2022年1月29日土曜日

第104回 コリオリの力により、投球軌道はどれくらい曲がるか?

 コリオリの力japan

第5の力

空中を飛んでいく野球ボールには「重力」「抗力」「揚力」の3つの支配的な力と、無視できるほど弱い「浮力」が作用します。

しかし、厳密に言えばもう1つ力が、存在します。

上記4つの力に加え、第5の力ともいえる「コリオリの力」が作用します。


地球とは

我々は地球上で野球をします。

地球とは何でしょうか?

哲学的なものを含め無数の回答がありますが、一つには、地球は「巨大な質量を持つ物体」です。

質量があると重力場が生じ、重力がボールの軌道を下に曲げます。

ブレーキとして働く抗力と、軌道を曲げる力として働く揚力は共に空気から受ける力ですが、その空気は重力により地表にとどめられています。もし地球の重力場が弱ければ空気は宇宙空間へ霧散してしまい、抗力と揚力は発生しなくなります。

また浮力も大気と重力により発生する力で、重力により下に曲がるのを弱める力とみなすことができます。「重力」「抗力」「揚力」「浮力」これら4つの力は直接的にしろ間接的にしろ地球の巨大な質量が生み出す重力場により発生します。

これに対して、コリオリの力は重力とも大気とも無関係に発生する力です。


回転する球体

地球とは何でしょうか?

もう一つの回答は、地球とは「回転する巨大な球体」です。

回転(自転)する地球上では、北半球で北の方角に向かって物体を飛ばすとコリオリの力と呼ばれる慣性力が働き、東へ曲がって逸れます。野球のボールもそうです。

これは緯度が上がるほど、自転軸からの回転半径が小さくなり、地球外から見た東への速度が小さくなるためです。地球上で真北に向かって発射された物体は、地球外から見れば東向き向きの速度も持っています。発射された瞬間では、地面の東方向の速度成分と物体に与えられたそれは同じなので、地球上の発射地点から見れば東への速度成分はゼロです。しかし発射地点よりも北へ行くと、地面の東方向速度がより遅いため、相対的に物体は東向きの速度を持つように見えます。そのため東へ曲がっていきます。

この説明は分かりにくいかもしれません。


トラックに乗って

思考実験をしてみます。

自転する地球上ではなく、間隔をあけて一定速度で並走する二台の軽トラックの荷台に乗った投手から捕手へ投球する場合を考えます。考えやすさのために空気抵抗と重力は無視します。



トラックが止まっている(v1=v2=0)場合は、通常の投球と同じで、投手が投げたボールは真っ直ぐ捕手へと届きます。

二台のトラックが同じ速度(v1=v2>0)で走っている場合も、相対速度がゼロなので、同じく投手が投げたボールは真っ直ぐ捕手へと届きます。実際に行うのは危険ですが、頭の中で考えるだけなら安全です。思考実験の良いところです。
このとき投手や捕手にとっては投球方向に真っ直ぐボールが投げられたように見えますが、地面の上に静止している人から見れば横向きにv1の速度を持って斜めの方向にボールが飛んでいくように見えます。
観測する人の立場によってボールの軌道は異なって見えるのです。

では、捕手側のトラックの速度が少し遅い(v1>v2)場合、どうなるでしょうか?


速さが違うと逸れる

この場合、投手の投げたボールはキャッチャーミットに向かわず、捕手側トラックの前方へ逸れてしまいます。

投手の方からは、捕手側のトラックが上図で左の方へ移動していくように見えます。運転席の窓にボールが当たって怒られたら、「そっちが後ろに下がったからだ」と言い訳するでしょう。

捕手の方から見ると状況が異なります。トラックの相対速度v1-v2分だけ横向きの速度を持ってボールが投げられたように見えます。「こいつが投げ損なった」と証言するでしょう。

回転する地球の上で緯度の異なる位置にいる二人がキャッチボールをする場合もこれと同じことが起こります。


東への速度

話を再び地球上に戻します。

地球は自転しているため、地球外から見ると中にいる人間やボールは地面ごと東向きの速度を持って動いています。南側にいる投手は速度v1で、北側にいる捕手は速度v2です。
より緯度が高い位置にいる捕手の方が、地球の自転軸に近く回転半径が小さい分だけ、地球の外からみた東方向への速度は小さくなります(v1>v2)。回転と並進の違いはありますが、両者の相対速度によりボールが逸れていくのはトラックの場合と同じです。



