2024年6月29日土曜日

第160回 中日小笠原慎之介投手のカーブ軌道

 


カーブを多投

プロ野球においてカーブは投球割合が低く、あまり投げられません。

速くて手元で小さく曲がる変化球が主流で、遅くて大きく曲がるカーブは打者が予想していないときに裏をかいて見逃しストライクを取る球として使われます。

多投して狙われてしまうと危険な球です。

そんな中でセ・リーグでもっとも高い投球割合(20.9%(*3))でカーブを投げながら、リーグ2位の被打率(.172)に抑えている中日ドランゴンズの先発左腕、小笠原慎之介投手は球種の多様性を保つうえで貴重な存在です。

彼のカーブは遠く離れた外野席からでもはっきりわかるほど大きく曲がります。

参考動画(*1)によれば、小笠原投手のカーブは59.3cm下に変化しており、これはNPBでソフトバンク・モイネロ投手に次ぐ2番目に大きい値です。

NPB平均の変化量が33.8cmなので2倍弱曲がっていることになります。


軌道計算

小笠原投手のカーブを参考動画(*1)のデータをもとに再現計算してみます。

比較用にNPB平均のカーブも計算しています。

[インプット]

軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。

参考動画(*1)のデータに基づいています。yoなどデータがないものは推定値です。



[計算結果]

グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.10m)におけるボール位置を表します。
グレー線は自由落下、回転による変化がないときの軌道です。
破線は直線、回転による変化も重力もないときの軌道です。





特徴1 大きな落差

小笠原投手のカーブの特徴その1は、大きな落差です。

重力による落下と回転による変化を合わせた直線軌道からの落差は189.3cm(=130+59.3)です。
これはNPB平均163.8cm(=130+33.8)より25cmほど、ボール3つ分ぐらい大きな落差です。

重力による落下量は平均的です。球速が118.7km/hで、NPB平均117.8km/hとほぼ同じためです。

回転による変化量の差が、そのまま軌道の差となっています。

小笠原投手の回転数は2645rpmで、NPB平均2460rpmと比べて1.08倍多くなっています。

さらにボールの回転軸がほぼ水平のため、斜めを向いているNPB平均に比べ下へ大きく変化します。

4シームで回転軸の傾きが小さいほうがシュートせず上に大きくホップするのと同じ理屈です。


特徴2 シュートするカーブ

小笠原投手の横変化量は異質です。

左投手のカーブなのに左打席の方へ向かって曲がっています。

カーブなのにシュートしているわけです。

わずか3cmの横変化量なので単体でははほぼ真下に落ちる軌道ですが、NPB平均が15.1cmなのでその差は18.1cmになります。

右打者からすると、左投手のカーブは体の方に近づいて食い込んでくるものという感覚を持っているのため、外に逃げていくような感覚になると考えられます。

球種別投球割合を見るとカーブは相手打者の右左に関係なくほぼ同じ割合(対左20.5%,対右21.2%(*3))で投げています。

スライダーは左打者に多め(左14.7%,右4.8%)、チェンジアップは右打者に多め(左7.5%,右23.7%)となっているため、真下に曲がるカーブと打者から見て外に逃げていく球種でピッチングを組み立てているようです。


ノールックもシュート

カーブがシュートする投手というのは非常に珍しいのですが、過去にも一人いました。

ノールック投法でおなじみの元メジャーリーガー左腕、岡島秀樹投手です。

岡島投手のカーブ変化量は下へ8cm、左打席方向へ5cmほど(*2)です。PITCHf/xでの測定結果のため実際はもっと大きくシュートしていたと考えられます。



3Dプロット

キャッチャー方向からの動画です。

計算結果をリニアングラフ3Dでプロットし、画像をgifでパラパラアニメーションにしています。



ではまた。






参考資料 :
 (*1) ホークス・モイネロの魔球「カーブ」の秘密!半端ない落差を徹底解剖!(夢スポ 2021年10月OA)
 https://www.youtube.com/watch?v=krSXHC6V6lM



 (*2)野球×統計は最強のバッテリーである データスタジアム株式会社 中公新書ラクレ 2015年発行

 (*3)Slugger特別編集2024プロ野球オール写真選手名鑑 日本スポーツ企画出版社 2024年発行


第159回 ソフトバンク モイネロ投手のカーブ軌道

 


