ラベル 走塁 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 走塁 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年6月23日日曜日

第157回 OPSに盗塁を加味するとどうなるか

 


OPSの低いアベレージヒッター

打者の能力は長打率と出塁率を足し合わせた、OPSで評価されるのが一般的になりました。

この指標は長打率が高い長距離打者に有利な指標です。シングルヒットの多いアベレージヒッターは、打率が悪くなくても長打率が低いためOPSが小さくなります。

OPSが広まるほどアベレージヒッターは低く評価されるようになり、プレースタイルを悪く言われているのを聞くと少し悲しい気持ちになります。

アベレージヒッターを擁護するよい方法はないものでしょうか。

その一案として盗塁が挙げられます。

「シングルヒットでも盗塁をすれば二塁打と同じ」というわけです。


これを考慮してOPSを計算しなおしたらどうなるか、というのが今回のテーマです。


OPSに盗塁を加味する式

以下のような計算式を考えてみました。

 長打率=塁打数/打数 → 長打率a=(塁打数+盗塁-盗塁死)/打数

 出塁率=出塁/(打数+四死球+犠飛) → 出塁率a=(出塁-盗塁死)/(打数+四死球+犠飛)

 OPS=長打率+出塁率 → OPSa =長打率a+出塁率a 

盗塁成功したら塁打数が一つ増え、盗塁失敗したら塁打数と出塁数が一つずつ減るとしました。

盗塁成功したらシングルヒットが二塁打になり、盗塁失敗したらシングルヒットが凡打になるとして扱います。


4/5盗塁王

では実際の選手の成績を使って計算してみましょう。

誰が良いでしょうか?

盗塁と言えば、あの選手ですね。

2018年にドラフト1で指名されると、ルーキーイヤーの19年から昨23年までの直近5年間で4度も盗塁王を獲得した阪神タイガース近本選手です。

彼の23年の成績は長打率.429、出塁率.379、OPS.809ともともと十分立派な数字です。

これに盗塁成功28、失敗3を考慮して上記の式で計算しなおしてみます。

結果は、長打率a.479、出塁率a.374、足してOPSaは.853となりさらにアップします。

非常に良いとされるランクBのOPS.833以上に入ってきます。


レッドスター

かつて阪神には近本選手以上のスピードスターがいました。

2001年から05年まで5年連続盗塁王、NPB歴代9位の通算381盗塁を記録した赤星憲広選手です。

星野監督のもと18年ぶりにリーグ優勝した2003年のデータを使って計算します。

元のOPSは.752です。

これは良いとされるランクCのOPS.767以上に少し届かず、並とされるランクDの評価になります。

これに盗塁61、失敗10を加えて計算すると、OPSa.828となります。

大きくアップしてランクBのOPS.833以上に近い値まで上昇します。


レジェンド2人

近本選手を令和の盗塁王とするなら、平成と昭和は誰でしょうか?

平成はMLB通算509盗塁のイチロー選手、昭和はNPB歴代1位の通算盗塁数1065を誇る福本豊選手ですね。(異論はあると思います。)

この2人はどうでしょうか。

イチロー選手をMLB史上最多のシーズン262安打を放った2004年のデータで計算します。

元の値はOPS.869で、ランクBです。

これに盗塁36、失敗11を加えると、OPSa.890となります。

もともとがランクBと高いことと失敗が11と多いのでそれほど上昇しませんでした。


福本豊選手をNPB史上最多のシーズン106盗塁を記録した1972年のデータで計算します。

元の値はOPS.852で、こちらもランクBです。

これに盗塁106、失敗25を加えると、OPSa.977となります。

素晴らしいとされるランクAのOPS.900以上を軽く超えました。



パワーヒッターが得点能力で輝く一方で、アベレージヒッターの俊足もまた、野球の多様性と魅力を形作ります。

MLBのルール改正(ベース拡大&牽制回数制限)により盗塁が増えることで、この魅力はさらに増すことでしょう。

俊足功打の選手たちがダイヤモンドを駆け巡る姿を、これからも楽しみましょう。


***********
野球の魅力は数字に表れることが多いですよね。
走塁能力を数値化する試みはすでに行われており、例えばRC (Runs Created) や wSB (Weighted Stolen Bases) などがあります。ブルーバックス(*1)でも詳しく解説されています。
でも、私たち一般ファンにとっては、それらの式はまるで古代の遺跡に刻まれた謎の符号のように難解です。
専門家たちは、得点や勝率との関連性を解き明かすために、より高度な指標を追求します。しかし、その結果、式は複雑怪奇なものになりがち。
そこで、私は思いました。「もっとシンプルに、もっと楽しく!」と。
今回の式なら、誰でもエクセルで簡単に計算できます。あなたのお気に入りの選手がどれだけチームに笑顔をもたらしているか、今すぐチェックしてみませんか?

