2021年6月5日土曜日

第71回 ナックルカーブと、普通のカーブの軌道を比較




人差し指を折り曲げて


最近注目を浴びている「ナックルカーブ」という球種があります。

握りは上の写真のようで、人差し指を折り曲げるところが普通のカーブの握りと異なります。

パワーカーブやスパイクカーブと呼ばれることもあるようですが、ナックルのように指を曲げて握り、トップスピン回転で大きく曲がり落ちるカーブのため、実態を分かりやすく表しているナックルカーブという呼称が最も定着しているようです。



試しに投げてみると


このナックルカーブと、普通のカーブ、どこが違うのでしょうか?

試しに自分で投げてみました。

その結果分かったことは、まず、とても投げづらいです。

曲がるとか曲がらないとか、それ以前に、地面にボールを叩きつけてしまいます。笑ってしまうぐらいまともに投げることができません。

ナックルカーブをメジャーからNPBに持ち込んで広めた元ソフトバンクの五十嵐投手も、自発的に投げようとしたわけではなく、当時のコーチに強制的に練習させられ、初めは違和感がありすぎて、「ふざけんじゃねぇ」(*1)と思ったそうです。

(*1)参照元:週刊ベースボールONLINE


もう一つ分かったことは、トップスピン回転がかかりやすいことです。
普通の握りで投げる時は意図的にトップスピン回転を与えるような投げ方をしますが、ナックルカーブの握りだと小指側を前にして腕を振れば、回転をかけようとしなくても勝手にかかるような感じです。
人差し指が当たっているところが回転中心として支えられるためではないかと考えられます。




普通のカーブとの違い


プロ野球やメジャーリーグの投手が投げている球はどうでしょう?

普通のカーブとの違いは、一般的な傾向項として以下2つがあるようです。

・球速は、ナックルカーブの方が速い。
 普通のカーブが120km/h前後に対して、ナックルカーブは130km/h前後。

・回転数は、同程度かナックルカーブの方がやや大きい。
 どちらも2000-3000rpm程度。


トップスピン回転をしっかりかけようとすると、球速は落ちてしまうのが常ですが、ナックルカーブのあの投げづらい握りには、トップスピン回転の球を速い球速で投げられる、というメリットがあるようです。

トップスピン回転のかかった速い球は、どのような飛び方をするでしょうか?

そこで今回は、ナックルカーブの軌道計算をし、普通のカーブと比較していみたいと思います。





一人で両方

ところで、ナックルカーブはカーブなので、普通の握りでカーブを投げる人はナックルカーブを投げないし、ナックルカーブを投げる人は普通のカーブを投げません。

一人で両方を投げる投手はいないだろうと思ったのですが、いました。

自らを変化球マニアと称する、ダルビッシュ投手です。さすがです。


ダルビッシュ投手のトラッキングデータから軌道を再現計算することで、同一人物が投げるナックルカーブと普通の握りのカーブがどう違うのか比べることができます。




ナックルカーブの軌道計算

[トラッキングデータ]

ダルビッシュ投手のナックルカーブ、およびカーブのトラッキングデータは以下のようです。2019年シーズンの平均値です。



図1:ダルビッシュ投手のトラッキングデータ
(引用元:ピッチングデザイン、集英社、お股ニキ著、2020年発行


図1に示されるように、トラッキングデータでは変化量に加え、初速と回転数も測定されています。

これら3つのデータから、軌道シミュレータver3.2により投球軌道を計算し再現することができます。トラッキングデータの初速と回転数をインプットとして計算した結果がトラッキングデータの変化量と一致するよう、回転軸の値を調整します。


[計算条件]

軌道シミュレータver3.2へのインプットは以下のようです。



ナックルカーブの回転軸は、普通の握りのカーブよりやや回転軸が水平に近くトップスピン成分が多くなっていますが、それほど大きな違いはありません。同じような回転です。


[計算結果]

計算されたナックルカーブおよびカーブの投球軌道は以下のようになりました。

図中の点は0.02秒ごとのボール位置を表しています。

両者は同じ角度でリリースされています。


ナックルカーブ軌道



普通のカーブとの比較


ナックルカーブと普通の握りのカーブを比べると、ほぼ同じような軌道になっています。

トラッキングデータの縦変化量を見ると、ナックルカーブが-36cm、カーブが-30cmとなっており、ナックルカーブの方がボール一個分弱大きくなっています。
しかし、軌道計算結果を見ると、むしろナックルカーブの方が落差が小さくより上を通過していきます。

トラッキングデータの変化量は回転による揚力(マグナス力)による変化量のみを表しており、実際の軌道ではこれに重力による落下が加わります。
その際、球速の速いナックルカーブの方が重力を受ける時間が短いため、重力による落下量が小さいので、このような逆転現象が起こります。



変化量/球速^2=キレ?


上記のように下方向への落差や横への変化量の大きさでみると、ナックルカーブは普通のカーブに比べて優れているわけではない、ということが分かりました。

そのためナックルカーブの優位性は球速にあると考えられます。

打者は経験的に、「遅い球ほど大きく曲がり、重力で大きくお辞儀する」という感覚を持っているため、普通のカーブよりも速いスピードでありながら普通のカーブ並みに曲がり落ちるナックルカーブの軌道に戸惑いを感じるのだと推測されます。

そうしてみると、変化球の"鋭さ"や"キレ"といった人間の感覚によってのみ語られるものも、変化量あるいは4シームとの軌道差を球速で割った値、あるいは揚力が球速の二乗に比例するため球速に二乗で割った値として、ある程度は数値化することができるのかもしれません。







CADソフトで3Dプロット


上記で計算した投球軌道を3D CADソフトを使ってロットし、gif動画を作成してみました。


視点はキャッチャー方向からのものです。

青い四角はストライクゾーンで、下の黒いのはホームベースです。

距離感のため、右打者と投手を模した人体データを立たせてあります。
今回は、ピッチャーを投球フォームっぽいポーズにして、マウンドも追加してみました。


速いナックルカーブと、緩い普通のカーブ、どちらが打ちにくそうですか?

ナックルカーブvs普通のカーブ軌道比較












では、また。






 

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