2022年3月26日土曜日

第112回 牧田和久投手スライダー軌道の再現計算


曲がり落ちないスライダー

牧田和久投手が最も得意としている変化球がスライダーです。
アンダーハンドの投球フォームから投げられるスライダーは、ストレート同様にオーバーアンド投手の球とは回転軸も軌道も大きく異なる独特なものです。

アンダーハンド投手特有の低いリリースポイントから上に向かって投げられたスライダーは、曲がり落ちることなく、浮き上がりながら真横へ曲がっていくような軌道です。

今回は牧田投手のスライダー軌道の再現計算を行います。



スライダーの軌道再現計算

メジャーリーグ、パドレス時代の2018年に計測されたトラッキングデータを使用します。球速、回転数から変化量がデータに合うよう回転軸を調整します。

トラッキングデータの変化量はボールの回転で生じるマグナス力による変化量のみで、重力による落下量は含まれていません。同じ球速の自由落下に対する変化量です。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値、および計算結果のグラフプロットは以下のようです。

[インプット値]




[計算結果]

ストレートよりもホップするスライダー

縦の変化量は28cmです。前回計算した牧田投手のストレートは、縦の変化量が16cmでした。スライダーの方がストレートよりもボール1個分ほど大きく上へ変化します。これは自由落下軌道に対する縦の変化量であり、バックスピン回転の揚力によりホップする量です。

これもアンダーハンド投手特有の球です。オーバーハンドの投手では、スライダーもカットボールも縦の変化量はストレートよりも小さくなります。ストレートを基準として曲がり落ちる軌道です。

オーバーハンド投手と多く対戦している打者は、「スライド方向に変化する球はホップしてこない」という経験則が身に着いています。そのため牧田投手のスライダーは浮き上がってくるような異質な軌道に感じられるはずです。いわゆる、ライジングスライダーです。

NPB復帰後の2020年シーズンでは、被打率.158と素晴らしい数字を残しています。これは松井裕樹投手のスライダー被打率(.233)をも上回っています。投球割合もストレートに次ぐ25%と多投しており、一番の武器となっている変化球です。



ストレート軌道と見比べる(2D)

前回計算したストレート(4シーム)の軌道と重ねると、以下のようです。両者は同じリリース角度で投げられています。

スライダーはストレートよりも低い位置へ到達しています。
バックスピン回転によるホップ量では勝るスライダーですが、重力による落下が加わる実際の軌道では逆転し、球速が17km/h遅いスライダーの方がよりおじぎする軌道になっています。
そのため、浮き上がるというよりは、「遅いわりには落ちてこない」、「落ちてくるはずのものが落ちてこない」という感覚のずれでボールの下を空振りしてしまうのかもしれません。

24cmの上下軌道差があります。オーバーハンド投手のストレート&スライダーのコンビネーションに比べると縦の軌道差はずっと小さく、ストレートとカットボールぐらいの軌道差です。そのため打者にとっては落ちるとか沈むといった感覚はないと思われます。

牧田和久投手ストレート&スライダー軌道

スライダー単体での横の変化量は18cmとそれほど大きくありません。

しかしストレートが反対のシュート方向に30cmも変化しているため、両者の差でみると49cmとかなり大きくなります。これはホームベースの横幅よりも大きな差ですから、インコースぎりぎりのストレートと同じリリース角度で投げられた球が、アウトコースのボールゾーンまで曲がって逃げていきます。



ストレート軌道と見比べる(3D)

3D動画で見比べると、以下のようです。上記の計算結果をCADソフトでプロットしたものです。



横方向へ大きくシュートするストレートと沈まずに真横に曲がるスライダーのコンビネーションは、コントロールよくインコース、アウトコースに投げ分けられればとても効果的です。




ではまた。

2022年3月19日土曜日

第111回 牧田和久投手の球は上へ向かって飛んでいるのか?


