2021年5月1日土曜日

第66回 大谷投手の投球軌道を、トラッキングデータから再現する

 


3年ぶりに復活    


投手、打者の二刀流としてもはや知らない人はいない程の知名度を誇る、大谷翔平選手。

しかし渡米後はケガがあり、MLBデビューした2018年前半に数試合投げた後、昨年まで投手としてはまともに投げられませんでした。

今年、ようやく二刀流が復活しました。

普通の選手ならば、ケガをした時点でもう投手か打者、どちらかに専念するよう強制されてていたことでしょう。

しかし彼は二刀流を続けることを許されました。

その要因の一つは、圧倒的な球速のおかげでしょう。



どちらも捨てられない 


時速100マイル、160.9km/hを超える4シームを投げられる選手に投手をやめさせるのは惜しい。

時速112マイル、180km/hを超える打球を高頻度で打つことのできる選手に打者を止めさせるのはあまりにももったいない。

投打どちらでもMLBトップクラス、したがって人類屈指の球速を叩きだすことができる彼だからこその扱いだといえます。



1種類の速球


近年のメジャーリーグや、プロ野球ではほとんどの投手がツーシームかカットボール、いわゆる動く速球を投げています。

そんな中、大谷投手は速球は普通のストレート(4シーム)のみです。
他はスプリット、スライダー、カーブ、チェンジアップなど、いずれも4シームよりも球速が10km/h以上遅い変化球のみを投げます。

大谷投手のストレートは球速のわりにバットに当てられる、と言われていますが、4シームの他に動く球を投げないのが一因かもしれません。


二刀流だから断念


なぜ動く速球を投げないのでしょうか?

器用な彼のことですから、覚えようとすれば、投げられるようになるでしょう。
でもそれをするとやることが多くなりすぎるため、あえてしないのだと推測されます。

投球練習だけでなく、バッティングや走塁の練習もしなければならないのに、細かい球種を増やしすぎると調整するための時間や体力がたらなくなる、と考え、絞るところは絞っているのでしょう。

打者として出場するときにはDHで守備につきませんが、これもやろうと思えばやれるだけの能力はあるが、時間と体力の関係で断念しているのでしょう。先日少しだけ守備につきましたが、これは大敗ゲームの終盤で他の野手を使わないための措置であり、試合前もキャンプでも守備練習はしておらず、また外野手用グラブを持っていなかったためチームメイトに急遽借りたそうで、予定していたものではありませんでした。

二刀流を成功させるために、断念すべきものはして、我慢するところは我慢している。一つのわがままを通すために、他はわがままを言わないわけです。
どこまで手を出しても大丈夫で、どこからは手を出さない方がよいのか、それを見極める感覚もまた、二刀流を続けて行けるかどうかの重要なポイントなのでしょう。



球速が一番の武器


でしょう、でしょうと、勝手な推測ばかり並べてしまいましたが、客観的な事実として言えることもあります。

彼の球は速い。
だから動かさなくても、球速で打者をねじ伏せられる、ということです。

MAX165km/h超は驚異的ですが、それ以上に先発投手投手として平均157km/hを投げられるところが高く評価されています。


今回は、そんな大谷投手のストレート(4シーム)の投球軌道をトラッキンデータから再現計算してみます。




大谷投手4シームの軌道計算


トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。

これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は大谷投手の4シームについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2018年デビュー戦の平均値です。

     (引用元:Baseball Geeks)


[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。







[計算結果]

計算された4シームの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース上(x=18.44m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。

大谷2018シーム



4シームの特徴

大谷投手の4シームの特徴は、おじぎ量が少なく直線軌道に近いことです。

トラッキンデータとして測定される、バックスピン回転の上向き揚力(マグナス力)によるホップ量は、40cm弱とMLB平均程度です。回転数がそれほど多くないためです。

しかし、球速が速いのでリリースからホームベースに到達するまでの空中を飛んでいる時間が短い、つまり重力を受ける時間が短いため、重力による落下量が平均的な球速の球よりも少なくなります。

そのためトータルでは平均的な球よりもおじぎ量が少なくなります。



ストレート、ではない

では直線軌道と比べるとどうでしょう?

上記のグラフに直線を破線で追加したものが、下図になります。


真っ直ぐに見えていた球も、実際には直線軌道と比べると40cm下へお辞儀しています

日本では「ストレート」や「直球」、あるいは「真っ直ぐ」と呼びますが、実際には真っ直ぐな軌道ではないのです。


この157km/hの球がリリースされてからホームベース上に到達するまでの時間はわずか0.4秒ほどですが、重力はその間にボールを79cmも落下させます。

それをバックスピン回転によるマグナス力が39cm上に押し上げ、落下量を40cmまで減らしている、つまり約半分ほどに抑えているわけです。

真っ直ぐ、あるいはホップしてさえいるように見える100マイル近い4シームは、実際には直線と自由落下のほぼ中間の軌道を飛んでいるのです。




敵は重力ではない


ストレートが文字通りの真っすぐではなく、直線よりもおじぎしているというのは現在では広く知られているところですが、初めて聞く人は驚くようです。

私も子供の頃、プロやメジャーリーガーのストレートが実際には重力に負けて下へおじぎしているという事実を知ったとき、やはり驚いたのと同時に信じたくないような、なにかがっかりした気持ちになったのをよく覚えています。

しかし、そんなことはどうでもよいのです。

投手が戦う相手は、時空のゆがみが生み出す重力場ではなく、同じ人間である打者です。

打者の目にどう見え、どう感じるのか。打てるのか、打てないか。そこが焦点です。



3Dプロット

おまけの、3D動画です。

今回計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。やはり、速い、です。


大谷4シーム3Dプロット



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また他の球種についても次回以降、再現計算をしていきたいと思います。

次回はスプリットの予定です。





では、また。




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