2023年7月15日土曜日

第151回 東京ドーム、神宮球場、バンテリンドーム。左中間・右中間のホームランの出やすさはどのくらい違うか?



ホームランの出やすい球場

日本で一番ホームランの出やすい球場はどこでしょうか?

神宮球場はフェンスまでの距離が近くホームランが出やすいと言われています。

東京ドームは左中間・右中間フェンスのふくらみが小さく、やはり出やすいと言われています。

反対にバンテリンドームナゴヤでは、それらのふくらみが大きくフェンスも高いので日本一ホームランが出にくい球場だと言われています。


今回はこれら球場の左中間・右中間でどのくらいホームランの出やすさが違うのか軌道計算で比較してみます。


パークファクター

実績をもとにホームランの出やすさ、出にくさを表した「パークファクター」という指標があります。
1が普通で、1より大きいほどホームランが出やすくく、1より小さいほど出にくいことを表します。

22年シーズンの実績では、東京ドームが1.27、神宮球場は1.47(*1)と他の球場より多くホームランがでています。

一方バンテリンドームは0.74で、イメージ通りホームランが出ていません。
同レベルの低さを誇っていた札幌ドームから日本ハムが去ってしまい、お友達がいなくなってしまいました。


参考資料
(*1)Slugger特別編集2023プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社


バンテリンドーム ナゴヤ


バンテリンドームの左中間・右中間は本当に深くてホームランが出ません。

打った瞬間入ったと思った打球がフェンスに当たり、のけぞって苦悶する立浪監督の顔を、今シーズンもう何度も見ています。

名古屋城を木造にする金があるなら、バンテリンドームにホームランテラスをつけてくれ、と中日ファンは願っています。

同心円できれいな形をしたあのフェンス、
個人的には結構好きなのですがね。



東京ドーム


私が最後に東京ドームに行ったのはGWか夏休みか、日にちは忘れましたが、入り口でオレンジ色のユニフォームをもらいました。

巨人ファンじゃないので着るのをためらっていたら変に目立ってしまって、恥ずかしい思いをしたのを覚えています。

5回が終わった時に谷繁が通算3000試合出場で花束をもらって、その時巨人が3-0で勝っていたので機嫌のよい巨人ファンからも温かい拍手が送られました。

そのあと、平田が3ランを打って同点に追いつきました。右中間への当たりで三塁側内野席から打球の軌道が良く見えました。

最後は高橋周平がエラーして負けましたが、よい一日でした。ユニフォームは叔父にあげました。また行きたいです。


神宮球場


シーズン最多本塁打、日本人シーズン最多本塁打、唯一の複数回トリプルスリー。いずれも神宮球場を本拠地とした近年のヤクルト在籍選手が記録しています。

長距離砲を育てる球場です。




スペック


東京ドーム、神宮球場、バンテリンドームナゴヤのスペックを見てみましょう。

以下のようです。(wikipedia調べ)

  両翼 左・右中間 中堅フェンス高さ
 東京ドーム 100 m 110 m 122 m 4.24 m
 神宮球場 97.5 m 112.3 m 120 m 3.3 m
 バンテリンドームナゴヤ 100 m 116 m 122 m 4.8 m
 
神宮球場は狭い上にフェンスも低くなっています。ホームランが出やすいのももっともです。

しかし、よく見ると左中間・右中間フェンスについては東京ドームの方が神宮球場よりも近くにあります。

プロットすると以下のようです。



バンテリンのフェンス、ブルーモンスターは遥か後ろに仁王立ちです。



左中間・右中間へのホームラン軌道計算


では東京ドーム、神宮球場、バンテリンドームナゴヤで左中間・右中間方向へのホームラン軌道を計算します。

各球場のフェンスに対し、超えてホームランなるために必要な打球速度を同条件で計算し、ホームランの出やすさを比べます。

[計算条件]

打球角度は上向き30度、回転数2000rpmのバックスピン回転とします。
x軸をホームから左中間・右中間方向にとっています。

それぞれのフェンスをぎりぎり超える軌道を求めます。


[計算結果]

