2022年4月9日土曜日

第114回 牧田和久投手の超スローカーブ

 


遅いのに落ちないカーブ

カーブは最も遅い球種です。アンダーハンド投手はオーバーハンドにより球速がでません。

ゆえに、その2つが合わさったアンダーハンド投手のカーブは必然的に超スローボールになります。

牧田和久投手のカーブは100km/hを下回ります。

しかし、ただ遅い遅いだけではありません。

遅いのに落ちていかないのです。

アンダーハンド投手特有の低いリリースポイントから上に向かって投げられたカーブは、遅いのに下へ落ちていかず、浮遊感を持って横へ曲がっていく不思議な軌道です。



カーブの軌道再現計算

メジャーリーグ、パドレス時代の2018年に計測されたトラッキングデータを使用しました。球速、回転数から変化量がデータに合うよう回転軸を調整しています。

トラッキングデータの変化量はボールの回転で生じるマグナス力による変化量のみで、重力による落下量は含まれていません。同じ球速の自由落下に対する変化量です。

軌道シミュレータver.3.2へのインプット値、および計算結果のグラフプロットは以下のようです。

[インプット値]



[計算結果]


ホップするカーブ

縦の変化量は35cmです。カーブなのに上へホップします。しかもそのホップ量はストレートの16cm、スライダーの24cmよりも大きいのです。

オーバーハンド投手の投げるカーブが下へ曲がっていくのとは正反対で、牧田投手の全球種の中で最も大きく上へホップしていきます

オーバーハンド投手の投げる通常のカーブはトップスピン回転により自由落下以上に下へ変化していきます。対して、牧田投手のカーブはバックスピン回転により自由落下に比べ上にホップしていきます。オーバーハンドが「球速の遅さ+トップスピン回転の下向き揚力=大きく曲がり落ちる」に対し、牧田投手は「球速の遅さ-バックスピン回転の上向き揚力=あまり落ちない」です。

結果、遅いカーブなのに下へ曲がり落ちていかず、これが通常のカーブ軌道に慣れている打者を混乱させます。「遅い球=山なり軌道」という打者の経験からくる予測を裏切ります。

牧田投手のカーブは、オーバーハンドの投手には投げられない回転軸の球ですが、もし同じ回転軸の球を上から速い球速で投げられたら、ジャンセン投手のようなとんでもないライジングカッターになります。

回転軸はスライダーと似ていてスライド回転とバックスピン回転が混じった回転ですが、スライダーよりもジャイロ回転成分が少ないため、より大きくホップします。

NPB復帰後の2020年では、被打率.156で、スライダーと双璧となる変化球です。


当てられてもヒットにならない

面白いデータがあります。空振率が3.8%と低いのに、同10.9%のスライダーとほぼ同じ被打率です。

これは牧田投手のカーブは「バットに当てられてもヒットにならない」ということを意味しています。

なぜかを順に考えていくと、当てられてもヒットにならない→強い打球を打たせていない→強いスイングをさせていない→スイングを崩している→タイミングを外している、と行きつきます。

プロでは投げる人のほとんどいない100km/hを下回るスローボールの威力が、低空振り率なのに低被打率という結果に現れています。

そしてこのスローカーブを気にしだすと今度は、130km/hのストレートに手が出なくなります。



ストレートと見比べると

以前計算したストレートと交互に表示した3Dプロットgifで見比べてみると、以下のようです。(投手のCADモデルはオーバーハンドのままです。)



カーブがホップしていてストレートと上下の軌道があまり変わらないということは、投げた瞬間の軌道で見分けにくくなるということです。

オーバーハンド投手は基本的に水平よりも下向きの角度でボールを投げ出し、カーブのみ上向きに投げ出します。そのため意識していれば早い段階で打者は見分けが付きます。

牧田投手の場合はストレートもカーブも同じ上向きの近い角度で投げ出されるため、その点で見分けにくくなります。ストレートだと思って振ったら、ボールが全然来ずにタイミングを外されます。牧田投手のカーブは、上下の軌道差でなく、前後の奥行き方向の差で勝負するチェンジアップのような効果が大きいタイプの球です。


オーバーハンド投手と見比べると

次は、上から投げるオーバーハンド投手のカーブ(125km/h,2200rpm)と見比べてみます。交互に表示したものが、以下です。

オーバーハンド投手の球は高いリリースポイントから、トップスピン回転で下へ大きく曲がってきます。

30km/hも遅い牧田投手のカーブの方が落ちていかなず、浮遊感のある、不思議な軌道です。



では、また。






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