2020年10月10日土曜日

第37回 第三野球部の「弾丸ボール」を再現するとどうなるか?

 



ジャイロボールの5年前   

ボールの回転軸が、進行方向と一致している球は「ジャイロボール」と呼ばれます。

名付け親は手塚一志さんという方で、松坂投手がメジャーに挑戦した2008年に話題となり定着しました。

彼の著書「ピッチングの正体」によれば、1995年から提唱し始めたそうです。

しかしその5年前の1990年、週刊少年マガジンで連載されていた「名門!第三野球部」に同じ回転の球が、弾丸ボールという呼び名で、既に登場しています。


ピストルの弾は回転している  

甲子園でプロ注目選手を平凡な外野フライに打ち取った際、小柄な主人公の檜あすなろが投げる異常にホップする速球の秘密がその回転にある、と明らかにされます。

ピストルの弾のような回転をしているということで、その試合を中継していたアナウンサーが弾丸ボールと名付けました。

ちなみにあすなろ本人は無自覚で、普通のバックスピンの球を投げているつもりだったようです。



ピストルの内側にはライフリングというらせん状の溝が彫られており、弾丸に回転をあたえるようになっています。

なぜ回転を与えるかというと、ピストルの弾は細長い形状をしているため、横を向いてしまうと空気抵抗が増加し、軌道も曲がってしまいます。

それを防ぐために回転を与えジャイロ効果により向きを安定させています


ジャイロ効果  

回転をしている物体はその回転軸の向きを維持しようとする性質があります。

回転している物体は軸をずらす方向に力がかかったとき、その力の方向には倒れず、力に対して垂直な向きに回転軸が移動します。
これを物理学では「歳差運動」と言います。

物体の回転数が大きいほどこの歳差運動の動きが、ゆっくりになります。

回転している物体が倒れにくくなり、その回転軸の向きを維持しようとする性質を物理学では「ジャイロ効果」と言います。


自転車はタイヤが回っていないと不安定で横に倒れてしまいますが、勢いよく回っていると安定します。
コマも勢いよく回転していると安定して立っています。

これらはジャイロ効果の一例です。

野球のボールもおなじで、回転を与えるとボールの向きを固定することができます。

これは別にジャイロボールに限ったことではなく、カーブでもスライダーでもボールが回転している全ての球種に共通することです。

唯一、ほぼ無回転のナックルボールのみがジャイロ効果を受けません。そのためナックルボールは飛行中に縫い目の向きが変わりやすくその結果、途中で曲がる方向が変わります。


ジャイロ回転でホップするのか  

ジャイロ回転によりボールがホップするのか、といえば、しません。

揚力が働かないため、重力により自由落下します。

むしろ、バックスピンのストレートと比べおじぎする球になります。

プロ野球では、松坂投手メジャー移籍時のジャイロボール騒ぎが起こるずっと前から「縦スラ」と呼ばれ、フォークボールと同じように落ちる変化球として普通に投げられていまし
た。

実際にジャイロボールだと間違われた松坂投手の球は「カットボール」だったと本人が語っていますが、カットボールも球速が速いのと回転軸を少し傾けバックスピン成分も与えているため縦スラほど落差がないだけで、バックスピン回転の4シームに比べるとかなりおじぎをしています。


ピストルの場合は、弾丸の初速は小拳銃でも時速1000km/hを超え、50m程度の射程距離を一瞬で通過します。


そのため重力を受ける時間が極端に短く、重力による落下量が小さいため、野球の4シームのような上向き揚力が無くてもほぼ直進します。


空気抵抗が小さい  

第三野球の作者がフィクションとして描いた弾丸ボールも、手塚氏が現実世界での威力を提唱したジャイロボールも、共通するのは空気抵抗が小さい」ということです。

第三野球部の作中では、プロのスカウトがスピードガンであすなろの球を計測し、初速と終速の差がわずか5キロしかないことに驚くシーンがあります。

現実世界の球では10キロ以上減速するため、本当に5キロしか減速しない球が投げられるならばかなりノビある球として認識されるはずです。


江川卓もフィクション   

しかし、現実には初速と終速の差がわずか5キロしかない球というのはありえません

風洞実験や流体シミュレーションにより得られる抗力係数の値から減速がそんなに小さいことはありえないからです。

巨人で活躍した昭和の怪物・江川卓のストレートは初速と終速差は5キロしかなかった、と言われていますが、実際は機械の計測ミスの可能性が高いというのが専門家の見解です。

