2021年12月4日土曜日

第97回 菊池雄星投手の21年後半不調の理由



好調のち不調

菊池雄星投手は21年シーズンMLBでのキャリアハイとなる7勝を上げました。特に前半は好調でオールスターにも選出されました。

そこから一転、後半は不調に陥りました。それが響き終盤には先発ローテから外され、シーズン終了後は所属していたシアトルマリナーズが4年間で総額6600万ドル(約75億4000万円)のオプション契約を拒否し、FAとなりました。

天国から地獄への一年でしたが、好調だったシーズン前半と不調の後半、何が違ってしまったのでしょうか?

今回はトラッキングデータから菊池投手が21年シーズン前半好調から後半転落した理由を探ってみたいと思います。

ついでにbaseball savantのwebページからトラッキングデータをダウンロードして、エクセルで処理する手順も紹介します。


baseball savantからデータをダウンロード

まずbaseball savantのwebページへ行きます。

下図のような画面が表示されます。全て英語ですが、ダウンロードは下記の5手順だけで完了し、それほど難しいものではありません。


①Player Type: Pitcherを選択
②Season: 対象シーズンの年を選択(複数選択可)
③Pitchers: 投手名を半角アルファベットで入力し、候補に出てきたものを選択。
④Searchを押す



検索された投手が表示されます。顔写真もあるので似た名前の選手でも間違えないようになっています。

⑤右端のアイコン(Download data as Comma Separeted values File)を押す。

これで完了です。

自分のPCのローカルフォルダに、全投球のトラッキングデータが入ったcsvファイル(savant_data.csv)がダウンロードされています。



csvファイル内のデータ

ダウンロードしたsavant_data.csvを開くと以下のように一球ごとのデータが並んでいます。エクセルで開くと球種などでにフィルターをかけて抽出する操作がしやすく便利です。


主なデータは以下です。

A列 picth_type : 球種。アルファベット2文字で略記されており、FFは4シーム(ストレート)、CHはチェンジアップ、SLはスライダー、FCはカッター(カットボール)等です。(覚える必要はありません。)

B列 game_date:試合日。現地米国時間のため、日本時間より1日前になります。

C列 release_speed:球速。単位はマイル(mph)です。1.609をかけるとkm/hに換算できます。

AB列 pfx_x:横変化量。投球がどれだけスライドあるいはシュートしたかを表します。単位はフィート(ft)です。30.48をかけるとcmに換算できます。

AC列 pfx_z:縦変化量。投球がどれだけホップあるいはドロップしたかを表します。自由落下軌道に対しての変化量であり、直線軌道に対してではないことに注意が必要です。単位はフィート(ft)です。30.48をかけるとcmに換算できます。

BE列 release_spin_rate: 回転数。単位はrpmで、一分間当たりの回転数です。

CA列 pitch_name:球種。A列の略記では分からんというときは、こちらを見てください。

他にもたくさんデータがあります。各列データの内容はこちらのbaseball savantのwebページで説明されています。 "deprecated(非推奨)"と書かれているものは古いトラッキングシステムで採取した信頼性の低いデータのようなので使わない方がよいです。


データをプロット

好きなデータ列を2つを選んで、横軸と縦軸としてプロットすると、数字の羅列では分かりづらい両者の相関が視覚的に見えてきます。

もっともポピュラーなやり方は縦横の変化量をプロットするものです。ネット上でも数多く目にします。

上でダウンロードしたデータをA列をFFでフィルターをかけて、AB,AC列の値に30.48をかけて単位をセンチに変換したものをプロットすると以下のようになります。
青い点が菊池雄星投手が21年シーズンに投げた全918球の4シームの縦、横の変化量です。オレンジ色の点は全球の平均値です。
横変化量はプラスが左打席方向になっているため、捕手側から見た変化量となります。


一球後ごとのばらつきが結構あります。左上から右下にかけて斜めに分布しています。

変化量のばらつきについて


■周方向のばらつき
原点を中心とした半径49cmの円弧を描き入れると下図のようになります。周方向に分布しばらついています。
このばらつきの原因は回転軸の傾きによるものです。
4シームはバックスピン回転をしていますが、投げる時の腕の角度が斜めであるため、ボールの回転も完全な縦回転ではなく少し横に傾きます。
回転軸の傾きが小さく、縦回転に近ければボールに作用する揚力(マグヌス力)も縦方向になり、縦変化量横(ホップ量)が大きくなります。
回転軸の傾きが大きく横回転になっていくと、縦変化量は減り横変化量(シュート量)が増えます。

菊池投手の場合、横変化量の平均値は25cmほどで、回転軸が横回転方向に傾いたときは35cmほどです。そのためアウトコースいっぱいを狙って投げた時でも意図せず回転軸が傾いてしまうった場合には10cmほど内側の甘いコースへのコントロールミスとなります。
安定したコントロールには投げ出す角度だけでなく、回転軸も意図通りに制御する能力が必要となります。
アウトコースに外すつもりが意図しない回転軸の傾きでいつもより大きくシュートした結果、偶然のフロントドアになり見逃し三振をとれることもあります。
一球ごとの変化量のばらつきはコントロールの不安定というデメリットと、打者の予想を裏切るというメリットの両方があります。



