2020年4月18日土曜日

第12回 イーファスピッチは誰でも投げられるのに、誰も使いこなせない


 


 どんな球? 

イーファスピッチという球種があります。

どのような球か知っていますか?


知っている人は通ですね。

どんな球かというと、ただの「山なりのスローボール」です。
とくに曲がったりはしません。

誰でも投げられるような球です。

そのくせに、打つのは非常に困難です。

メジャーリーグでは多田野投手が、格上のアレックス・ロドリゲス選手にイーファスピッチを投げて打ち取った例もあります。

アレックス・ロドリゲス選手は年棒が3000万ドルを超えたこともあるスーパースター選手でした。
なぜ、超一流のメジャーリーガーがそんな球を打てなかったのでしょうか。

その理由として以下の点が挙げられます。

・球が遅すぎてタイミング取れない。
 通常の160-125[km/h]の球ではリリースからストライクゾーン到達までの時間は0.4-0.5秒だが、イーファスピッチではその4倍、2.0秒もかかる。

・バットのスイング軌道と球筋が大きくずれるので、点でしか捉えられない。
通常の投球では水平からやや下向きの球筋なので、ややアッパー気味のスイング軌道と相性が良く球を線で捉えることができる。
一方、イーファスピッチは下向き50度の角度で落下してくる。


「そんなにも打つのが難しいならみんな投げればいい」、と思うかもしれませんが、この球には欠点もあります。

・ストライクをとるのが非常に難しい。
・ランナーがいると盗塁される。

二つ目は言わずもがなですね。1.5秒も余分にランナーに猶予を与えてはどんな強肩捕手でも刺すことは不可能です。

ここでは、一つ目のストライクをとる難しさについて、なぜなのかをエクセルで作った軌道シミュレータver3.2を使った計算で証明していきます。




 イーファスピッチの軌道計算 

まずイーファスピッチの球筋を軌道シミュレータで再現します。

[計算条件]

 イーファスピッチ
 球速 v0=47[km/h]、リリース角度 θ=45度(上向き)、Φ=2.0度(一塁側)
 リリースポイント x0=1.0m(ホーム方向)、y0=-0.5m(三塁方向)、z0=1.8m(高さ)
 ボール回転角度 θs=110度、Φs=-80度
 抗力係数 CD=0.38、揚力係数CL=0.07

 リリース角度は写真からの推定値です。
抗力・揚力係数は回転がほとんどかかっていないと推定しフォークボール相当
の値を使用します。


[計算結果]

イーファスピッチの軌道を再現した計算結果は以下のようになりました。
グラフ中の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。

かなりの山なりで、まるでアイドルの始球式のようです。



多田野選手が実際に投じたイーファスピッチについて日米マスコミ報道によれば、初速48[km/h]程度、高さは20フィート(6m)に達したとのことですので、再現性は良好です。


 球速変化にとても敏感である 

上記の計算結果では、47km/hで投じられたボール軌道はストライクゾーンの高めを通過しています。

球速を少し変えるとどうなるでしょうか?

上記と同条件で球速のみを変えた場合の軌道を3種類計算します。

[計算条件2]

 イーファスピッチ
 球速 v0=47.0、46.0、47.5[km/h]、リリース角度 θ=45度(上向き)
 ボール回転角度 θs=110度、Φs=-80度

 抗力係数 CD=0.38、揚力係数CL=0.07

[計算結果2]

リリース角度は一定のまま、球速のみ変えた場合のイーファスピッチの軌道計算結果は以下のようになります。



・球速47.5[km/h]では、ストライクゾーン高めいっぱいを通過する。
・球速46.0[km/h]では、ストライクゾーン低めいっぱいを通過する。



 ストライクゾーンの幅は1.5km/hしかない 

つまり、上向き45度で投げられたイーファスピッチがストライクゾーンを通過するのは、球速が46.0[km/h]から47.5[km/h]の範囲にあるときだけです。

球速47.5[km/h]以上では、高めのボール球になります。
球速46.0[km/h]以下では、低めのボール球になります。

この山なり軌道が特徴のイーファスピッチは、ストライクゾーン上下のコントロールが球速に対し非常に敏感に反応します。


わずかに球速が異なるだけで軌道が上下に大きくずれてしまい、ホームベース上を通過するときの高さも大きく変わってしまいます。

つまり、イーファスピッチでストライクを取るためには球速を1.5[km/h]の範囲内で制御しなければならないのです。

通常の球種ではリリース角度を正確に調整すれば狙ったコースへ行きますが、イーファスピッチではさらに球速も正確に調整しなければなりません。
それも1.5km/hというとても狭い範囲内で。

これはとても難しいことであり、それ故イーファスピッチを実践で使用する投手が極めて少ないのです。

ただの山なりボールでありながら、実はすごく高度な調整能力がないと投げられない難易度Sの球種だったのです。



...もし、あなたが打者の時にイーファスピッチを投げられたどうすべきか。


ストライクになる確率は低いので、振らないのが賢明です。



 4シームはストライクを取りやすい球 

一方、4シームではリリース角度さえ制御すれば、初速が大きく異なっても余裕でストライクになります。


参考に初速が15[km/h]異なる、140[km/h]155[km/h]の4シームの軌道計算結果を以下に示します。

[計算条件3]

 4シーム
 球速:v0=140、155[km/h]、リリース角度:θ=-2.5度(下向き)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20

[計算結果3]

 リリース角度は同じで、初速のみ変えた場合の4シームの軌道計算結果は以下のようです。




球速が15[km/h]異なってもストライクゾーンにおける軌道の高低差は16cmしかありません。

どちらもしっかりストライクです。


普段140[km/h]を投げている人が少し力が入ったからといって、うっかり155[km/h]がでてしまった、なんてことはまずないでしょう。

4シームの球速が狙いより15[km/h]もずれるということはまずありません。従って、球速の誤差による上下コントロールの誤差は16cmよりももっと小さくなります。

4シームは上下のコントロールを付けやすい、ストライクをとりやす球といえます。




 余談 


イーファスピッチは他のどの球種よりも高く上がり、そして垂直に近い角度で落ちてきます。およそ下向き50度です。

そのためストライクゾーンを通過する場合は、必ずキャッチャーの手前でワンバウンドします。ノーバウンド捕球はされません。


テレビや動画などセンター方向からの映像ではキャッチャーが低めで捕球した球がストライクに見えますが、ノーバウンド捕球している時点で実際は高めのくそボールなのです。



...もし、あなたが打者の時に、2ストライクから、イーファスピッチを投げられたら。
それが運悪くストライクゾーンを通過してしまったら。

それでもまだ、あきらめないでください。

振り逃げの可能性が残されています。

もちろん、振れば、芯に当たってヒットになる可能性も。



では、また。






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