アンダーハンド

アンダーハンド投手の変則的かつ流れるような滑らかな投球フォームは芸術性があり、見ていて楽しいものです。

残念ながら近年は数が減り、絶滅危惧種と言われています。野生動物ならかわいそうだからと狩りの能力が低くても保護してもらえますが、野球選手は自力で打者を打ち取り生き残らなければなりません。

日本を代表するアンダーハンド投手である牧田和久投手は今、プロの世界で生き残れるかどうかの瀬戸際にいます。

メジャーリーグへの挑戦が決まったときには侍として出場した国際大会での良好な成績から、メジャーリーグの外国人打者たちに対してもその変則的なフォームと独特の投球軌道は通用するだろうと期待されていました。しかし、思うような結果が残せず、わずか2年で日本に出戻りしました。

その際古巣西武ではなく同じパリーグの敵チームである楽天を選んだことが不興を買ったのか、昨シーズン2軍とはいえあれほどの成績を残したにもかかわらずオフに獲得に動くNPB球団はありませんでした。今シーズンは独立リーグに所属しNPB復帰を目指すことになりました。



牧田和久投手のストレート

下のgifは、牧田和久投手のストレートです。

トラッキングデータを基に、軌道計算で再現しました。(投手のCADはオーバーハンドのままです。)


牧田和久投手ストレート軌道gif

アンダーハンド投手特有の低いリリースポイントから上に向かって投げ出されるストレート、130km/hの球速以上に速く見えます。




軌道再現計算

メジャーリーグ、パドレスに所属していた2018年に計測されたトラッキングデータを使用しました。球速、回転数から変化量がデータに合うよう回転軸を調整しています。

トラッキングデータの変化量はボールの回転で生じるマグナス力による変化量のみで、重力による落下量は含まれていません。同じ球速の自由落下に対する変化量です。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値、および計算結果のグラフプロットは以下のようです。

[インプット値]


[計算結果]

牧田和久投手ストレート軌道



少ないホップ量

縦の変化量は16cmです。

メジャーリーグやNPBのオーバーハンド投手の場合、ホップ量は平均的で40cm程です。牧田投手のストレートのホップ量は、平均的なオーバーハンド投手の半分以下です。

これは牧田投手に限らず、アンダーハンド投手に共通することです。

アンダーハンドの投げ方でバックスピン回転を与えようとすると、ジャイロ回転が多く混じってしまいます。オーバーハンドの投手がスライド回転を与えようとするとジャイロ回転が混じるのと同じです。これにより回転数のわりにホップ量が少なくなっています

一方で横の変化量は30cmと大きくなっています。オーバースロー投手の1.5倍ほどです。ホップ量が少なく、シュート量が大きい、オーバーハンド投手のシンカーに近い変化量です。


威力半減

アンダーハンド投手のストレートは、ストライクゾーンよりも高い位置からリリースするオーバーハンド投手では投げることのできない、下から上への軌道が最大の武器です。

しかしながら、上記のように回転によるホップ量ではオーバーハンドに劣ります。加えて、オーバーハンドに比べ球速が遅いため、重力を受ける時間も長くなり、その分落下量が増えます。

結果、下から上への軌道という武器は、回転軸の悪さと、球速の遅さの2つの要因により威力が半減してしまいます。

これは牧田投手個人の技術的な問題ではなく、アンダーハンドという投法の問題なので改善は容易ではありません。


打っているのは上から下の球

上のx-zプロットを見ると、上下方向の軌道が明確です。

上向き4度の角度で投げられた球はリリース直後こそ下から上に向かって飛んでいます。しかし、x=12m過ぎ、ホームベースの手前6メートルあたりで頂点を迎えた後、打者の手元では上から下への落下軌道に転じています。

打者の感覚としては下から浮き上がってくるように見える球も、実際にバットで打っているのは上から下に向かって飛んでいる球です。

打者のバットはインパクトのシーンにおいて下から上へ動いていますから、もし投球が下から上に向かって飛んでいれば両者の軌道は点でしか交わらず、少しのタイミングのずれでも空振りをとりやすくなります。

しかし実際の球は上から下への軌道です。目では下から上に向かって飛んで来るように見えても、実際にはバットの軌道と重なっているため、振ればそれなりに当たってしまいます。

これが、アンダーハンド投手が通用しづらい理由であり、それゆえ数が少ない理由の一つだと考えられます。



オーバーハンドと見比べる

オーバーハンドの平均的なストレート(145km/h, 2000rpm)と見比べると、以下のようです。

15km/hも遅い割には速く見えます。

牧田和久投手ストレート軌道gif2






ではまた。





2022年3月12日土曜日

第110回 低目の球は位置エネルギーにより加速しているか?




