第5の力
空中を飛んでいく野球ボールには「重力」「抗力」「揚力」の3つの支配的な力と、無視できるほど弱い「浮力」が作用します。
しかし、厳密に言えばもう1つ力が、存在します。
上記4つの力に加え、第5の力ともいえる「コリオリの力」が作用します。
地球とは
我々は地球上で野球をします。
地球とは何でしょうか?
哲学的なものを含め無数の回答がありますが、一つには、地球は「巨大な質量を持つ物体」です。
質量があると重力場が生じ、重力がボールの軌道を下に曲げます。
ブレーキとして働く抗力と、軌道を曲げる力として働く揚力は共に空気から受ける力ですが、その空気は重力により地表にとどめられています。もし地球の重力場が弱ければ空気は宇宙空間へ霧散してしまい、抗力と揚力は発生しなくなります。
また浮力も大気と重力により発生する力で、重力により下に曲がるのを弱める力とみなすことができます。「重力」「抗力」「揚力」「浮力」これら4つの力は直接的にしろ間接的にしろ地球の巨大な質量が生み出す重力場により発生します。
これに対して、コリオリの力は重力とも大気とも無関係に発生する力です。
回転する球体
地球とは何でしょうか?
もう一つの回答は、地球とは「回転する巨大な球体」です。
回転(自転)する地球上では、北半球で北の方角に向かって物体を飛ばすとコリオリの力と呼ばれる慣性力が働き、東へ曲がって逸れます。野球のボールもそうです。
これは緯度が上がるほど、自転軸からの回転半径が小さくなり、地球外から見た東への速度が小さくなるためです。地球上で真北に向かって発射された物体は、地球外から見れば東向き向きの速度も持っています。発射された瞬間では、地面の東方向の速度成分と物体に与えられたそれは同じなので、地球上の発射地点から見れば東への速度成分はゼロです。しかし発射地点よりも北へ行くと、地面の東方向速度がより遅いため、相対的に物体は東向きの速度を持つように見えます。そのため東へ曲がっていきます。
この説明は分かりにくいかもしれません。
トラックに乗って
思考実験をしてみます。
自転する地球上ではなく、間隔をあけて一定速度で並走する二台の軽トラックの荷台に乗った投手から捕手へ投球する場合を考えます。考えやすさのために空気抵抗と重力は無視します。
トラックが止まっている(v1=v2=0)場合は、通常の投球と同じで、投手が投げたボールは真っ直ぐ捕手へと届きます。
二台のトラックが同じ速度(v1=v2>0)で走っている場合も、相対速度がゼロなので、同じく投手が投げたボールは真っ直ぐ捕手へと届きます。実際に行うのは危険ですが、頭の中で考えるだけなら安全です。思考実験の良いところです。
このとき投手や捕手にとっては投球方向に真っ直ぐボールが投げられたように見えますが、地面の上に静止している人から見れば横向きにv1の速度を持って斜めの方向にボールが飛んでいくように見えます。
観測する人の立場によってボールの軌道は異なって見えるのです。
では、捕手側のトラックの速度が少し遅い(v1>v2)場合、どうなるでしょうか?
速さが違うと逸れる
この場合、投手の投げたボールはキャッチャーミットに向かわず、捕手側トラックの前方へ逸れてしまいます。
投手の方からは、捕手側のトラックが上図で左の方へ移動していくように見えます。運転席の窓にボールが当たって怒られたら、「そっちが後ろに下がったからだ」と言い訳するでしょう。
捕手の方から見ると状況が異なります。トラックの相対速度v1-v2分だけ横向きの速度を持ってボールが投げられたように見えます。「こいつが投げ損なった」と証言するでしょう。
回転する地球の上で緯度の異なる位置にいる二人がキャッチボールをする場合もこれと同じことが起こります。
東への速度
話を再び地球上に戻します。
地球は自転しているため、地球外から見ると中にいる人間やボールは地面ごと東向きの速度を持って動いています。南側にいる投手は速度v1で、北側にいる捕手は速度v2です。
より緯度が高い位置にいる捕手の方が、地球の自転軸に近く回転半径が小さい分だけ、地球の外からみた東方向への速度は小さくなります(v1>v2)。回転と並進の違いはありますが、両者の相対速度によりボールが逸れていくのはトラックの場合と同じです。
この状態で投手から捕手に向かって北向きに真っ直ぐボールを投げると、地球の中にいる人からは東向きの力を受けて曲がって逸れて行くように見えます。
この力がコリオリの力です。コリオリの力は遠心力と同じ慣性力で、地球と一緒に回転している人から観測される見かけの力です。
コリオリ力による曲り幅の計算式
では、