魔球カーブ

誰もが投げる平凡な球種でも、その威力が抜きんでていれば魔球扱いされます。

ソフトバンクのキューバ人左腕、モイネロ投手の投げるカーブがまさにそうです。

高いリリースポイントから投げ出された高速の球が打者の頭の上からストライクゾーンへ、急速に曲がり落ちてきます。

その曲がりの大きさはトラッキングデータで実証されています。

参考動画(*1)によれば、モイネロ投手のカーブは60cm以上も下に変化しており、これはNPBでNo.1の値です。

NPB平均の変化量が33.8cmなので2倍弱曲がっていることになります。

この曲がりの大きさは回転数の多さによるもので、NPB平均が2460rpm(rpmは一分間当たりの回転数)なのに対し、モイネロ投手は2985rpmと1.2倍以上です。


軌道計算

モイネロ投手のカーブを参考動画(*1)のデータをもとに再現計算してみます。

比較用にNPB平均のカーブも計算しています。

[インプット]

軌道シミュレータへのインプット値は以下のようです。

参考動画(*1)のデータに基づいています。yoなどデータがないものは推定値です。


[計算結果]
グラフ中の点はリリースから0.02秒ごとの、一番右端のみホームベース前端上(x=18.10m)におけるボール位置を表します。
グレー線は自由落下、回転による変化がないときの軌道です。
破線は直線、回転による変化も重力もないときの軌道です。




特徴1 高速カーブ

モイネロ投手のカーブの特徴その1は速い球速です。

球速は127.4km/hとカーブにしてはかなり高速で、NPB平均117.8km/hより10km/h近く上回っています。
それでいて重力による落下と回転による変化を合わせた直線軌道からの落差は170.6cm(=110+60.6)であり、NPB平均163.8cm(=130+33.8)を上回ります。

普段の経験から速い球は直線的で、遅い球は大きくお辞儀するという感覚がわれわれには身についています。
10km/h速いモイネロ投手のカーブの方が、10km/h遅いNPB平均カーブよりも大きく下へ変化するため打者は大いに感覚を狂わされます。


特徴2 高いリリースポイント

モイネロ投手のリリースポイントは188cmで、NPB平均168cmよりも20cm高くなっています。

カーブは大きく下に変化するため、ストライクゾーンに入れるには水平よりも上に投げ出さなければなりません。

これがカーブが他の球種よりも早い段階で打者に見破られてしまう原因となっています。

高いリリースポイントから投げることで、より水平に近い角度で投げ出すことが可能になります。

今回の計算ではモイネロ、NPB平均ともにホームベース上を同じ地上60cmを通過するように投げ出し角度θを調整しました。

モイネロ投手は水平から上向き1.5度、NPBは上向き2.0度となっており、0.5度ほど低い角度で投げ出しています。



3Dプロット

キャッチャー方向からの動画です。

計算結果をリニアングラフ3Dでプロットし、画像をgifでパラパラアニメーションにしています。


ではまた。






参考動画 :
 (*1) ホークス・モイネロの魔球「カーブ」の秘密!半端ない落差を徹底解剖!(夢スポ 2021年10月OA)
 https://www.youtube.com/watch?v=krSXHC6V6lM




2024年6月26日水曜日

第158回 ストライクを取るのに最適な腕角度

 


投手の腕角度

投手が投げるときの腕の角度は人により様々です。

巨人大勢投手はサイドスローに近く、中日松山投手はほぼ垂直で縦に腕を振って投げます。中間のスリークォーターでも一人一人微妙に角度が異なります。

最適な腕角度は何度でしょうか?

プロで活躍している投手にさまざなタイプがいる以上、答えが一つに決まることはないでしょう。

それでも対象を限定することで、これに関してはこうだというのは言えるかもしれません。

今回は「ストライクを取るのに最適な腕角度」という視点で考えてみたいと思います。

ポイントは、コントロールがばらつく方向と、ストライクゾーンの縦横比です。


ばらつきは腕角度と平行

コントロールがばらつく要因としてすっぽ抜けや引っ掛かりがあります。

すっぽ抜けた時はボールが予定よりも早く手を離れ、右投手から見て右上にコントロールがずれます。

反対にひっかけたときは予定より遅く離れ、左下にずれます。

そのためコントールのばらつきは腕の角度と平行になります。


左右の上手投げ・横投げ・下手投げを含む様々な投球フォームのピッチャーを含む18名の大学生投手を対象に行った実験(*1)では、コントロールのばらつきは楕円形に分布しその長軸方向、つまりより大きくコントロールがばらつく方向は、投球腕の角度とほぼ完全に一致するという結果が出ています。