この状態で投手から捕手に向かって北向きに真っ直ぐボールを投げると、地球の中にいる人からは東向きの力を受けて曲がって逸れて行くように見えます。
この力がコリオリの力です。コリオリの力は遠心力と同じ慣性力で、地球と一緒に回転している人から観測される見かけの力です。





コリオリ力による曲り幅の計算式


では、コリオリの力により真北に向かって投げた投球がどれくらい曲げられるのか、計算してみます。
簡略化のため重力と空気力を無視して、概算します。

日本のプロ野球本拠地の中では甲子園球場や楽天生命パークがホームベースをマウンドから見て北の方角に設置しており、投手は北に向かって投球します。

[計算式]
コリオリの力の計算式は以下のようです。

P = m・ω・sinθ・v   -① : コリオリの力
(m:ボール重量、ω:地球自転の角速度、θ:緯度、v:球速)

ボールを曲げようとする加速度は、①式を重量mで割って、

α = P / m = ω・sinθ・v -② : コリオリ力による加速度

となります。
概算で球速vを一定とすれば、コリオリ力による横への曲り幅は、②式の加速度を時間で2回積分して、

Δy = 1/2・α・t^2 
     = 1/2・ω・sinθ・v・t^2   -③ : コリオリ力による曲り幅

(ω:地球自転の角速度、θ:緯度、v:球速、t:ボールの飛行時間) 


を得ます。


コリオリ力による、投球の曲り幅計算結果

[計算条件]
球速はv=150[km/h]、ボールの飛行時間はキリよくt=0.5[s]とします。
緯度θは甲子園球場における値、θ=34.72度を使用します。(緯度はgoole mapで簡単に調べることができます。map上でマウスを右クリックすると出てくる小ウインドウの左上の数字です。)

角速度ωは、地球は24時間で一回転、つまり2π[rad]回転するので、ω=2π/(24×3600) [rad/s]です。

[計算結果]
③式に、上記条件の値を代入して計算します。SI単位系で計算します。

Δy = 1/2・ω・sinθ・v・t^2 
   = 1/2×2π/(24×3600)×sin(34.72×π/180)×(150/3.6)×0.5^2
   = 0.00043 [m]

値が小さいので単位をミリに変換します。

Δy = 0.00043 ×1000 = 0.43 [mm] : コリオリ力による曲り幅

というわけで、甲子園球場で北に向かって投げられた150km/hの投球は、0.4ミリほど東側の右打席の方へ曲がる、という結果になりました。

とても小さい値です。これでは曲がっていることに誰も気がつきませんね。


コリオリ力による、打球の曲り幅計算結果

③式に見るように、コリオリ力による曲り幅はボールの飛行時間tの2乗に比例します。
ということは、投球よりも長時間飛んでいるホームランの打球の方がより大きく曲がるはずです。

次は、ホームランの打球の曲がり幅を計算します。


[計算条件2]
打球の飛行時間はキリよく、上記の投球の10倍でt=5.0[s]とします。その他条件は投球の計算と同じで、北に向かって打球を飛ばすとします。

[計算結果2]
曲り幅Δyはt^2に比例するため、上記の投球の計算結果にtの比の2乗をかけることで、打球の曲り幅を計算します。飛行時間を10倍にしたので、曲り幅はその2乗で100倍になります。

Δy = 0.00043 × 10^2 [m]
     = 0.043 [mm]

単位をセンチに変換します。 

Δy = 0.043 × 100 = 4.3 [cm] : コリオリ力による曲り幅

北に向かって打たれた150km/hのホームラン性の打球は、4.3cmほど東へ、従ってライト方向へ曲がる、という結果になりました。

投球の場合よりは大きいですが、回転や風による軌道変化に比べればまだずっと小さい値です。
甲子園球場ではライトからレフト方向に向かって浜風が吹くのでその影響にかき消されてしまいます。


北でも南でも

今回の計算結果を誇張した図で示すと以下のようです。
コリオリ力を受ける投球、打球の曲がり誇張図

ホームベースから見て北の方角にあるレフトポールに向かって打球を飛ばすと、東側のフェアゾーンの方向へ曲がります。

ちなみに、レフトポールが南の方角だったらどうかと言うと、北の場合と同じです。
南に向かって打球を飛ばすと反対の西へ逸れますが、このときは西側がフェアゾーンになっています。北に向かってボールを飛ばしても、南に向かってボールを飛ばしても、「飛ばした人から見て右へ逸れる」と覚えておくと便利です。



*****

いつかもし、北あるいは南の方角にあるレフトポール目がけて高々と打ち上げられフェアかファールかと見守っていた打球が、ポールの外側をかすってホームランになるのを見たら、その時はコリオリの力のことを思い出してあげてください。




では、また。





2022年1月22日土曜日

第103回 野球場はどちらの方角を向いているか?

