一つの様式美
2ストライクに追こまれた後、ストライクゾーンからボールゾーンへ落ちるフォークボールを振って、空振り三振する。
この光景はプロ野球の試合では見ない日ないほど、よくあるプレーです。王道の配球であると同時に使い古された配球でもあります。打者も重々、分かっているはずなのに、やっぱりまた振ってしまいます。
もはやプロ野球の様式美の一つです。
難しいタスク
分かっていても振ってしまう、フォークボール。プロの一流打者でさえ時に、ベース上でワンバウンドするような球にまで、手を出しています。見ている方は、なぜそんな球を振ってしまうのか、と不思議に思ってしまいます。
なぜ振ってしまうのかといえば、それがストライクゾーンを通過する球に見えるからです。
ホームベース上まで来ればそれがワンバウンドする球だと分かりますが、その時点からバットを振りだしたのでは間に合いません。もっと早い段階、まだボールがホームベースよりも何メートルも手前の段階で、そこまでの軌道を見て判断しスイングを開始しなければなりません。
そのため、打者がストライクなら振る、ボール球ならバットを止めるというのは、言うは易し行うは難しであり、はたから見ている以上に難しいタスクなのです。
偉業達成
その難しさを端的に表す記録が、あります。
ちょうど昨日のゲームで、中日の福留選手が通算1000四球を達成しました。プロ野球史上16人目の達成者です。
この16人というのは、1000打点達成者の46人、1000得点達成者の44人よりもずっと少ない人数です。このことからも、四球を選ぶこと、つまりボール球を振らないようにすることががいかに難しいかがうかがえます。
福留選手は優れた動体視力を持っています。
中日ドラゴンズでは毎年地元の眼鏡メーカーと協力し、新人選手の動体視力のテストを行っているのですが、20年以上前に当時ルーキーだった福留選手の記録がいまだに破られていないそうです。
また、福留選手曰く、三振が減り四球を増やすことができるようになったコツは「対戦を重ねていく投手の軌道を覚えたんです。こう見えれば低目のボール、ここに見えたときはストライクだから振る...」(*1)とのことです。
同じ投手と何度も対戦するプロならではの方法です。
ストライクの球もボールになる球も途中までの軌道は同じように見えても、何度も見るとわずかに違いがあるので、それを暗記してしまうというわけです。
逆に言えば初見では見分けがつかないということでもあります。
そこで今回は、ベース上でワンバウンドするようなフォークボールと、低目いっぱいのストレートの軌道を計算し、どれくらい途中までの軌道が似ているのか比較してみます。
(*1)中日スポーツ 2021年8月28日版より。
ワンバウンドフォークと、低目いっぱいストレートの軌道計算
ホームベース上でワンバウンドするフォークボール(スプリット)と、低目いっぱいのストライクゾーンを通過するストレート(4シーム)の軌道を計算します。
一番空振りしやすいと言われている、真ん中低めから落とすコースとします。
[計算条件]
軌道シミュレータver.3.2へのインプットは以下のようです。メジャーリーグレベルを想定しています。
フォークボールの回転軸は投手によりさまざまで、バックスピン型、サイドスピン型、ジャイロ回転型がありますが、今回は大谷投手や千賀投手のようなジャイロ型とします。同じジャイロ回転でも、フォークボールはカットボールとは逆回転で、右投手の場合、投手方向から見て反時計回りをしています。
[計算結果]
ホームベース上でワンバウンドするフォークボールと、低目いっぱいストライクのストレートの軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ上の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。
見分けにくい
上記の計算結果を見ると、途中まで両者の軌道はほぼ重なっています。これなら見分けがつかず振ってしまうのもうなずけます。
ストレートは、名前の通りの直線軌道ではなく、重力により下へお辞儀する軌道です。また、上から下に投げおろす軌道のため、ホームベース上ではリリースポイントより1メートル以上低い位置になっています。そのため打者はストレートもフォークもどちらも上から見下ろす視点となります。
x-yプロットのように真上からから見下ろす視点の場合、横への変化量に差がなければ、両者の軌道は奥行き方向の違いのみになり、差を見分けづらくなります。センターフライの前後の判断が、レフトやライトに比べ難しいのと同様です。
打者の視点は真上からではなく、斜め上からになります。その場合、投手よりで低い位置にあるボールと、ホームよりで高い位置にあるボールが、奥行きの違いのみになり見分けづらくなります。それがストレートに比べ球速が遅く下へ落ちるフォークボールの見極めを難しくしている要因ではないか、と推測されます。
CADソフトで3Dプロット
打者側からどのように見えるのかを表すために、上記で計算した投球軌道をCADソフトで3Dプロットしたものが以下です。0.02秒ごとのボール位置が示されています。青枠がストライクゾーンです。
①低めいっぱいのストレート
ストライクゾーンの低めいっぱいを通過するストレートは、このような軌道です。
②投げた瞬間の軌道(リリースから0.12秒後まで)
④投げた瞬間の軌道(リリースから0.1秒後まで)
2ストライクに追い込まれた打者は、フォークボールを警戒しています。このような球が来れば、ここから落ちると予想し、見逃します。
しかしこの後①の軌道で飛んできて、ストライクをコールされてしまいます。
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