屋根にドアはない
縦に大きく曲がるカーブは基本、低めに投げます。ストライクゾーンの外側へ向かって曲がり、逃げていく軌道は打者にとって打ちづらいためです。
反対に、高めのボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるような軌道では、あまり投げられません。
横の変化球、スライダーやカットボールやツーシームなどの場合では、ゾーンの外から曲げて入れてくる使い方は普通にされます。バックドアやフロントドアという呼び名もついているくらいです。
カーブに限らず、フォークや縦スラなどの落ちる球、縦の変化球はいずれも、高めのコースにはあまり投げられません。
なぜ、横の変化球のようにゾーンの外から入れてくる軌道では投げられないのでしょうか?
バックドア(裏口)やフロントドア(表玄関)はあっても、屋根にはドアがなく、上からホーム(家)の中に入ることはできないのでしょうか。
すっぽ抜け
プロやメジャーの試合では、高めに投じられたカーブはよく打たれます。
被打率が高いだけでなく、ホームランなのどの長打になりやすい傾向があります。
しかしこれを持って高めのカーブは威力がないと結論付けるのは、少し早計です。
なぜなら、それらは意図的に投げられたものでなく、低めに投げようとしたものの投げ損ないだからです。
高めにすっぽ抜けたカーブは、意図したタイミングよりも早くボールが手から離れてしまった球です。そのため、コントロールミスに加え、回転もしっかりかけられていない可能性が高いのです。
高めに抜けたカーブは回転数が少ないため、曲りが弱く、そのため打たれている、という説も考えられます。
そこで、今回は同じ回転のカーブを高めと低めに投げた場合の軌道を計算し、両者を比較してみます。
高めカーブの軌道計算
プロの平均的なカーブを想定し、球速125km/h,回転数2600rpmとします。高めと低めそれぞれストライクゾーンに入るように上向きリリース角度を調整し、横向きのリリース角度は同じとします。
[計算条件]
軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は、以下のようです。
[計算結果]
高め、低めそれぞれへ投じられたカーブの投球軌道、計算結果は以下のようです。グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右側はホームベース前端(x=18.01m)における、ボールの位置を表します。
高め、低めそれぞれへ投じられたカーブの投球軌道、計算結果は以下のようです。グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右側はホームベース前端(x=18.01m)における、ボールの位置を表します。
曲がり方は同じ
x-zプロットにおける上下の軌道は、一見、低めの球の方がよく曲がっているように見えます。
しかし、実際には同じ曲がり方をしています。
低めの方の投球軌道をリリースポイントを中心点として、リリース角度の差1.7度だけ左回り回転させれば、高めの投球軌道と重なります。どちらの投球軌道も重力の方向に対する角度が大きく違わないためです。
同じ球速同じ回転で投げられたカーブは、高めでも低目でも同じように曲がります。
x-yプロットにおける横の軌道は、両者でほぼ一致しています。そのため上の図では重なってグラフが一本しか表示されていないように見えます。
なぜ高めはNGか
球の曲がり方の違い、軌道そのもの優劣は、高めと低めでありません。
では、なぜ高めのカーブは打たれやすいのでしょうか?
1.ミートポイントが前にある
カーブは、イーファスピッチやナックルボールといったレアな特殊球を除けば、最も球速の遅い球種です。そのため打者はタイミングが早すぎる、泳がされた状態になりがちです。
そのときミートポイントが前にある高めのコースではタイミングを合わせやすく、後ろにある低めのコースでは合わせにくくなります。
2.打球が上がりやすい
高めの球はボールの下側を打ち、フライが上がりやすい傾向があります。
カーブは下へ向かって曲がり落ちるように変化するため、ボールの上側を打ってゴロになりやすい軌道です。
高めのカーブは両者の効果が打ち消し合って、ちょうどよい角度で打球が飛びやすくなると予想されます。
3.ゾーンが狭い
高めストライクゾーンの上限は、公認野球規則において「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のライン」と定められています。しかしプロやメジャーリーグの審判はもっと低い位置までしかストライクをとりません。
だいたい打者のベルトの上ボール1,2個ぐらいまでです。
そのため高めを狙って投げても、ボール判定されてしまい、フロントドアやバックドアに比べ見逃しストライクを高確率でとることが難しくなっています。
20年ほど前、日本のプロ野球ではこの規則通りに高めのゾーンをとる試みがなされました。本来のルール通りのはずなのになぜか、"新ストライクゾーン"と呼ばれていました。
これは失敗に終わりました。1年ももたずに、シーズン途中から審判たちは元通りの狭いゾーンに戻し始めたのです。戻した理由について審判団やコミッショナーからファンやマスコミに向けての正式なアナウンスはなく、もやもやしたものです。他国のリーグは狭いゾーンなのに日本だけルールブック通りにすればガラパゴス化し、国際大会で勝てなくなるという意見が強かった、というのが最も有力な説です。
今後もし、トラッキングシステムが発達し、機械による自動判定が導入されたとき、ルールブック通りにストライク判定されるように設定するのか、今の狭いゾーンをそのまま導入するのか、興味深いところです。それによって見逃しストライクを奪うのに有効な投球軌道もまた、変わってくるはずです。
3Dプロット
今回計算した高めと低めのカーブの投球軌道をCADソフトで3Dプロットし、それをgif動画にしたものが以下です。
参考に145km/hのストレートも追加しました。
高めのカーブは、ストレートの後に見ると投げた瞬間にはとんでもないボール球に見えるので注意していないと見逃してしまうかもしれませんが、しっかり振っていければレフトへ強く引っ張った打球が打てそうです。
では、また。
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