打球速度
野球の打球速度は速く、ホームランになるような打球では140~170km/hです。さらに大谷翔平選手のような世界有数の強打者では180km/h台、ごくまれに190km/h台にまで達します。
とても速いですがこの世には、もっと速いものがあります。
音速
例えば、「音」です。
時速300キロを越えるF1では"音速の貴公子"という表現が使われますが、音波は車速よりもはるかに速い速度で空気中を伝搬します。そのため車がこちらに向かってくる場合、まず先に音が聞こえ、その後車が来ます。
音速は下式で計算されます。
c = 331.5 + 0.6×T -① :音速
(T:気温)
上記は空気中における伝搬速度で、温度が上がるほど速くなります。例えば気温20℃の時なら、
c = 331.5 + 0.6×20 = 343.5 [m/s]
であり、時速に変換すると
c = 343.5×3.6 = 1237[km/h]
となります。
音速は打球速度の7-8倍ほどです。
それでも時間はかかる
音速は上記のようにかなりの高速ではありますが、それでも光の速度(秒速30万キロメートル)に比べればずっと遅く、人間が知覚することのできるレベルです。
例えば救急車のピーポー音が車が近づいてくるときには音が上がり、遠ざかるときに下がるというドップラー効果は我々人間の耳でも聞き分けることができます。ドップラー効果は車が近づくときは音の波と波の感覚が狭まり波長が短くなり、遠ざかるときはその逆になるため起こります。車の速度が50km/h程度でも起こります。
一方光も同じ波なのでドップラー効果が起こります。救急車のランプから発せられる光は、車が近づいてくる時波長が短くなり青色の方へ変化し、遠ざかるときには波長が長くなり赤色の方へ変化します。しかしこれを我々が目で見て知覚することはできません。光の速度に比べ、救急車の速度がはるかに小さく波長の変化がごくごくわずかなためです。
つまり、音は高速であるが有限な速度であり、人間の知覚しうるレベルで伝搬するのに時間がかかる、ということです。
かみなりが光ってから、音が聞こえるまでにタイムラグがあるのもこのためです。
外野席にはホームランボールと打球音が届く
ボールをバットの芯でとらえると、カンッという甲高く心地のよい音がします。
この打球音も「音」ですから、100メートル以上離れた外野席の観客の耳に届くまでには多少のの時間がかかります。
一方ボールがバットに当たる瞬間の光景は「光」ですから、ほとんど瞬時に観客の目に届きます。
また打球速度は音速よりも遅いため、ホームランの場合打球音を聞いてからしばらくたってからボールが外野スタンドに届きます。
外野席の観客には、まず初めにタイムラグなく「光」景が届き、その少し後に打球「音」、さらにその後に打球が届きます。
今回は、これがどのぐらいの時間なのか、計算してみます。
打球音と打球の軌道計算
外野席の観客位置をホームベースから110メートルとし、そこへ打球音と打球が届くまでの時間を計算します。
[計算条件]
打球音の届く場所は上記で計算した音速に時間をかけることで、求められます。音は全方向に等速で伝わるため、音の発信源つまりミートポイントを中心点とした球面で広がっていきます。
打球の条件は、打球速度150km/h、完全なバックスピン回転の2500rpm、上向き30°、ポール際方向とします。軌道シミュレータver.3.2へのインプット値は以下のようです。
[計算結果]
打球音と打球の各時刻における計算結果は以下のようです。0.3秒まで0.1秒おきの位置、およびホームから110メートル位置の外野席に到達した時の位置と時間を示しています。
外野席の観客はボールがバットに当たってから0.32秒後、打球が10メートルほど飛んだときに打球音を聞く、という結果になりました。
外野席から目と耳を凝らしていればこのわずかなずれを体験できるはずです。
またホームランのボールは打球音を聞いた4.4秒後にスタンドへ飛び込んできます。
外野手は打球音で判断できるか
ボールを芯でとらえた時とそうでない時は、打球音が異なります。芯でとらえた打球は甲高い澄んだ音がし、芯を外すと低く鈍い音がします。
では、外野手がその打球音を聞いて、芯でとらえた伸びてくる打球か否か判断することはできるでしょうか?
上記の計算結果をみると、外野手が守っているホームベースから70~80メートル離れた地点に打球音が届くのは、ボールとバットが当たってから0.2秒以上後になります。打球に追いつくには少しでも早くスタートを切ることが必要なため、0.2秒も待って打球音を聞いてそれから走り始めるのは現実的ではないと考えられます。
では、すぐ近くで打球音を聞いている捕手が、大声で外野手に「芯で打ったぞー」と伝えればよいかと言うと、これもだめですね。声も音ですから、打球音と同じスピードで空気中を伝わっていきます。
三塁コーチからランナーへの伝達方法
一塁ランナーは二塁ベースを回る前にランナーコーチを見て三塁まで行くか、止まるか判断します。コーチは行けのときは手を回し、止まれのときは両手を広げ、ジェスチャーで伝達します。ジェスチャーは「光」の速度で情報が伝達します。
もし声で「行け!」と伝えたら、コーチからランナーまでは30メートル以上離れているので、秒速343.5メートルの音波はランナーの耳に届くまで声0.1秒ほど時間がかかります。
ジェスチャーで伝えた方が、声で伝えるよりも0.1秒早くランナーへ指示した情報が届くため合理的なのです。
一方で、三塁ランナーが内野ゴロでホームへ突っ込むか止まるかの指示は声で伝えます。
距離が近いのでタイムラグが小さく、そもそも背中を向けているのでジェスチャーが見えません。
Gif
上記の計算結果プロットを、gif動画にしてみました。コマ数の関係で後半カクカクになってしまいましたが、前半の音速の速さが伝わればと思います。
余談:打球音は存在しない
打球音とは言うものの、音源はバットの振動です。ボールではなくバットの方で音が鳴っています。木製バットと金属バットでは音が違うのもそのためです。
打球音というものは存在せず、「打バット音」というのが物理学的には正確な表現となります。ゴロが悪く、屁理屈っぽいので浸透しないでしょうが。
では、また。
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