■径方向のばらつき

径方向の変化量のばらつきの主要因は、回転数の多寡です。
原点を中心とした半径49cmの円弧を描き入れると上図のようになります。菊池投手は回転軸の傾きによらず平均して49cmの変化量をボールにもたらす力があります。
いつもよりしっかりと指にかかり、高回転数になると+径方向へばらつき変化量が大きくなります。滑ってしまい低回転数になると-径方向へばらつき変化量が小さくなります。

回転数以外の要因もあります。
回転軸が傾いてジャイロ成分が多くなるほど、同じ回転数でも揚力が減り-径方向へばらつきます。また向かい風を受けると同じ回転数、同じ回転軸でもボールと空気の相対速度が増すことにより揚力が増加し+径方向へばらつきます。
また4シーム回転よりも2シーム回転の方が同じ回転数、同じ回転軸でも揚力が減るという研究結果や体験談があります。





本題

さて、ここから本題です。

今度は横軸に日付け(B列のgame_date)を、縦軸に球速 (C列のrelease_speed)をプロットしました。

日付は現地時間のため、日本時間よりも一日前になっています。登板日のみデータがあります。球速は元データの値に1.609をかけ、mphからkm/hに換算しました。

グラフの左側では右肩上がりの傾向があります。開幕から登板を重ねるごとに徐々に球速を上げていたことが分かります。

ところが、グラフ右側、つまりシーズン後半では球速が落ちています。

シーズン前半では4シームの球速が速く、後半では遅くなっています。

シーズン全体では一見cosカーブのように波打っている印象を受けますが、よくよく見ると7月1日の登板の後、急に球速が落ちています。

そして球速の落ちに連動して成績も悪化し始めています。7月1日の登板後、ここが前半の好調から後半の不調への転換点になっています。

7月1日の登板では今シーズンで最も平均球速が速く156km/hあたりを中心に分布しています。また最高球速もシーズン最速となる159km/hをマークしています。そしてこの日は、7回を1失点と良い成績を残し、早くも6勝目(3敗)をあげています。

しかしその次の7月7日の登板では明らかに球速が落ちています。平均球速は151km/hあたりで、最高球速は155km/hです。前回登板から急に4,5km/hも遅くなってしまったのです。そしてこの日は5回を5失点と悪い成績を残しています。

球速の落ちたこの日以降は、わずか1勝しか上積みできずにシーズンを終えました。

全体的に成績の良くなかったたシーズン後半の中でも、8月8日と8月31日の2試合だけはそれぞれ5回無失点、7回無失点と好投しています。この両日の球速分布を見てみると、前後の試合と比べて上に飛び出しています。つまりこの2試合は一時的に球速が回復したので良い成績を残すことができたわけです。

各試合の個人成績はスポナビなどで見ることができます。


各試合ごとの防御率

4シームの球速と登板成績の連動を明確にするため、各試合の防御率をオレンジ色の点で重ねてプロットしたものが以下です。

各試合の防御率は、例えば7月1日の7回1失点の試合では1/7×9=1.29、というふうに計算しています。防御率の値は小さい方が良いため0を上側にして第二軸にプロットしています。

オレンジ色の破線は、各試合ごとの防御率の近似線です。これが青色の点で示した4シームの球速分布と連動していることが見て取れます。


スピードか回転か

菊池雄星投手が21年シーズン前半好調から後半不調に陥ったのは4シームの球速が落ちたからである、ということがトラッキングデータから見えてきました。

球速は正義です。大谷、ダルビッシュ、デグローム、オリックス山本、ロッテ佐々木、ライデル・マルティネス投手など安定して150キロ後半を投げます。

日本では「スピードガンの表示よりキレやノビが大事」と昔から言われてきましたが、中日柳投手(最優秀防御率、最多奪三振)のように球速は並でありながら高回転数で活躍するのは少数派です。これはなにか柔よく剛を制すとか、小が大を倒すとか、三男が長男、次男を超えるとか、そういった弱者が強者を倒すことを夢見る日本人の思想が根底にあるように思われます。ファンタジーでは定番の設定でも現実世界では力のある方が勝ちます。

そして菊池投手は球速と回転数の両方が優れています。

7月1日の登板後に何があったのかは分かりませんが、オフシーズン間にコンディションを整え本来の球速が戻れば、来シーズンもまた21年前半のような活躍ができるはずです。




では、また。



1 件のコメント:

  1. 菊池雄星投手の記事ありがとうございます。
    確かにかつては球が速くてもキレがないと~と言われてましたが、最近は日米ともに球の速い選手が素直に活躍してる印象がありました。

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