2021年3月13日土曜日

第59回 リリースポイントを10cm前にすると、体感速度は何キロ上がるか?

 



できるだけ前で

メジャーリーグではトラッキングデータの普及により、ストレート(4シーム)の威力は、単純に球速だけでなく、回転数や回転軸など他の要素にも影響されるという考えが広がっています。そして、様々な指標が注目されるようになりました。

その中の一つに、「エクステンション」という指標があります。

これは、ピッチャープレートからリリースポイントまでの距離のことであり、どれだけ前でボールをリリースしているのかを表します。


ボールを前でリリースする方がよい、という考えは日本でも古くからあり、昭和の時代から、「投手は球持ちをよくしろ」、「できるだけ長くボールを持て」、と言われてきました。



V字回復に連動

メジャーリーグの前田健太投手は2017年シーズンの前半と後半で、成績が急下降した後、V字回復を果たしました。

その原因とされているのが、このエクステンションであると言われています。好調時と不調時ではリリースポイントが9cmも異なっていたそうです。


何が良いのか

では、なぜエクステンションが大きく、ボールを前で離す方がよいのでしょうか?


最初に思いつくのは、前で離すほどホームベースまでの距離が短くなるということです。

それにより、ホームに到達するまで時間が短くなるので、より球を速く感じる、体感速度が速くなる、というわけです。

バッテリー間の距離が短いソフトボールの球は実際よりも速く感じて、打ちにくいのと同じ理屈です。



そこで、今回はリリースポイントを前にすることで、ストレートの体感速度がどれくらい速くなるのか、を軌道シミュレーターver.3.2で計算してみます。



リリースポイントを前にした時の軌道計算

以下の手順で、リリースポイントを10cm手前にした場合の、体感速度を求めます。

まず、リリースポイントを10cm手前にしてリリースからホーム到達までの時間を計算します。

次に、元のリリースポイントからで、到達時間が上記と同じになるよう、球速を上げてやります。この時の球速が体感速度となります。


[計算条件]

ベースとなる球は、148km/h, 2200rpmの4シームで、エクステンション(軌道シミュレータの入力値xoに対応)は1.8mとします。


[計算結果]


計算結果は以下のようになりました。

グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右の点のみホームベース上(x=18.44m)における、ボールの位置を表しています。

また、軌道が重なって見にくくならないよう、30cmずつ上にずらしてあります。

エクステンションによる体感速度アップ


1km/h弱の効果


リリースポイントを10cm前にした時と、球速を0.94km/h増加した場合で、リリースからホームまでの到達時間が同じになりました。

つまり、リリースポイントを10cm前にすることによる、体感速度の増加は0.94km/hです。


たった、0.94km/hです。

10cmも前にしたのに、1km/h弱の効果しかありません。
意外な結果になりました。

148km/hの球が、148.94km/hになったからといって、バッターにとっての打ちづらさがそれほど変わるとは思えません。

リリースポイントを10cm前にするというのは、投手にとってピッチングフォームの大改造です。
無理にリリースポイントを前にすればフォームを崩して、球速が落ちたり、コントロールるを乱したり、ケガにつながったりとさまざまなリスクがあります。


距離の違い

確認のために概算をしてみます。

バッテリー間の18.44mから、エクステンションの1.8mを差し引くと、ボールが飛んでいく距離は16.64m(=18.44-1.8)となります。

ここからリリースポイントを10cm、つまり0.1m手前にした場合、ボールが飛んでいく距離の減る割合は、0.6%(0.1/16.66=0.006)です。
体感速度の増加は148km/h×0.006=0.89 km/hとなり、先の軌道計算結果と同程度になります。

リリースポイントを10cm前にしても、ボールが飛んでいく距離はわずか0.6%しか縮まらないため、体感速度もその程度しか増加しないわけです。


距離や、時間とは別の


今回の計算結果だけを見れば、リリースポイントを前にすることは体感速度アップにはほとんど効果がない、ということになります。

しかし、前田投手がエクステンションの増減により成績が上下したというのは事実です。また、MLB全体の傾向としてもエクステンションの大きさと被打率は相関があるようです。

であれば、リリースポイントを前にすることにより、ホームまでの距離や時間が短くなること以外の、別のよい効果があるのかもしれません

例えば長くボールを持つことで、ボールへ力を伝える時間が長くなり球速や回転数がアップするなど、です。
であれば、リリースポイントを前にするのは良い球を投げるための手段であり、目的ではないということになります。球速や回転数が変わらない、あるい低下させてまでリリースポイントを無理に前にするようなフォームへ改造するのは悪手ということになります。


打者は距離をとりたがる

一方、打者の方はどうでしょう?

プロのほとんどの選手はバッターボックスの一番後ろに立ちます。足の速い選手でも、一塁までの近さよりも、ミートポイントまでの距離を長くすることを選んでいるのです。

また、速い球に対しては流し打ちでミートポイントを後ろにすることでコンタクトする確率を上げています。

投手がリリースポイントを数センチでも前にしようとするのと同様に、打者はミートポイントポイントまでの距離が数センチでも長くなるよう工夫をしています。

そう考えると、やはり距離そのものが打ちやすさに影響しているでしょうか?


*****

リリースポイントを前にすると何がいいのか、距離が減るのがいいのか、球質アップに効果的なのか、結論がよく分からなくなってしまいました。


この世界で私の頭で理解できることはたかがしれています。ですが、それでも知りたいと思うことについてはいつまでも考え続けてしまいます。




では、また。




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