2020年4月11日土曜日

第11回 ジャイロボールは「打者の手元で急に曲がり始めるスライダー」になりうるのか検証してみた



ジャイロボールについて、一部でこんな説が唱えられています。

「ジャイロボールを水平に投げると打者の手元に近づいてから急に横へ曲がり始め、通常のスライダーよりも鋭い変化球となる。」

彼らの主張する理屈はこうです。

「純粋なジャイロボールを水平に投げるとリリース直後はボールの進行方向と回転軸が完全に一致しているため、マグヌス力(揚力)はどちら方向にも働かない。ただの重力のみが作用し自由落下軌道となる。
しかし飛んでいくうちにその重力の落下により速度が下方向成分を持つようになるとボールの進行方向と回転軸がずれ始め、カーブ方向のマグヌス力が発生する。
通常のスライダーではリリース直後からマグナス力で曲り始めるのに対し、ジャイロボールでは途中からマグナス力で曲がり始めるため、より打者の手元で急激に曲がる鋭い変化球になる。」


ジャイロボールは途中から曲がり始めるのか 


...本当にそんな変化を起こすのでしょうか。

その真偽を確かめるため、エクセルで作成した軌道シミュレータver.3.2を使って、水平に投げられたジャイロボールの軌道を計算してみます。

[計算条件]

 ジャイロボール
 球速:v0=130[km/h]、リリース角度:θ=0度(水平)、Φ=0度(ホーム方向)
 ボール回転軸角度 θs=90度、Φs=0度
 抗力係数 CD=0.41、揚力係数CL=0.22

 左右の曲がり具合が分かりやすいよう、リリース角度はホーム方向へ真っすぐΦ=0とします。

 ボール回転軸角度の定義
 


[計算条件終わり]


[計算結果]

 純粋なジャイロボールを130km/hで水平に真っすぐ投げた場合の、ボール軌道の計算
 結果は以下のようになりました。
 グラフ中の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。

 ジャイロボールの軌道

 x-y平面プロット図に見るように、横方向へは全く曲がっていません
 ホームベース上での直線軌道に対する横方向への変化量はわずか1.5mmです。

 ホームベース上でのボール速度は116.6km/hで水平から下向きへ8.3度の方向です。
 x方向速度成分が115.3km/h、z方向成分が-16.9km/h(下向き)となっており、
 z方向速度成分はx方向速度成分よりもざっくり一桁小さい値になっています。
 
 ボールを横へ曲げようとするマグナス力(揚力)は速度の二乗に比例するため、
 この純粋なジャイロボールがホームベース手前の落下段階でz方向速度により受ける
 マグナス力は、通常のサイドスピン回転の球がx方向速度成分による受けるマグナス力に
 比べ二桁小さい値となります。
 通常のサイドスピン回転の球の変化量が数十センチなので、ジャイロボールの横変化量
 はその二桁小さい数ミリのオーダーとなります。

[計算結果おわり]

以上のように、ピッチングにおいて「ジャイロボールが途中から急激に曲がり始めるスライダーになる」というのは机上の空論であることが証明されました。

純粋なジャイロボールは曲がらずに真下に落ちる縦スラにしかなりません。
横へ曲げたいのなら回転軸を水平より少し上向きに傾け、リリース時からサイドスピン成分を与える必要があります。


ジャイロボールは理屈としては横に曲がるが、その変化量が小さすぎて打者を打ち取るような効果はありません。

世の中ではこういった「理屈としてはあっているが、その効果が小さすぎて実用的な意味がない」、ということがよくあります。
例えば、この野菜を食べると○○の健康効果があるとテレビで大々的に放送しておきながら実際には、毎日5キロ食べ続けないと効果がないなどということが後で分かることがあります。
だからこそ頭の中のイメージだけでそれっぽいイラストを描いて終わり、ではなく計算して定量的な数値を出すことが大切なのです。

楽しさが重視され正しさが軽視される、エンタメ中心に世が回る昨今です。

効果がないことを証明すると、期待していた人からはがっかりされたり逆恨みで嫌われることも時にはあるかもしれませんが、科学技術の進歩のため、さらには民衆が嘘に騙されて扇動されてしまわないためには、こういうのも必要なことです。


あえて言えば、4シームがシュート成分を含んでいるのでそれを真っすぐと認識するほどに慣れていると、左右どちらにも曲がらないジャイロボールはスライドするように錯覚するということはあるのかもしれません。

遠投でジャイロボールを投げるとどうなるか 


さて、ここまで否定を続けてきましたが「ジャイロボールが落下軌道に入ると横に曲がる力をうける」という理屈自体は決して間違っていません。
上記の計算結果でも曲り幅が小さいだけで少しは曲がっています。

通常のピッチングで投げられる球では落下による下方向速度成分が大きくなく、加えて落下軌道に入ってからストライクゾーンに達するまでの時間が0.1~0.2秒程度と短いためほとんど横には曲がりません。
しかし、山なり軌道で数秒間落下が続くならばジャイロボールが途中から大きく曲がり始める軌道となる可能性はあります。

というわけで、ジャイロボールで遠投をしたらどうなるか、その軌道を計算してみます。

[計算条件2]

 ジャイロボール
 球速:v0=130[km/h]、リリース角度:θ=35度(上向き)、Φ=0度(ホーム方向)
 ボール回転軸角度 θs=55度、Φs=0度
 抗力係数 CD=0.41、揚力係数CL=0.22

 完全なジャイロボールとなるよう、ボールの回転軸をリリース角度と一致させました。

[計算条件2おわり]


[計算結果2]

 純粋なジャイロボールで遠投をした場合の、ボール軌道の計算結果は以下のようになり
 ました。

 ジャイロボールで遠投

 x-y平面プロット図を見ると理屈通り横へ曲がっています。
 50mあたりで頂点に達しますが、曲り始めはそれよりも早く25m当たりから直線軌道
 からずれ出しています。25m時点で直線軌道から33cm横へ変化しています。
 頂点に達する48m地点で横変化量は1.7m、地面に落ちる86m時点では横変化量は7.7m
 となっています。

[計算結果2おわり]

というわけで、遠投でジャイロボールを投げると、横へ数メートル曲がることが確認できました。




二塁手のジャイロボール 

ジャイロボールは投手だけのものではありません。

斜め後ろで守っている二塁手も、ゴロをとって一塁へ送球するときにジャイロ回転の球を投げています。



送球距離の短い内野ゴロではとってから投げるまでの時間を短くすることが重要なため、体重移動を小さくし横からスナップスローで投げます。

横から投げる時に4シームのように指をボールの後ろに当ててリリースするとシュート回転して、送球がそれたり一塁手が捕りづらくなったりします。

そのためジャイロ回転の球を投げます。

ジャイロ回転の球ならシュートせず、また今回の計算結果にみるように20m程度の距離ならスライドもせず、真っ直ぐ飛んでくれます、

また自分で投げてみると分かりますがスナップスローで投げるときには自然とジャイロ回転の球になるので、変化球を投げる時の様に意図的に回転軸をずらす必要もありません。



*****

ジャイロボールは投げ方によりその軌道が変わります。

・オーバースローの投手が投げればフォークのように落ちる縦スラになる
・遠投で投げれば横へ大きくスライドして曲がる
・サイドスローで近距離に投げれば曲がらず真っすぐ飛ぶ球になる

不思議な球です。



では、また。




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