高低差

ボールを肩の高さまで持ち上げそっと手を離すと、落ちていきます。

このとき重力により加速され、はじめは止まっていたボールが足元では結構速くなります。物理学ではこの現象を、位置エネルギーがボールの運動エネルギーに変換されたと解釈します。ボールはエネルギーをもらったので動きが速くなります。

これは水平に飛んでいる投球でも同じです。リリースポイントとホームベース上における高低差の分だけ位置エネルギーが運動エネルギーに変換され、鉛直方向の速度が増加します。

位置エネルギーは保存力のため、途中の経路によりません。軌道が直線的でも山なりでも最初と最後の高低差が同じならボールがもらう位置エネルギーは同じです。



低めの球速い説

この理屈でもって、「低めの球速い説」を唱える人がいます。

低めの球は高めの球よりもリリースポイントとの高低差がより大きく、より多くの位置エネルギーが運動エネルギーに変換されるため、同じ初速なら低めの球の方がホームベース上での終速が速い、というわけです。

実際のところ、低目の球はホームベース上でどれくらい加速しているのでしょうか。計算してみます。


概算

リリースポイントの高さを1.8メートル、低目のストライクゾーンを0.5メートルとすれば、高低差は1.3メートルです。
この1.3メートル分の位置エネルギーでどれくらい加速するのか、まずは概算してみます。これは高校物理の計算式で事足ります。

計算式は以下です。
Ep=mgh : 位置エネルギー (m:ボール重量、g:重力加速度、h:高低差)-①
Ek=1/2*m*vz^2 :運動エネルギー(m:ボール重量、vz:鉛直方向の球速)-②
EpがEkに変換されるので、①=②から
vz=√2gh ‐③ 。

③式に値を代入すると、
vz = √2*9.81*1.3 = 5.05 [m/s]
vz =5.05 * 3.6 = 18.2 [km/h]
です。
1.3メートルの高低差で鉛直方向速度は18km/hアップします。結構加速しています。

ただし、この18km/hアップという結果を持って、「低目の球は速い説」を肯定するのは早計です。
これは鉛直方向の速度であり、投球速度の大部分をしめる水平方向の速度とは90度向きが異なります。
そのため単純に足し合せて130km/hの球が、148km/hにアップするというわけにはいかないのです。

簡潔に垂直として速度ベクトルを合成すると、球速は
v=√vx^2+vz^2 = √ 130^2+18^2 = 131.2 [km/h]
となります。
たったの1.2km/hしか速くなりません



軌道計算

では、次に軌道シミュレータを使用しより実際の投球に近い状態で計算します。低めと高めの球それぞれのホームベース上における終速を計算し比較します。

[計算条件]
初速150km/h、回転数2200rpm、完全なバックスピン回転とします。
リリースポイント高さは1.8メートルで低目のゾーン高さ0.5メートル、高めのゾーンの高さ1.1メートルを通過していくようリリース角度を調整します。
リリースポイントとホームベース上における高低差は、低目の球が1.3メートル、高めの球が0.7メートルになります。

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。



[計算結果]
低め、高めの球の軌道計算結果は以下のようです。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右端の点のみホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置を表します。
グラフ上に記載した終速の値は、x=18.01mにおける計算結果値でそれぞれvx=dx/dt、vz=-dz/dt, v=√(dx/dt^2+dy/dt^2+dz/dt^2)です。

位置エネルギー加速

低めの球(リリースポイントとの高低差1.3メートル)は、終速度134.3km/hです。高めの球(高低差0.7メートル)は終速133.9km/hです。
初速が同じでも低めの球の方が終速は0.4km/h速い、という結果になりました。

鉛直方向速度vzは低めが15.0km/h、高め9.8はkm/hであり、5km/h以上の差があります。しかしベクトル合成された全体の球速の差は0.4km/hとごくわずかになります。
また、空気抵抗による減速の方が重力による加速よりも大きいため、初速よりも終速の方が遅くなります。


体感速度

0.4km/hの球速差を持って、低めの球の方が速いと結論付けられるでしょうか。打者が感じる体感速度を考えると、そう言い切ることはできません。

リリースからホームベース上に達するまでの時間の計算結果は、低めで0.4133秒、高めで0.4128秒です。低めの球の方が0.0005秒(=0.5ms)遅れをとります。
終速の速い低めの球の方が、ホームベース上に遅れて到達するのです。
この逆転現象が起こる原因は下向きのリリース角度にあります。低めに投げる方がより下向きに投げ出すため、初速の水平方向成分vxが小さくなるためです。

