打たれる速球
ストレートは投球の基本。ストレートがあってこその変化球。
この古くから根差す野球観が、近年少し、変わってきているようです。
統計データによると4シーム(ストレート)や2シームといった速球系の球は、被打率や被OPSをはじめとする指標が他の球種よりも悪い傾向があります。
そこで、打たれるなら投げなければいいという考えの元、4シームの投球割合を減らすのが現在の主流になっています。
かつては投球割合の6割から7割を占めていいた4シームは、今では5割ほどまで減ってきています。
ミネソタ・ツインズの前田健太投手も例外ではなく、日本時代よりも4シームの投球割合が減っています。4シームの球速がメジャーレベルでは平均点の前田投手が、生き残り活躍するためには不可欠な工夫だといえます。
代りに台頭
4シームの投球割合を減らすのなら、その代わりに違う球種を多く投げなければなりません。
その穴埋めに最も多く投げられているのが、スライダーです。
典型的な例が、昨シーズンの中日祖父江投手です。得意のスライダーの投球割合を50%強に増加し、4シームをスライダーの半分以下の25%とするという、かなり大胆な配球パターンの変更をしました。
投球の半分以上がスライダーで、4シームは4球に1球だけです。
この大胆な変更は成功しました。
防御率1点台でキャリアハイの成績を残し、最優秀中継ぎ投手のタイトルも獲得しました。
前田健太投手も、これほど極端ではないものの、4シームを減らした分だけスライダーの投球割合が増えています。
スライダーをたくさん投げれば山を張られてしまいます。それでもそれなりに抑えられているということは、それだけ威力があるということです。
そこで今回は、前田投手のスライダー投球軌道をトラッキングデータから再現計算しどんな軌道なのか見てみます。
トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。
前田投手のスライダーについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。
[トラッキングデータ]
2019年シーズンの平均値です。
[計算条件]
軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。
[計算結果]
計算されたスライダーの軌道は以下のようになりました。
図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース前端上(x=18.01m)におけるボール位置です。
灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。
スライダーの特徴
前田投手のスライダーの特徴は、横の変化量が12cmと控えめなところです。12cmはボール1個半ぐらいです。
大谷翔平投手やダルビッシュ投手のスライダーの横変化量が40cm前後と大きいのとは、対照的です。
回転数が少ないわけではなく、回転軸がジャイロ回転に近いため変化量が小さくなっています。回転軸をもっと上に向けてサイドスピンとジャイロ回転の中間ぐらいにすることは、それほど難しいことでは無いため、意図的にこのような回転軸で投げ変化量を小さめに抑えていると思われます。
これはスライダーの投球割合が高いことと関係しているのかもしれません。
大きく曲がりボールゾーンまで変化するような球は空振りをとるには有効ですが、小さく曲がる球の方がコントロールを付けやすいためカウントを捕るのには向いています。
またノーストライクやワンストライクから4シームに山を張って強振する打者にとっては、大きく曲がる球で空振りするよりも、小さく曲がる球で芯を外した打球が前に飛んでしまう方がよっぽど嫌なものです。
曲りが小さい方が、追い込んでいない時にもどんどん投げ込んで行くのには適しています。
回転軸や変化量の小ささからすると、スライダーではなくカッターに分類してもいいくらいです。
4シームとの比較
同じ角度でリリースされた、前回計算した4シームの軌道と重ねてプロットとすると以下のようです。
ホームベース上での横の差は29cmです。
スライダー自体の横変化量は小さくとも、4シームがシュート成分を持ち反対方向へ曲がっているため、両者の差としてはそれなりに大きな差となります。
また曲りが小さいことで前半の軌道が4シームと近く、いわゆるピッチトンネルを通しやすい球になっています。
上下の差は41cmです。横よりも大きな差です。
ジャイロ回転に近いため上向き揚力が弱いこと、4シームより14km/h遅くより長い時間重力を受けること、この2つの効果により落差が生まれます。
曲がるだけでなく、曲がり落ちるような軌道です。
こうしててみると、4シームとの差があるから打ちづらいわけで、例え単独での指標が悪くとも4シームを投げることはやはり必要なわけです。4シームをある程度の割合で投げ、どちらの球が来るかわかない状態であるからこそ、スライダーの威力が増すのです。
3Dプロット
おまけの、3D動画です。
上記で計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。
スピードは実際と同じにしてあります。
同じリリース角度での4シームと、スライダーが交互に投げられます。
同じリリース角度投げられ球が、インハイとアウトローに分岐していきます。この2球種を交互に投げられるだけでも、打者はかなり幻惑されることでしょう。
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次回は前田投手の一番の武器である、チェンジアップの再現計算をする予定です。
では、また。