2023年3月25日土曜日

第141回 野球ボールは水に浮くか?


スプラッシュショット

野球のボールは水に浮くか?それとも沈むか?

この答えは、ある程度年のいった野球ファンなら、みんな知っています。

バリーボンズ選手が放つ場外弾、通称スプラッシュショットは沈まず水面に浮かび、ボートで待ち伏せしている人たちに回収されました。


浮力と重力

浮くか沈むかは、浮力と重力の大小関係で決まります。

浮力の方が大きければ浮かび、重力の方が大きければ沈みます。


浮力とは、流体が物体を上へ押し上げ、浮き上がらせようとする力です。

その大きさは、物体が押しのけた体積分の流体が受ける重力と同じになります。

これをアルキメデスの原理といいます。

発見した時、嬉しさのあまり「ヘウレーカ!ヘウレーカ!(見つけた!見つけた!)」と叫びながら裸で走り回った逸話が有名ですね。


アルキメデスの原理       

アルキメデスの原理

例えば、水の中にボールを沈めるとボールは浮き上がろうとする力(Pf)を受けます。これが浮力です。(図左)
ボールが沈んでいるので、ボールの体積分だけ流体は押しのけられています。(図中央)
その押しのけられた体積分の流体が受ける重力(Pg)(図右)と同じ大きさの力が、浮力として作用します。

Pgはボールの体積(v)、流体の密度(ρ)、重力加速度(g)の積になるので、浮力Pfは以下のように表されます。

Pf = v×ρ×g : ボールに働く浮力

ボールに働く重力Pは、ボールの密度(ρ')を用いて以下のように表されます。

        P = v×ρ'×g : ボールに働く重力

vとgは共通なので、水の密度ρ>ボールの密度ρ'なら、浮力Pf>重力Pとなって、浮きます。

浮力と重力どちらが大きいかは、水とボールの密度どちらが大きいか比べると知ることができます。


密度比較

では、数字を入れて計算してみます。

    m=0.145kg : ボール重量

    d=0.074m : ボール直径

    v=4/3・π・(d/2)^3 = 0.00021 m^3 : ボール体積

    ρ'=m/v=0.145/0.00021=690 kg/m^3 : ボール密度

水の密度はρ=1000 kg/m^3ほどです。

よって、ρ>ρ'で、ボールは水に浮きます。





水中ボールの軌道計算

水中でボールを投げたらどうなるでしょうか。

浮力の方が大きいので、空気中のように重力に負けてお辞儀する軌道にはなりません。

では、漫画のようにホップする火の玉ストレートになるかといえば、ならないことは想像がつきますね。

お風呂やプールで体験するとおり、水の抵抗は強力です。
抗力は密度に比例し、水の密度は空気より3桁大きいので、ざっくり1000倍の抵抗を受けます。


空気中よりはるかに強い水中の抵抗と浮力を受けた場合、ボールはどのように飛んでいくのか軌道計算してみます。

[計算条件]

球速はプロレベルのストレートを想定し、150km/hとします。

水中の重力加速度は、浮力を考慮した値でg'=9.81*(1-1000/690)=-4.40m/s^2とします。

水中は回転はなしとして揚力係数CL=0、抗力係数はCD=0.40で一定とします。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。



[計算結果]

計算結果は以下のようになりました。


静止画

グラフ上の点は、水中は0.1秒おき、大気中は0.02秒おきのボールの位置を表します。


水中の軌道計算


gif(リアルスピード)
水中ボール軌道計算


水中で投げられた150km/hの球は、抵抗によりほんの50センチほど進んだところで水平方向の勢いをほぼ失ってしまいます。

その後浮力により、ゆっくりと上がっていきます。

水中で行う球技も世の中にはありますがどれも超マイナー競技です。まともにボールが飛んでいかずやっても楽しくないからです。




2023年3月18日土曜日

第140回 アンダースローとソフトボール、どちらがより浮き上がる軌道か?




低いリリースポイント

女子ソフトボールの投球は、プロ野球の打者でもまともに打つことができません。

特に、高めのライズボールはボールの遥か下を空振りします。

ウインドミル投法でぐるっと一回転して勢いのついたボールは、膝の高さから投げ出されます。

低いリリースポイントから上向きに投げることにより、浮き上がるような軌道になります。

野球でもアンダースロー投法では低いリリースポイントから上に向かって投げ出されますが、女子ソフトの球ほどの威力はないようです。


体感速度

女子ソフトの球速は110km/hほどで、野球ならスローボールに分類される遅さですが、バッテリー間の距離が近いため速く感じます。

体感速度は160km/hとも言われています。

実際、以前行った計算の結果はリリースからホームベース到達までの時間は160km/hのストレートとほぼ同じで約0.4秒でした。

アンダースローの球速は130km/hです。ソフトに比べると体感速度は遅くなります。


浮き上がるような軌道

浮き上がるような軌道についてはどうでしょうか?

