減らすべきか
ホームからマウンド方向へ、向かい風が吹いているとき、投球が受ける空気抵抗はより大きくなります。
同じ初速のストレート(4シーム)でも、減速が大きい分、打者の手元ではスピードが落ちてしまいます。
では、向かい風の日には、ストレートは威力を失うため、投球割合を減らし、変化球を増やした方が戦術として良いのでしょうか?
また反対に、追い風の日には、ストレートの威力が上がるので、多投した方がよいのでしょうか?
物理学な点から見ると、安易にそうとも言い切れないのです。
両方アップ
向かい風を受けると、同じ球速でも、無風の時よりボールと空気の相対速度が大きくなるため、ブレーキとして働く抗力が増加します。
抗力が増加すれば、打者の手元での球速(終速)がより遅くなるのは、明白です。
一方で、向かい風で相対速度が大きくなると、バックスピン回転により上へ曲げる力として働く揚力(マグナス力)もまた大きくなります。
向かい風を受けると、抗力と揚力、2つの空気力が両方同時にアップするのです。
揚力が増加すれば、ホップ量が増加します。
抗力増加により減速が大きくなれば、重力を受ける時間が長くなり、重力による落下は増えますが、それを揚力の増加で補うことで、トータルのホップ量はそれほど減らない、言い換えると、無風時の軌道と比べてそれほど大きくお辞儀しない、という可能性が考えられるのです。
向かい風を受けるストレート(4シーム)の軌道計算
では、向かい風によりストレートの軌道がどれくらい変わるのか、軌道シミュレータver3.3で計算してみたいと思います。
風速は、少し強めの風として秒速7メートルとします。これは「砂埃がたち、紙片が舞い上がる。小枝が動く」ぐらいの強さです。比較のために、無風と追い風7メートルの場合も併せて計算します。
計算条件
以下のような条件で計算します。プロ投手の平均的な4シームを想定しています。
抗力係数CDおよび、揚力係数CLは、回転数/相対速度の値が大きいほど増加するため、向かい風では無風時よりも少し小さくなります。
計算結果
同じ条件で投げられた各風速における、ストレートの軌道計算結果は以下のようになりました。
グラフ上の点は0.02秒ごとの、ボール位置を表しています。
軌道はほとんど重なっています。
違いが分かりづらいため、ホームベース上(x=18.44m)における上下位置の拡大図を追加しました。
その下には前後差を表すために、無風の球がx=18.44m上に到達した時刻における前後位置の差を示す図を追加しました。
向かい風でホップ量アップ
上下の軌道差を見ると、向かい風7メートルでは、無風のときに比べ5cm上を通過していきます。
事前の予想では、抗力増加により減速して重力を長い時間受ける影響のほうが、揚力増加の影響よりも大きく、より下へお辞儀する軌道になるだろう、と思っていたのですが、意外な結果となりました。
揚力増加の影響の方がわずかに上回ったわけです。
5cmの差
5cmというのは、ボールの直径の2/3程度です。
打者の打ちづらさには、大きな影響がでると考えられます。無風のときと同じつもりでスイングをすると、ボールの中心を捉えたつもりが下面をこすって弱い内野フライを打ち上げてしまったりすることでしょう。
ちなみに、以前した計算では、回転数200rpm増加によるホップ量増加は3cm程度でした。向かい風7メートルの方が、回転数200rpm増加よりも、大きくホップ量を増加させるわけです。
そのため、回転が良くホップ量を武器にしている投手にとっては、向かい風を受けるとむしろ威力がアップする可能性があります。
また、追い風7メートルでは、無風時よりも5cm下を通過していきます。追い風はメリットばかりでなく、ホップ量を減らしてしまうというデメリットもあることが分かりました。
コントロールが狂いにくい
追い風にしろ、向かい風にしろ、無風のときからの上下位置のずれは5cm程度です。
向かい風では揚力アップと同時に、抗力アップで重力を受ける時間の増加し落下量アップするため、この2つが打ち消し合い上下軌道には差が出にくくなっています。
追い風でも両者のダウンが打ち消し合うため、やはり差が出にくくなります。
上下5cm、ボール2/3個分の差は、打者の打ちづらさに関していえば大きな違いですが、ストライクゾーンに投げるということについてはそれほど大きな影響はないでしょう。
そのため、ストレートは追い風、向かい風により上下のコントロールが狂いにくい球種であるということになります。
前回計算した、トップスピン成分を含み下へ曲がるカーブの場合は揚力と抗力、両者の影響が重なり合うため、より上下のコントロールが狂いやすい球種です。
向かい風の日には、ストレートを減らし、カーブやスライダーなどの曲がる変化球を増やす配球をする人も多いかもしれません。しかし、コントロールの観点では、向かい風のときは、むしろ、ストレートを増やす方が得策なのです。
向かい風でブレーキ増加
次は、前後の位置差を見てみます。
上図下側に示した、同時刻における前後の位置差を比べると、その差は上下の差よりもずっと大きくなっています。
向かい風7メートルでは、無風に比べ、後方へ37cmも押し戻されています。
スピードを武器としている投手にとっては、大きな損失です。
打者からすると投げた瞬間、速いと思っても、振ったら意外と間に合って打ててしまったということになるかもしれません。
また、追い風では無風に比べ、31cm前方へ押し出されています。
無風のときと同じタイミングでスイングすれば随分振り遅れてしまうでしょう。スピードが武器の投手にとっては、鬼に金棒です。
どちらが打ちづらいのか
以上のように、無風と比べた場合、
・向かい風7メートルでは、ホップ量は5cmアップし、後方へ37cm押し戻される。
・追い風7メートルでは、ホップ量は5cmダウンし、前方へ31cm押し出される。
ということが分かりました。
では、ホップ量の増加によるメリットと、後方へ押し戻されるデメリット、どちらが打者の打ちづらさにより影響するのか。向かい風のストレートと、追い風のストレートどちらが威力があるのか。ということになると、人間である打者の動きや感覚の話になるため、計算で結論を出すのは容易なことではありません。
今回の計算から、推測で言えることは、
・回転が良くホップ量で勝負するタイプは、向かい風により威力がアップする。
・球速が速くスピードで勝負するタイプは、追い風で威力がアップする。
ということです。
勝負事はどうしても運の要素が絡みます。だから風についても、運だと考え無策でのぞむのか、それとも風を理解して味方に付けるのか。後者の方が、勝つ確率は高いでしょう。
運も実力のうち、というのはそういうことかもしれません。
では、また。
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