暴投王も頭は右だけ

右投げは右上か左下にばらつき、左上や右下に大きく投げそこなうことは稀です。

これは皆さんの経験とも一致することでしょう。

コントロールが悪いことで有名なメジャーリーガー藤浪投手も、頭に当てるのは右打者だけです。左打者の頭には当てません。

阪神時代のオープン戦では、対戦相手の中日が選手を守るため左打者のみで打線を組んだこともあります。理にかなった対処法です。

右対右よりも右対左の方が打者にとって有利と言われますが、これも頭に向かって飛んでくるリスクが低いため思い切って踏み込んで打ちに行けることも一因かもしれません。


ストライクゾーンを広く使う

コントロールのばらつき具合が同じならば、ゾーン幅が広い方向にばらついた方がストライクゾーンに入りやすくなります。

ストライクゾーンは縦長です。

そのため横にばらつくサイドスローよりも、縦にばらつくオーバースローの方がゾーンに入りやすくなります。

ゾーンの縦横比はどのくらいでしょうか?

MLB中継で画面に表示される四角い枠から推定すると、縦はおよそ57.2cmです。

(ちなみにゾーン上限は肩とベルトの中間までというルールですが、実際にはベルト上ボール2個分ぐらいまでというのが日米とも慣例になっているようです。高身長の打者が多いためルール通りだとゾーンが広くなりすぎるためかもしれません。草野球の審判はルール通りとるので案外プロ打者と近いゾーンで試合をしています。)

横幅はホームベースの幅で43.2cm(17インチ)です。

縦の方が1.33倍広くなっています。差は14cmほどでこれはボール約2個分の差になります。

つまりサイドスローよりもオーバースローの方がボール2個分ストライクになりやすい、ということになります。

サイドスローが少数派である一因と考えられます。


勘のいい方はすでにお気づきかもしれませんが、ゾーン斜めの対角線ではもっとも幅が広くなります。
対角線の幅は約71.6cm(=√(43.2^2+57.2^2)です。
これはおよそボール10個分の幅で、縦幅よりさらに2個分増えます。


この対角線の角度は53.1度(=tan^-1(57.2/43.2))です。

つまりコントロールのばらつき具合が同じならば、腕の角度を水平から53.1度にして投げると最もストライクが入りやすい、ということになります。


あまりレベルの高くない草野球の投手においては、コーナーを突いて打者を抑えることよりも、とにかくストライクを投げることが求められます。
せっかく日曜日に集まってみんなで楽しんでいるのだから、四球連発でしらけさせるのは避けたいものです。
もちろんコントロールのばらつきを抑えるのが本筋ですが、どうしてもばらついてしまう人は腕の角度をストライクゾーンの対角線に合わせて、あとはど真ん中めがけて投げることをお勧めします。


四角なゾーンを丸くとる?

ところで、この対角線投法に待ったをかけるような調査結果もあります。

参考文献(*2)によれば審判がストライクとコールするゾーンは四角でなく丸いという調査結果が出ているそうです。

四隅の角はあまりとってもらえないようです。

そういえば昔の解説者はよく「フォークボールは外角低めより、真ん中低めから落とした方がバッターが振りやすい」と言っていました。

それもこの丸いゾーンが故かも知れません。

もし本当に四隅をとらないなら、対角線と平行な53.1度投法のメリットはなくなってしまいます。真上から投げたほうがむしろゾーンは広いかもしれません。

これもまたロボ審判導入によりルール通りの四角いゾーンになれば、状況が違ってくるかもしれません。


ではまた。



 参考文献
  (*1) 野球における投球誤差分布 進矢正宏 日本神経回路学会誌 Vol.24, No.3(2017) 116-123
  (*2) 統計学が見つけた野球の真理  鳥越規央著 講談社 2022年発行 第9章

2024年6月23日日曜日

第157回 OPSに盗塁を加味するとどうなるか

 


