2021年6月19日土曜日

第73回 粘着物質による回転数増加でどのくらい投球軌道は変わるのか?

 


手のひら返し

MLBで「スパイダータック」がホットなキーワードとなっています。

ボールの滑りやすいMLBではルールで認められているロジンバックの粉よりも強力な滑り止めとして様々な粘着物質、主に松脂が使われ、MLB機構側もそれを黙認していました。

ところがここへきて急にそれらをルール違反として取り締まり始めたのです。

手のひらを返された選手たちはざわつき、中には恐慌状態に落ちいっている人もいます。


変わりすぎ

この背景にあるのがスパイダータックです。

ウエイトリフティング用の松脂よりもはるかに強力なこのすべり止めが使われ出してからというもの、不自然な回転数の増加や、著しい三振率の増加がみられるようになりました。回転数が増えれば4シームのホップ量が増え、変化球の曲りは大きくなるため三振の増加は回転数の増加に起因していると考えられています。さらに滑りにくくなることで制球もアップすると言われています。

MLB機構は野球の質が変わりすぎてしまうのを嫌います。

増えすぎたホームランを減らすためにボールを軽くしたことに続き、増えすぎた三振を減らすために滑り止めを規制することにしました。


ステロイド、サイン盗みと同列

しかしこの二つの変更は選手にとって全く違うものです。

前者はただの変更ですが、後者はルール違反者を取り締まるものです。

スパイダータック使用者はルール違反により実力以上の成績を収めている卑怯者だとの認識が広まっています。発覚すれば全ての実績と人間性を否定される勢いです。

スパイダータック使用者は今や、ステロイドでホームランを量産したジャイアンツのバリーボンズや、サイン盗みでシーズン200安打を打ったアストロズのアルトゥーベと同列にみなされるのです。

正義感と意地悪さを合わせ持つジャーナリストから会見でスパイダータックの仕様の有無を問われたある投手は言葉に詰まり狼狽し、それが世界中に報道されてしまいました。ある投手は取り締まりの発表前後で平均回転数が200rpmも減少し、打ち込まれるようになりました。


残念ながらスパイダータック使用者がいたこと、それにより回転数を増加させていたことは事実のようです。

そこで今回はスパイダータック使用の有無で変化球の曲りや4シームのホップ量など投球軌道がどれくらい変わるのか、軌道シミュレーターver.3.2で計算し検証してみたいと思います。



スパイダータックのスライダー投球軌道計算

まずはスライダーの曲りがどれくらい変わるのか計算してみます。

球速130km/h、回転軸はサイドスピン回転とジャイロ回転の中間とし、回転数はロジンバック使用時が2400rpm、ルール違反のスパイダータック使用時は200rpm増えて2600rpmとします。rpmは一分間当たりの回転数を表す単位です。

この条件で揚力係数CL、および抗力係数CDを変えて計算します。CL,CDは回転数/球速に比例するスピンパラメータSPに依存して変化します(詳細は第35回参照)。

ロジン        : N=2400rpm, SP=0.26, CL=0.229 ,CD=0.413
スパイダータック : N=2600rpm, SP=0.28, CL=0.245 ,CD=0.417

 

[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。


[計算結果]

スパイダータックにより200rpm回転数が増加した場合の投球軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース上(x=18.01m)におけるボールの位置を表します。

両者の差が小さいので拡大図も追加しました。

スパイダータック投球軌道計算スライダー

横への変化量が2.7cmアップしました。




スパイダータックの4シーム投球軌道計算

つぎは4シームのホップ量がどれくらい変わるのか計算してみます。

球速150km/hで、回転数はロジンバック使用時が2200rpm、ルール違反のスパイダータック使用時は200rpm増えて2400rpmとします。

この条件で揚力係数CL、および抗力係数CDを変えて計算します。

ロジン        : N=2200rpm, SP=0.20, CL=0.186 ,CD=0.401
スパイダータック : N=2400rpm, SP=0.22, CL=0.201 ,CD=0.405

 

[計算条件]

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。





[計算結果]

スパイダータックにより200rpm回転数が増加した場合の投球軌道計算結果は、以下のようになりました。グラフ中の点は0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース上(x=18.01m)におけるボールの位置を表します。

両者の差が小さいので拡大図も追加しました。

スパイダータック投球軌道計算4シーム

上方向へのホップ量が3.0cmアップしました。




わずかな差でも

今回の計算ではスパイダータック使用によりスライダーの曲り幅は2.7cm、4シームのホップ量は3.0cmアップするという結果になりました。

わずかな差のようですが高いレベルで紙一重の勝負をしている人にとっては大きな差です。スライダーならばアウトコースのボール球を振ったとき、バットの先にぎりぎりかすってファールで逃げれていたのが、完全な空振りになる。4シームならばボールの下をかすってバックネット方向へのファールになっていたものが、空を切る。それぐらいの影響があってもおかしくありません。

スパイダータックにより通常より200rpm回転数が増えるという前提が正しければですが、ルール違反により実力以上の球を投げていた投手がいたのは事実、という結論に至ります。






では、また。




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