2021年5月8日土曜日

第67回 大谷投手のスプリット軌道を、トラッキングデータから再現する

  



空振り率 No.1    


大谷投手は奪三振を多く奪う点でも優れています。

最も多い三振パターンは、追い込んでから低目のボール球になるスプリット(フォーク)を空振りさせるものです。

これはNPBでもはおなじみの、典型的な、いわば王道パターンです。

悪く言えばありきたりでありふれた手であり、良く言えば最も効果的な手ということです。

ツーストライクに追い込まれた打者はみな、次はスプリット来る可能性が高い、と予想しています。
にもかかわらず、振ってしまい空振りするのがスプリットという球種です。
空振り率は全球種中でNo.1の18.6%(*1)を記録しています。

(*1)参考資料:2021プロ野球オール写真選手名鑑、日本スポーツ企画出版社。
  20年シーズンNPB全体平均値。


落差とスピード


プロレベルの投手ならば誰が投げてもそれなりの威力を発揮するスプリットですが、大谷選手のスプリットはそこらへんのスプリットとはまたレベルが違います。

何が違うかというと、落差とスピードの両方を兼ね備えていることです。

4シームが160km/hの大谷投手は、スプリットも145km/h前後と高速です。普通の投手なら4シームの球速です。

140km/hを超える高速スプリットを投げる投手はNPBでもいますが、大抵は浅く挟む握りによりスピードを落とさないようにしており、その代償に回転数があまり減っておらず、小さく沈む程度の落差の球になっています。中日の勝野投手などはそのタイプです。
しかし大谷投手のスプリットは、トラッキンデータによると、自由落下に近いほどの落ち方をしています。

また普通の投手が140km/hのフォークを投げると、4シームとの球速差が小さいため、重力を受けている時間の差による落差も小さくなります。
その点、4シームが160km/hの大谷投手ならスプリットの145km/hとでも15km/h程度の球速差があるため、重力を受ける時間差による落差もしっかり得られます。


普通の投手ならば、浅く挟み球速を上げると落差を失い、深く挟んで大きく落とせば球速が落ちてしまいます。落差と球速、どちらか選べばもう一方を失うというトレードオフを迫られるわけです。

それを大谷投手はどちらも失わず、両方同時に手に入れているのです。



呼び名


ちなみに、昔のNPBでは前者のように浅く挟み、高速で落差の小さいものを「スプリット・フィンガード・ファーストボール(SFF)」と呼び、深く挟んで、130キロ前後で落差の大きいものを「フォークボール」と呼んで、別の球種として区別していました。
しかし今では、MLBではどちらもスプリットと呼ばれていることもあり、あまり区別されなくなってきているようです。
統一されて分かりやすくなるならよいことなのですが、最近では挟んで投げて落としているのに「これは、ツーシームだ」という人もおり、ちょっと混乱させられます。






大谷投手4シームの軌道計算


今回は、そんな速くて大きく落ちる大谷投手のスプリット投球軌道をトラッキングデータから再現計算してみます。


トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。

これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。

今回は大谷投手のスプリットについて、トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[トラッキングデータ]

2018年MLBデビュー戦の平均値です。

     (引用元:Baseball Geeks)


[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。









[計算結果]

計算されたスプリットの軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとの、一番右はホームベース上(x=18.44m)におけるボール位置です。

灰色線は同じ球速の自由落下軌道で、これとの差が先のトラッキンデータにおける変化量となります。

大谷投手スプリット軌道2018




スプリットの特徴

大谷投手のスプリットの上下方向軌道は、自由落下とほぼ同じになっています。

これは上向き揚力がほぼゼロであることを意味しています。

しかし、ボールの回転数を見ると4シームの2/3程度(1445/2219=0.65)あり、無回転に近いというわけではありません。

回転がかかっているのに上向き揚力がなく、自由落下に近い落ち方をしている、というのが大谷投手のスプリットの特徴です。

回転数かかっているのに上向き揚力がないということは、バックスピン成分を含まないような回転軸の向きだということです。今回の計算で求められた回転軸は上図のように、ジャイロ回転と、シュート方向のサイドスピン回転との間を向いています。ジャイロ回転は縦スラのように投手から見て右回りではなく、反対の左回りになっています。