 参考文献(*1) 統計学が見つけた野球の真理  鳥越規央著 講談社 2022年発行

2022年8月20日土曜日

第126回 ヘッドスライディングvs足スライディング。どちらが早いか?

 


ヘッスラvs足スラ

ヘッドスライディングと足からのスライディング。

どちらがより早くベースに到達できるだろうか?

一般的にはヘッドスライディングのほうが早いというイメージを持たれているようである。

物理学的な観点からは、ベースに触れる部分が体の重心から離れている方が有利だと言える。

重心から足裏までの距離L1と、万歳をした時の重心から手先までの距離L2を比べ、L1>L2なら足スライディングのほうが早い。L2>L1ならヘッドスライディングのほうが早い。

ヘッドスライディングvs足スライディング
図1


スライディングするとき、地面をけり体が宙に浮くともはや足からの力で体の重心を加速することはできなくなる。

どちらのスライディング方法でも重心の動きが変わらないのであれば、ベースに触れる部分が重心から遠いほど、ベースに触れる部分はよりベースに近くなり、早くベースに触ることができる。


数値で比較

図1のポンチ絵ではL2がL1よりかなり大きいが、実際にはそこまで差はない。

数値を計算してみる。


直立姿勢での足裏から重心までの距離L1は身長のおよそ6割であるため、180cmの選手ではL1=110cmほどである。

手を上に挙げたときの足裏からの距離は身長のおよそ1.2倍であるため、180cmの選手では220cmほどである。これからL1を引けばL2=110cmとなり、L1とほぼ同じである。

手を上に挙げると腕の重量分だけ重心が頭の方へ移動することを考慮すると、L2はこれよりも少し小さくなる。

L1>L2となる。


そのためヘッドスライディングは足スライディングよりも早いとは言えない。

加えてプロ野球選手は一般人よりもスタイルが良く、足が長く重心位置が高いため、L1が大きい。

そのため足スライディングのほうがやや早いと考えられる。


調査報告

実際に1塁から2塁までの到達時間をリトルリーグ、高校、大学の選手で調べた報告がある。

どのレベルでも「同じか、足からのスライディングのほうが早い」という結果がでている。(*1)

ヘッドスライディングはケガをしやすい上に、早くならないのである。通常は足スライディングをするのがよい。

ヘッドスライディングをするメリットは、足より自在に動く手でタッチをかいくぐれることである。左手を前に出しておき、タッチが来たら引っ込め右手で三塁ベースを触るテクニックはプロ野球でも成功例がみられる。

また牽制球の帰塁時は、速度がゼロの重心を足で加速しながらスライディングする必要があるため頭から戻る。

(*1) 参考文献:BBMスポーツ科学ライブラリー 科学する野球 バッティング&ベースランニング 平野裕一著 ベースボール・マガジン社



ヘッスラvs駆け抜け

ちなみに上記の参考文献によると、内野ゴロで打者走者が1塁へ走るときについても調べられている。

結果は「ヘッドスライディングより駆け抜けた方が早い」、ただし「スライディング距離を短くして1塁のやや右へヘッドスライディングすれば、駆け抜けよりも早いが、けがのリスクも高まる」とのこと。

うまくやればヘッドスライディングのほうが早くなる可能性はあるが、10・8の立浪監督のようになるリスクのほうが高い。
一塁へのヘッドスライディングはチームメイトの精神を高揚させ、士気を上げる効果もあるが、けがしてしまってはそれも叶わない。




