2021年9月25日土曜日

第87回 前田健太投手のカーブ軌道を、トラッキングデータから再現する

  ツインズ



縦に割れる    

前田投手はカーブも得意な投手です。

最近ではマエケンといえばチェンジアップ、少し前ならスライダーというイメージですが、若いころはカーブも良く投げていました。

日本時代は速球投手であり、140キロ代後半のストレートを高めに投げることも多かったため、高めのボールゾーンから低目に落ちてくる、縦に大きく割れるカーブは非常に効果的でした。

現在でも打者が忘れたころに意表をついて投げることで上手く翻弄しています。



子供相手でも

以前、前田投手がテレビ番組の企画で天才キッズたちと対戦したことがありました。

同世代の中では飛びぬけた天才たちとはいえ、所詮は子供です。前田投手が余裕で勝つだろうと予想されました。
ところが、オフシーズンのためストレートが120キロ台しかでず、バットに当てられてしまいかなり苦戦していました。

そんな時に活路を見出したのがカーブでした。頭よりも高いところから落ちて来てストライクになる、そんな見たこともない軌道に天才キッズたちのバットは空を切りはじめ、スイングを崩されました。
そうしてなんとか面目を保つことができました。

ちょっと大人気ない気もしましたが、当のキッズたちはやっぱりすげーと感心していたようでした。

今回は、そんな縦に大きく割れる前田投手のカーブ投球軌道をトラッキングデータから再現計算してみます。


前田投手カーブの軌道計算

トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は前田投手のカーブについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2019年シーズンの平均値です。



[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。








[計算結果]

計算されたカーブの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。







カーブの特徴

前田投手のカーブの上下方向軌道は、トップスピン回転により自由落下以上に下へ曲げられています。地面と水平にリリースされた球が、打者のひざ下のボールゾーンまで曲がり落ちています。

また、横への曲り幅も28cmと大きくなっています。これはホームベース横幅の半分よりも大きい値です。つまりど真ん中に向かってリリースした球がボールゾーンまで変化していく、ということです。


カーブは全てにおいて、4シームと正反対の球種です。

バックスピンとトップスピン、シュート成分とスライド成分、最速と最遅。回転により曲がる方向は反対で、さらに重力を受けている時間差も最大であるため、両者の軌道差は非常に大きくなります。




4シームとの比較

同じ角度でリリースされた4シームと比べると以下のようです。



縦にも横にも大きな差です。

縦の差が104cm、横の差が45cmです。

どちらもストライクゾーンのサイズを超えています。そのため同じリリース角度で両者をストライゾーンにいれることは不可能だ、ということになります。

ストライクゾーンの高めいっぱいに決まる4シームと同じリリース角度でカーブを投げると、低目のボール球になります。カーブを低目のストライクゾーンに入れるためには、もっと上向きで、打者の頭の高さ、インハイの完全なボール球となる4シームと同じリリース角度で投げて、ようやくゾーンに入ります。




3Dプロット

おまけの、3D動画です。

上記で計算したカーブの投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。

カーブと4シームが交互に投げられます。4シームは以前再現計算したもので、ストライクゾーンを通過するよう、カーブよりも少し下向きのリリース角度になっています。

曲がりの大きさや、緩急の差が伝わるでしょうか?







では、また。




2021年9月18日土曜日

第86回 前田健太投手のチェンジアップ軌道を、トラッキングデータから再現する

 ツインズ



渡米後に習得    


前田健太投手の一番の武器である球種が、チェンジアップです。

4シーム、スライダーも良い球を投げますが、メジャーで生き残るために更なる進化を求め、渡米後に習得した球です。
納得のいくフォークボールが投げられず、代りの落ちる球として使えるよう試行錯誤をした結果、現在の浅いフォークボールの握りから薬指を中指の横に沿えたような形になったそうです。

この落ちるチェンジアップは空振り率、ゴロ率ともに高く、現地の格付けでも非常に高い評価を受けています。

今回は、前田投手の落ちるチェンジアップの投球軌道をトラッキングデータから再現計算してみます。



前田投手チェンジアップの軌道計算


トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は前田投手のチェンジアップについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2019年シーズンの平均値です。


[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。








[計算結果]

計算されたチェンジアップの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。







チェンジアップの特徴

前田投手のチェンジアップの上下方向の軌道は、自由落下に近いほど大きく落ちています。

また、横の変化量が32cmと、回転数の少なさの割に大きいのが特徴です。ホームベース幅の半分よりも大きな変化で、ど真ん中に向かって投げだされた球がボールゾーンまで曲がっていきます。日本であればチェンジアップというよりも、シンカーに分類されるような球です。