4シームとの比較

同じ角度でリリースされた4シームと比べると以下のようです。

49cmもの大きな落差です。

4シームのホップ量が39cmなので、上向き揚力の差だけで36cm(=39-3)の落差が生まれ、さらに球速差による重力を受ける時間の違いにより13cmの落差が加わっています。

140キロ台中盤と高速のためスイング開始前に見極める時間が短く、4シームとこれほどの落差があるためスイングを開始してしまえば何とか当てようとしても当てることはほとんど不可能です。




回転軸で落とす

スプリットは上向き揚力が働かないようにして落とす球ですが、それをするための方法は2つあります。

一つは、今回の大谷投手のように、バックスピン成分を含まない回転軸で投げること。これはサイドスピン回転、ジャイロ回転、およびその中間の回転など様々です。

大半の投手は巨人やレッドソックスで活躍した上原投手のように、シュート方向のサイドスピン回転をしているようです。人差し指の方が中指よりも摩擦力が強いためか、あるいはリリースのときに前腕が回内するせいか、どちらかではないかと考えられます。

こちらの回転軸で落とす投げ方は、いつも自由落下軌道になるため、安定して大きな落差を生み出すことができます。

大谷投手も今シーズン2試合目、4月20日の登板では他の球が思うように投げらず四球を連発して苦しみながらも、唯一安定していたスプリットにより7三振を奪うことで4回を無失点で切り抜けていました。




回転数で落とす

もう一つは、回転数を減らすことです。4シームと同じような回転軸で投げる場合、指を広げて握るほど指の接する位置が回転軸に近づきます。それはモーメントアームが小さくなるということであり、そのため回転を生み出すトルクが小さくなります。

スプリットやフォークボールというと、この回転数を減らすほうのイメージが一般的だと思います。

こちらの投げ方の方はバックスピン回転による上向き揚力がいくらか働くため、自由落下よりも落差は小さくなります。

しかしこれは悪いことばかりでなく、回転数を調整することで小さく沈ませてストライクゾーンでカウントをとる球と、大きく落としてボール球を空振りさせる球を投げ分けることができます。また、4シームに近い回転軸のため、回転方向を見て球種を判断する打者に対しては有効です。



握りは同じでも回転はそれぞれ

スプリットやフォークボールの定義は人差し指と中指を開いてボールを挟む握り方と、落ちる球であることの2つだといえますが、その回転は人によりさまざまです。


元ロッテ小宮山投手や元中日の岩田投手は完全に無回転で、ナックルボールのような変化をする球を目指しましたが、成功率が低くものにはなりませんでした。小宮山投手は衰えの目立つ晩年の挑戦でダメ元のような感じでしたが、岩田投手はそうではなかったため、無回転フォークに囚われなければもっと活躍できたのではないかと、本人も周りも悔いの残る結果になってしまったのが残念です。

フォークの握りで無回転を投げるのこと自体も難しいのですが、それ以前に、NPBで助っ人外国人のナックルボーラーが活躍したという前例がないため、MLBよりも縫い目が低いと言われているNPBのボールでは揺れるような変化を起こしづらいのかもしれません。


楽天の田中投手や、横浜やマリナーズで活躍した大魔神佐々木投手は、全盛期には無回転を超えてトップスピン回転のフォークさえ投げていたとも言われています。

また、近鉄やドジャースなどで活躍した野茂投手はシュート回転でもスライド回転でも自在に操れたが、ワンバウンドした時に真っすぐ跳ねた方がキャッチャーが捕りやすいという理由で縦回転のフォークボールを投げていたそうです。






3Dプロット

おまけの、3D動画です。

今回計算した投球軌道をCADソフトでプロットし、gif動画にしました。

スピードは実際と同じにしてあります。




同じリリース角度で同時に投げられた4シームと一緒に表示したものが、以下になります。
振る前に見極めることの難しが伝わるでしょうか?






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次回はスライダーの再現計算をする予定です。






では、また。




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