きです。

2シームは東工大が計算で落ちていることを証明した一方で、風洞試験で4シームと差がないという実験結果を得た(*4)という情報もあります。

これから先も楽しみです。




軌道シミュレータで再現の前置き

さて、今回は軌道シミュレータでも2シームの軌道を計算してみたいと思います。

といっても東工大と同じレベルのことはできないので、再現計算になります。

まず大前提として、東工大が行ったのは数値流体解析(CFD)です。
ナビエストークスの式という流体力学の式に基づき、ボール周りの空気の流れを計算して揚力を求めています。
正確な計算を行うためには高度な知識と、スーパーコンピューターが必要です。

一方、軌道シミュレータは揚力係数、抗力係数を定数として扱い、力学の問題としてボールの軌道を計算しています。

ここでは、2シームの4シームに対する落差が東工大の計算結果と同じになるよう、2シームの揚力係数を調整して軌道を計算します。



東工大の2シームの軌道再現計算

では軌道計算を始めます。

[計算条件]

球速は150km/h,回転軸は完全なバックスピン回転で共通とし、以下の3条件で計算します。

①4シーム、回転数2230rpm。
 この球速、回転数はメジャーリーグ投手の平均的な4シームの値です。
   揚力係数CL=0.189,抗力係数CD=0.402(スピンパラメータSP=0.21)

②4シーム、回転数1100rpm。①から回転数を半減。
 CL=0.098,CD=0.383(SP=0.10)

③2シーム、回転数1100rpm。②との落差が(*1)の計算結果と一致するようCLを調整。
 CL=0.015,CD=0.383


[計算結果]

計算結果は以下のようです。
グラフ中の点はリリース後0.02秒おきの、右端のみホームベース後端(x=18.44m)での、ボールの位置を表します。


150km/h,2230rpmの4シームに対して、1100rpmの2シームはホームベース上で41cmも下を通過します。

内訳をみると、回転数半減により22cm落差が発生し、4シーム2シームの縫い目の違いによりさらに19cm落下しています。

縫い目の違いだけで、回転数半減と同程度の効果があるということになります。

両方合わせることで落差は2倍近くに増加する、という見方もできます。

いずれにしても縫い目の違いの影響は大きいです。


渦が見えたらスライダー

同じ球速でこれだけ上下差がつくのであれば、バッターからすると見分けるすべはなく、空振りするしかないように思われます。

しかも、同じ回転軸で、です。

打者の中には動体視力に優れ、渦巻きが見えたらジャイロ回転でスライダー系の球、見えなかったら真っすぐかシュートと判断している人もいると言われています。このタイプの選手を困惑させることができます。


打球は?

東工大の研究結果により、2シームの落ちる変化球としての威力が証明されましたが、それにより気になることがあります。

打球はどうなるでしょうか?

ホームランを打つには飛距離が重要で、そのためボール中心よりわずかに下を打って、適度なバックスピン回転を与えます。

このとき打球の回転が2シームか4シームかで、打球の飛距離、のびが大きく変わってしまうことになります。


これについては、また別の回で計算する予定です。



では、また。