5年前に測定されたpitch f/xの変化量の値でさえ、最新のものと比べると明らかにずれがあります。

まして昭和時代の科学技術による測定結果はますます信頼性が低いはずです。

当時ですら怪しいと思われていたようで、次第にテレビ中継から終速表示は消されて行きました。

そのため、5キロしか減速しない弾丸ボールも現実には存在しえない、マンガの中だけのフィクションです。

弾丸ボールの軌道計算   

現実には存在しなくても、計算するだけならいくらでもできます。

そこで今回は、減速が5キロになるよう抗力係数の値を調整した弾丸ボールの軌道を計算し、
通常のバックスピンのストレートとのボールの飛び方の違いを比べてみます。

ちなみに弾丸ボールしか投げれなかったあすなろはプロ入り後、球種を増やすためにバックスピンストレートを持ち球の一つとして意図的に投げるようになりました。

[計算条件]
 弾丸ボール
 球速:v0=135[km/h]、リリース角度:θ=0.7度(上向き)、Φ=2.0度(一塁方向)
 リリースポイント x0=1.6m(ホーム方向)、y0=-0.4m(三塁方向)、z0=1.6m(高さ)
 ボール回転軸角度 θs=90度、Φs=0度
 ボール回転数 2000rpm(SP=0.21) : 抗力係数 CD=0.15、揚力係数CL=0.19

 バックスピンのストレート
 球速:v0=135[km/h]、リリース角度:θ=-0.5度(下向き)、Φ=2.0度(一塁方向)
 ボール回転軸角度 θs=110度、Φs=-80度
 ボール回転数 2000rpm(SP=0.21) : 抗力係数 CD=0.40、揚力係数CL=0.19

 ボール回転軸角度の定義

 θs : z軸からx-y平面に向かう角度(真上から水平に向かう角度)
 Φs : x軸からy軸に向かう角度(ホーム方向から一塁側へ向かう角度)

リリースポイントはあすなろが小柄であることを考慮した推定値です。

[計算結果]

同時に同じ初速でリリースされた、弾丸ボールとバックスピンストレートの軌道計算結果をプロットすると、以下のようになりました。

上から実際の速度のgif動画、1/10倍スローのgif動画、静止画です。

リリースからホームベース(x=18.44m)到達までの時間も表示しました。

gif動画(実際の速度)
弾丸ボールの軌道



gif動画(1/10倍スロー)
弾丸ボールの軌道スロー



静止画(点は0.02秒ごとのボール位置を表す。)
弾丸ボール


やはり、揚力の働かない弾丸ボールの方が、バックスピンストレートよりもおじぎして山なり軌道になります。
ホップする軌道にはなりません。

ただし、極端に減速の小さいこの球は人間である打者の感覚として加速してくるように感じることでしょう。
そのときこの球がホップして見えるのか、それとも沈んで見えるのかは、体験してみないことには分かりません。

野球のボールではCD=0.15という小さい抗力係数は出せないため、現実の世界で今回計算した弾丸ボールと同じ飛び方をさせるためにはボールではない、別の形状をした物体を飛ばす必要があります。


おまけのパームボール   

おまけとしてあすなろのもう一つの球種、パームボールも追加してみました。

デビュー戦でピッチャー返しを素手で止めて指をけがして、偶然投げられるようになった球です。

弾丸ボール、バックスピンストレートと同時に同じ角度でリリースします。

パームボールの回転についての詳細は作中で触れられていないため、115km/hで回転数500rpmのバックスピンと仮定しました。

[計算結果]

上から実際の速度のgif動画、1/10倍スローのgif動画、静止画です。


gif動画(実際の速度)
第三野球部檜あすなろ



gif動画(1/10倍スロー)
第三野球部檜あすなろ



静止画(点は0.02秒ごとのボール位置を表す。)
第三野球部檜あすなろ





*****

第三野球部は私が子供のころ読んでいた好きな漫画です。

弾丸ボールもパームボールも真似して投げようとしていました。

一本足打法も神主打法も天秤打法も、四隅を狙った的当ても、砂浜走って鍛えるのも、小さいグラブで守備練習も、座ったままの二塁送球も、小さい靴履いて速く走ろうとするのも、みんな真似してやっていました。

どれも失敗に終わりましたが、神主打法だけは少し成功し右打ちができるようになりました。

最近リメイクされていると知って、当時を思い出して懐かしくなり筆を執った次第です。



では、また。



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2 件のコメント:

  1. 今回も「力作」と感じ入った次第です.知的刺激に感謝!(gifっていうんですか.分かりやすいです)

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  2. またコメントありがとうございます。
    gifは作るのが少し手間なのですが、スピード感が伝わればよいなと思っています。

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