異なるボール、異なる速度
東京オリンピックの真っただ中です。野球も含め様々な競技を観る機会が増え、楽しい毎日を過ごしています。
当然のことですが、競技ごとにルールが異なります。
使われるボールも異なりますし、ボールが飛び交う速度もまた、異なります。
小さく軽いボールが超高速で飛んでいくスポーツもあれば、大きく重たいボールがそれほど速くない速度で飛ぶものもあります。
そして、重量と速度が異なれば、ボールが持っている運動エネルギーも異なります。
では、運動エネルギーが、最も大きい競技は、一体なんでしょうか?
運動エネルギー
運動エネルギーは、ボールの重量と速度に依存します。
数式で表すと、以下のようです。高校物理の教科書にも載っているので、ご存知の方も多いかと思います。
E = 1/2・m・v^2 -① :運動エネルギー
(m:ボール重量、v:球速)
細かいことを言うと、上記は重心の並進運動エネルギーです。
重心周りの回転運動エネルギーも存在します。しかし、並進よりもずっと小さく、野球の投球では、回転運動エネルギーは、並進運動エネルギーの2,3%にすぎません。
そのため、今回は省略します。
では、各競技におけるボールが持つ運動エネルギーを①式で計算し、比較してみます。
野球は、No.1になれるでしょうか。
野球は、No.1になれるでしょうか。
類似競技対決
まずは、野球と、それによく似たスポーツである「ソフトボール」で比べてみます。
金メダル、おめでとうございます!
野球の投手が体を横回転させて投げるのに対し、ソフトボールの投手は、ウインドミルと呼ばれる、腕を縦にぐるっと一回転させるダイナミックな動きで投げます。
野球 : m=0.145kg, v=160km/hソフトボール : m=0.188kg, v=120km/h
球速は、トップクラス投手を想定した値です。
球速は野球の方が上ですが、ボール重量はソフトボールのが上です。
[計算結果]
[計算結果]
SI単位系で計算します。そのため、球速は時速を3.6で割って、秒速に変換しています。
野球 :E = 1/2 × 0.145 × (160/3.6)^2 = 143[J]ソフトボール:E = 1/2 × 0.188 × (120/3.6)^2 = 104[J]
ソフトボールよりも、野球の方が運動エネルギーが大きいという結果になりました。
Jは、ジュールと読む、エネルギーの単位です。
野球もソフトボールも、ボールを手で持って投げます。
サッカー : m=0.430kg, v=130km/h
[計算結果2]
サッカー:E = 1/2 × 0.430 × (130/3.6)^2 = 280.4[J]
野球(143J)よりも、ずっと大きく、約2倍の値となりました。
野球の投手は、素手で、ボールを持って投げます。
道具を使ってボールを打つ方が、リーチが長い分、もっと球速が大きくなります。そのため、運動エネルギーも大きいと予想されます。
そこで次は、「テニス」で計算してみます。
ビッグサーバーと呼ばれるような選手では、サーブスピードが200km/hを超えてきます。
[計算条件3]
そこで次は、「テニス」で計算してみます。
ビッグサーバーと呼ばれるような選手では、サーブスピードが200km/hを超えてきます。
[計算条件3]
テニス : m=0.065kg, v=234km/h
[計算結果3]
テニス:E = 1/2 × 0.065 × (234/3.6)^2 = 138.2[J]
野球(143J)とほぼ、同じです。テニスの方が、少しだけ小さくなりました。
テニスのサーブの球速はすさまじいですが、ボールが軽いため、運動エネルギーとしてはそこまで大きくならないのです。
というわけで、テニスボールの運動エネルギーは、野球と同程度という結果になりました。
最速対決
運動エネルギーは、速度の2乗に比例して大きくなります。
球速が200km/hを超えるテニスよりも、さらに速いスポーツが存在します。
球速が200km/hを超えるテニスよりも、さらに速いスポーツが存在します。
「ゴルフ」と「バドミントン」です。
ゴルフのドライバーで打つティーショットは打球速度300km/h超、さらにバトミントンのスマッシュでは500km/h近い速度にも達します。
ゴルフのドライバーで打つティーショットは打球速度300km/h超、さらにバトミントンのスマッシュでは500km/h近い速度にも達します。
バドミントン : m=0.00512kg, v=493km/hゴルフ : m=0.046kg, v=328km/h
[計算結果4]
バドミントン:E = 1/2 × 0.00512 × (493/3.6)^2 = 48.0[J]ゴルフ :E = 1/2 × 0.046 × (328/3.6)^2 = 190.6[J]
野球(143J)と比べて、ゴルフの方が大きい値になりました。しかし、球速差のわりにはあまり差がなく、1.3倍程度です。
バドミントンは、野球も含め、ここまで計算した中で最も小さい運動エネルギーです。
普段100km/h台の速度で野球をやっている感覚からすると、300km/hや400km/hなんていうのは、想像もつかないくらいのスピードです。しかし、テニス同様に重量が軽いため、運動エネルギーとしてはそれほど大きくならなりませんでした。