ヘッドスライディングのコツ

ヘッドスライディンで早くベースに到達するためコツは、重心から手先までの距離L2が大きくなるような姿勢をとることである。

そのためには足の膝から先を後ろへ、真っすぐ伸ばせばよい。膝下の重量分だけ重心が手と反対方向へ移動しL2が増加する。

ヘッドスライディンのコツ
図2


守備でダイビングキャッチをするときも同様である。

足を真っすぐ伸ばすことで、グラブをボールに近づけることができる。名手のダイビングキャッチを美しいと感じるのは、手足がきれいに伸ばされているからである。

またバレーボールではスパイクを打つ選手も、それをブロックする選手も足がまっすぐ伸びている。ネットを挟んだ敵同士の選手が同じような姿勢をとる。足を真っすぐ伸ばし重心を体の下の方へ移動させることで、同じ重心の高さでもL2が大きい分、手の位置を高くすることができる。





足スライディングのコツ

足からのスライディンで早くベースに到達するためコツは、重心から足先までの距離L1が大きくなるような姿勢をとることである。

そのためには上半身を後ろへ倒せばよい。上半身の重量分だけ重心が足先と反対方向へ移動しL1が大きくなる。

図3上のポンチ絵のように完全なあおむけでは背中が地面と接し摩擦によりブレーキがかかるし、前が見えないので、実際は少し起こす。

足スライディングのコツ
図3

両手を上に挙げると手の重量分だけ重心は足先から遠ざかるので、なおよい。岡林選手のように、あおむけでなく、体を横向きにするタイプは片手を地面に擦るようにして足先から遠ざけるとよい。

またベースに触れないほうの足の膝を曲げると、これによっても重心が遠ざかるのでよい。
言われなくても選手は皆そうしており、滑り台のように両足を前に伸ばしてスライディングする人は見たことがない。


次の塁を狙うために

余裕でセーフのタイミングならば上半身は深く倒さず、図3中のように少し起こした姿勢の方がスライディング後に素早く立ち上がれるので、むしろよい。

重心の位置が高いため、ベースに触れる足先との高低差がモーメントアームとなり、図で左回りのトルクが発生するためである。

また可能ならば右足を前に伸ばしてスライディングすると、立ち上がった時体が次の塁の方を向きスタートを切りやすい。


2021年11月27日土曜日

第96回 三盗を成功させるのは、どれくらい難しいのか?

 


三盗はごくわずか

盗塁はそのほとんどが二塁を狙った二盗です。三塁を狙った三盗はめったに見られません。

なぜか、といえば、グラウンドを見て分かるようにホームベースから、つまり送球をしてくる捕手からの距離が二塁ベースは遠く、三塁ベースは近いからです。



簡単と言うけれど


オリックスバファローズの前身である阪急ブレーブスで活躍した、福本豊さんはNPB記録となる通算1065盗塁を成功させました。シーズン盗塁数が100を超えた年もありました。
その福本さんがソフトバンクの周東選手と対談した際、三盗について「簡単や。リードが大きくとれる。セカンド、ショートが下がってるし、そんなに速いけん制球も来ない。タイミングを合わせやすい。」(*1)と語っています。
周東選手もこれに同意しています。

(*1)スポーツ報知webサイト 2020年1月28日

では実際どうだったのかと記録を見てみると、1065個のうち三盗はわずか149個です。割合で言うと二盗が86%で、三盗は14%です。
二盗成功後は二塁上にいるわけで、三塁ランナーがいなければ三盗を狙える状況です。もし本当に簡単であれば、すかさず三盗し、結果、三盗の数は二盗と同じぐらいになるはずですがそのようにはなっていません。

口では簡単と言っても、やはり距離の近い三盗は難しく、福本さんほどの選手であってもそれほど多くは走れなかったわけです。簡単と言ったのは、量産できるという意味ではなく、隙をついて走れた時は成功率が高いという意味なのだと思われます。



そこで今回は、盗と二盗で捕手からの送球が届く時間がどれくらい違うのか軌道計算で求めてみます。


送球距離

ホームベースから三塁、二塁ベースまでの距離は、ルールブックに定められています。

ホームベースの角から三塁ベース後端までの距離は27.431メートル、二塁ベース中心までが38.80メートルです。三塁ベースの方が11.37メートル(=38.80-27.431)近く、割合で言うと0.7倍(=27.431/38.80)になっています。