ソフトボールとアンダースロー、どちらがより浮き上がるような軌道であるか、軌道計算をし角度を比べてみます。



ソフトとアンダースローの軌道計算

ソフトボールは球速110km/hのライズボール、アンダースローは球速130kmhの4シームとします。比較のためオーバースロー160km/hの4シームも追加します。

いずれも高めのコースとします。


[計算結果]

計算結果は以下のようになりました。

グラフ上の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。ホームベース上では軌道が重なって見づらいため、拡大図を追加しました。

また投げ出すときおよび、ホームベース上での上下方向の角度も記載しました。

アンダースローvsウインドミル

投げ出すときの角度はソフトボール、アンダースロー共に上向き5.0°で同じになりました。

一方、ホームベース上での角度はソフトが上向き0.2°、アンダースローは下向き1.6°です。

ソフトボールの方がより浮き上がる軌道になっています。

軌道、体感速度ともにソフトボールの方がアンダースローより上であると言えます。


下から上

重力による落下量は時間の2乗に比例します。そのためリリースからホームベース到達までの時間が長いアンダースローの方がよりお辞儀した軌道になります。

ソフトボールはホームベース上でも水平よりも上向きの角度で、下から上にボールが飛んでいるため、野球用のアッパースイングでは当てるのが難しくなります。

野球ではタブーとされるダウンスイングもソフトボールでは有効なテクニックです。


オーバースロー160km/h

オーバースローのストレートはリリースポイントが高いため、下向きに投げ出されます。そのため、軌道のお辞儀は小さくとも、ホームベース上では下向き4.1°の角度で飛んでいます。

同じ体感速度でもソフトボールとは4.3°角度がずれています。



2023年3月11日土曜日

第139回 投げる前に手は減速し、ボールはさらに加速する

前に伸びる袖


 

前に伸びる袖

投手がボールを投げる瞬間をとらえた写真を見ると、奇妙な点があります。

ユニフォームの袖が、前に、伸びています。

肘は前に向かって動いています。ユニフォームの袖はその肘よりもさらに前へ先行しています。

反対に袖の後側は、腕にぴったりくっついて押し付けられています。

袖は、肘よりも速いスピードで動いているのです。


減速する肘

これは、リリースの瞬間では、もうすでに肘の減速が始まっているということを意味しいています。

リリースまでずっと加速し続けるわけではなく、それよりも速い段階でスピードを落とし始めます。

肩関節の最大外旋、いわゆるしなりの状態、から、リリースに向けて前腕が前方に加速されると、その反作用で上腕は後方へ力を受け減速します。自分の体でゆっくり投球動作をまねてみると、前腕の回内をするとき肘が大きく後ろへ戻されることを体験できます。

ユニフォームの袖はその力を受けないので、減速せず慣性で、そのままのスピードで前に動いていき、肘よりも前に進んでいきます。



手も減速

肘と同様に、ボールを持ってる手も、リリース前に減速を始めます。

ボールは手を離れるリリースの瞬間まで加速し続けますが、手はそれよりも少し早い段階でもう減速に転じます。

イメージとしては、下図のような感じです。

イメージ図


手は減速し、ボールが加速するこの現象はどのように起きるでしょうか?


遠心力で転がる

リリースに向け前腕は肘を中心に回転運動をしています。回転しているので手に持ったボールには遠心力がかかります。

親指がボールから離れると、ボールは指先に向かって転がります。

これによりボールは回転中心から離れていきます。回転半径が増加したことにより、ボールのスピードがアップするという仮説が考えられれます。

直接前方に押すのではなく、径方向にボールが移動することにより、結果として前方への速度が増えるということです。

今回はこれによりどのくらい球速が増加するか計算してみます。


リリースで転がるボールの加速量計算

以下のようなモデルを考えます。

リリースに向けボールはボール一個分指先へ転がるとします。

この転がりは前腕の加速が終わった後の、リリース直前の0.01秒程度の極めて短時間に行われるため、前腕とボールを合わせた系の角運動量は保存されるとします。

前腕は一様な棒、ボールは質点とします。

では計算を始めていきます。少し長いので適当に読み飛ばしてください。

まず、計算式です。

前腕の慣性モーメント:Ia=ma*L^2/3 

ボールの慣性モーメント:Ib=mb*(L-d)^2  ⇒ Ib'=mb*L^2

トータルの慣性モーメント:I=Ia+Ib ⇒ I'=Ia+Ib'

角運動量 : N=I*ω ⇒ N=I'*ω'

角速度:ω ⇒ ω'=I/I’*ω

ボール速度:v=(L-d)*ω+ve ⇒ v'=L*ω'+ve   

ここで、

ma:前腕の重量、L:前腕の長さ、mb:ボール重量、d:ボール直径、ve:肘速度。

 