計算結果は以下のようです。


東京ドームの左中間でぎりぎりホームランになる打球速度は150km/hです。
神宮球場ではこれよりわずかに大きく151km/hです。

なんと左中間・右中間については東京ドームの方が神宮球場よりもホームランになりやすい、ということが分かりました。びっくりです。


バンテリンで必要な打球速度は156km/hです。神宮球場よりも5km/h余分に速い打球でないとホームランになりません。軌道のスケールも他二つより一回り大きくなっています。

神宮球場、東京ドームでぎりぎりホームランになる打球をバンテリンで打った場合、フェンスの手前でバウンドします。

フェンス直撃すらしません。

ブルーモンスターの足元にも及ばないというわけです。




レフト戦・ライト線へのホームラン軌道計算

レフト線・ライト線ではどうでしょう。
同じ条件で計算してみました。

[計算結果2]


こちらはイメージ通り、神宮球場が最も入りやすくなっています。




2023年7月1日土曜日

第150回 野球の例え言葉はどのくらい盛っているか?

 


ムーンショット

"Fly to the moon !!! "(月まで飛んでけ!!!) 

メジャーリーグの実況では特大ホームランを月まで届くような大飛球という意味で、「ムーンショット」と表現することがあります。

「ムーンショット」の他にも強い打球の比喩として「弾丸ライナー」、「火の出るような当たり」、「ピンポン玉のように飛んでいく」といった表現があります。

どれも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?


もちろん打球は外野席かせいぜい場外駐車場に落ちて、月までは飛んでいかず、ピストルの弾より遅く空中で燃え始めることもありません。

すごさを表現するために、ちょっと大げさに例えることはしばしばあることです。いわゆる"盛る"というやつです。

今回はこれらの例え言葉が実際の打球に比べどのくらい盛られているのか計算してみます。


ムーンショットの盛り率

大谷翔平選手が今日ついに150メートルを超える飛距離を記録しました。

100回の時の計算で超えられるはずだとは思っていたのですが、実際の映像を見るとやはりとんでもない軌道です。

150メートル超えは特大中の特大でメジャーでも数本しか記録されていません。

通常の特大ホームラン、ムーンショットと言われるような打球の飛距離は140メートルほどです。センター方向ならバックスクリーンかさらにはスコアボードを直撃するような大きな当たりです。

一方で、地球から月までの実際の平均距離は38万4400キロメートル(*1)です。

何倍違うか計算すると、

38,440,000/140=2,745,714倍

となります。

6桁も違います。100万倍以上です。

ずいぶんと盛られていますね。メジャーは盛り方もビックです。



アルバトロス

さて。ちょっと寄り道して、ゴルフの話を。

パー5のロングコースを2打でカップインすることを「アルバトロス」と言いますが、これも結構盛っています。

2打で入れるためにはティーショットの飛距離が不可欠ですが、ゴルフのドラコン記録は400ヤード(*2)、メートルで言うと366メートルぐらいです。

アルバトロスは、日本でアホウドリと呼ばれている海鳥のことです。

体に比べて異常に長い翼は翼面積と揚抗比に優れ、普通の海鳥は100kmも飛べば疲れて着陸して休むところ、1000kmをノンストップで渡り切ってしまいます。

盛り率を比べてみると、

1,000,000/366=2,734倍

です。

ゴルフは3桁盛っています。

流体力学的の観点から言えば、球形状が翼型にかなうはずがありません。




弾丸ライナーの盛り率

野球に戻ります。

日本では速い打球をよく「弾丸ライナー」と表現します。打球と実際のピストルの弾とではどれくらい速さが違うでしょうか。

メジャーリーグで記録された打球速度で最も速いものは190km/h台です。

一方ピストルの弾は、日本警察で採用されているP2000という拳銃で砲口初速は秒速350メートル(*3)です。

ほぼ音速と同じで、時速に直すと1260km/hになります。

比べてみると、

1,260/190=6.6 倍

となります。

ムーンショットに比べると控え目な表現です。日本人はつつましいですね。

銃身の長いライフル銃では力積になる加速距離が長いためもっと砲口初速は大きくなりますが、せいぜい1桁しか違いません。





火の出るような当たりの盛り率

速い打球に対しては「火の出るような当たり」という表現もします。投手なら「火の玉ストレート」です。

超高速で飛ぶ物体は空中で発火します。

マンガでよく使われる表現なので、聞いた人もイメージしやすいのではないでしょうか。

私はずっと勘違いしていたのですが、これは空気との摩擦熱が原因ではなく、物体前方で圧縮された空気の温度が上昇するために起こるそうです(*4)