これは正方形の一辺と対角線の長さの比、1/√2倍(≒0.707)とほぼ同じです。




送球時間の軌道計算

では次はこの距離の差が、捕手がボールをリリースしてから三塁および二塁に届くまでの時間(送球時間)の差としてどのくらいになるのかを、軌道シミュレータver3.2で計算します。


[計算条件]

送球の球速は130km/h、回転は完全なバックスピン回転の1800rpmとします。送球開始点はホームベース角の位置とします。

計算しやすいように、ホームベース角を原点として、三塁、および二塁ベースに向かってそれぞれx軸をとるような座標系で計算します。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。





[計算結果]

ホームから三塁ベース及二塁ベースへの送球軌道および、送球時間の計算結果は、以下のようです。

結果のプロットを静止画とgif動画で示しています。gif動画は実際のスピードと同じにしてあり、また以前作図したグラウンド上にもプロットしました。


gif動画
盗塁送球の軌道計算gif

静止画
盗塁送球の軌道計算


0.4秒、3.2メートル

今回の条件ではホームから三塁までの送球時間は0.84秒、二塁までは1.24となりました。
そのため三盗の方が0.40秒(=1.24-0.84)早く送球が届き、ランナーはそれだけ走れる時間が短くなります。

投げた瞬間は130km/hの送球でも27.431メートル飛んでいく間に空気抵抗で減速します。減速して遅くなった状態で差分の11.37メートルを飛ぶため、二塁送球との時間差は大きくなります。

上記にgif動画に見るように感覚的にもだいぶ時間差があります。


リードなしで成功させる


仮にランナーの走速度が8m/s(=28.8km/h)とすると、この0.40秒の間に3.2メートル(=8×0.40)走って進むことができます。

メジャー通算509盗塁のイチローさんは現役時代にリードを3.5メートルくらいとっていた言われていますので、それよりも少し短いくらいの距離です。

つまり大雑把に言えば、三盗を成功させるのはリードなしで二盗成功するのと同じぐらい難しい、ということになります。

やはりよほどうまく隙をついた時でなければ成功しないわけです。









では、また。



2021年3月6日土曜日

第58回 塁を回るランナーの体は、遠心力をどのくらい受けているのか?




外野に飛んだら膨らむ  


内野ゴロを打ったバッターは、真っ直ぐ一塁ベースへ走っていきます。真っ直ぐ走るのが、最短距離だからです。

一方、ツーベースヒットになるような外野へ飛んだ打球の場合には、真っ直ぐではなく、ファールゾーンの方へ斜めに走っていきます。そして、ベースの手前から曲がり始め、膨らんだ軌道でベースを駆け抜けていきます。

ベースのところで急に90度向きを変えるよりも、あらかじめ膨らんでおいた方が走軌道の曲率が大きくなり、体に作用する遠心力が小さく抑えられるからです。

この走り方は、オーバーランと呼ばれます。



もう一つの遠心力対策


ベースを回るランナーはオーバーランに加えて、もう一つ、遠心力に対抗する策を行っています。

ベースを踏むとき、ランナーは体をピッチャーマウンドの方へ大きく傾けているのです。

なぜ傾けるのでしょうか?

それは、体を傾けることで、足が地面から受ける反力の向きを斜めにし、曲がるための横向きの力を発生させているのです。

左に曲がるときの力のベクトル
この横向きの力を「向心力」といいます。

なじみのある「遠心力」は、この向心力と釣り合う仮想的な力、慣性力のことです。

走動作に限らず、曲がるとき曲がりたい方向に体や機体を傾けるというのは、重力のある地球上での常套手段です。

下向き重力と斜め上向きの地面反力を合成すると、上下方向の力が打ち消し合い、横方向の向心力のみが残るからです。

自転車もバイクも、曲がるときには車体を傾けます。

航空機も、ローリングしてバンク角を大きし、翼に働く揚力の向きを真上から斜め上向きに傾けることで、向心力を生み出しています。マッハを超える戦闘機では、ほとんど垂直近くまで機体を傾けて急旋回することもあります。



遠心力の計算 


では、全力疾走しながらベースを回るランナーの体には、いったいどれほどの遠心力が働いているでしょうか?