これは回転軸がほぼシュート方向のサイドスピン回転で、ジャイロ回転成分が少ないためです。投げるときに人差し指で押し込むようにして投げているそうで、これがサイドスピン回転をあたえるコツのようです。





4シームとの比較

同じ角度でリリースされた、前々回に計算した4シームと比べると以下のようです。



縦の差が43cm、横の差が15cmです。

縦の落差が非常に大きくなっています。タイミングをずらすようなチェンジアップというよりも、フォークボールのように落差で空振りをとるタイプの球です。

横方向は曲がる方向が4シームと同じため、差は小さいですがそれでもボール2個分ほどの違いがあります。左バッターからするとアウトコースいっぱいの球だと思って振りに行くとボールゾーンに逃げて空振りをし、右バッターだとボールの上っ面を打って脚に自打球を当ててしまうような厄介な軌道です。





3Dプロット

おまけの、3D動画です。

上記で計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。

同じリリース角度での4シームと、チェンジアップが交互に投げられます。




インハイの4シームと同じ角度でリリースされた球が、低目のボールゾーンへ曲がり落ちてきます。
左右どちらの打者にとっても打ちにくそうな球です。



*****

次回は、カーブの再現計算をする予定です。








では、また。




2021年9月11日土曜日

第85回 前田健太投手のスライダー軌道を、トラッキングデータから再現する

ツインズ


打たれる速球    


ストレートは投球の基本。ストレートがあってこその変化球。
この古くから根差す野球観が、近年少し、変わってきているようです。

統計データによると4シーム(ストレート)や2シームといった速球系の球は、被打率や被OPSをはじめとする指標が他の球種よりも悪い傾向があります。

そこで、打たれるなら投げなければいいという考えの元、4シームの投球割合を減らすのが現在の主流になっています。
かつては投球割合の6割から7割を占めていいた4シームは、今では5割ほどまで減ってきています。

ミネソタ・ツインズの前田健太投手も例外ではなく、日本時代よりも4シームの投球割合が減っています。4シームの球速がメジャーレベルでは平均点の前田投手が、生き残り活躍するためには不可欠な工夫だといえます。



代りに台頭 


4シームの投球割合を減らすのなら、その代わりに違う球種を多く投げなければなりません。
その穴埋めに最も多く投げられているのが、スライダーです。

典型的な例が、昨シーズンの中日祖父江投手です。得意のスライダーの投球割合を50%強に増加し、4シームをスライダーの半分以下の25%とするという、かなり大胆な配球パターンの変更をしました。
投球の半分以上がスライダーで、4シームは4球に1球だけです。

この大胆な変更は成功しました。
防御率1点台でキャリアハイの成績を残し、最優秀中継ぎ投手のタイトルも獲得しました。



前田健太投手も、これほど極端ではないものの、4シームを減らした分だけスライダーの投球割合が増えています。
スライダーをたくさん投げれば山を張られてしまいます。それでもそれなりに抑えられているということは、それだけ威力があるということです。

そこで今回は、前田投手のスライダー投球軌道をトラッキングデータから再現計算しどんな軌道なのか見てみます。



前田健太投手スライダーの軌道計算


トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

前田投手のスライダーについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2019年シーズンの平均値です。



[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。






[計算結果]

計算されたスライダーの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。







スライダーの特徴

前田投手のスライダーの特徴は、横の変化量が12cmと控えめなところです。12cmはボール1個半ぐらいです。

大谷翔平投手やダルビッシュ投手のスライダーの横変化量が40cm前後と大きいのとは、対照的です。

回転数が少ないわけではなく、回転軸がジャイロ回転に近いため変化量が小さくなっています。回転軸をもっと上に向けてサイドスピンとジャイロ回転の中間ぐらいにすることは、それほど難しいことでは無いため、意図的にこのような回転軸で投げ変化量を小さめに抑えていると思われます。

これはスライダーの投球割合が高いことと関係しているのかもしれません。

大きく曲がりボールゾーンまで変化するような球は空振りをとるには有効ですが、小さく曲がる球の方がコントロールを付けやすいためカウントを捕るのには向いています。

またノーストライクやワンストライクから4シームに山を張って強振する打者にとっては、大きく曲がる球で空振りするよりも、小さく曲がる球で芯を外した打球が前に飛んでしまう方がよっぽど嫌なものです。

