スコールボール
わたるがぴゅん!という野球漫画に「スコールボール」という魔球が登場します。
アンダースローから強烈なトップスピン回転与え天高く投げ上げることにより、上空から急降下してストライクゾーンにほぼ垂直に落ちてくるという球です。
誕生経緯
かなり昔に読んだのでうろ覚えで間違っているとこもあるかもしれませんが、以下のような話です。
沖縄出身の子で、小柄なやんちゃ少年の主人公わたるは投手で「ハブボール」という大きくホップするストレートを武器にしていました。これがいわば魔球1号です。
人差し指と中指の第一関節を曲げてボールに突き立てた、ハブの牙に見えるような握り(元中日のソンドンヨルのような握り)で、強力なバックスピン回転を与える球です。
(ハブは沖縄に生息する毒蛇です。)
しかしトーナメントを勝ち上がっていくうち、その球が通用しなくなり、とうとうホームランを打たれてしまいます。
マウンド上でしゃがみこんでうつむいているわたるをみて捕手で常識人の子が、ショックで落ち込んでいると思って、元気づけようとマウンドにかけ寄ります。
するとわたるは、足元の蟻が餌の奪い合いをしているのをみて、笑っています。
片方の蟻が、餌をくわえて離さないもう一方の蟻を餌ごと持上げてひっくり返していました。
これをみてひらめいたわたるは、心配してきてくれた捕手を追い返して試合を再開し、次の一球、突然アンダースローから天高くボールを投げ上げます。
唖然とするチームメイトと相手打者。
次の瞬間、上空のボールは突然急降下し、ストライクゾーンを縦に通過していきます。
蟻からヒントをえて、ハブボールを上下逆さまにひっくり返し、トップスピン回転で大きく落下させる球「スコールボール」にアレンジしたのです。魔球2号の誕生です。
(スコールは沖縄に降る集中豪雨です。)
スコールボールで三振を奪い、その試合も何とか勝つことができました。
ピンチをその場のひらめきで乗り越える90年代の古き良き野球漫画です。
凄さその1
もし、スコールボールに近い球を実際に投げられたどうでしょう?
全く打たれないのではないかと考えられます。
スコールボールの真のすごさはトップスピ回転による軌道変化ではありません。
ボールが垂直に近い軌道で落ちてくることです。
バットは水平に近い角度でスイングされるため、軌道が重ならず、点でとらえなければならないためまず当たりません。
垂直は当たらない球
近い体験があります。
いすの上に立ったチームメートに、頭上からゴムボールを落としてもらって打つティー打撃をやってみたことがあるのですが、まあ、当たりません。
雨の日に、軒先から落ちてくる水滴を打ってみたこともありますが、これもやはり空振りばかりです。
一度やってみると面白いです。
線でなく点でとらえなければならないのは本当に難しいです。野球経験者ほどミートポイントの前後位置でタイミング調整をする癖がついています。
作中でも、振っても振っても当たらない球として描かれていました。
凄さその2
また運よくバットに当たったとしても、強い打球を打つことができません。
本来のミートポイントで打つことができないからです。
作中では落下してきたスコールボールは、五角柱の立体ストライクゾーンの後端をかすめていきます。
一方、打者が強い打球を打つためのミートポイントはホームベースの前端かそれより前です。
ボールが通過する位置と、打者にとって望ましいミートポイントは、前後に40センチ以上ずれています。
後ろで打つと
ホームベース後端の位置でバットに当てると、バットの角度的に、カットするときのようにベンチに飛び込むファールになってしまいます。
上体を後ろに下げて無理やり打てばフェアゾーンに飛ばせるかもしれませんが、強いスイングでないため力のない打球になります。
また軸足が完全にバッターボックスの外に出た状態で打つと反則でアウトになるため、立ち位置を後ろに変えることもできません。
前で打つと
では、高めのボールゾーンでもいいから、ホームベース前端の位置で打てばいいかというとこれも難しいです。
なぜなら垂直に近い軌道で落ちてくるため、その位置ではストライクゾーン上端よりもずっと上の位置にボールがあるためです。
どのくらい上を通過するでしょうか。
今回はスコールボールを現実に投げるとどのような軌道になるのか、計算してみます。
スコールボールの軌道計算
作中では細かい数値の記載はないため仮定の値で計算します。
球速は小柄な中学生がアンダースローから投げるため速くはない、回転数はハブボールのホップ具合から球速のわりに多いとして、以下の条件としました。
球速80km/h、回転数2000rpm、揚力係数CL=0.43, 抗力係数CD=0.30 (スピンパラメータSP=0.35)
軌道シミュレータver3.2へのインプット値は以下のようです。
参考にプロレベルの150km/hのストレートも併せて計算します。
[計算条件]
[計算結果]
計算結果は以下のようです。グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとのボールの位置を表します。
地上2.6メートルのボール球
84度で落下する球
トップスピン回転=下への変化ではない
コントロールできない球
さて、もし、今回計算したような軌道の球を実際に投げられたら、打者はどうにもできません。
見逃せばストライクで、振っても当たりません。
しかしながら、現実世界の打者はこのスコールボールの脅威に直面することはありません。
なぜなら、この球をストライクゾーン後端にピンポイントでコントロールすることは不可能だからです。
それどころかストライクゾーンを通すことすら至難の業です。
わずかにずれた場合の軌道計算
以前イーファスピッチとして計算したことがあるのですが、極端に山なりの球というのは、投げだす角度に加え、球速もぴったりと制御して初めて狙ったところへ投げられます。
どちらかが少しでもずれると、コントロールが大きく狂ってしまいます。
試しに、先の条件から投げ出し角度θが0.5度高くなった場合と、球速voが1km/h速くなった場合を計算すると、以下のようになります。
+0.5度、+1km/hというわずかな差でも落下位置は大きく前後にずれ、ストライクゾーンを通過しなくなります。
試合で常用することはとてもできません。
もしやるならランナーなしで、0ボール2ストライクでダメ元で投げるのがいいと思います。打者も見なれない軌道なので、ストライクかどうかの判別がつかず、見逃し三振を嫌がってボール球でも振ってくれるかもしれません。
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