 


ホームはどっちだ

今年の恵方は、北北西です。ところで、野球場のホームベースはマウンドから見てどちらの方角に設置されているでしょうか?

プロ野球12球団の本拠地が何県何市にあるかは知っても、ホームベースの方角まで知っている人は少ないのではないでしょうか。

気になることがあったのでプロの野球場がどちらの方角を向いているのか調べてみました。



甲子園

まずは有名な阪神甲子園球場です。

所在地は兵庫県西宮市です。阪神タイガーズの本拠地あると同時に、高校野球の全国大会開催地でもあります。その都合でタイガースはシーズン開幕戦を他球場で行い、8月は長期ロードに出かけます。

投手の疲労が蓄積しやすい傾斜の浅いマウンドと、エラーの発生しやすい土の内野と天然芝の外野が劇的なドラマを生み出します。

Google mapで見てみると、ホームベースは画面の上側、すなわち北の方角にあります。投手は北に向かってボールを投げ、打者は南に向かって打球を打ち返します。




マツダスタジアム

次は、マツダスタジアムです。

正式名称は、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム 広島。広島東洋カープの本拠地で、JR山陽新幹線の線路沿いにあります。

新幹線を降りた後、在来線に乗り換えることなく徒歩15分ほどで直接行くことができるため、県外からの旅行者にも優しい立地です。ビジター応援席の造りが辛辣なのが残念です。

Google mapで見てみると、ホームベースは画面の左側、すなわち西の方角にあります。先ほどの甲子園とは90度横を向いています。投手は西に向かってボールを投げ、打者は東に向かって打球を打ちます。

地図を縮小すると投手は対馬に向かってボールを投げ、打者は淡路島に向かって打球を打っていることが分かります。ペイペイドームのある福岡市や、甲子園のある西宮市は真西、真東ではなく、少し南北にずれています。





ばらばら

上記のような感じで幾つか調べてみた結果、以下のようでした。

球場          球団 ホームベースの方角
甲子園         阪神 北
マツダスタジアム    広島 西
バンテリンドームナゴヤ 中日 北西
東京ドーム       巨人 南東
楽天生命パーク     楽天 北
横浜スタジアム     横浜 南 


みんなばらばらの方向を向いています。寄生獣たちの会議のようです。
昨今の個性や多様性がもてはやされる風潮には、マッチしているかもしれません。


MLBボールパーク

メジャーリーグの球場はどうでしょうか。
なじみのあるものをいくつか調べてみると、以下のようでした。

球場         球団      ホームベースの方角 主な日本人選手
エンゼル・スタジアム エンジェルス  西南        大谷翔平
T-モバイル・パーク  マリナーズ   西南        イチロー、菊池雄星
ヤンキーススタジアム ヤンキース   西南西       松井秀喜、伊良部秀輝
フェンウェイパーク  レッドソックス 西南         松坂大輔、上原浩治
 
概ね同じ方向を向いているようです。日本と違ってみなそろって西南を向いています。
日本はバラバラで、メジャーは統一されています。


 




ルールブック

なぜ日本の野球場は、ばらばらの方角を向いているのでしょうか?ルール上の問題はないのでしょうか?

ルールブックには、以下のような記述があります。

公認野球規則 2.01
「本塁から投手板を経て二塁へ向かう線は、東北東に向かっていることを理想とする」

センター側を東北東にするのが理想ということなので、反対側のホームベースは西南西が理想ということです。今回調べた中では、唯一マツダスタジアムだけが従っています。

理想と明記されている以上、絶対に従わなければならない義務ではありません。そのため、球場によって向きがばらばらになっていてもルール上は問題なしです。



ファンはホームベース側から

では、公認規則の理想に従っていない日本の野球場の向きは、どのように決められたのでしょうか。

甲子園球場ではホームベースが北側にありますが、そのさらに北には阪神電車の甲子園駅があります。マツダスタジアムの西側にあるホームベースのさらに西には、JR広島駅があります。楽天生命パークでは北にホームベースで、その北にJR宮城野原駅があります。
ホームベースの方角と、球場から見た最寄駅の方角が同じになっていることが多いようです。それはつまり、最寄駅から歩いてきたファンが入ってくる方角にホームベースを置く傾向があるようです。

