2021年6月12日土曜日

第72回 バレルゾーンの打球軌道計算


 


バレルゾーン

最近注目されている打撃指標に、「バレルゾーン」というものがあります。

簡単に言うと、ある打球速度以上かつ、ある上向き打球角度の範囲内にあるものは打率、長打率ともに高い傾向にある、というものです。



革命の発展

かつて一世を風靡したフライボール革命。

ピッチャー返しのような低いライナーが良い打球であり、ホームランはヒットの延長線上であると考えられていた時代に、もっと高いフライを狙って打ち上げる方がよいという革新的な提唱でした。

日本でも巨人の岡本選手など、フライボール革命を取り入れたことで大化けした選手もいます。

バレルゾーンは、いわばこのフライボール革命の発展版です。

フライボール革命は、ゴロや低いライナーよりも高くフライを打ちあげた方が良いというものですが、ではどのくらい高く打ち上げたらよいのかということになると漠然としています。高く打ち上げても内野フライばかりではだめに決まっています。そのため結局は各選手が自分で試合や練習でたくさんの打球を打ち、最適な打球角度を手探りで感覚として掴むしかありませんでした。

これに具体的な数値でこういう打球がよいと示したのがバレルゾーンです。



バレルゾーンの定義

バレルゾーンの定義はBaseball savantのwebページ上のGlossary(用語)に記されています。

日本語に訳すと以下のようです。

バレルゾーンに当てはまる打球は、打率.500以上、長打率1.500以上になる。

2016シーズンでは打率.822、長打率2.386であった。

バレルゾーンに入れるためには、打球速度は最低でも98mph(=157.7km/h)以上必要で、このとき打球上向き角度の範囲は26-30°である。

打球速度99mphで25-31°、100mphで24-33°と、打球速度が上がるほど、バレルに入る打球角度は広がる。打球速度が100mphから116mphの範囲では、1mph上がるごとに打球角度範囲は2、3°ずつ増える。

また打球速度に関わらず、8-50°範囲がバレルの閾値となる。



横方向の打球角度、レフト、センター、ライトどちらに打球を飛ばすかについては言及されていません。またピッチングにおいてはあれほど重視されているる回転数や回転軸についてもバレルの打球では一切、言及されていないのです。

打球速度と上向き角度。たった2つのパラメータだけでシンプルに定義されています。



高いハードル

しかし打球速度157.7km/h以上というのは、なかなか高いハードルです。

プロやメジャーレベルの打者でもしっかり強いスイングをした上で芯に近いところでとらえなければ出せない速度です。

しかも157.7km/hではぎりぎりバレルゾーン入る境界線、バレルゾーン内の最遅打球のため上向き打球角度は26度から30度のわずか4度という狭い範囲に入れなければなりません。

Baseball savantのwebページではバレルゾーンを示す図も見ることができます。下図の赤い範囲がバレルゾーン(Barrel Zone)で、157.7km/hのバレルゾーン内の最遅打球は最も内側の位置になります。


バレルゾーン閾値


今回はこのバレルゾーンにぎりぎり入る境界となるバレルゾーン最遅打球の軌道を軌道シミュレータver.3.2で計算し、どんな打球であるのか見てみたいと思います。




バレルゾーン最遅打球の軌道計算


[計算条件]

打球速度はバレル範囲内で最も遅い157.7km/h、上向き角度は範囲の中央値である28度とします。

バレルゾーンの定義では、打球の回転について言及されていません。しかし回転は打球の飛び方に大きく影響を与えます。そのため今回は、以下4パターンを計算します。

バックスピンの高回転(2500rpm)と低回転(1000rpm)、無回転(ただしナックルのような変化は考えない)とトップスピン回転(1000rpm)です。rpmは一分間当たりの回転数の単位で、2500rpmは投球で言うとスライダー並の高回転数、1000rpmはチェンジアップ並みの低回転数です。

軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。




[計算結果]

バレルゾーン境界、最遅打球の軌道計算結果は以下のようになりました。

バレルゾーン打球軌道計算

バレルゾーンでは打球の横方向角度については言及されていません。そのためグラフ上にポール際打球を想定した両翼フェンス、およびセンター方向への打球を想定したセンターフェンスを合わせて示しました。


回転かかれば10割、20割

ックスピン高回転の打球では、飛距離が123mとなりました。

この飛距離ならばセンター方向を除くすべての方向、ポール際でも左中間でも右中間でもホームランとなります。またセンター方向でも、よっぽどセンターが深く守っていたり、あるいは逆風が吹いていない限り、フェンス直撃の長打となります。

そのため、この打球は打率10割、長打率20割以上ということになります。

バレルゾーン内最遅打球であっても、しっかりバックスピンがかかればほとんど無敵の打球となるのです。


無回転でもホームラン

高回転から低回転、無回転とバックスピン回転が弱くなるにつれ、上向き揚力を得られなくなるため飛距離は落ちていきます。

にもかかわらず無回転の打球の飛距離は107mもあります。

レフト線、ライン線よりならばホームランやフェン直の長打になります。また右中間、左中間で2人の外野手の中間に飛んでいけば十分長打になるでしょう。


ドライブしても

ボールの上側を打ってしまうとトップスピン回転がかかり、カーブのように下向き揚力が働きます。そのため飛距離は伸びなくなってしまいます。いわゆるラインドライブの打球です。

トップスピン回転の打球の飛距離は97mです。無回転よりもさらに10m減っています。

この飛距離ではもはやホームランにはならないでしょう。可能性があるとすれば甲子園球場の本当にポール際のごく一部だけ極端に前へ飛び出しているところぐらいです。

回転による下向き揚力と重力の両方により下へ下へと曲げられていくため、飛距離は伸びないこの打球ですが、悪いことばかりではありません。

打球速度157.7km/hという速い打球に下向きの揚力が加わった結果、97mという大きな飛距離でありながら、打ってから地面にバウンドするまでの時間はわずか3.5秒です。


3.5秒はどれくらい短い時間でしょうか?

イチロー選手や中日の大島選手のようなかなりの俊足でも、打ってから一塁ベースを踏むまでの一塁到達タイムは4秒弱です。そのためおおよそ3.8秒で27mを走るとして概算すると、3.5秒の間に外野手が走れる距離は25mほどになります。実際の外野守備では打球判断のため打った瞬間から全力で走り出すことはできず、また走路も直線ではなく横方向へは走りながら前後位置を調整するため曲がったルートになります。そのためこの3.5秒の間に外野手が守備位置から打球落下地点に近づける距離は20mちょっとだと見積もられます。

ホームランにはならなくても外野の深い位置まで短時間で飛んでいくため、外野手に追いつかれる前にフィールド上にバウンドする確率が高く、ヒットや長打になりやすいというわけです。



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最遅打球ですらこれです、バレルゾーンはすごいものです。

次回はバレル範囲内の最高角度の打球軌道計算をする予定です。




では、また。











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