ホップは錯覚
球速が速くバックスピンの効いた4シームは打者の予測のはるか上を通過し、バットは空を切る。
その球は重力に逆らい、打者へ近づくほどに上へ上へとホップしてくる。
そんな「錯覚」に、襲われる。
打者の感覚としては浮き上がるように感じるが、現実には回転による上向きマグナス力よりも、下向き重力の方が大きい。
その結果、プロ投手の球でさえ直線軌道に比べておじぎすることが知られている。
4シームのことを、日本球界では「真っすぐ」、「直球」、「ストレート」などと呼ぶが、その軌道は数学的な直線とは異なる。
そこで今回は、実際に重力に打ち勝っておじぎをせず真っすぐ進む、さらには、直線軌道よりも上に変化するような「本当にホップする球」を投げることができるのか、軌道計算により検証してみる。
山本昌の驚くべき回転数
バックスピンの回転数が多ければ多いほど、上に浮き上がろうとするマグナス力が大きくなり、その結果おじぎ量は少なくなっていく。プロ野球の歴史上で最も回転数の多い4シームを投げたのが、山本昌投手(元中日)だと言われている。
BSテレビ局のHPによればその回転数はなんと、毎秒52回転である。
(https://web.archive.org/web/20130923092503/http://www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/089.html)
一分間あたりの回転数に換算すれば、3120rpmである。
現役で回転数が多いと言われている藤川球児投手(阪神)やダルビッシュ有投手(カブス)が2700rpmであり、これを大きく上回る。
驚くべき数値である。
回転数は球速に比例して増加する傾向にある。そのため、球速が130キロ代の山本昌投手が150キロ前後の彼らを上回るのは極めて異常なことである。
山本昌の軌道計算
そんな山本昌投手の投げる超高回転4シームの軌道を計算してみる。比較のため、プロ平均の4シームも併せて計算する。
おじぎ量が分かりやすいようリリース角度は水平にする。
[計算条件]
4シーム(山本昌)
球速:v0=135[km/h]、リリース角度:θ=0.0度(水平)、Φ=-2.0度(三塁方向)
リリースポイント x0=1.8m(ホーム方向)、y0=0.5m(一塁方向)、z0=1.8m(高さ)
ボール回転軸角度 θs=-70度、Φs=80度
回転数N=3120rpm(SP=0.32) : 抗力係数 CD=0.43、揚力係数CL=0.28
4シーム(NPB平均)
球速:v0=140[km/h]、リリース角度:θ=0.0度(水平)、Φ=-2.0度(一塁方向)
ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
回転数N=2200rpm(SP=0.22) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20
ボール回転軸角度の定義
θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
Φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)
[計算結果]
山本昌投手の4シーム軌道の計算結果は以下のようになった。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右のみx=18.44mにおけるボールの位置を表す。
山本昌投手の4シームはNPB平均と比べ球速が5km/h遅いが、にもかかわらずその軌道は10cm上を通過していく。
マグナス力の働かない自由落下に対してなんと63cmもホップしている。
スピンの効いた素晴らしい4シームである。
しかしそれでも、直線軌道からは42cmおじぎしてしまっている。
高回転により「本当にホップする球」は投げられなかった。
チャップマンは人類最速の球
山本昌投手の球は回転よるホップ量は素晴らしいが、一方球速が遅いため重力を受ける時間が長くなってしまい、これが直線軌道からのおじぎ量を大きくする原因となっている。ならば、球速の速い投手ではどうか。
ギネス記録に認定されている人類最速の球は、アロルディス・チャップマン(ヤンキース)が2010年に投じた169.1km/hである。
リリースからホームベース到達までの時間はなんと、0.377秒である。
つまり、重力を受ける時間も経った0.377秒ということである。
一般的に球速が速いほど肩肘への負担は増加するが、怪我をせず30歳を超えてなお変わらぬ剛速球を投げ続けている彼のタフさは尊敬に値する。
おじぎ量が分かりやすいようリリース角度は水平にする。
[計算条件2]
4シーム(チャップマン)
球速:v0=169.1[km/h]、リリース角度:θ=0.0度(水平)、Φ=-2.0度(三塁方向)
ボール回転軸角度 θs=-70度、Φs=80度
回転数N=2680rpm(SP=0.22) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20
[計算結果2]
チャップマンの4シーム軌道の計算結果は以下のようになった。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右のみx=18.44mにおけるボールの位置を表す。
比較のため、プロ平均の4シームも併せて表示する。
チャップマンの4シームはNPB平均と比べ球速が29km/h速く、その軌道は31cmも上を通過していく。
マグナス力の働かない自由落下に対して45cmホップしている。
球速、軌道ともに素晴らしい4シームである。
パッと見ではほぼ直線的に見えるが、それでも破線で示した直線軌道からは21cmおじぎしてしまっている。
一般的に球速が速いほど肩肘への負担は増加するが、怪我をせず30歳を超えてなお変わらぬ剛速球を投げ続けている彼のタフさは尊敬に値する。
チャップマンの軌道計算
そんなチャップマンの投げる超高速4シームの軌道を計算してみる。おじぎ量が分かりやすいようリリース角度は水平にする。
[計算条件2]
4シーム(チャップマン)
球速:v0=169.1[km/h]、リリース角度:θ=0.0度(水平)、Φ=-2.0度(三塁方向)
ボール回転軸角度 θs=-70度、Φs=80度
回転数N=2680rpm(SP=0.22) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.20
[計算結果2]
チャップマンの4シーム軌道の計算結果は以下のようになった。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右のみx=18.44mにおけるボールの位置を表す。
比較のため、プロ平均の4シームも併せて表示する。
チャップマンの4シームはNPB平均と比べ球速が29km/h速く、その軌道は31cmも上を通過していく。
マグナス力の働かない自由落下に対して45cmホップしている。
球速、軌道ともに素晴らしい4シームである。
パッと見ではほぼ直線的に見えるが、それでも破線で示した直線軌道からは21cmおじぎしてしまっている。
人類最速の一球でも「本当にホップする球」は投げられなかった。
空想上の投手
山本昌投手でも、チャップマンでもだめならば、「本当にホップする球」を投げることができる人間はおそらく存在しないであろう。ここからは空想上の投手が投げる球として、軌道がおじぎしなくなるにはどれくらいの球速と回転数が必要なのか計算してみる。
[計算条件3]
4シーム(空想上の投手)
球速:v0=175[km/h]、リリース角度:θ=0.0度(水平)、Φ=-2.0度(三塁方向)
ボール回転軸角度 θs=-70度、Φs=80度
回転数N=4000rpm(SP=0.32) : 抗力係数 CD=0.43、揚力係数CL=0.27
[計算結果3]
上記条件の値で投じた場合の4シーム軌道の計算結果は以下のようになった。
グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右のみx=18.44mにおけるボールの位置を表す。
比較のため、プロ平均の4シームも併せて表示する。
球速175km/h、回転数4000rpm。これでようやく直線軌道に対しておじぎしない、ほぼ直線と同じ軌道となった。
これ以上の球ならば軌道は直線を超え上にホップして浮き上がる。
つまり、「本当にホップする球」を投げるためには、球速175km/h以上、回転数4000rpm以上が必要でなのである。
こんな球を投げられる投手は長い野球の歴史上でも実在しない、空想上の投手だけである。
が、それでも未来のことはわからない。
昔は日本の高校生が160km/hを投げるなんて誰も予想できなかった。マンガの中でそんなのが登場すれば現実味がないと馬鹿にされた。
しかし現れた。
175km/h、4000回転も、もしかしたらと期待してしまう。
では、また。
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