また打者のミートポイントは低目の球では後ろより、高めの球では前よりになります。

この2つの要因の方が、終速がわずかに0.4km/h大きいことの影響を上回り、高めの方が速いと感じるのではないかと考えられます。

また位置エネルギーは保存力で、途中の経路によりません。投球の速度や軌道によらず、誰がどう投げようと、リリースポイントとホームベース上の高低差だけで鉛直方向速度vzの増加量は決まっています。そのため、打者が経験に基づき無意識化で行っているであろう高低差による鉛直速度の加速の予測は、毎回補正いらずで同じように適用することができるゆえに正確であり、その結果位置エネルギーによる鉛直速度の増加により打ちづらさを感じることはないと考えられます。




リリースポイント高いと速い説

「低めの球速い説」と類似で、「リリースポイント高いと速い説」もあります。
リリースポイントの方を高くすることでホームベース上との高低差を大きくし、より多くの位置エネルギーを得るというわけです。

上述の低め高めでは高低差の差が0.6メートル(=1.3-0.7)で、終速の差が0.4km/hでした。
リリースポイントを仮に20cm高くしても、得られる終速アップはこれよりもずっと小さくなります。そのため、リリースポイントを高くすることでの終速アップ効果は実用的なレベルではないということが分かります。

リリースポイントを高くしたことで成績が良くなった投手も大勢いますが、それは終速アップによるものではなく、回転軸や球筋の改善によるものです。

またオーバースローの投手は150km/hなのにアンダーハンドスローでは130km/hしかでないのは位置エネルギーのせいだ、という人もいますが、これはさすがに的外れです。そもそも初速が遅いのですから。




ではまた。






2022年3月5日土曜日

第109回 150km/hの球を、真上に向かって投げるとどうなるか?



試合中は投げない

試合中の投球ではボールは、水平に近い角度で投げられます。ストライクゾーンの上下限内を通過させるためです。

送球は距離が遠くなれば多少山なりの上向き角度で投げられますが、真上に向かって投げるようなプレーさすがにありません。

もし、真上に向かって思い切り速い球を投げたら、どうなるでしょうか?


真空中の150km/h

この問題は、高校物理の教科書でも定番です。

球速

真上に向かって投げられたボールは、一定の下向きの重力を受け、時間とともに減速します。球速を表す計算式は以下のようです。

v = vo - g・t -① : 球速 

(vo : 投げた瞬間の球速、g : 重力加速度、t : 投げてから経過した時間)

例えばメジャーリーガー並みの150km/hの球で、投げてから1秒後の球速を①式で計算すると、

v = { (150/3.6) - 9.807×1 } ×3.6 = 115km/h

となります。3.6で割ったり、かけたりしているのは、時速(km/h)と秒速(m/s)を変換しているためです。

重力によりわずか1秒で、35km/hも減速します。


高さ

さらに時間が経過すると、球速はどんどん遅くなり、やがてゼロになります。その後は重力により下向きに加速され、球速を増しながら下へと落ちていきます。

この球速がゼロになった瞬間が、最も高く上がり頂点に達したときです。

頂点におけるボールの高さを求めなさい、という問題も高校物理で頻出です。これはエネルギー保存則を学ぶのに適しています。

投げた瞬間の運動エネルギーと頂点における重力の位置エネルギーが等しいことを式で表すと、以下のようです。

1/2・m・vo^2 = m・g・h ‐②:エネルギー保存則

(m : ボール重量、vo:投げた瞬間の球速、g : 重力加速度、h : 頂点における高さ)

頂点の高さhについて表す形に変形すると、

h = vo^2 / (2g) ‐③:頂点におけるボールの高さ

となります。

②式の両辺にあったmは打ち消し合って、無くなりました。細かいことをいうと、左辺のmは慣性質量、右辺のmは重力質量なのです。物理学者の先人たちが両者が同じものであることを証明してくれているため、気軽に打ち消すことができます。