これに数値を入れて計算します。

前腕の慣性モーメント:Ia=3.0*0.5^2/3 =0.25 [kg*m^2]

ボールの慣性モーメント:Ib=0.145*(0.5-0.0738)^2 =0.026 [kg*m^2]

                                       ⇒ Ib'=0.145*0.5^2 =0.036 [kg*m^2]

トータルの慣性モーメント:I=0.25+0.026=0.276 [kg*m^2]

                                ⇒ I'=0.25+0.036=0.286 [kg*m^2]

角速度:ω=2000 [deg/s] 

      ⇒ ω'=0.276/0.286*2000=1931 [deg/s]

ボール速度:v=(0.5-0.0738)*(2000*π/180)*3.6+50 = 104 [km/h]

           ⇒ v'=0.5*(1931*π/180)*3.6+50 = 111 [km/h] 

     Δv=v'-v=111-104=7 [km/h]


リリースの瞬間、ボールが遠心力により指先へ向かってボール一個分転がって回転半径が増加すると、球速は7キロ増加する、という結果になりました。

また、前腕の回転速度ωはそれと引き換えに減少しています。これは投げた後の安全な腕の減速につながり、けが予防の観点でよいことです。


10^0キロオーダー

単純化したモデルなので実際の投球とぴったり一致する数値ではないかもしれませんが、要点は、球速差として意味のあるオーダーで増加するということです。

5キロでも10キロでも球速がアップするなら投手でも野手でもうれしいことです。これが0.01キロ増加とかなら意味のない机上の空論です。

またこのモデルとは反対にボールが指先へ転がらないようにして、回転半径を増やさなければボールは遅くなります。

手のひらで投げるパームボールです。




2023年3月4日土曜日

第138回 15キロ遅いは最高のチェンジアップ




ストレート-15キロ

チェンジアップは、ストレートより15km/h遅いのがベストだと言われています。

チェンジアップを得意にしている投手の球速データを調べてみました。

中日小笠原投手はストレートが145km/h、チェンジアップは130km/hでぴったり15km/h遅い球を投げています。

DeNA今永投手はストレート147チェンジアップ134で13km/h差、広島森浦投手はストレート145チェンジアップ129で16km/h差と、こちらも15km/h前後です。

NPB全体でみてもストレート145(先発)チェンジアップ130と15km/h遅くなっています。

(データはいずれも22年シーズンの平均値)

15km/h遅いと何が良いのでしょうか?

軌道計算しストレートと比べてみます。



15キロ遅いチェンジアップの軌道計算

チェンジアップの回転は投手によりさまざまです。ここでは簡潔にストレートと同じ回転軸、半分の回転数とします。

[計算条件]

球速はストレートが145km/h、チェンジアップは130km/hとします。

回転数はストレートが2200rpm、チェンジアップが1100rpmとします。

軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。





計算結果は、以下のようです。

[計算結果]

gif動画(リアルスピード)

-15キロチェンジアップ



gif動画(1/10倍スロー)
-15キロチェンジアップ スロー


静止画 (0.02秒ごとのボール位置)

-15キロチェンジアップ


来ない球

145km/hのストレートは、リリースから0.43秒後にホームベース前端(x=18.1m)に到達します。これと同時刻に、15km/h遅いチェンジアップはまだx=16.5mにいます。

ストレートのタイミングで打ちに行った場合、予定していたミートポイントよりも1.6メートルボールが来ていない状態になります。

この1.6メートルの前後差は、打者が上体を折り曲げ手を伸ばしてもバットが届かないのに必要十分な距離です。


速すぎても遅すぎても

もしチェンジアップがもっと速く、ストレートとの球速差が-15km/hより小さいと、ホームベース付近での前後の距離差が縮まりバットに当てられやすくなります。

もっと遅くて、-15km/hより差が大きければ前後差も大きくなりますが、バットが届かないなら同じで追加のメリットはありません。打者に気づかれやすくなる、腕の振りが緩むといったデメリットばかりが大きくなります。

ストレートとの前後差を生み出すのが目的なので、ストレートとの球速差が重要になってきます。

同じ130km/hのチェンジアップでも、ストレートが160km/hの投手では遅すぎ差がありすぎになります。ストレートが135km/hの投手では速すぎ、差がなさすぎになります。

十分な前後差を生み出せ、かつなるべく速い球速として、ストレート-15km/hがベストなのだと考えられます。



落ちる球

上下の軌道はどうでしょう。

ホームベース上での上下差は38センチです。

球速差、したがって重力を受ける時間の差、と回転数の差、両方が加わり落ちる球としても十分な落差が発生しています。

投げた瞬間の軌道からベルト下の甘いストレートだと思った球が、膝高さの低めいっぱいまで落ちていきます。

うまくタイミングを合わされたとしても、縦の変化球として威力を発揮します。