2022年6月18日土曜日

第121回 投げられない変化球3:K・ジャンセン投手の“ライジング”カッター

 


小さく沈む球

カットボール(カッター)はストレートに近い球速で、打者の手元で小さく変化する球です。

日本では2000年ごろにカットボールチャンネルの川上憲伸投手や、DeNA監督の三浦大輔投手が投げ始めて以降、急速に広まりました。

当時は、ストレートと同じ軌道から手元でボール一個分だけ「真横にスライドする球」と紹介されていました。

しかしトラッキングデータが導入され、変化量が数値で測定されるようになると、「小さく沈む球」でもあることが判明しました。


カッターはジャイロ回転

沈む理由は回転軸にあります。

センター方向からのスロー映像でカットボールの回転を見ると、渦を巻いており、ジャイロ回転に近い回転軸をしています。

そのため回転数が多くても揚力が弱くなり、ストレートほどホップせず、相対的に沈む球になります。


ちなみに松坂大輔さんが投げているとして渡米時に盛り上がったジャイロボール騒動も、本人が、あれはカットボールが抜けたやつと証言したことで鎮静化しました。


勝手に混じるジャイロ回転

カットボールがジャイロ回転に近い回転軸なっているのは、勝手にそうなるからです。

シュート方向のサイドスピン回転をなくし少しのスライド方向のサイドスピン回転を与えようとすると、ジャイロ回転は与えようとしなくても混じります。

また、与えたくない、与えないようにしようと考えながら投げても、混じってしまいます。

ジャイロ回転を含まずに、バックスピン回転と少しのスライド方向のサイドスピン回転だけを含む回転軸の球は、誰も投げることができません。

ゆえに、ストレートの軌道から真横に曲がる、あるいはストレートよりもホップするカットボールは、投げることができないのです。


ボールの転がり方

これは回転がかかるときの、ボールの手の中での転がり方によるものです。

バックスピン回転も、ジャイロ回転もどちらも前腕が肘を中心に回転しているために発生する遠心力で、ボールが人差し指と中指の指先方向へ転がっていくことによりかけられます。

てのひらが前を向いていればバックスピン回転がかかり、小指が前で手のひらが内側を向いていればジャイロ回転がかかります。

カットボールではスライド方向のサイドスピン回転成分を与えるために、いくらか手のひらを内側に向ける必要があるため、ジャイロ回転が混じってしまいます。

遠心力自体をなくすことはできないため、斜めの腕の振りでシュート回転をなくすには、ジャイロ回転を受け入れるしかありません。



ケイリー・ジャンセン

誰も投げることのできないジャイロ回転を含まずストレートのようにホップするカットボールですが、それに近い球を投げている投手がいます。

ドジャースで長年クローザーを務め、350セーブを積み上げたのち、今シーズンからアトランタブレーブスでプレーしているケイリー・ジャンセン投手です。

彼のカッターはほかの投手と明らかに違う軌道で、浮き上がりながらスライドしてくるため、”ライジングカッター”と呼ばれ恐れられています。

投球の6割を占め、来るのが分かっていても打てない球です。ほかの投手が投げてこない軌道のため、打者は不慣れで対応ができません。

特に右打者のアウトハイに投げたときは威力抜群で、高確率で空振りを奪います。

打者のバットはグリップよりもヘッドのほう下がった斜めの状態でスイングされますが、その傾きに合わせるかのように、投手から見て左上の空間をすり抜けバットをかわしていきます。

バットに当たった時も、ボールの下を打ちファールや力のないフライにしかなりません。





K・ジャンセン投手のライジングカッター軌道計算

今回は実在する魔球とまで言われている、ジャンセン投手のライジングカッターの軌道を再現計算します。

トラッキングデータ(21年シーズン、baseball savant)の球速、回転数、変化量に基づき、回転軸を調整し再現を行います。

ジャンセン投手のライジングカッターは回転軸が珍しいだけでなく、回転数と球速もMLB平均を大きく上回っています。平均的なカットボールが140km/h, 2350rpmであるのに対し、ジャンセン投手は149km/h,2677rpmです。全盛期にはこれよりもさらに速かったようです。