先と同様に150km/hの球を想定し、③式で計算すると、

h = (150/3.6)^2/(2×9.807) = 88.5m

となります。

150km/hの球を真上に向かって投げると、高さ90メートル弱まで上昇します。

これは中部電力 MIRAI TOWER(旧・名古屋テレビ塔)の展望台と同じぐらいの高さです。





大気中の150km/h

さて上記は、真空中で空気抵抗がない場合の計算です。高校物理では、本質を理解するためと、難しくなりすぎるのを避けるために、空気抵抗は省略されることが多くなっています。

実際の地球上で大気がある場合では、どうなるでしょうか。

重力に加えて空気抵抗が働くため、ボールが上がって行く際の減速は、さらに大きくなります。

また空気抵抗により失われたボールの運動エネルギーは、空気分子の運動エネルギー、すなわち熱エネルギーに変換されます。頂点に達した時、最初に持っていたボールの運動エネルギーの全てではなく、熱エネルギーとして逃げていった分を差し引いた残りの分が、位置エネギーになります。位置エネルギーは高さに比例しますので、空気抵抗があると頂点の高さが低くなります。

また頂点を過ぎて落ちてくる際にも、空気抵抗によりエネルギーが逃げていきます。頂点のときに蓄えていた位置エネルギーの全てではなく、逃げていった残りが、ボールの運動エネルギーに変換されます。

結果、地上の高さまで落ちてきたときの球速は、投げ上げた瞬間の球速よりも遅くなります。


大気中の150km/hの軌道計算

では大気中で空気抵抗がある場合、真空中で空気抵抗がない場合に比べどのくらい頂点の高さが低くなり、落ちてきたときの速度が遅くなっているのか軌道計算してみます。

[計算条件]

球速は150km/h。回転は無回転、ただしナックルボールのような変化はしないとします。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は、以下のようです。抗力係数CDをゼロにするか、もしくは空気密度をゼロにすると空気抵抗による減速がなくなります。





[計算結果]
大気中と真空中において、それぞれで真上に向かって投げられた150km/hの球の軌道計算結果は、以下のようです。グラフ中の点は0.2秒ごとのボールの位置を表します。

上昇時と落下時が重なって見づらいため、gifアニメ化したものも併せて示します。

  


上昇中に1/3失って、残り2/3

大気中での頂点高さは59mとなりました。

真空中の90m弱に比べ2/3程度に減っています。頂点高さに比例する重力の位置エネルギーも2/3ほどに減っていることになります。

投げた瞬間から頂点に達するまでの上昇過程において、最初に持っていたボールの運動エネルギーの1/3程度が空気抵抗により失われ、大気中の空気分子へ逃げていきました。


落下中に1/6失って、残り半分

大気中において、地上の高さまで落下してきた時の球速は103km/hとなりました。

運動エネルギーは球速の2乗に比例しますので、この時のボールの運動エネルギーは最初に比べ、0.47倍(=(103/150)^2)に減っていることになります。落ちてきたボールの持つ運動エネルギーは、投げ上げた瞬間の半分程度に減っています。


エネルギー効率

エネルギーは、投げた瞬間から頂点まで上昇する間に1/3が失われて2/3が残り、頂点から地面まで落下する間にさらに1/6が失われて最初の1/2の運動エネルギーを持って帰ってきます。ボールが上がって落ちてくる間に半分のエネルギーが大気中に逃げ、残り半分がボールに残ります。

このように物を動かすとエネルギーはいくらかよそへ逃げていきます。

例えば、火力発電のエネルギー効率は良いものでも50%程度と言われており、今回のボールと同じようにエネルギーの半分を逃がしています。石油の中に閉じ込められていた化学エネルギーの半分しか電気エネルギーに変換できず、半分を大気中に熱として逃がしてしまいます。これが二酸化炭素の排出とは別に、より直接的に温暖化に悪影響を与えます。

また人間の筋肉はもっとエネルギー効率が低く20%程度と言われています。食べ物の中に閉じ込められていた化学エネルギーの20%しか筋肉の運動に変換できず、80%を熱として逃がしてしまいます。そのため、運動をすると体温が上がって汗をかきます。




*****

今回は150km/hで計算しましたが、球速がもっと速くなると地球の重力を振り切って宇宙へ飛び出し、落ちてこなくなります。これには40300km/h(第2宇宙速度)が必要です。

とても人間に投げられる球速ではありません。






では、また。