2021年3月20日土曜日

第60回 中学一年生投手がぶつかる壁




天才少年の挫折


少年野球の時は普通に投げていれば打たれずピッチングなんて簡単、と思っていたのに、中学生に上がり野球部に入ったら、上手くいかなくなり苦労する投手が大勢います。

自分では天才投手だと思っていたのに、中学では投げさせてもらえず野手に転向させられるパターンも少なくありません。

中学生なると相手打者のレベルが上がるのは勿論ですが、加えてルールが子供用から大人と同じものに変わります。それが中学一年生投手の前に大きな壁として立ちはだかります。


JからMに


まず、ボールが変わります。

軟式であればJ号球から、大人と同じM号球になります。

J号球:重量 m=129g, 直径 d=6.8cm
M号球:重量 m=138g, 直径 d=7.2cm

重量が9g重くなり、直径が4mm大きくなります。

数字で見れば小さな差ですが、手に取って投げてみるとその感覚はまるで違います。



ボールの違いによる影響


球速
ボールに与える力積Pが同じと仮定すれば、ボールの重量mに反比例して球速vが落ちます。

P = m・v  :運動量保存

そのため、M号球になることにより球速の低下が起こる可能性があります。


回転数
指先がボールに与える力fが同じと仮定すれば、直径dに比例してトルクTは大きくなります。モーメントアームLはボールの半径(d/2)に等しいからです。

T = (d/2)・f


一方で慣性モーメントIは、重量mと直径dの二乗に比例します。下式は中実球のもので、軟式球は中空ですが、傾向としては同じです。

I = 2/5・m・(d/2)^2 


結果、ボールの回転数Nは重量mおよび直径dに反比例して減少します。

L = ∫T・dt ∝ d   : 角力積
I・ω = I・N/(2π) ∝ m ・d^2・N :角運動量
(ここで、ω:角速度、N:回転数)

L = I・ω:角運動量保存

上記三式より、

N ∝ 1/(m ・d)

 

そのため、M号球になることにより回転数の低下も起こる可能性があります。

 

曲がりやすさ
ボールの曲がりやすさは、重量mに反比例し、直径dの二乗に比例します。
(詳細はこちら(第39回)を参照ください。)

そのため、回転数Nの減少があっても、トータルではM号球の方が曲がりやすいと考えられます。




16から18.44に


ボール変更以上に影響が大きいであろうことが、ピッチャープレートからホームベースまでの距離、つまり、バッテリー間距離が長くなることです。

小学生:16m
中学生以上:18.44m

ホームベースまでの距離が2.44mも遠くなります。割合で言うと15%(18.44/16=1.15)の増加です。

実際に打席やプレートに立ってみるとかなり距離感の違いがあります。小学生の16mは、大人用18.44mマウンドの傾斜の一番前あたりになります。


 

距離の違いによる影響


距離が遠くなることにより、具体的にはどんな影響があるでしょうか?

一つは、距離が遠い分だけボールをリリースしてからホームベースに到達するまでの時間が長くなる、言い換えると打者が感じる体感速度が遅くなること、です。

もう一つは、ストライクゾーンへのコントロールが難しくなることです。




体感速度の計算


ソフトボールでは野球の18.44mよりもずっと近くから投げるため、実際の球速は110km/h程度でも、野球選手にとっての体感速度は160km/hにもなると言われています。

これと同じで18.44mでプレーしている人を基準にすれば、16mの距離から投げてくる小学生の球は実際以上の体感速度に感じられます。


では、どのくらいの体感速度になっているのか、軌道シミュレータver.3.2を使用して計算します。以下の手順で進めます。

まず、16mの距離でリリースからホーム到達までの時間を計算します。

次に、18.44mの距離で、到達時間が上記と同じになるよう、球速を上げてやります。この時の球速が体感速度となります。


[計算条件]

ベースとなる球は、100km/h, 1500rpmの4シームで、リリースポイントのX0を2.44m大きくしてやります。

100km/hは少年野球においてはかなりの剛速球で、ほとんど打たれないレベルです。



[計算条件]



[計算結果]