計算してみます。

[計算式]

遠心力は以下の式で計算されます。

Pc = m×v^2 / r ‐①

ここで、m:選手の体重、v:走速度、r:回転半径。

[計算結果]

体重m=80kg、走速度v=27km/h、回転半径r=9.0mとします。

Pc = 80×(27/3.6)^2 / 9.0 = 500 [N]

力の単位をニュートンから、なじみのあるキロに変換します。

Pc = 500 / 9.81 = 51 [kgf] : 遠心力

一塁ベースを回るをランナーの体には51kgfの遠心力が働いている、という結果になりました。



何Gの遠心力が働いているのか 


計算式①から明らかなように、遠心力は体重に比例します。体重が大きいほど、遠心力も大きくなるのです。
一方、体に作用する重力も体重に比例します。例えば体重80kgの体には、80kgfの重力が働きます。

そのため、重力と遠心力の比で考えてみます。

Pc/m=51/80= 0.64 

従って、一塁ベースを回るランナーの体には重力の0.64倍、つまり0.64Gの遠心力が作用している、ということになります。



人類最速の男  


さて、上記①式に見るように、遠心力Pcは走速度vの二乗に比例します。
そのため、速く走るほど遠心力は大きくなります。

地球上で最も速く走った人は誰か、と聞かれたら、多くの人は彼を思い浮かべることでしょう。

人類最速の男ウサイン・ボルト。

彼の最高走速度は11.6m/sにも達っします。時速に換算すると、41.9km/hです。

ガソリンエンジンもなく、筋肉だけでこれだけの速度を出すのはすごいことです。

これほどの速度で走るとき、いったいどれほどの遠心力が作用するのでしょうか?



ウサイン・ボルトの遠心力  


では、計算してみましょう。

彼は野球選手ではなく、陸上選手ですので、陸上のトラックを走っているときの遠心力を計算対象とします。

100m走ではまっすぐ走り、曲がらないので遠心力は作用しません。
①式で言えばr=∞でPc=0となります。

彼は200m走でも世界記録を持っています。

上記の最高走速度11.6m/sは、200メートル走でスタートから70m地点で記録された値ですが、200メートル走は最初にコーナー部を120m走り、その後直線部を80m走ってゴールするというルールになっているため、最高速度はコーナー部を走っているときの速度ということになります。

また、陸上トラックの回転半径rは37.898mと定められています。これは内側のコースでも外側のコースでも同じです。

[計算結果2]

体重m=94kg、走速度v=11.6m/s、回転半径r=37.898mです。

Pc = 94×11.6^2 / 37.898 = 335 [N]
Pc = 335 / 9.81 = 34 [kgf]

200m走でコーナーを走るボルトの体には、34kgfの遠心力が働いている、という結果になりました。

重力と遠心力の比も計算します。
Pc/m=34/94= 0.36。

200m走でコーナーを走るボルトの体に作用する遠心力は、0.36Gです。


つまり、200m走を人類最高速度で走っているウサイン・ボルトよりも、ツーベースヒットを打って一塁ベースを回る野球のバッターランナーの方が、ずっと大きな遠心力を受けているのです。

それは野球の方が回転半径がずっと小さいためです。



イチローは30度、ボルトは17度  


野球では走る距離を短くするため、なるべくオーバーランによる走路のふくらみを抑えて小さい回転半径で曲がろうとします。
その結果、大きな遠心力を受けることになります。

そしてそれに対抗すべく、大きく体を傾けるのです。滑って転んでしまわないぎりぎりまで傾けます。

下の写真は、ツーベースヒットを打って一塁ベースを回るイチロー選手(左)と、200m走でコーナーを走るウサイン・ボルト選手(右)です。
イチロー選手の体は30度と大きく傾いているのに対し、ボルト選手はその半分程度の17度しか傾いていません。
遠心力の大きい前者の方が、体の傾きもより大きくなっているわけです。





******

以下はデータ参照元の補足です。

野球の回転半径r=9.0mは、ネットで一般公開されている愛知東邦大学の論文から引用したデータをもとに、以下のような作図で推測しました。
高校生のデータとのことなので、プロやメジャーリーガーの走路とは少し違いがあるかもしれません。




また、ウサイン・ボルトの走速度のデータは下記のネットで一般公開されている筑波大学のデータを参考にしました。
http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2016/67.html






では、また。



2021年1月16日土曜日

第51回 左打者はどれくらい一塁に近いのか?




