バレルゾーン
最近注目されている打撃指標に、「バレルゾーン」というものがあります。
簡単に言うと、ある打球速度以上かつ、ある上向き打球角度の範囲内にあるものは打率、長打率ともに高い傾向にある、というものです。
革命の発展
かつて一世を風靡したフライボール革命。
ピッチャー返しのような低いライナーが良いと考えられていた時代に、もっと高くフライを打ち上げる方がよいという、革新的な提唱でした。
日本でも巨人の岡本選手などフライボール革命を取り入れたことで、大化けした選手もいます。
バレルゾーンは、いわばこのフライボール革命の発展版です。
フライボール革命は、ゴロや低いライナーよりも高くフライを打ちあげた方が良いというものですが、ではどのくらい高く打ち上げたらよいのかということになると漠然としています。高く打ち上げても内野フライばかりではだめに決まっています。そのため結局は、各選手が試合や練習でたくさんの打球を打ち、最適な打球角度を自分で手探りで掴むしかありませんでした。
これに具体的な数値でこういう打球がよいと示したのがバレルゾーンです。
バレルゾーンの定義
バレルゾーンの定義はBaseball savantのwebページ上のGlossary(用語)に記されています。
日本語に訳すと以下のようです。
バレルゾーンに当てはまる打球は、打率.500以上、長打率1.500以上になる。
2016シーズンでは打率.822、長打率2.386であった。
バレルゾーンに入れるためには、打球速度は最低でも98mph(=157.7km/h)以上必要で、このとき打球上向き角度の範囲は26-30°である。
打球速度99mphで25-31°、100mphで24-33°と、打球速度が上がるほど、バレルに入る打球角度は広がる。打球速度が100mphから116mphの範囲では、1mph上がるごとに打球角度範囲は2、3°ずつ増える。
また打球速度に関わらず、8-50°範囲がバレルの閾値となる。
最後の一文は少し分かりにくいかもしれません。
まず、打球速度が上がるにつれバレルに入る上向き打球角度は広がっていきます。例えば、99mph(=km/h)で上向き32°の打球はバレルゾーンから外れますが、100mph(=160.9km/h)で上向き32°の打球ならバレルに入るというふうです。
しかし、打球速度の上昇につれ、バレルに入る上向き角度はどこまでも際限なく広がっていくわけではなく、8-50°の範囲で頭打ちになる、ということです。例え打球速度が200km/hだろうが、210km/hだろうが、バレルに入る角度は変わらず8-50°のままというふうです。
上限値
Baseball savantのwebページではバレルゾーンを示す図も見ることができます。
下図の赤い範囲がバレルゾーン(Barrel Zone)で、打球速度は120mphまで示されています。
大谷翔平選手の渡米後の最速打球が119mph(=192km/h)であり、これはMLBの計測史上5番目の速度です。そのため、この120mphあたりが実際に人間が打つことのできる打球速度の上限と考えるのは妥当です。
そのため120mph以上は図示されていませんが、上記の文章のように、8-50°の範囲がバレルゾーンとなります。
バレルゾーンの範囲内で最も高い角度の打球は50°で、その時の打球速度は120mph(=193.1km/h)です。
投手の頭上22m
しかし50°というのはかなりの角度です。
どのくらいかというと、センター方向に打つ場合、投手の頭上22mの位置に向かって打つような感覚です。(18.44×tan(50°)=22)
そんなに上向きに打ってしまえば、上がりすぎの打球になりそうな気がします。
そこで今回はこのバレルゾーン内で最高角度の50°で打ち上げた場合の打球軌道を軌道シミュレータver.3.2で計算し、どんな打球であるのか見てみたいと思います。
バレルゾーン最高角度の打球軌道計算
[計算条件]
上向き角度は範囲の上限値である50度、打球速度は193.1km/hです。
バレルゾーンの定義では、打球の回転について言及されていません。しかし回転は打球の飛び方に大きく影響を与えます。そのため今回は、以下3パターンを計算します。
バックスピンの高回転(2500rpm)と低回転(1000rpm)、無回転(ただしナックルのような変化は考えない)。rpmは一分間当たりの回転数の単位で、2500rpmは投球で言うとスライダー並の高回転数、1000rpmはチェンジアップ並みの低回転数です。トップスピン回転については高く打ち上げる場合にはかかることはないと考えられるため除外しました。
軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。
[計算結果]
バレルゾーン最高角度の打球軌道計算結果は以下のようになりました。
バレルゾーンでは打球の横方向角度については言及されていません。そのためグラフ上にポール際打球を想定した両翼フェンス、およびセンター方向への打球を想定したセンターフェンスを合わせて示しました。
全部10割、40割
回転数、打球の左右方向にかかわらず全ての打球がホームランです。
打球の飛距離はどれも135m以上で、ホームベースから122m先にあるセンターフェンスを悠々と超えていきます。
そのため、この打球は打率10割、長打率は40割となります。
相手の外野守備力がどんなだろうと関係ありません。まさに夢の打球です。
打てるのか
もっともこんな打球が本当に打てれば、の話ですが。
一般的な傾向として、バットの軌道が投球軌道の角度と近いほど打球が速くなります。
投球軌道は水平に近い角度のため、水平に近いスイング軌道で打ち返すほど打球は速くなります。しかし、高い角度で打球を打ち上げるにはかなりのアッパースイングにしなければならず、投球軌道と大きく角度がずれてしまいます。
また、打球を高く打ち上げるもう一つの方法として、ボールの中心より下を打つというものがありますが、ボールの中心から離れたところを打つほど打球速度は遅くなってしまいます。
そのため、極端に高い角度で打ち上げることと、打球速度を上げることは、一方をとればもう一方を失うトレードオフの関係にあります。50度という高角度と193.1km/hという速い打球速度を両立することは難しいのです。
大谷選手が119mphを記録した打球もかなり低い弾道でした。
今回計算したような速くて高い打球を実際に打てる選手は、存在しないかもしれません。
逆転現象
さて、上記の回転数の異なる3つの打球軌道を示した計算結果のグラフをみると、面白いことが起こっています。
バックスピンがしっかりかかった高回転の打球よりも、無回転の打球の方が飛距離が大きくなっているのです。
高回転の飛距離は139mで、無回転はそれよりも4m大きい143mです。
通常ならばバックスピン回転がかかっている方が、上向き揚力により重力を打ち消すことで地面に落ちるまでの時間を長く稼げるため、遠くまで飛びます。
なぜ今回は反対になっているかというと、揚力がブレーキになってしまっているためです。
ボールが水平に飛ぶ場合はバックスピンの揚力は真上に向かって働きます。しかし今回のように上向きの角度で飛ぶとき揚力は斜め後ろ方向へ作用します。これは揚力は常にボールの進行方向に対して垂直な方向に作用するためです。
今回のように上向き50°ではボールに働く揚力の77%の力が後ろ向きのブレーキとして作用します。(sin(50°)=0.77)
頂点を超えて落下軌道に入ると揚力の向きは斜め前方になるため、今度は揚力により前方に加速されますが、この時点では抗力(空気抵抗)により打球が減速しており上昇時ほど揚力が大きくないため、前半の分を取り返すにはいたらず、全体として飛距離が減少します。
そのため、極端に高く打ち上げてホームランを狙う場合には、バックスピン回転をかけない方が有利なのです。
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次回はバレル範囲内の最低角度の打球軌道計算をする予定です。
では、また。
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