2021年3月6日土曜日

第58回 塁を回るランナーの体は、遠心力をどのくらい受けているのか?




外野に飛んだら膨らむ  


内野ゴロを打ったバッターは、真っ直ぐ一塁ベースへ走っていきます。真っ直ぐ走るのが、最短距離だからです。

一方、ツーベースヒットになるような外野へ飛んだ打球の場合には、真っ直ぐではなく、ファールゾーンの方へ斜めに走っていきます。そして、ベースの手前から曲がり始め、膨らんだ軌道でベースを駆け抜けていきます。

ベースのところで急に90度向きを変えるよりも、あらかじめ膨らんでおいた方が走軌道の曲率が大きくなり、体に作用する遠心力が小さく抑えられるからです。

この走り方は、オーバーランと呼ばれます。



もう一つの遠心力対策


ベースを回るランナーはオーバーランに加えて、もう一つ、遠心力に対抗する策を行っています。

ベースを踏むとき、ランナーは体をピッチャーマウンドの方へ大きく傾けているのです。

なぜ傾けるのでしょうか?

それは、体を傾けることで、足が地面から受ける反力の向きを斜めにし、曲がるための横向きの力を発生させているのです。

左に曲がるときの力のベクトル
この横向きの力を「向心力」といいます。

なじみのある「遠心力」は、この向心力と釣り合う仮想的な力、慣性力のことです。

走動作に限らず、曲がるとき曲がりたい方向に体や機体を傾けるというのは、重力のある地球上での常套手段です。

下向き重力と斜め上向きの地面反力を合成すると、上下方向の力が打ち消し合い、横方向の向心力のみが残るからです。

自転車もバイクも、曲がるときには車体を傾けます。

航空機も、ローリングしてバンク角を大きし、翼に働く揚力の向きを真上から斜め上向きに傾けることで、向心力を生み出しています。マッハを超える戦闘機では、ほとんど垂直近くまで機体を傾けて急旋回することもあります。



遠心力の計算 


では、全力疾走しながらベースを回るランナーの体には、いったいどれほどの遠心力が働いているでしょうか?

計算してみます。

[計算式]

遠心力は以下の式で計算されます。

Pc = m×v^2 / r ‐①

ここで、m:選手の体重、v:走速度、r:回転半径。

[計算結果]

体重m=80kg、走速度v=27km/h、回転半径r=9.0mとします。

Pc = 80×(27/3.6)^2 / 9.0 = 500 [N]

力の単位をニュートンから、なじみのあるキロに変換します。

Pc = 500 / 9.81 = 51 [kgf] : 遠心力

一塁ベースを回るをランナーの体には51kgfの遠心力が働いている、という結果になりました。



何Gの遠心力が働いているのか 


計算式①から明らかなように、遠心力は体重に比例します。体重が大きいほど、遠心力も大きくなるのです。
一方、体に作用する重力も体重に比例します。例えば体重80kgの体には、80kgfの重力が働きます。

そのため、重力と遠心力の比で考えてみます。

Pc/m=51/80= 0.64 

従って、一塁ベースを回るランナーの体には重力の0.64倍、つまり0.64Gの遠心力が作用している、ということになります。



人類最速の男  


さて、上記①式に見るように、遠心力Pcは走速度vの二乗に比例します。
そのため、速く走るほど遠心力は大きくなります。

地球上で最も速く走った人は誰か、と聞かれたら、多くの人は彼を思い浮かべることでしょう。

人類最速の男ウサイン・ボルト。

彼の最高走速度は11.6m/sにも達っします。時速に換算すると、41.9km/hです。

ガソリンエンジンもなく、筋肉だけでこれだけの速度を出すのはすごいことです。

これほどの速度で走るとき、いったいどれほどの遠心力が作用するのでしょうか?



ウサイン・ボルトの遠心力  


では、計算してみましょう。

彼は野球選手ではなく、陸上選手ですので、陸上のトラックを走っているときの遠心力を計算対象とします。

100m走ではまっすぐ走り、曲がらないので遠心力は作用しません。
①式で言えばr=∞でPc=0となります。

彼は200m走でも世界記録を持っています。

上記の最高走速度11.6m/sは、200メートル走でスタートから70m地点で記録された値ですが、200メートル走は最初にコーナー部を120m走り、その後直線部を80m走ってゴールするというルールになっているため、最高速度はコーナー部を走っているときの速度ということになります。

また、陸上トラックの回転半径rは37.898mと定められています。これは内側のコースでも外側のコースでも同じです。

[計算結果2]

体重m=94kg、走速度v=11.6m/s、回転半径r=37.898mです。

Pc = 94×11.6^2 / 37.898 = 335 [N]
Pc = 335 / 9.81 = 34 [kgf]

200m走でコーナーを走るボルトの体には、34kgfの遠心力が働いている、という結果になりました。

重力と遠心力の比も計算します。
Pc/m=34/94= 0.36。

200m走でコーナーを走るボルトの体に作用する遠心力は、0.36Gです。


つまり、200m走を人類最高速度で走っているウサイン・ボルトよりも、ツーベースヒットを打って一塁ベースを回る野球のバッターランナーの方が、ずっと大きな遠心力を受けているのです。

それは野球の方が回転半径がずっと小さいためです。



イチローは30度、ボルトは17度  


野球では走る距離を短くするため、なるべくオーバーランによる走路のふくらみを抑えて小さい回転半径で曲がろうとします。
その結果、大きな遠心力を受けることになります。

そしてそれに対抗すべく、大きく体を傾けるのです。滑って転んでしまわないぎりぎりまで傾けます。

下の写真は、ツーベースヒットを打って一塁ベースを回るイチロー選手(左)と、200m走でコーナーを走るウサイン・ボルト選手(右)です。
イチロー選手の体は30度と大きく傾いているのに対し、ボルト選手はその半分程度の17度しか傾いていません。
遠心力の大きい前者の方が、体の傾きもより大きくなっているわけです。





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以下はデータ参照元の補足です。

野球の回転半径r=9.0mは、ネットで一般公開されている愛知東邦大学の論文から引用したデータをもとに、以下のような作図で推測しました。
高校生のデータとのことなので、プロやメジャーリーガーの走路とは少し違いがあるかもしれません。




また、ウサイン・ボルトの走速度のデータは下記のネットで一般公開されている筑波大学のデータを参考にしました。
http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2016/67.html






では、また。



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