前に伸びる袖
投手がボールを投げる瞬間をとらえた写真を見ると、奇妙な点があります。
ユニフォームの袖が、前に、伸びています。
肘は前に向かって動いています。ユニフォームの袖はその肘よりもさらに前へ先行しています。
反対に袖の後側は、腕にぴったりくっついて押し付けられています。
袖は、肘よりも速いスピードで動いているのです。
減速する肘
これは、リリースの瞬間では、もうすでに肘の減速が始まっているということを意味しいています。
リリースまでずっと加速し続けるわけではなく、それよりも速い段階でスピードを落とし始めます。
肩関節の最大外旋、いわゆるしなりの状態、から、リリースに向けて前腕が前方に加速されると、その反作用で上腕は後方へ力を受け減速します。自分の体でゆっくり投球動作をまねてみると、前腕の回内をするとき肘が大きく後ろへ戻されることを体験できます。
ユニフォームの袖はその力を受けないので、減速せず慣性で、そのままのスピードで前に動いていき、肘よりも前に進んでいきます。
手も減速
肘と同様に、ボールを持ってる手も、リリース前に減速を始めます。
ボールは手を離れるリリースの瞬間まで加速し続けますが、手はそれよりも少し早い段階でもう減速に転じます。
イメージとしては、下図のような感じです。
イメージ図 |
遠心力で転がる
リリースに向け前腕は肘を中心に回転運動をしています。回転しているので手に持ったボールには遠心力がかかります。
親指がボールから離れると、ボールは指先に向かって転がります。
これによりボールは回転中心から離れていきます。回転半径が増加したことにより、ボールのスピードがアップするという仮説が考えられれます。
直接前方に押すのではなく、径方向にボールが移動することにより、結果として前方への速度が増えるということです。
今回はこれによりどのくらい球速が増加するか計算してみます。
リリースで転がるボールの加速量計算
以下のようなモデルを考えます。
リリースに向けボールはボール一個分指先へ転がるとします。
この転がりは前腕の加速が終わった後の、リリース直前の0.01秒程度の極めて短時間に行われるため、前腕とボールを合わせた系の角運動量は保存されるとします。
前腕は一様な棒、ボールは質点とします。
では計算を始めていきます。少し長いので適当に読み飛ばしてください。
まず、計算式です。
前腕の慣性モーメント:Ia=ma*L^2/3
ボールの慣性モーメント:Ib=mb*(L-d)^2 ⇒ Ib'=mb*L^2
トータルの慣性モーメント:I=Ia+Ib ⇒ I'=Ia+Ib'
角運動量 : N=I*ω ⇒ N=I'*ω'
角速度:ω ⇒ ω'=I/I’*ω
ボール速度:v=(L-d)*ω+ve ⇒ v'=L*ω'+ve
ここで、
ma:前腕の重量、L:前腕の長さ、mb:ボール重量、d:ボール直径、ve:肘速度。
これに数値を入れて計算します。
前腕の慣性モーメント:Ia=3.0*0.5^2/3 =0.25 [kg*m^2]
ボールの慣性モーメント:Ib=0.145*(0.5-0.0738)^2 =0.026 [kg*m^2]
⇒ Ib'=0.145*0.5^2 =0.036 [kg*m^2]
トータルの慣性モーメント:I=0.25+0.026=0.276 [kg*m^2]
⇒ I'=0.25+0.036=0.286 [kg*m^2]
角速度:ω=2000 [deg/s]
⇒ ω'=0.276/0.286*2000=1931 [deg/s]
ボール速度:v=(0.5-0.0738)*(2000*π/180)*3.6+50 = 104 [km/h]
⇒ v'=0.5*(1931*π/180)*3.6+50 = 111 [km/h]
Δv=v'-v=111-104=7 [km/h]
リリースの瞬間、ボールが遠心力により指先へ向かってボール一個分転がって回転半径が増加すると、球速は7キロ増加する、という結果になりました。
また、前腕の回転速度ωはそれと引き換えに減少しています。これは投げた後の安全な腕の減速につながり、けが予防の観点でよいことです。
10^0キロオーダー
単純化したモデルなので実際の投球とぴったり一致する数値ではないかもしれませんが、要点は、球速差として意味のあるオーダーで増加するということです。
5キロでも10キロでも球速がアップするなら投手でも野手でもうれしいことです。これが0.01キロ増加とかなら意味のない机上の空論です。
またこのモデルとは反対にボールが指先へ転がらないようにして、回転半径を増やさなければボールは遅くなります。
手のひらで投げるパームボールです。
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