エアコンの暖房と同じ仕組みです。

空気中で発火する速度というのは明確ではないため実際に発火現象を起こしている、隕石の速度を使用します。隕石の速度は秒速18キロメートル(*5)で、これは64,800km/hです。

打球の速度は先と同じく190km/hとして比べてみると、

64800/190=341 倍

となります。

2桁盛っています。





盛り比べ

上記三つの例え言葉の盛り率を比べると、以下のようです。

ムーンショットの盛りすぎが目に余ります。


第二宇宙速度

少し擁護(?)するために、ムーンショットも同じ速度の土俵で比べてみます。

実際にロケットで月まで飛んでいくためには、地球の重力を振り切る必要があります。

これに必要な速度には「第二宇宙速度」というおしゃれな名前がついており、40300km/h(*6)です。

これと190km/hの打球を比べると、ムーンショットの盛り率は

40,300/190=212倍となります。

火の出るような当たりと同レベルに収まりました。(だからなんだという話ですが。)




ピンポン玉のように飛んでいく

さて、最後は「ピンポン玉のように飛んでいく」です。

この表現は多くの野球ファンから突っ込まれたせいか、最近の若いアナウンサーはほとんど言わなくなりました。

ピンポン玉で野球をやって遊んだことのある人は経験あると思いますが、減速が大きくて全然飛びません。

ピンポン玉は軽いので少しの空気抵抗でも大きく減速されてしまいます。

D=m×a 

(ここで、D:抗力(空気抵抗)、m:ピンポン玉重量(慣性質量)、a:ピンポン玉の加速度(減速度))

野球ボールに比べ直径が小さいため抗力Dは小さいのですが、それ以上に重量mが小さく慣性が小さいので、加速度aが大きくなりすぐ減速にしてしまいます。


ピンポン玉のように飛んでいくの軌道計算

ピンポン玉を野球のホームランと同じ条件で飛ばしたら、どれくらい飛ぶでしょうか?

軌道計算で求めてみます。


[計算条件]

球速150km/h、バックスピン回転で回転数2700rpm、上向き30度で飛び出すとします。

ピンポン玉は抗力係数CD=0.50,揚力係数CL=0.25(スピンパラメータSP=0.5)(*7)とします。

参考資料(*7)はRe=3.0×10^4のデータで、今回の条件ではRe=1.1×10^5ですがRe=10^3~10^5の範囲ではCD,CLはReの値に依らずほほ横ばいになることが知られているため本計算では同じ値を使用しました。

野球はCD=0.41,CL=0.21(SP=0.23)とします。



[計算結果]

計算結果は以下のようです。

ピンポン玉軌道


野球の飛距離117メートルに対して、ピンポン玉は18メートルしか飛びません。ピッチャーフライです。

軽くて慣性も重力も小さいので、前半の軌道はバックスピン回転によるマグナス力によって大きく上へ曲がり浮き上がります。後半落ちてくるときは+x方向にもマグナス力が働くため、野球のように上凸ではなく、わずかに下凸の軌道となります。野球では見られない変な軌道です。


というわけで「ピンポン玉のように飛んでいく」は盛っておらず、むしろ控え目な表現です。

マイク・トラウトを捕まえて「アメリカの稲村亜美」と表現するようなものでしょうか。


ちなみに子供のころやったことがあるのですが、ピンポン玉を野球のバットで思い切り打つと、割れます。


ではまた。



参考Webサイト
(*1) Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E8%BB%8C%E9%81%93

(*2)ゴルフダイジェスト社
https://www.golfdigest.co.jp/digest/event/longdrive/past/

(*3) Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/H%26K_P2000

(*4)JAXA
https://iss.jaxa.jp/kids/faq/kidsfaq10.html

(*5)千葉工業大学
http://www.perc.it-chiba.ac.jp/kiji/20130220-RussiaMeteor-wada/Russian_meteorite_FAQ_20130220.htm

(*6)wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E9%80%9F%E5%BA%A6

(*7)並列計算技術の数値流体力学への応用
https://i.riken.jp/download/Q18260.pdf#:~:text=%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%84%E5%8D%93%E7%90%83%E3%81%A8,%E3%81%95%E3%82%8C%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%EF%BC%8E