問題編
打席に立っているA選手は、高卒4年目で通算打率1割5分のぱっとしない成績です。今期はずっと2軍暮らしが続き、優勝もCSも決まった最終戦で、ようやく1軍初打席が回ってきました。
他の選手にはどうでもいい試合でも、A選手は必死です。ヒットを打てなければシーズン終了後の自由契約が確実で、この1打席が今後の選手生命をかけたラストチャンスだったからです。
ところが、あっさり2ストライクに追い込まれてしまいました。
相手投手はストレート、スライダー、フォークの3球種を同じ投球割合でバランスよく投げ込んできます。どの球も威力十分で、全ての球をマークしていてはとても打てません。そこでA選手は腹をくくり、山を張ることに決めました。
「よし、一番得意な真っ直ぐに絞って思い切り振ろう」そう決心しました。
緊張と強く振ろうという力みで、構えはがちがちです。それを見かねた相手捕手のB選手が小声で話しかけてきました。彼はA選手とは高校時代のチームメイトでともに甲子園に出場し、プロ入り後も毎年自主トレをともにしている間柄です。
「お前なに狙っとるんや?」
「真っすぐだ。それでだめなら俺は終わりだ。」
「...フォークは投げない。情けはこれだけだ、八百長はできん。」
投手は振りかぶり、投球動作に入りました。
さて、問題です。
A選手はどの球種を狙うべきでしょうか?最初のままストレートでしょうか、それともスライダー狙いに変えるべきでしょうか?
これは確率論の問題です。
B捕手は嘘をついていないので、フォークは来ません。また八百長はしないので、A選手が狙っていたストレートが来るか来ないかは教えませんでした。サインは会話の前に出されており、以降変更されていません。
解答編
B捕手が話しかけてくる前なら、話は簡単です。3球種なので、どの球を狙い球にしても同じ1/3の確率で当たります。どの球も"同様に確からしい確率"です。
B捕手が「フォークはない」と言ったことで、状況は変わります。選択肢が3つから、2つに減りました。
ここで「選択肢が2つならどちらを選んでも同じ1/2ではないか。ストレートでもスライダーでも同じ1/2の確率ではないか」と思いがちですが、これがそうではないのです。
ほとんどの人がここで騙されてしまいます。
この問題のポイントは「"答えを知っている"B捕手が、"A選手の選択した球種を知った後で”、はずれの選択肢を一つ消した」という所です。A選手の選択が当たりか外れかは教えず、またサインを出した球が来ないという嘘もつきません。この"意図的な操作"が入ることにより、完全に運任せの純粋な確率論と違ってくるのです。
答えを知っているB捕手がフォークはないと言っていたので、フォークが来る確率はゼロになりました。当たりは、残りのストレートかスライダーのどちらかになります。
つまり、「ストレートの確率+スライダーの確率 = 1」です。
これを書き換えると、「スライダーの確率 = 1 - ストレートの確率」です。答えに近づいてきました。
A選手は最初選択肢が3つありどれも等しい確率のときに真っすぐを選んだので、真っすぐがくる確率は1/3です。これはB捕手と話した後でも変わりません。なぜなら、B捕手はA選手が最初に選んだものを知っていて、それが当たりであっても、はずれであっても、いずれの場合も選択肢に残すからです。
従って、スライダーの確率は、1 - 1/3 = 2/3 となります。
最初のストレート狙いが当たる確率が1/3で、スライダー狙いに変えたら当たる確率は2/3です。スライダー狙いに変えた方が当たる確率が2倍高いのです。
というわけで、正解は「スライダー狙いに変えるべき」でした。
場合の数を正しく数える
上記の説明が分かりにくいという人のために。確率は場合の数を正しく数えるのがコツです。以下順を追って数え上げていきます。
①A選手ははじめストレートを選択(A)
このときサイン(S)はどの球種も等しい確率で出されているため、3回やれば以下3パターンが等しい確率で発生します。
ストレート | スライダー | フォーク | |
---|---|---|---|
1 | A ,S | ||
2 | A | S | |
3 | A | S |
ストレート | スライダー | フォーク | |
---|---|---|---|
1 | A, S | ||
2 | A, S | ||
3 | A | S | |
4 | A | S | |
5 | A | S | |
6 | A | S |
②B捕手が外す球種を選択(B)
B捕手はA選手の選択がはずれかどうかは教えず、またサインを出したものが来ないという嘘はつきません。従って、A選手が選択したものと、サインを出したもの、どちらも避けて外します。
パターン1,2では外すことができるものが2つあるので、スライダーを外すのと、フォークを外すのとが同じ確率で発生し1回ずつになります。パターン3,4では外せるものがフォークしかないのでどちらもフォークを外します。パターン5,6も同様でどちらもスライダーを外します。
結果、以下の6パターンが等しい確率で発生します。
ストレート | スライダー | フォーク | |
---|---|---|---|
1 | A, S | B | |
2 | A, S | B | |
3 | A | S | B |
4 | A | S | B |
5 | A | B | S |
6 | A | B | S |
③B捕手がフォークが来ないことを教える
最後にフォークが来ないことをA選手に教えます。これで、B選手がフォークを外すものとして選択したパターン2,3,4だけが残ります。スライダーを外したパターン1,5,6は起こらない未来となり、除外されます。
残った以下の3パターンが、等しい確率で発生します。これが問題編の状況です。
ストレート | スライダー | フォーク | |
---|---|---|---|
2 | A, S | B | |
3 | A | S | B |
4 | A | S | B |
モンティホール問題
もしかしたら、上記の説明を読んでも納得できないかもしれません。嘘だと思われるかもしれません。
この問題は「モンティホール問題」という有名なもので、当初は大学の数学教授でも間違う人がいたほどですから、無理もありません。
逆さに伏せた三つの紙コップのどれかにコインを隠し、誰かに当ててもらうゲームを数十回と繰り返せば、変えた方が2倍多い回数当てられることが確認できます。自分が当てる方を担当すれば、手品のように驚かせることもできます。
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野球は打率や勝率など、さまざまな確率計算と親和性の高いスポーツです。野球好きな人は数学嫌いが多いので少し残念です。両方好きな人がもっと増えればよいなと思います。
ではまた。
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