リアルスピード
小学生投手の体感速度


1/10倍スロー
中一投手がぶつかる壁


小学生が16mの距離から投げた100km/hの球は、0.55秒でホームベース上に到達します。(上図、水色)
18.44mの距離から投げて、これと同じ0.55秒でホームベース上に到達するのに必要な球速は、118km/hとなりました。(上図、緑色)

つまり、小学生の16mの距離から投げる100km/hの球は、体感速度では118km/hということになります。

118km/hというと高校生レベルのスピードですので、小学生の打者ではほとんどついていくことはできないでしょう。

しかし、中学に上がり18.44mの距離から投げることになった途端、100km/hの球はそのまま100km/hの球になります。
同じ100km/hの球を投げていても、小学生から中学生になり距離が広がることにより、体感速度118km/hが100km/hになってしまうのです。(上図、緑色から桃色になる。)

つまり、自分が中学生なった途端、打者が感じる球速は18km/hも遅くなるのです。

これを取り戻すには実際の球速を18km/h上げなければならないわけですが、いかに成長期といえども簡単なことではありません。




コントロール


的を狙うのは遠くに離れるほど難しくなります。

ストライクゾーンを狙うのも同じで、バッテリー間距離が広がればその分むずかしくなります。

なぜかというと、遠くに離れるほど的に当たるリリース角度の範囲が狭くなるからです。

上下のストライクゾーンは、中学になると相手打者身長が高くなるのに合わせて広がることで、距離が離れたことの影響が相殺されます。
しかし、左右のストライクゾーンは、中学生も小学生も同じ横幅のホームベースを使用するため、距離が離れた分だけ実質的に狭くなります。

では、小学生の16mと中学生の18.44mでストライクゾーンに入るリリース角度の範囲を、軌道シミュレータver.3.2でそれぞれ計算してみます。

計算条件は先ほどと同じ100km/h,1500rpmの4シームです。

[計算条件]


[計算結果]

18.44mと16mそれぞれの距離から、ストライクゾーンの左右両端ぎりぎりを通る軌道の計算結果は以下のようになりました。
中学生のストライクゾーン

小学生の16mでは、アウトコースいっぱいとインコースいっぱいにそれぞれ投げたとときのリリース角度Φの差は1.8度となりました。
つまり、ストライクゾーンに投げるためには、リリース角度のずれをこの1.8度以内に納めることが求められるということです。

一方、中学生の18.44mでは、1.6度です。

小学生よりも、中学生の方がストライクゾーンにはいる角度範囲が0.2度減っています。わずかな差のようですが、割合でみると11%減少(1.6/1.8=0.89)しています。

つまり、乱暴に言ってしまえば、自分が中学生になった途端、ストライクゾーンの横幅が11%狭くなるわけです。

慣れるまでは、フォアボールを連発したり、ストライクを取りに行き過ぎて球が真ん中に集まった結果痛打されたりするかもしれません。



いいこともある


中学生になると、ボールが重くなり球速が下がる、バッテリー間が広がり体感速度が下がる、さらにストライクゾーンの横幅が実質的に狭くなる、と悪いことばかりの計算を示してきました。

しかし、悪いことばかりではありません。投手にとって有利になることもあります。

変化球が解禁となるため、上手く投げればストライクからボールになる球を振らせたり、タイミングをずらして泳がせたりすることができます。
変化球の投げ方を工夫したり、配球を捕手と一緒に考えたりするのも野球の楽しみの一つです。

また少年野球では大抵、平地からの投球ですが、中学からはマウンド上から投げられるため体重を乗せて投げやすくなります。

さらに、塁間距離が広がることにより、ランナーは盗塁など気軽に走りづらくなります。走る速度より、送球の速度の方が当然速いですが、距離が広がることによりその差がより効いてくるようになるためです。




投手というポジションは誰でもできるものではなく、チーム内でも選ばれた選手だけが投げることを許されるという競争の激しさがありますが、逆に言えばチーム内で誰かは、投手になれるのです。

壁にぶつかっても諦めず、正し方向へ努力をすれば、きっとうまくいくことでしょう。






では、また。

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