バドミントンのシャトルでは、重量がわずか5.12gしかありません。野球ボールの1/70程度の軽さです。
逆に言えば、重量が軽いからこそ、これだけの超高速を出せるのだ、とも言えます。
というわけで、バドミントのシャトルの運動エネルギーは野球の1/3程度、ゴルフボールの運動エネルギーは野球の1.3倍程度という結果になりました。
ヘビー級対決、No.1決定
ここまでの計算により、速度が速くても、重量が軽いと運動エネルギーはあまり大きくならない、ということが分かりました。
そこで次は、重い物体を飛ばすスポーツ、「陸上の投てき」を対象に計算してみます。
やり投げ、砲丸投げ、およびハンマー投げを計算します。
やり投げのやりは重量0.8kg、砲丸投げとハンマー投げでは鉄球重量は7.26kgにもなります。
ちなみに、ハンマー投げでは、鉄球と一緒に飛んでいくワイヤーやハンドルも含めて、砲丸投げと同じ重量になっているそうです。
[計算条件5]
そこで次は、重い物体を飛ばすスポーツ、「陸上の投てき」を対象に計算してみます。
やり投げ、砲丸投げ、およびハンマー投げを計算します。
やり投げのやりは重量0.8kg、砲丸投げとハンマー投げでは鉄球重量は7.26kgにもなります。
ちなみに、ハンマー投げでは、鉄球と一緒に飛んでいくワイヤーやハンドルも含めて、砲丸投げと同じ重量になっているそうです。
[計算条件5]
やり投げ : m=0.800kg, v=109km/h砲丸投げ : m=7.260kg, v=50km/hハンマー投げ : m=7.260kg, v=120km/h
[計算結果5]
やり投げ :E = 1/2 × 0.800 × (109/3.6)^2 = 364.8[J]砲丸投げ :E = 1/2 × 7.260 × (50/3.6)^2 = 711.5[J]ハンマー投げ:E = 1/2 × 7.260 × (120/3.6)^2 = 3267.0[J]
野球(143J)と比べて、どれもずっと大きな運動エネルギーとなりました。
特にハンマー投げはあの重量でありながら、120km/hという高速のため、その運動エネルギーはけた違いです。
やり投げのやりの運動エネルギーは野球の2.5倍、砲丸投げの鉄球の運動エネルギーは野球の5倍という結果になりました。
そして、ハンマー投げの鉄球(+ワイヤー&ハンドル)の運動エネルギーは野球の23倍にもなりました。
圧勝です。
以上の結果から、あらゆる球技、投てき競技の中で、最も大きな運動エネルギーを持って飛んでいくものは、ハンマー投げの「ハンマー」、という結論になりました。
棒グラフで表すと、以下のようです。差が大きいので、対数軸にしました。
運動エネルギーを最大にする飛ばし方
ハンマー投げのハンマー(120km/h)が、砲丸投げの砲丸(50km/h)と同じ重量でありがなら、その2.4倍もの速度が出せるのは、ひとえに、ワイヤーによるアーム長さのおかげです。
投てき物の運動エネルギーを最も大きくする飛ばし方は、投げるでも、蹴るでもなければ、道具で打つのでもなく、長いアームで振り回すことです。
投てき物の運動エネルギーを最も大きくする飛ばし方は、投げるでも、蹴るでもなければ、道具で打つのでもなく、長いアームで振り回すことです。
ゴルフでは、ドライバーの長さを利用して加速されたヘッド部で打つことにより、打球速度を上げています。最新の材質によりシャフトを極限まで細く軽くすることで、長くても慣性モーメントが大きくならないよう工夫されています。
ソフトボールでは、ウインドミル投法で腕を振り回すことにより速度を上げています。
また、古代兵器の投石器(スリング)や、20世紀末に当時の女子高生が武器としてルーズソックスに石を詰めて振り回していたものも、同じ原理です。
軽量級対決
さて、運動エネルギーNo.1は上記のようにハンマー投げに決定しましたが、おまけとして、運動エネルギー最小の競技も決定してみたいと思います。
候補の一つは、ここまで最小のバドミントン(48J)です。
候補の一つは、ここまで最小のバドミントン(48J)です。
バドミントンのシャトルに匹敵するほど軽いものといえば、「卓球」のピンポン玉を置いて、他にありません。
バドミントンのシャトル重量は5.12gという軽さですが、卓球のピンポン玉は、それをさらに下回る2.7gです。
最後は、卓球の運動エネルギーを計算して、バドミントンと比べてみます。
[計算条件6]
卓球 : m=0.0027kg, v=180km/h
[計算結果6]
卓球:E = 1/2 × 0.0027 × (180/3.6)^2 = 3.4[J]
卓球の運動エネルギーは、これまで最小のバドミント(48J)を、さらに一桁以上下回りました。
圧倒的な小ささです。No.1のハンマー投げ(3267J)と比べると、1000倍の違いです。
というわけで、運動エネルギー最小は「卓球」、という結果になりました。
*****
競技により、ボールや投てき物の運動エネルギーが3桁も異なる、というのはとても興味深い結果です。
人間はあらゆる動物の中で、もっとも多彩な動きのできる体を持っています。
それがスポーツの多様性という形で表れ、われわれを楽しませてくれます。
では、また。
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