ホームベース側を正面玄関と考え、球場に訪れるファンを最もベストな向きで迎え入れようとしているのではないでしょうか。
あるいはもっとドライな商売根性で上客を優遇し、料金の高いホーム側の座席ほど駅に近くしただけかもしれません。




太陽を背に

さて次の疑問は、球場の方角によりプレーへの影響はないか?ということです。

まず思いつくのは太陽の向きです。

大昔の話ですが1934年11月20日、伝説の投手沢村栄治さんはベーブ・ルースやルー・ゲーリック擁するメジャーリーグ選抜を相手に8回1失点の好投をしました。この日の試合後、抑え込まれたメジャーリーガーたちは、「投手が太陽を背にして投げていたため、まぶしくてボールが見づらかった」と言っていたそうです。
これが真実であればこの日の好投は実力ではなかったことになります。実際、別日の試合では沢村投手も他の日本人投手と一緒にぼこぼこに打たれています。

この試合が行われた草薙球場(正式名称:静岡県草薙総合運動場硬式野球場)の方角を確認してみると、ホームベースは北側にあります。当時も同じ向きであったならば、沢村投手はその日、確かに南にある太陽を背負って投げていたことになります。

 

とはいえ、ほぼ同じ方角を向いている甲子園球場では朝から日没までデーゲームのあらゆる時間帯で高校野球が行われていますが、そういう話は全然聞きません。太陽のせいで見づらかった、というのはプライドの高いメジャーリーガーたちの負け惜しみだった可能性もあります。




北へ投げると東へ曲がる


最後は少し、唐突な話になります。

物理学においては、北半球で北の方角へ向かって物体を飛ばすと、東へ曲がって逸れるという現象が起こることが知られています。これは決してオカルトや似非科学ではなく、実際に起こる現象でありその原因も解明されています。
自転する地球上では「コリオリの力」と呼ばれる力が働くためです。台風のうずがいつも反時計回りになるのもこの力のためです。

反対に南に向かって物体を飛ばすと、西へ曲がって逸れます。

そのため、ホームベースが北の方角にある甲子園球場で野球をすると、北に向かって投げた投球は東の右打席側へ逸れ、南に向かってセンター返しした打球は西のライト側へ逸れます


この「コリオリの力」により投球や打球が具体的にどれくらいそれるのかは、また次回計算する予定です。






では、また。












2022年1月15日土曜日

第102回 菊池雄星投手のチェンジアップ軌道をトラッキングデータから再現計算


高速チェンジアップ    

菊池雄星投手のチェンジアップは球速が140km/hと高速です。
チェンジアップは緩い球を投げることで速球狙いの打者のタイミングを外すための球種ですが、球速が遅ければ遅いほどよいかというとそうでもありません。
チェンジアップは打者に振り始めるまで気づかれないようにするのがコツですが、4シームと球速差がありすぎると速い段階で気づかれやすくなります。また、腕の振りを緩めてしまうと気づかれてしまうので4シームのときと同じ腕の振りの速さで投げなければなりませんが、そうすると大きな球速差を与えることが技術的に難しくなります。

結果、チェンジアップは4シームに比べて15km/hぐらいの球速差がベストだ、と言われています。菊池投手はちょうどそのぐらいです。速球が速い分だけ、チェンジアップも高速化しています。

今回はトラッキングデータに基づき菊池投手のチェンジアップ軌道を計算で再現します。


菊池雄星投手4シームの軌道計算

トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は菊池投手のチェンジアップについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2021年シーズン前半(開幕から7月1日までの好調期間)の平均値です。



縦横の変化量をプロットすると以下のようです。灰色の点が一球ごとのデータで、緑色がそれらの平均値です。
変化量のばらつきが大きく不安定であることが分かります。この変化量の不安定さはそのままコントロールの不安定さになります。甘く入り痛打されるのを避けるために投球割合が8%、12球1球ほどと低いのだと考えられます。






[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。



投手方向から見た回転軸





[計算結果]

計算されたチェンジアップの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。

菊池雄星投手チェンジアップ軌道2021前半


チェンジアップの特徴

自由落下に対して上に20cmホップしています。ホップ量が小さいため打者にとっては沈む軌道として認識されます。

横方向はシュート方向に27cm変化します。回転数は少なく4シームの7割ほどですが、回転軸が横に傾いており、またジャイロ回転成分が少ないため、横方向の変化量は割と大きくなります。

