時速140km/hで投じられたボールは何キロで動いているでしょうか?
言っている意味が分かりませんか?
ボールの中心点である重心は140km/hでホーム方向へ動ています。
しかしボール表面の皮や縫い目はそうではありません。もっと速かったり、遅かったりします。
なぜなら、ボールには回転がかかっているからです。
回転速度と並進速度の合成
バックスピン回転の投球を三塁側から見た場合を考えます。
ボール表面部はボール重心周りに回転しています。
ボールの上側ではボールの進行方向とは反対方向へ戻るように動き、下側では進行方向と同じ方向へ進む方向へ動きます。
そのため重心の並進速度とこの回転速度を合成すると、ボールの上側では球速よりもゆっくりに、ボールの下側では球速よりも速いスピードになります。
具体的に数字を計算してみます。
球速(重心の移動速度)をV=140[km/h]=38.9[m/s]、
バックスピンの回転数をN=2200[rpm]=36.7[rps]とします。
rpm(revolutions per minute)は一分間あたりの回転数、rps(revolutions per second)は一秒あたりの回転数を表す単位です。
2200rpmはプロ投手4シームの平均的な回転数です。
ボールの角速度 : ω = N × 2π = 36.7× 2π = 230 [rad/s]
ボール直径 : d = 0.074[m]
ボール半径 : r = d/2 = 0.037[m]
ボール表面の回転速度 : Vr = r × ω = 0.037 × 230 = 8.5 [m/s]
Vr = 8.5 × 3600/1000 = 30.6 [km/h]
というわけで、回転数が2200rpmのとき、ボール表面や縫い目が重心まわりを回る回転速度Vrは、時速30.6km/hです。
ボール上側の合成速度は球速からこの回転速度を引いて、
V-Vr = 140-30.6=109.4km/hになります。
下側では球速にこの回転速度をたして、V+Vr=140+30.6=170.6km/hとなります。
プロの投げる4シームのボール上側は中学生の球速並みの109.4km/hの遅い速度で動き、その一方で、ボール下側ではチャップマンが記録した歴代最高球速である169km/hよりも速い高速度で動いています。
回転がかかっていることによりボールの上側と下側で、これほどの速度差が出ているのです。
スピンパラメータSPと揚力係数CL
ボールの上下で速度の差があると何が起こるか。
ボールの上下で空気の圧力差が発生し、ボール進行方向と垂直方向への力である揚力(マグヌス力)が作用し、その結果ボールの軌道は曲げられます。
バックスピン回転なら上へホップする方向への揚力が作用します。
揚力Lは下のような式で表されます。
回転数が大きいほど揚力係数CLが大きくなり、それに比例して揚力Lが大きくなります。
近年の研究で揚力係数CLは回転数に依存するスピンパラメータSPという値により決まるということが明らかになってきました。
スピンパラメータと揚力係数の関係(姫野博士の論文より引用) |
スピンパラメータは以下の式で表されます。
スピンパラメータ : SP = π×d×N / V
(d:ボール直径、N:ボール回転数、V:球速)
分子のπ×d×Nですが、これは先ほどのボール表面の回転速度Vrと同じものです。
(ω = N × 2π およびr = d/2 のため、Vr = r × ω = d/2×N×2π = d×N×π 。)
スピンパラメータはボール表面の回転速度Vrと球速Vの比です。
ですので、先の例でスピンパラメータの値を計算すると
SP = Vr / V = 30.6/140 = 0.22 となります。
これを上のスピンパラメータSPと揚力係数CLのグラフに当てはめると、CL=0.20という値が得られます。
また、ボールが受ける空気抵抗(抗力)は抗力係数CDに比例しますが、この抗力係数CDも同様にスピンパラメータから求めることができます。
では、また。
テーマと内容に「惹きつけ」られました.2年前の夏の甲子園.金足農業のピッチャー吉田輝星VS対戦相手のバッター.吉田の直球・・・物理的にはあり得ないはずの浮き上がる球・・・に,バッターが次々と空を切る.全盛期の江川を彷彿させられました.こんな情緒的な思いとは別として,今回,冷静かつ緻密な数理解析に触れることができました.感謝の2乗です.
返信削除コメントありがとうございます。野球好きの人に読んでもらえて嬉しいです。
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