[インプット]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。

比較用に平均的な普通のカッターも併せて計算します。



[計算結果]
K・ジャンセン投手のラインジングカッターの軌道再現計算結果は、以下のようです。
グラフ上の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.01)におけるボールの位置を表します。
灰色線は回転による揚力がない場合の自由落下軌道で、これとの差がトラッキングデータの変化量となります。



縦の変化量は44cmです。

4シーム並みのホップ量です。少しだけ混じったジャイロ回転が減らしてしまう揚力を、回転数の多さが補っています。

4シーム並みのホップ量でありながら、少しシュートする4シームとは左右反対に19cm、ボール2個半ぐらい左打席のほうへ曲がっていきます。

4シームと同じような球速、ホップ量で、左右の曲がる方向が反対です。

つまりこれは、誤って3塁側に1メートルずれた位置に設置されたマウンド上から、左投手が4シームを投げてくるような軌道です。


平均的なカッターとの比較

平均的なカッターのホップ量は20cm程度ですので、ジャンセン投手のカッターはそれよりも24cm、ボール3個分ぐらい大きくホップします。まさにライジングです。

平均的なカッターの軌道と重ねると、以下のようです。

Kジャンセンのライジングカッター軌道再現計算

上記の回転によるホップ量の差に加え、球速差による重力を受ける時間の差が加わわっています。

そのため上下の軌道がまるで違います。

ボールの下を空振りしたり、フライを打ち上げるのも無理のないことです。


3D プロット

上記の計算結果をCADソフトで3Dプロットすると、以下のようになります。

浮き上がってくるというか、反りあがってくるというか、バットに当たる気がしない軌道です。

平均的なカッター
平均的なカッター

ジャンセンのライジングカッター
ジャンセン投手のライジングカッター


リアルスピードのgif動画です。










では、また。













ポールシフトカーブ

上記のライジングカッターとドロップシンカーは投球フォームの問題で投げるのが難しい球でした。それとは別に、物理的に投げることができない変化球もあります。例えば途中で回転軸が変わる球です。

バックスピン回転で飛んできた球が、何もない空中で急にトップスピン回転に変わったら一体どんな軌道になるでしょうか? はじめは上向きの揚力が働きストレートのように飛んできて、トップスピン回転になったら下向き揚力でドロップカーブのように下へ曲がりだす。普通のドロップカーブよりも何倍も打ちづらい球になるはずです。

実在しない球で名前がないので、ここでは便宜上以下、地球の自転軸の角度が変化することを意味する天体用語から「ポールシフトカーブ」と呼びます。

実際には投手が一度投げたボールが空中で回転軸の向きを変えることはありえません。手を離れ空中を飛んでいる間、ボールは空気力と重力のみを受けますが、それらに回転軸の向きを変える作用はありません。またもし何らかの回転軸の向きを変えようとする力が働いたとしても高速で回転してるボールには回転軸の向きを維持しようとするジャイロ効果働くため回転の向きを変えるのは容易ではありません。ジャイロ効果という言葉はなじみがないかもしれませんが、コマや自転車のタイヤが高速回転している時には安定して倒れにくくなることは経験があると思います。

投球フォームをどう変えても、ピッチングマシンを使っても、絶対に投げられない架空の変化球ですが、興味本位でどんな軌道になるのか計算してみます。軌道シミュレータver3.2のインプット値と計算結果は、以下のようです。


ドロップカーブ

ポールシフトカーブ






リアルスピードのgif動画です。



これは、打てないですね(笑)。




ではまた。







ちなみにスライド方向のサイドスピン回転はボールを前方に加速するときに現れる後方への慣性力により、ボールが引っ張られる力を利用してかけるため、手に対して少し後ろに転がっていきます。


完全なバックスピンから少しスライド成分を与え、ジャイロ成分は与えないようにする。これだけのことなですが、実際に投げようとするととても難しいのです。どうしてもジャイロ成分がまじってしまい、ジャイロ成分をなくそうとするとシュート成分が入ってしまいます。投球フォームだけでなく、指の骨格の曲がり方など天性のものも必要かもしれません。普通に真っすぐを投げているつもりなのにジャンセン投手のような回転になってしまう人は投手挑戦してみたら、まっすらの使い手として活躍するかもしれません。





0 件のコメント:

コメントを投稿