左利き10% << 左打者40%  


左利きの人の割合は、人口の約10%です。

これは大昔から変わっておらず、数万年前の古代人も現代人と同じように左利きは10%程度でした。
どうやって調べたかというと、洞窟の壁画や石器の傷跡の向きからどちらの手で作業したか推測したそうです。

このことから利き腕は文化により決まるわけではなく、遺伝的に先天的に決まるのだと考えられています。

ただし、戦前日本においては左利きは不作法とみなされ矯正される文化であったため、
5%程度と低かったそうです。
本当は左利きの人が10%いても、箸を左手で持つ人は5%しかいなかったわけです。


さて、野球のバッターはどうでしょうか。
左利きの人はそのまま左打ちになりますが、右利きなのに左打ちに転向する人が結構います。
現代のプロ野球界において数えてみると、およそ左打者の割合は40もいます

左利き割合の4倍もの多さです。

引き算すると、右利きなのに左打ちに転向した選手が、全体の30%もいるということになります。

ちなみにプロゴルフの左打ちは約3%しかいません



なぜ左打ちが増えるのか  


野球においてこれほど左打ちの割合が多いのなぜでしょうか。

真っ先に思いつくのが、「左打者の方が一塁に近く、内野安打が増える」というメリットがあることです。

実際、NPB 2018年データを調べてみると、なんと、セ・パ両リーグの内野安打数トップ511人全てが左打者です。

右打者は一人もランクインしていません。

内野安打数トップ5(2018年シーズン)

これはもう、左打者の方が内野安打になりやすいということを疑う余地はありません。
 


そこで今回は、「左打者は右打者に比べどれくらい一塁に近い」のか、バッターボックスから一塁ベースまでの距離を、グラウンド寸法から幾何学的に計算してみました。



一塁ベースまでの距離計算 


[計算条件]

・スタート地点はホームベース後端から52cm離れた位置とする。
 (ボックスラインから約15cmの位置)

ゴール地点は一塁ベース手前ライン側の角とする。

[計算結果]

走路を斜辺とした直角三角形を考え、三平方の定理により計算します。


左打席
Ll = { (Lo/2)^2 + (Lo/2 - s)^2 }
   ={ (27.05/2)^2 + (27.05/2 – 0.52)^2 }
   =26.69 [m]

右打席
Lr = {(Lo/2)^2 + (Lo/2 + s)^2 }
   ={ (27.05/2)^2 + (27.05/2 – 0.52)^2 }
=27.42[m]

左右差
ΔL = Lr - Ll = 27.42 – 26.69 = 0.73[m]

[計算結果おわり]

打席から一塁までの距離は左打者が26.69mで、右打者が27.42mです。

その差は0.73m

よって右打者よりも、左打者のほうが一塁まで73cm近い、という結果になりました。


 






距離差以上に時間差あり

 
距離の差は上記の通りですが、では一塁到達までの時間の差はどれくらいになるでしょうか?

仮に、打者走者の一塁ベース付近における走速度を7.3[m/s](=26.3[km/h])とすると、この73cmの距離差は一塁到達時間にして0.1秒の差になります。



さて、これを実際に選手が走ったときのデータと比べると、どうでしょうか。

[実測データとの比較]

実測データによるとプロ野球の一塁到達時間はおおよそ、左打者が3.7-4.5秒、右打者が4.0-4.7秒となっています。

実際には左右の差は0.3秒ほどで、上記の計算結果0.1秒よりもさらに大きな差があります。

その要因として、次のことが考えられます。
・左打者はスイング後に体が一塁方向を向くためそのまま真っすぐ走り出せるのに対し、
 右打者は90度横に向かわなければならないためスタートが遅れる。
・走力が高い選手ほど左打ちに転向する傾向にある。

一つ目については、実際アウトローの球に泳いだ時やセーフティーバントのときには、その不利がなくなるため、右打者であっても一塁到達タイムが4.0秒を切ることがあるようです。
((参考)パリーグTV : https://www.youtube.com/watch?v=ygH6uLlmxWs)





では、また。



2020年9月19日土曜日

第34回 変化球のときに盗塁するとどのくらいセーフになりやすいのか?



