クロスファイヤー
左投手が右打者のインコースに向かって投げ込む角度のある速球は、「クロスファイヤー」とも呼ばれ、その威力は絶大です。
山本昌投手(元中日)は、このクロスファイヤーと、反対方向のアウトコースへ逃げていくスクリューボールとのコンビネーションにより、三振の山を築きました。
4シームの球速は130キロ台にもかかわらず、自他ともに認める「速球派投手」として、50歳まで現役を続け通算219勝をあげました。
そこで今回はエクセルで作成した"軌道シミュレータver3.2"を使って左投手の4シームの軌道を計算し、右投手のそれと比較してみます。
左投手4シームの軌道計算
左投手、右投手がそれぞれ4シームを、右打者インコースへ投げた時の軌道を計算します。
[計算条件]
4シーム(左投手)
球速:v0=140[km/h]、リリース角度:θ=-1.5度(下向き)、Φ=-3.0度(三塁方向)
リリースポイント x0=1.8m(ホーム方向)、y0=0.5m(一塁方向)、z0=1.8m(高さ)
ボール回転軸角度 θs=-70度、Φs=80度
抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20
4シーム(右投手)
球速:v0=140[km/h]、リリース角度:θ=-1.5度(下向き)、Φ=1.5度(一塁方向)
リリースポイント x0=1.8m(ホーム方向)、y0=-0.5m(三塁方向)、z0=1.8m(高さ)
ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20
ボール回転軸角度の定義
θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
Φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)
[計算結果]
ボール軌道の計算結果は以下のようになりました。
グラフ中の点は0.02秒ごとのボールの位置を表します。
左投手と右投手どちらの4シームも右打者のインコースいっぱいをかすめる軌道ですが、真上から見たx-y平面での軌道を見ると両者の角度は大きく異なります。
右投手はまっすぐな軌道であるのに対して、左投手の方は斜めに右打者の体に向かってくる軌道です。
同じインコースに投げた時、右投手では一塁側へΦ=1.5度の角度でリリースし、左投手では三塁側へΦ=-3.0度の角度でリリースしています。
つまり、左投手は、右投手と同じインコースに投げた球でも、その軌道は4.5度異なるということです。
4.5度角度が違えば打者の感覚もずいぶんと違ってきます。
左投手の4シームも右投手と同様に完全なバックスピンではなくシュート成分が混じっていますが、曲がる方向が左右逆になります。
普段右投手のインコースへ曲がってくる4シームを見慣れている打者にとっては、左投手のクロスファイヤーは自分の体の方に向かってきてそのまま当たるのではという錯覚をあたえます。
そのため思わず、腰を引いて避けようとして、見逃し三振を喫してしまいます。
左投手の球はレフトに打ち上げるとファールになる?
この投球角度の違いから、右打者がインコースの球をレフト線へホームラン性の大きな打球を打ち上げた場合、「左投手の方が右投手の場合に比べてファールになりやすい」という可能性が示唆されます。なぜなら入射角と反射角は等しいため、同じ角度のバットに当たった場合投球角度の差はそのまま打球角度の差となるからです。
壁当てをするとき壁の正面から真っすぐぶつければ、真っすぐ自分の前に跳ね返ってきます。
少し斜めからぶつけると、少し斜めに反対側へ跳ね返ります。
横からであればある程横へ跳ね返っていきます。
これと同じことがバットにボールが当たる場合にも、起こるはずです。
実際にどの程度になるのか計算してみます。
まず、入射角の差ですがこれはシュート成分による変化によりホームベース上での軌道角度がリリース時よりも小さくなるため、小さくなります。
左投手のホームベース上での軌道角度は、リリース時のΦ=-3.0度から-2.0度に減っています。右投手はリリース時のΦ=1.5度から0.3度になります。
その結果、ホームベース上での両者の角度差は、リリース時の4.5度から2.4度に減ります。
左右投手の投球のバットへの入射角αの差は2.4度です。
入射角αと反射角の角度が等しいとすると、同じ角度のバットに当たった打球は左投手と右投手で2.4度ずれた方向に飛ぶことになります。
バットの角度が21.5度の時、左投手の球を打った打球はちょうどレフト線上へ飛びます。
一方、右投手の打球はそれよりも2.4度フェアゾーン側へ飛びます。
この角度差で100m飛んだ場合、両者の軌道の差は、100×tan(2.4/2)×2=4.1mとなります。
レフト線への大きな当たりでは、打球に回転がかかっているためファールゾーンへと切れていきます。
そのため、ぴったりレフト線上に打ち上げた左投手の打球はファールになってしまいます。
一方右投手の打球では、打球の曲りが4.1m以下であれば切れずにホームランとなります。
ただし、実際には両者の打球軌道の差はこれよりも小さくなると考えられます。
入射角と反射角が等しいという条件はバットが止まっているという条件でのみ成り立つからです。
バットの速度により入射角よりも反射角は小さくなります。同時に両者の打球角度の差も入射角の差よりも小さくなります。
大雑把にですが、反射角の差が入射角の差の半分になると仮定すると、打球角度の差は1.2度となり、100m飛んだ時の打球軌道の差は2.0mになります。
従って、同じ右打者がインコースの4シームをレフト線へホームラン性の打球を打ち上げた場合、左投手の方が右投手よりも打球が2m程度ファールゾーン側へずれることが予想されます。
2mの差があるとすればポール際ぎりぎりのホームラン性の打球では、ファールになるか、ホームランになるかの違いが出てくるため無視できない影響になります。
実際どうなのか
このことについて、実際プロの長距離打者が「左投手の方がレフト線の打球がファールになりやすい」と言っているかというと、そんなことはありません。そんな体験談を聞いたことがありません。
なぜでしょうか。
上記の計算にはどこか、誤りがあるのかもしれません。
あるいは、バッターが自分のせいにしてしまっているのかもしれません。
左投手の球を打ってファールになった時、右投手の時と全く同じタイミング、同じバット角度で打ったにも関わらず、「左投手のインコースの球は食い込んでくるから差し込まれないように意識した結果、体の開きがほんのわずか早くなってしまった」と、原因を投球角度の違いではなく、自分のスイングのずれだと結論付けて納得しているのかもしれません。
では、また。
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