曲りが小さい方が、追い込んでいない時にもどんどん投げ込んで行くのには適しています。

回転軸や変化量の小ささからすると、スライダーではなくカッターに分類してもいいくらいです。




4シームとの比較

同じ角度でリリースされた、前回計算した4シームの軌道と重ねてプロットとすると以下のようです。



ホームベース上での横の差は29cmです。

スライダー自体の横変化量は小さくとも、4シームがシュート成分を持ち反対方向へ曲がっているため、両者の差としてはそれなりに大きな差となります。

また曲りが小さいことで前半の軌道が4シームと近く、いわゆるピッチトンネルを通しやすい球になっています。

上下の差は41cmです。横よりも大きな差です。

ジャイロ回転に近いため上向き揚力が弱いこと、4シームより14km/h遅くより長い時間重力を受けること、この2つの効果により落差が生まれます。

曲がるだけでなく、曲がり落ちるような軌道です。


こうしててみると、4シームとの差があるから打ちづらいわけで、例え単独での指標が悪くとも4シームを投げることはやはり必要なわけです。4シームをある程度の割合で投げ、どちらの球が来るかわかない状態であるからこそ、スライダーの威力が増すのです。



3Dプロット

おまけの、3D動画です。

上記で計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。

同じリリース角度での4シームと、スライダーが交互に投げられます。





同じリリース角度投げられ球が、インハイとアウトローに分岐していきます。この2球種を交互に投げられるだけでも、打者はかなり幻惑されることでしょう。





*****

次回は前田投手の一番の武器である、チェンジアップの再現計算をする予定です。








では、また。




2021年9月4日土曜日

第84回 前田健太投手の投球軌道を、トラッキングデータから再現する

 ツインズ



メジャー挑戦    

ミネソタ・ツインズの前田健太投手が右ひじのトミージョン手術を行ったという、ショッキングなニュースが入っていきました。長期離脱は避けられないようです。

去年、おととしと良い活躍をしていただけに非常に残念です。

これまで前田投手をはじめ、多くの日本人投手が海を渡りメジャーリーグに挑戦してきました。その中には日本のプロ野球では圧倒的な活躍をしていたのに、渡米後は思うような成績を残せすことができず出戻りをした選手が少なくありません。

和田毅、藤川球児、川上憲伸、井川慶、最近では山口俊投手などなど、枚挙にいとまがないほどです。彼らはNPB時代の成績からするととても信じられないような結果に終わってしまいました。

失敗することが珍しくないため、報道では"メジャー移籍"ではなく"メジャー挑戦"と書かれてしまうこともしばしばです。



平均的ストレート


前田投手もメジャー挑戦が報じられた時には、もしかしたら通用しないのではないか、と心配されていました。

NPB時代、ストレートはコンスタントに140キロ台後半、時には150キロを超える速球派投手でした。また球速だけでなく、変化球も多彩で、コントロールもよく、スタミナもある、その上さらにフィールディングもよく、投手にしておくのがもったいないほどバッティングもよいという、まさに何でもできるスーパーマンのような存在でした。

しかし、平均球速が150キロのメジャーリーガーの中に混じってしまえば、ストレートは普通の平均レベルになってしまいます。そのため、変化球で逃げ回るような投球になり、やがて手詰まりとなって捕まるのではないか、と予想されていました。

しかし結果は良好、メジャー移籍後に著しく球速が上がったわけではないのにも関わらず、メジャーで生き残り活躍し続けています。
球持ちが良く、リリースポイントが前であることが秘訣かもしれません。


今回は、そんな前田健太投手のストレート(4シーム)の投球軌道をトラッキンデータから再現計算してみます。




前田健太投手4シームの軌道計算


トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は前田投手の4シームについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2019年シーズンの平均値です。



[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。






[計算結果]

計算された4シームの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。

前田健太投手4シーム軌道



4シームの特徴

前田投手の4シームは、目立った特徴がありません。

トラッキンデータとして測定される、バックスピン回転の上向き揚力(マグナス力)によるホップ量は、39cmとMLB平均程度です。

横方向の変化量も17cmと、いたって普通です。大きくシュートせず、かといって真っスラのように全くシュートしないわけでもありません。

球速も平均を上回るものではありません。

全てが平均的なので、メジャーリーグの投手はどんな感じのストレートを投げているの、と聞いてくる人がいたら、こんな感じだよ、と見せてあげるのにちょうどよい見本になります。

もちろんこれは前田投手のストレートが大したことないというわけではなく、メジャーリーグ全体のレベルがそれほどに高いということです。

2013年、王選手の記録が目前に迫ったバレンティン選手が、前田投手の高めボールゾーンへ投じた渾身のストレートをレフトスタンドへ54号を叩き込んだ一撃は、とても衝撃的でした。バレンティンは当然、翌年はメジャーに行ってしまうものと思われていましたが、結局オファーがなく、当時とても不思議でした。メジャーのスカウトたちからは普通の球を打っただけ、と思われてしまったのかもしれません。




3Dプロット

おまけの、3D動画です。

今回計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。こうしてみると、やはり速いです。








*****

他の球種についても、また再現計算を行っていきたいと思います。

次回はスライダーの予定です。





では、また。