チェンジアップは単体で見れば小さくホップしながら右打者のアウトコースへ逃げていく軌道です。



4シームとの軌道比較

同じリリース角度の4シーム軌道と重ねると以下のようです。


4シームに比べると、下へ38cm軌道がかい離します。ボール5個分ぐらいです。回転数、回転軸による揚力の差に加え、15km/hの球速差で重力を受ける時間の差によっても軌道差が生まれます。

一方、横方向は7cm、ボール1個分のわずかな差です。

その結果チェンジアップは4シームに比べ真下に落ちるような軌道となります。

空振りをとるにも引掛けさせてゴロに打ち取るのにも適した軌道です。威力は十分なので変化量のばらつきがなくなりコントロールが安定すればもっと多投しメインウェポンとなりえる球です。







3Dプロット

今回計算した投球軌道を3D CADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。4シーム→チェンジアップ→2球種同時の順でループ再生されます。


チェンジアップの軌道はどこか途中でカクっと変化する個所があるわけではありません。それなのにホームベース上での上下位置は大きく異なります。そのため打者はスイングして空振りしてから4シームでなくチェンジアップだったと気づくことになります。
打者にとって本当に恐ろしいのは、鋭く曲がって見えることではなく、軌道がかい離していることを目で見て認識できないことです。










ではまた。


2022年1月8日土曜日

第101回 菊池雄星投手のスライダー軌道をトラッキングデータから再現計算


ひざ元へ    

スライダーは菊池投手が最も得意としている変化球です。左打者にはもちろん、右打者にもひざ元へ投げ込めば空振りを高い確率で奪うことができます。
ボールの違いからMLB移籍直後は思うに投げられずいたようですが、今では完全にアジャストしています。

今回はトラッキングデータから菊池投手のスライダーを軌道計算で再現します。


菊池雄星投手スライダーの軌道計算

トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は菊池投手のスライダーについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2021年シーズン前半(開幕から7月1日までの好調期間)の平均値です。











[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。


 

  
投手方向から見た回転軸





[計算結果]

計算された4シームの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。


菊池雄星スライダー投球軌道計算2021前半




スライダーの特徴

菊池投手のスライダーは変化量が小さいのが特徴です。自由落下軌道に対して下方向と右打席方向にそれぞれ7cmずつ、ボール一個分だけ曲がります。ほぼジャイロ回転をしているためです。2000年代に縦スラと呼ばれていた球に近く、曲がるというよりも落ちるタイプのスライダーです。

上空方向から見たx-yプロットでは横方向の変化量が小さくほぼ真っすぐとんでくる軌道です。曲りは小さくとも右投手の三塁側よりのリリースポイントから投げられ右打席方向にシュートしてくる軌道の4シームを見慣れている打者にはかなり急角度で飛んで来るように見えます。


4シーム軌道との比較

4シームの軌道と比べてみます。スライダーと、同じリリース角度の4シームを合わせてプロットすると以下のようです。


上下軌道の差は75cmもあります。同じリリース角度で投げられた球が高めと低目へ分岐していきます。4シームの強いバックスピン回転とスライダーの少しのトップスピン回転成分による揚力の差に加え、20km/hの球速差による重力を受ける時間差の影響も大きく作用しています。

横の軌道差は27cmです。上下ほど大きくありませんがホームベース幅の半分以上であり、打者を打ち取るのに十分な差を生み出しています。

投球割合の30%を占める4シームを狙っている打者には横へ曲がりながら落ちる球として、40%を占めるカッターを狙っている打者には落ちる球としてどちらにも威力を発揮します。


ところで、スライダーとカーブの分類というのはあいまいです。明確な定義はなく、速くて小さく鋭く曲がるものをスライダー、緩くて大きく曲がるものをカーブと呼ぶのが一般的です。

これとは別に、トップスピン成分が入り自由落下軌道以上に下へ変化するものをカーブ、そうでないものをスライダーとする分け方もあります。その基準で言うと、菊池投手のスライダーは高速で小さく曲がるカーブということになります。



3Dプロット

今回計算した投球軌道を3D CADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。スライダーと4シームが交互に投げられます。4シームは第98回で計算したものでリリース角度がスライダーよりも少し下向きになっています。


菊池雄星投手スライダー3D軌道


ボール1個分ずつの変化量とは思えない程鋭くカクっと曲がり、右打者のひざ元へ食い込んできます。






では、また。