2シームが落ちることを証明
2年ほど前、東京工業大学が「同じバックスピン回転の球であっても、2シームは4シームに比べ落ちる」ということを数値計算により証明しました。
2シームでバックスピン回転で落ちる球といえば、亜細亜大学出身のDeNA山崎康晃投手が得意としている、いわゆる亜大2シームが有名です。
亜大2シームの威力を、東工大の頭脳が証明したわけです。
研究成果は下記のwebサイト(*1)で一般公開されています。(Newtonに掲載されているのを見たのですが何月号か忘れてしまいました。)
参考資料
(*1)東工大HP
https://www.titech.ac.jp/news/2021/049312
(*2)魔球をつくる 姫野龍太郎著 岩波書店
(*3)魔球の正体 手塚一志、姫野龍太郎共著 ベースボールマガジン社
(*4)ars TECHNICAhttps://arstechnica.com/science/2018/11/physics-can-explain-the-fastballs-unexpected-twist-new-study-finds/
落ちる理由の概要
バックスピン回転の球に働く上向き揚力は、時間に対し一定ではありません。
(*1)の結果に見るように一回転する間に増減し、山谷が現れます。
そしてなんと、2シームの球ではバックスピン回転なのに、その谷のところで下向きの揚力が発生しているのです。
2シームの球は、重力以上に強い下向きの力を受ける瞬間があるのです。
その結果一回転を平均した上向き揚力は4シームよりも小さくなり、4シームに比べ落ちる球になります。
変化球論争
変化球が変化する理由については、2シームに限らず、昔から多くの論争が起こっています。
凄さを証明したいロマン派と、それを否定してそうでもないことを証明したい冷静派が対立してきました。
最古のものはカーブは曲がっている(ロマン派)、いや目の錯覚だ(冷静派)、というもので、これは実際にマグナス力で曲がっていることが証明されロマン派が勝利しました。(*2)
その後ストレートは直線軌道より上にホップしている(ロマン派)、いや重力に負けてお辞儀している(冷静派)で議論になり、これはお辞儀していることが証明されました。
さらに90年代、野茂英雄投手や大魔神佐々木投手が活躍したころ、フォークボールには下向きの特殊な力が働いている(ロマン派)、いや重力で自由落下してるだけ(冷静派)で議論となり、これは自由落下という結論になりました。
2000年代に松坂大輔投手がメジャーリーグへ挑戦したころ、ジャイロボールは空気抵抗が小さくバックスピン回転よりも威力のある速球になる(ロマン派)、いや抗力は大して変わらず揚力がない分落ちる変化球球になる(冷静派)でわいわいと騒動になりました。
これについては姫野龍太郎博士の当初の計算結果、ジャイロボールはバックスピン回転の球に比べ80センチの前後差がつく(*3)、というのは誤りであることがのちに分かりました。
しかし完全な間違いというわけでもなく、近年のトラッキングデータによればジャイロ回転のスライダーはバックスピン回転の4シームに比べリリースからホームベース上までの減速が数キロ小さいことも明らかになっています。
そして2020年代、2シームは縫い目の違いで落ちている(ロマン派)、いや横に曲げようとして回転軸を傾けてるし回転数も少ないし(冷静派)です。
こういう野球の変化球論争に科学のメスが入り、真実が明らかになるという話が私は大好きです。
2シームは東工大が計算で落ちていることを証明した一方で、風洞試験で4シームと差がないという実験結果を得た(*4)という情報もあります。
これから先も楽しみです。
軌道シミュレータで再現の前置き
さて、今回は軌道シミュレータでも2シームの軌道を計算してみたいと思います。
といっても東工大と同じレベルのことはできないので、再現計算になります。
まず大前提として、東工大が行ったのは数値流体解析(CFD)です。
ナビエストークスの式という流体力学の式に基づき、ボール周りの空気の流れを計算して揚力を求めています。
正確な計算を行うためには高度な知識と、スーパーコンピューターが必要です。
一方、軌道シミュレータは揚力係数、抗力係数を定数として扱い、力学の問題としてボールの軌道を計算しています。
ここでは、2シームの4シームに対する落差が東工大の計算結果と同じになるよう、2シームの揚力係数を調整して軌道を計算します。
東工大の2シームの軌道再現計算
では軌道計算を始めます。
[計算条件]
球速は150km/h,回転軸は完全なバックスピン回転で共通とし、以下の3条件で計算します。
①4シーム、回転数2230rpm。
この球速、回転数はメジャーリーグ投手の平均的な4シームの値です。
揚力係数CL=0.189,抗力係数CD=0.402(スピンパラメータSP=0.21)
②4シーム、回転数1100rpm。①から回転数を半減。
CL=0.098,CD=0.383(SP=0.10)
③2シーム、回転数1100rpm。②との落差が(*1)の計算結果と一致するようCLを調整。
CL=0.015,CD=0.383
[計算結果]
計算結果は以下のようです。
グラフ中の点はリリース後0.02秒おきの、右端のみホームベース後端(x=18.44m)での、ボールの位置を表します。
150km/h,2230rpmの4シームに対して、1100rpmの2シームはホームベース上で41cmも下を通過します。
内訳をみると、回転数半減により22cm落差が発生し、4シーム2シームの縫い目の違いによりさらに19cm落下しています。
縫い目の違いだけで、回転数半減と同程度の効果があるということになります。
両方合わせることで落差は2倍近くに増加する、という見方もできます。
いずれにしても縫い目の違いの影響は大きいです。
渦が見えたらスライダー
同じ球速でこれだけ上下差がつくのであれば、バッターからすると見分けるすべはなく、空振りするしかないように思われます。
しかも、同じ回転軸で、です。
打者の中には動体視力に優れ、渦巻きが見えたらジャイロ回転でスライダー系の球、見えなかったら真っすぐかシュートと判断している人もいると言われています。このタイプの選手を困惑させることができます。
打球は?
東工大の研究結果により、2シームの落ちる変化球としての威力が証明されましたが、それにより気になることがあります。
打球はどうなるでしょうか?
ホームランを打つには飛距離が重要で、そのためボール中心よりわずかに下を打って、適度なバックスピン回転を与えます。
このとき打球の回転が2シームか4シームかで、打球の飛距離、のびが大きく変わってしまうことになります。
これについては、また別の回で計算する予定です。
では、また。
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