盗塁のセオリー               

盗塁するランナーは成功率を高めるために、相手投手が変化球を投げてくるタイミングを狙って走ります。

そのため、以下のようなセオリーがあります。

・足の速いランナーが一塁にいると、バッテリーは盗塁を警戒してストレートを投げる確率が高くなり、その結果打者が狙いを絞りやすくなる。

・ワンボールツーストライクのとき、バッテリーは変化球で三振をとりに来る確率が高いため、盗塁をするチャンスである。

球速の遅い変化球の方が投手がリリースしてからキャッチャーが捕球するまでの時間が長くなります。
その分だけ二塁ベースへ送球が届くのが遅れるため、ランナーが有利、バッテリーは不利になります。

そこで今回は、相手投手が変化球を投げた時に盗塁すると、ストレートの時に比べ、ランナーはどのくらい得するのか計算してみました。



変化球の軌道計算               

同じコースに投げられた、プロの標準的なストレート(4シーム)とカーブを計算対象とします。
カーブは、ナックルボールやイーファスピッチのような特殊球を除けば、最も球速が遅い球種です。

キャッチャーの捕球位置はホームベースの後方1m程度と仮定し、プレートから19.5m地点にボールが到達するまでの時間を軌道シミュレーターver.3.2により計算します。

[計算条件]

カーブ
 球速 v0=120[km/h]、リリース角度 θ=3.1度(上向き)
 リリースポイント x0=1.8m(ホーム方向)、y0=-0.5m(三塁方向)、z0=1.8m(高さ)
 ボール回転軸角度 θs=60度、Φs=45度
 回転数 N=2700rpm(SP=0.31) : 抗力係数 CD=0.43、揚力係数CL=0.27

 4シーム
 球速:v0=140[km/h]、リリース角度:θ=-3度(下向き)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 回転数 N=2200rpm(SP=0.22) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20

 ボール回転軸
 カーブの回転軸 

  θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
  φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)


[計算結果]

同時にリリースし、同じコースに投げられたカーブとストレートの軌道計算結果をプロットすると、以下のようになりました。

上から実際の速度のgif動画、1/10倍スローのgif動画、静止画です。

gif動画(実際の速度)
カーブの軌道

gif動画(1/10倍スロー)
カーブの軌道スロー


静止画(点は0.02秒ごとのボール位置を表す。)
カーブとストレートの時間差

  • カーブ(120km/h)はリリースから捕球まで0.57秒かかる
  • ストレート(140km/h)はリリースから捕球まで0.49かかる


わずかな時間でも結構進む        

投手のリリースから捕手の捕球まで、カーブは0.57秒、ストレートは0.49秒かかります。

そのため、カーブの方が0.08秒余計に時間がかかるということになります。

日常生活なら気にも留めないわずかな時間差ですが、盗塁を成功させようと必死に走っているランナーにとっては大きなアドバンテージです。


この0.08秒の間にランナーはどれだけの距離を進めるでしょうか?

ランナーの走速度が時速27km/hとして計算すると、

v=27km/h = 7.5m/s:ランナーの走速度
t=0.08 s      :余計に走れる時間
L= v × t  = 7.5 × 0.08 = 0.62 m = 62cm: 余計に走れる距離。

カーブのとき、ランナーはストレート時よりも0.08秒余計に走る時間が与えられ、その間に62センチ余計に距離を走ることができる。


大きなリード               

相手投手がカーブを投げる時でもストレートを投げる時でも、ランナーのとるリードの大きさは同じです。
けん制球が来たとき、ぎりぎり戻れるところまでしか出られません。

カーブのとき62センチ余計に走れるということは、言い換えるとストレートのときに62センチより大きくリードをとった状態からスタートできるのと同じです。

そう考えるとカーブのときに盗塁することがいかにランナーにとって有利かが良く分かります。

ランナーを警戒してストレートを投げるか、打者を打ち取るために変化球を投げるか。
バッテリーとの心理的な駆け引きもまた、野球の面白さの一つです。




では、また。




(よかったら押してください。)
 にほんブログ村 野球ブログへ  にほんブログ村 科学ブログへ
 にほんブログ村