OPSの低いアベレージヒッター

打者の能力は長打率と出塁率を足し合わせた、OPSで評価されるのが一般的になりました。

この指標は長打率が高い長距離打者に有利な指標です。シングルヒットの多いアベレージヒッターは、打率が悪くなくても長打率が低いためOPSが小さくなります。

OPSが広まるほどアベレージヒッターは低く評価されるようになり、プレースタイルを悪く言われているのを聞くと少し悲しい気持ちになります。

アベレージヒッターを擁護するよい方法はないものでしょうか。

その一案として盗塁が挙げられます。

「シングルヒットでも盗塁をすれば二塁打と同じ」というわけです。


これを考慮してOPSを計算しなおしたらどうなるか、というのが今回のテーマです。


OPSに盗塁を加味する式

以下のような計算式を考えてみました。

 長打率=塁打数/打数 → 長打率a=(塁打数+盗塁-盗塁死)/打数

 出塁率=出塁/(打数+四死球+犠飛) → 出塁率a=(出塁-盗塁死)/(打数+四死球+犠飛)

 OPS=長打率+出塁率 → OPSa =長打率a+出塁率a 

盗塁成功したら塁打数が一つ増え、盗塁失敗したら塁打数と出塁数が一つずつ減るとしました。

盗塁成功したらシングルヒットが二塁打になり、盗塁失敗したらシングルヒットが凡打になるとして扱います。


4/5盗塁王

では実際の選手の成績を使って計算してみましょう。

誰が良いでしょうか?

盗塁と言えば、あの選手ですね。

2018年にドラフト1で指名されると、ルーキーイヤーの19年から昨23年までの直近5年間で4度も盗塁王を獲得した阪神タイガース近本選手です。

彼の23年の成績は長打率.429、出塁率.379、OPS.809ともともと十分立派な数字です。

これに盗塁成功28、失敗3を考慮して上記の式で計算しなおしてみます。

結果は、長打率a.479、出塁率a.374、足してOPSaは.853となりさらにアップします。

非常に良いとされるランクBのOPS.833以上に入ってきます。


レッドスター

かつて阪神には近本選手以上のスピードスターがいました。

2001年から05年まで5年連続盗塁王、NPB歴代9位の通算381盗塁を記録した赤星憲広選手です。

星野監督のもと18年ぶりにリーグ優勝した2003年のデータを使って計算します。

元のOPSは.752です。

これは良いとされるランクCのOPS.767以上に少し届かず、並とされるランクDの評価になります。

これに盗塁61、失敗10を加えて計算すると、OPSa.828となります。

大きくアップしてランクBのOPS.833以上に近い値まで上昇します。


レジェンド2人

近本選手を令和の盗塁王とするなら、平成と昭和は誰でしょうか?

平成はMLB通算509盗塁のイチロー選手、昭和はNPB歴代1位の通算盗塁数1065を誇る福本豊選手ですね。(異論はあると思います。)

この2人はどうでしょうか。

イチロー選手をMLB史上最多のシーズン262安打を放った2004年のデータで計算します。

元の値はOPS.869で、ランクBです。

これに盗塁36、失敗11を加えると、OPSa.890となります。

もともとがランクBと高いことと失敗が11と多いのでそれほど上昇しませんでした。


福本豊選手をNPB史上最多のシーズン106盗塁を記録した1972年のデータで計算します。

元の値はOPS.852で、こちらもランクBです。

これに盗塁106、失敗25を加えると、OPSa.977となります。

素晴らしいとされるランクAのOPS.900以上を軽く超えました。



パワーヒッターが得点能力で輝く一方で、アベレージヒッターの俊足もまた、野球の多様性と魅力を形作ります。

MLBのルール改正(ベース拡大&牽制回数制限)により盗塁が増えることで、この魅力はさらに増すことでしょう。

俊足功打の選手たちがダイヤモンドを駆け巡る姿を、これからも楽しみましょう。


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野球の魅力は数字に表れることが多いですよね。
走塁能力を数値化する試みはすでに行われており、例えばRC (Runs Created) や wSB (Weighted Stolen Bases) などがあります。ブルーバックス(*1)でも詳しく解説されています。
でも、私たち一般ファンにとっては、それらの式はまるで古代の遺跡に刻まれた謎の符号のように難解です。
専門家たちは、得点や勝率との関連性を解き明かすために、より高度な指標を追求します。しかし、その結果、式は複雑怪奇なものになりがち。
そこで、私は思いました。「もっとシンプルに、もっと楽しく!」と。
今回の式なら、誰でもエクセルで簡単に計算できます。あなたのお気に入りの選手がどれだけチームに笑顔をもたらしているか、今すぐチェックしてみませんか?

 参考文献(*1) 統計学が見つけた野球の真理  鳥越規央著 講談社 2022年発行