コリオリの力により真北に向かって投げた投球がどれくらい曲げられるのか、計算してみます。
簡略化のため重力と空気力を無視して、概算します。
日本のプロ野球本拠地の中では甲子園球場や楽天生命パークがホームベースをマウンドから見て北の方角に設置しており、投手は北に向かって投球します。
[計算式]
コリオリの力の計算式は以下のようです。
P = m・ω・sinθ・v -① : コリオリの力
(m:ボール重量、ω:地球自転の角速度、θ:緯度、v:球速)
ボールを曲げようとする加速度は、①式を重量mで割って、
α = P / m = ω・sinθ・v -② : コリオリ力による加速度
となります。
概算で球速vを一定とすれば、コリオリ力による横への曲り幅は、②式の加速度を時間で2回積分して、
Δy = 1/2・α・t^2
= 1/2・ω・sinθ・v・t^2 -③ : コリオリ力による曲り幅
(ω:地球自転の角速度、θ:緯度、v:球速、t:ボールの飛行時間)
を得ます。
コリオリ力による、投球の曲り幅計算結果
[計算条件]
球速はv=150[km/h]、ボールの飛行時間はキリよくt=0.5[s]とします。
緯度θは甲子園球場における値、θ=34.72度を使用します。(緯度はgoole mapで簡単に調べることができます。map上でマウスを右クリックすると出てくる小ウインドウの左上の数字です。)
角速度ωは、地球は24時間で一回転、つまり2π[rad]回転するので、ω=2π/(24×3600) [rad/s]です。
[計算結果]
③式に、上記条件の値を代入して計算します。SI単位系で計算します。
Δy = 1/2・ω・sinθ・v・t^2
= 1/2×2π/(24×3600)×sin(34.72×π/180)×(150/3.6)×0.5^2 = 0.00043 [m]
値が小さいので単位をミリに変換します。
Δy = 0.00043 ×1000 = 0.43 [mm] : コリオリ力による曲り幅
というわけで、甲子園球場で北に向かって投げられた150km/hの投球は、0.4ミリほど東側の右打席の方へ曲がる、という結果になりました。
とても小さい値です。これでは曲がっていることに誰も気がつきませんね。
コリオリ力による、打球の曲り幅計算結果
③式に見るように、コリオリ力による曲り幅はボールの飛行時間tの2乗に比例します。
ということは、投球よりも長時間飛んでいるホームランの打球の方がより大きく曲がるはずです。
次は、ホームランの打球の曲がり幅を計算します。
[計算条件2]
打球の飛行時間はキリよく、上記の投球の10倍でt=5.0[s]とします。その他条件は投球の計算と同じで、北に向かって打球を飛ばすとします。
[計算結果2]
曲り幅Δyはt^2に比例するため、上記の投球の計算結果にtの比の2乗をかけることで、打球の曲り幅を計算します。飛行時間を10倍にしたので、曲り幅はその2乗で100倍になります。
Δy = 0.00043 × 10^2 [m]
= 0.043 [mm]
単位をセンチに変換します。
Δy = 0.043 × 100 = 4.3 [cm] : コリオリ力による曲り幅
北に向かって打たれた150km/hのホームラン性の打球は、4.3cmほど東へ、従ってライト方向へ曲がる、という結果になりました。
投球の場合よりは大きいですが、回転や風による軌道変化に比べればまだずっと小さい値です。
甲子園球場ではライトからレフト方向に向かって浜風が吹くのでその影響にかき消されてしまいます。
北でも南でも
今回の計算結果を誇張した図で示すと以下のようです。
ホームベースから見て北の方角にあるレフトポールに向かって打球を飛ばすと、東側のフェアゾーンの方向へ曲がります。
ちなみに、レフトポールが南の方角だったらどうかと言うと、北の場合と同じです。
南に向かって打球を飛ばすと反対の西へ逸れますが、このときは西側がフェアゾーンになっています。北に向かってボールを飛ばしても、南に向かってボールを飛ばしても、「飛ばした人から見て右へ逸れる」と覚えておくと便利です。
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いつかもし、北あるいは南の方角にあるレフトポール目がけて高々と打ち上げられフェアかファールかと見守っていた打球が、ポールの外側をかすってホームランになるのを見たら、その時はコリオリの力のことを思い出してあげてください。
では、また。
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